第10話 新しい依頼

人が仕事を辞める理由とは一体何だろうか?例えばそれは仕事内容が自分に合わなかった場合。例えばそれは仕事に失敗して自己嫌悪に陥った場合。例えばそれは仕事の給料が割に合ってないと感じた場合。様々だろう。だが、何の脈絡もなく『探さないでください』のメール一つで納得できるわけがないと僕は思う。


「何の脈絡もないわけではないさぁ~。尾行調査の途中でいなくなったさぁ~」

「それはそうだけどさぁ…」


 ジュンと刹那の二人は例の喫茶店から少し離れたところにある大きな公園のベンチに座っていた。昨日、銀を尾行させたはいいもののなかなか連絡はなく、夜遅くなってから『探さないでください』の一文だけがメールで送られてきたのだ。


「ほんとにジュンのとこにもこの一文だけきたの?」

「そうさぁ~?件名のとこには『組織を辞めます。言っておいてください』って書いてあるさぁ~」

「そんなおつかい感覚で言われてもね…どうする?このこと上に相談する?」

「迷うさぁ~…、絶対連れ戻すように言われるさぁ~…」

「だよね、その前に自分達で探したほうがいいんだけどさ…僕ら銀の家も知らないんだよね…」


 三人で組むことが多いというだけで別段特別な関わりがあるわけでもない。家の場所や交友関係、どうして組織に入ったのかすらまったくの不明なのだ。


「このまま考えてても仕方ないし…もうレンさんに相談するしかないよね」

「そうするさぁ~」


 刹那はポケットから携帯を取り出し、レンの携帯にかける。


「もしもし。はい、刹那です。はい……ええ……、折り入って相談があるのですが……」

「めんどくさいことになってきたさぁ~……」


 ジュンは空を見上げながらつぶやく。こんなにいい天気なのになぜこんなにも心は曇っているのだろうかと思いながら。この後の展開をいくつか予想しながらジュンは目をつむって考える。



     ◇     ◇     ◇



「それで?なぜおめぇらがここに呼ばれたかわかってんだろうなぁ?」

「は、はい。勿論です。カイリューさん…」

「わかってるさぁ~…」


 ここは『ブケヤシキ』の拠点の一つである使われていない廃ビルだ。そこの二階にある地面に正座した刹那とジュンと、それを上から見下ろしているカイリューの姿がそこにはあった。ジュンはこの展開は予想できなかったさぁ~と内心ぼやく。


「じゃあ言ってみなぁ?」

「は、はい。僕たちは例の防犯カメラにうつっている男を偶然商店街で目撃したので銀を尾行させたのですが、その銀が今日、メールで組織を辞めると言ってまして……」

「そうかぁ、それは大変だったよなぁ?でもおかしいよなぁ?なんで見つけた時点で連絡がこっちに来てないんだぁ?なぁぁぁ!レンんんんん!お前俺にだけ連絡してねぇってことはないだろうなぁぁぁ!」


すると、奥の方からレンと呼ばれた金髪の女性がコツコツと歩いて出てくる。


「ああ、別にお前にだけ連絡してないわけじゃない。そもそも連絡されてないんだ」


 (くそっ!レンさんカイリューさんに直接言ったんだなっ!何てことしやがるっ!)


 刹那は内心、レンを恨みながらも今はこの状況をどう乗り越えるのか考えまくっていた。隣のジュンを見ると顔面が蒼白になっている。これはまずい、早く何とかしないと。


「なんで連絡しなかったんだ?うん?そりゃあ山よりも高く海よりもふかぁぁぁぁぁぁいわけがあるんだろう?言ってみなぁ?」

「せ、刹那っちが報告するのはまだやめようって言ったさぁ~!まだその男かわからないし、もし違っていたらカイリューさんに怒られるからって、それで………」


 (バカっ!正直に話すんじゃないっ!それにその先はヤバいっ!)


 刹那はジュンの口を両手でふさごうとするが、カイリューが刹那の頭を上から押さえつける。


「それでぇ?正直に言ってみな?こいつのことは気にしなくていいぞ?どうせもう短い命なんだからなぁ?」


 (あっ、詰んだわ)


 刹那はあきらめた。人生を。


「その防犯カメラの男だったら三人で殺そうっなったさぁ~!カイリューさんに教えたらカイリューさんが殺すから俺っちたちの手柄がなくなるって言ってたさぁ~!」


 もはや刹那はジュンに対する恨みは無くなっていた。どうせもう数分だけの寿命だからと思ったから。


「そうかぁ………ジュン。お前、銀は探せるか?」

「正直わからんさぁ~!見当もつかないさぁ~!」

「それは困るなぁ。銀がその男をつけてたんだからそいつの情報を持ってる可能性は高い。その銀が見つからないままだとあの男の情報が全くわからねぇ。刹那?まだ長生きしたいか?」


 刹那はこの先のセリフを先読みすると、ジュンに対する恨みが込み上げてきた。


「は、はいっ!銀を探し出してみせますっ!一週間……いや、三日もあればっ!」

「そうかぁ、三日かぁ……よし、気に入ったっ!組織のメンバーが総出で探しても見つからねぇ男を三日で探せるって言い切るなんて流石じゃねぇかっ!たいしたもんだぜぇっ!」


 刹那はなぜ最初の一週間という発言を三日に変えたのか、十秒前の自分をひどく呪った。しかし、これでまだチャンスができた!生きることと復讐の二つの!


「じゃあ俺はもういくぜぇ。あ、勿論三日で探せなかった時はどうなるか……言わなくてもわかるよなぁ?刹那ぁ?」

「は、はいっ!もちろんですっ!」

「期待してるぜぇ?あ、このことボスに報告しとけよ、レン」

「ああ、今ボスは海外にいるからメールしておく。私も行くからお前ら。早めに探したほうがいいぞ?長く生きたいだろう?」


 そうレンは刹那とジュンに言い残し、カイリューと共に廃ビルの外へ出ていった。刹那は隣のジュンの方へゆっくりと振り向く。ジュンも顔面蒼白なまま刹那の方を向く、そして…………。


 命を懸けた本気の復讐劇が始まる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ここがアンリや不知火が通っている学校?」

「ええ、そうです。前の一宮さんも通っていたのですが………」

「うん、残念だ。彼も若かったろうに」

「一宮君、おっさん臭いよぉ?」


 一宮と不知火と村上はアンリ達の通う『千の宮大学』に来ていた。不知火もアンリと同じ講義を受けていたのだが、一宮達の案内をするため、校門の方まで迎えに来ていたのだ。


「銀はまだかい?」

「もうすぐ来るはずですが………」


 すると、ちょうど道路の向こう側から走ってくる白い服装の女の子が見えた。


「お待たせ。待った?」

「いいや、今来たとこさ」


 デートの待ち合わせの決まり文句のように一宮と銀は話す。村上はチッと小さく舌打ちをした。


「それじゃあ行こうか。こっちだよぉ?ついてきてねっ!」


 不知火が先頭に立って歩きだす。その後ろを村上、そのまた後ろに一宮と銀が並んで歩く。


「銀は大学に通わなくていいのかい?」

「ええ、元は孤児だもの。中学までは義務教育だったから学校には行っていたけどここからかなり離れた場所よ。その後は組織に勉学から仕事までみっちりと鍛えられたわ。そういえば村上も見たとこ不知火と同じくらいの年齢でしょう?大学には通ってないの?」


 私ですか、詳しく話すと長くなるのですが…、と言いながらも話し出す。


「私の家は父のDVが酷くてですね。中学の時に両親が離婚しまして、母親と一緒に暮らしていたんです。その母も高校に上がる時に過労死しました。父はアルコール依存症で高校二年の時に亡くなったと聞いています」

「銀。DVって何?」

「家庭内暴力のことよ。父親が家族に暴力を振るっていたのね。無神経だったわ、ごめんなさい」

「いえいえ、もう昔のことですよ。父方の家族も母方の家族も私は一切知りません。調べようと思えば調べることができると思うのですが、調べる気にはなりませんね」


 村上は過ぎ去った過去のことを懐かしむような表情で空を見ながら話す。


「そこからはずっとバイト続きでした。そこを二年くらい前、前の一宮さんに声をかけていただいたんです」

「へぇ、どんな出会いだったんだい?」


 一宮は興味あり気に聞く。そういえば前の一宮のことはほとんど知らないのだ。この世界で生きるための必要最低限の情報だけしか抜き取ってないので詳しいことはわかっていない。


「高校三年の時のことです。他の周りの人たちが勉強している期間に私はバイトをたくさん入れていたので勉強はあまりしていませんでした。大学に通うお金もなかったので高卒で働こうと思っていたからです。それを面白く思わない同級生がいました」


 当時を思い返すように村上は続ける。


「同級生は私に嫌がらせをするようになり、ついには暴力を毎日振るってくるようになりました。私は父の件もあり、とても怖くて動けなかったんです。そこを前の一宮さんが助けてくれたんです」


 『お前大丈夫か?』


 当時の記憶が村上の脳内で再生される。それは今は亡き一宮の懐かしい記憶。


 『なんでいじめられてんだよ?』『そうか……そんなことがあったんだな……』『今さ、人手が足りねぇんだ。お前、得意なことある?』『すげぇじゃん!お前天才だよっ!』『いつもありがとうな、村上っ!』『あの日、お前を見つけることができてよかったよ』


 いえいえ、私の方こそあなたに出会えてよかったです。本当にありがとうございました。

 

 村上は心の中で言えなかったお礼を言う。今となってはもう届かない、感謝の言葉を


「前の一宮は優しくて強い人だったんだね」

「ええ、私にとっては初めての親友であり、仕事上でも最も頼れるパートナーでした」

「そうだったんだねぇ……。前の一宮君が『紹介したい人がいるんだっ!』って言ってきたときにはどこで知り合ったんだろうってずっと思ってたんだけどそんなことがあったんだぁ……」


 不知火もその当時のことを思い返しながら話す。


「本当に残念だよぉ。お別れも言えずに死んじゃったんだから。」

「まぁ彼の話はここまでにしておきましょう。それで、あそこが待ち合わせ場所です」


 村上は資料室のドアを指さして三人に話しかける。


「あそこに諸悪の根源がいらっしゃいます。一応我らがリーダーですが敬う必要がないのでため口で話しても構いませんよ?」


 村上のアンリに対する嫌悪感は無くなるどころか増長しているようだった。



    ◇     ◇     ◇



「おそーーーーい!待ちくたびれたわ!」

「そんなぁ、講義が終わってから十五分しかたってないよぉ……」

「大丈夫ですよ、不知火さん。この女は基本自分のことしか考えていませんから何を言っても無駄です」

「アンリ、もういい加減村上をリーダーにしたら?あなたの信頼度はもうゼロよ?」


 開口一番、組織のリーダーの不用意な発言で部下にボコボコに叩かれる様子がそこにはあった。


「ま、まぁいいじゃない!私リーダーだし!それじゃあ今後の活動についてさっそく話していくわよっ!」

「横暴だね」


 うるさいっ!と一宮に言いながらもアンリは続ける。


「彼がいなくなってから私たちは仕事ができなかった。正直なところ、早く仕事の依頼を受けてくれっていう話がたくさん来ていて、これを誤魔化すのはとても大変だったのよ。暗殺者がいない殺し屋なんて思われたら最悪だからね。はい、それではそこの白いのっ!なぜまずいかわかる?」


 銀は私?と首をかしげながら答える。


「お金がはいらないからじゃないの?」

「それもあるけど問題はそこじゃないのよ。一宮、なぜだかわかる?」

「他の暗殺者の組織に狙われるからでしょ?殺し屋をしていたら色んな情報が集まるからね。暗殺者がいない組織なんて恰好の餌だろう。それと、代わりの暗殺者が見つかる前に組織を潰せばライバルが減るし、名も売れるからいいことづくめってわけだろう?」

「そ、そうよ。あんたこの世界に疎い割にはよくわかってるじゃない」


 この世界よりかなり危険なとこから来たからね、と一宮つぶやく。


「他の仕事を請け負っているとか、今は休暇中だから請け負えないと言い続けて一週間以上過ぎました。流石に次の仕事をしないと依頼も減るし、他の組織から疑われてしまいます。そこで!」


 アンリは手元の紙を集まった四人に配る。そして、その紙をみた四人はみんな一様に怪訝な表情をする。


「この仕事を引き受けようと思うの。異論はあるかしら?」


 そこには『昼間に起きた謎の現象っ!人通りの多い道路で起きた集団催眠!?』と書かれていた。


「いやいや、これ本当に殺し屋の仕事?都市伝説の調査依頼みたいなもんじゃない。その辺の新聞記者にでもやらせなさいよ」


 銀が至極全うな疑問をアンリにぶつける。ところがどっこいそう簡単な話じゃないのよ、とアンリは答える。


「紙にも書いてある通り、時刻は昨日のお昼頃。場所はここから駅で三駅離れたところにある人通りの多い交差点で起こったことよ。突然、黒い霧がどこからともなく現れ、通行者を包んだところみんな一様にバッタバッタと倒れ始め幻覚症状のようなものを引き起こしたそうよ」

「それは怖いですね。でもそれがなぜ殺し屋の案件になるわけですか?」

「それはね、そこに人型の黒いもやのようなものが近くにいて、通行者が全員倒れた後に黒い霧はそのもやと共にどこかへ立ち去ったみたいなのよ」

「つまり、人為的に起こされた可能性が高い、と」

「そうね、今もその通行者達は病院で悪夢を見ているような症状に陥っていて、医者もお手上げ。身体的には異常がないから何も施しようがないらしいわ」

「でもどうして私達に依頼が回ってくるのよ?普通警察の仕事でしょう?」

「警察では対応できないと睨んでいるみたいね。通行者の中に他の組織の殺し屋のボスがいるらしいわ。この依頼はその幹部連中が依頼しているのよ。報酬は犯人を殺せば百万。原因を突き止めればさらに百万。そして、その原因が治せるものでボスの治療が出来ればおまけに百万ってわけね」


 おぉ!と四人に歓声が上がる。上手くすれば総額三百万円が報酬としてもらえるのだ。五人で割っても六十万。浮足立たないわけがない。


「それは魅力的ですがね、敵の情報がわからなければ何もできませんよ?」

「そこは、期待の新人の腕の見せ所じゃない?一宮、この件魔術が絡んでると思わない?」


 名指しされて一宮もうん、と頷く。


「確かにそうだね。こんなことがこの世界の人にできるはずも無いし、その可能性は高いと思うよ」

「じゃあ……」

「でも探すとなればそれは難しいかな。アンリは魔術師を探す魔術なんてのを期待してるのかもしれないけど、そんな魔術はないよ?魔術の発動を感知するタイプならあるけどそれは難しいし俺は使えない」

「あんた確かバルダとガイウスの死体を吸収したのよね?その中にも使える魔術はないの?」

「なかったよ。そもそもそんな魔術があれば俺たちのような『異端魔術』師は見つかり放題じゃないか。王国に殲滅されてるよ」


 あ、でも、と一宮は続ける。


「この事件が魔術師の仕業である可能性は高いと思うよ?ガイウスから抜き取った情報からなんだけど、この世界に俺たちを送ったのは異端審問会って奴らの魔術でね。その魔術は一度使うと一週間は再使用できないみたいなんだ」

「それはつまり一週間あれば別の誰かを送ることができる……というわけですね?」

「そうだね、俺が来てからもう一週間以上は経つ。だから別の誰かが来ていても不思議じゃない」

「ちなみに魔術師であった場合の敵に心当たりは?」

「今思い当たるのでいえば『真昼の悪夢』くらいかなぁ」


 あ、それガイウスの時に言っていた奴ね?とアンリが答える。


「そうだね。でもこいつに関しては実のところなにもわかっていないんだ」

「え?一体どういうことよ?」

「こいつはね、そもそも人が起こしているのかどうかすら怪しいんだ。真昼の霧が濃いところで人が苦しんで倒れこむってやつでね。倒れた人も半年したら起き上がれるんだけど、その間の記憶がはっきりしていないんだ。とてつもなく嫌な夢をみたってことはわかるらしいんだけどね」

「魔術師の仕業じゃない可能性もあるってことね」

「ああ、だから『真昼の悪夢』なんだ。人かどうかもわからないから名前の付けようがないんだと。天災のような扱いだったよ」


 うーんこれはどうしようもないわねぇ、とアンリは考え込む。


「それなら仕方ないわ。いつも通り村上君がネットでこの事件に関する情報を集めて頂戴。不知火と銀と一宮はそれのサポートよ」

「わかりました」

「わかったぁ!」

「ええ」

「わかったよ」


 口々に了承の返事をする。それではお待ちかねのっ!とアンリは声を張り上げて銀に向き直る。


「それじゃあ銀、約束の物を渡してもらうわよ?」

「仕方ないわね、とってけ殺し屋」


 そう銀は言うとどこにそんなものが入っていたのか、上着の下から手を入れると札束を九束取り出した。


「すごぉぉい!現ナマだぁぁぁ!」

「これは………いいですね」

「いっぱいあるね」


 不知火と村上は興奮を隠せなかったが一宮はさほど驚いてはいない様子だった。誰かの家に居候する身となったのでそんなにお金が必要ではなくなったからだろう。


「それじゃあこの九十万を分けるわね。まず私が三十万でしょう?そして、不知火と一宮にも三十万っと…」

「ちょっと待ってください」


 村上が眼鏡をクィっと上にずれてもない眼鏡をずらしながら言及する。


「アンリさんは前に十万円横領した疑いがありますよね?」

「うぅ、やっぱりばれてたわよね…わかったわよ。十万円は私いらないから二十万円はもらうわよ?」

「いえ、そもそもそのお金はほとんどが一宮さんの功績の筈です。アンリさんも不知火さんも働いてはいましたが一宮さんあってのもの。一宮さんに裁量権があるのでは?」

「なるほど、確かに村上の言うとおりね。一宮さんに分配はまかせましょう?」


 村上と銀は口をそろえてアンリに詰め寄る。


「な、なによっ!私が請け負って私がリーダーなんだから私が決めてもいい筈でしょうっ?」

「十万円横領しておいて何を言っているのかしら、このダメ人間は」


 銀はもうアンリをクソとしか思っていなかった。


「うぅ、い、一宮ぁ!いいでしょうぅ!私頑張ったよねぇ!頑張ったもん!頑張ったんだからぁ!」


 アンリは鼻水たらして泣きわめきながら一宮に縋りつく。一宮はニコっと笑う。それをみたアンリも希望の光が差したように笑いかけて…


「アンリは十万円ね。不知火は三十万。俺が三十万で村上が十万円だ」

「なんでよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 狭い室内にはアンリの絶叫が響き渡る。一宮はめんどくさそうにアンリに言い返す。


「当然だろう?十万円ネコババしたんだからその罪は同じ額で償ってもらわないと」

「流石一宮さんです。ていうか私もいただいてよろしいのですか?」

「あぁ、村上は今までさんざん苦労してきたんだろう?それにアンリのせいでバイトをする羽目になってたんだからそのツケはもらわないとね」

「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね。ですが、残った十万円はどうしましょう…」

「そのお金なら俺に考えがあるんだ。前の一宮のお墓を作ってあげたい」


 アンリと不知火と村上は驚く。今の一宮にとっては前の一宮は関係のない存在。そこまでする義理はないと思ったからだ。


「彼のおかげで今の俺があるといっても過言ではないからね。彼の死体がなければこの世界の言葉がわからなかっただろうし、下手したら黒い服の人達に殺されていたかもしれないんだ」


 そう、前の一宮の死体から情報を抜き取ったおかげで言葉がわかり、銃を撃たれる前に対処することができたのだ。人の体になっていたあの時では頭を撃ち抜かれていたらその時点で死んでいた。


「だからお墓を作るよ」

「でも十万円で足りるでしょうか」

「そこは任せてよ。結局のところは気持ちだからね。本物の家族がいずれちゃんとしたお墓を作るだろうから、それまでのお墓にするよ」


 それを聞いて三人は居たたまれない気持ちになる。本当の家族は一宮の死を知らない。それは今でも探しているということに他ならないからだ。


「ということで今から行こうか」

「へ?今から?」


 アンリは素っ頓狂な声をだす。


「ああ、ちょうどいい所を見つけたんだ。そこなら彼も喜ぶと思うよ」

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