第11話 真昼の悪夢

 裏切り者と復讐者による無意味な戦いを終えた二人はとりあえず前に行ったことのある喫茶店へ来ていた。銀に関する情報を得るためにはもはやあの男を頼る他ないと思ったからである。


「は?辞めたんですか?村上という人は?」

「うん、あのメガネをかけた子だろう?入ったばかりですぐ辞めちゃってねぇ。かなり仕事ができる子だったから辞めないように説得してみたんだけど、なんでも前にしていた仕事がまたできるようになったから戻りたいんだと。そっちの方が本職らしいからバイト漬けの人生もどうかと思ってね。最後は快く送り出したよ」


 年配のマスターらしき人が事の経緯を話す。どうやらあの村上という男はバイトを始めたばかりだったらしい。それにしてはやけに手慣れている感じだったから刹那とジュンはとても驚いた。


「で、ではあの村上に連絡を取る方法などは…」

「うん?君達村上君に会いたいの?ところで君達は村上君とどういう関係かな?なんだが服もボロボロだし、顔も酷いよ?」


 ジロリとマスターは刹那とジュンを睨みつける。さっき争いあった二人は割と本気の殺し合いをしていたので顔は腫れ、服は所々引き裂かれているのである。

 むしろここまで職質されなかっただけマシな部類だ。


「これは……さっき色々とありましてぇ……」

「どうせ誰かと喧嘩でもしたんだろう?まったく、近頃の子は加減というものを知らん…」


 違うんです。私達で喧嘩していたんですという言葉を二人は呑み込む。


「どうしても聞きたいことが彼にあるんですっ!何か連絡先は知りませんかっ!」

「ダメだよ?個人情報を勝手に知りたがっちゃ。そういうの最近厳しいんだからね?それに私も知らないんだよ。飛び込みでバイトしてたからね、彼。履歴書も後日もらうつもりだったから手元にはないし」


 マスターは絶望的な言葉を二人に突きつける。ここが最後の砦だったのだ。ここから情報が得られないとなるとそれはもう死刑宣告に他ならない。


「お願いさぁ~!命がかかってるんさぁ~!」

「一生に一度のお願いですっ!これが最期のお願いになるかもしれないんですっ!割とマジでっ!」


 二人は涙目で必死に懇願する。しかし、現実はいつだって非情である。


「助けたいのはやまやまなんだがね…本当に知らないんだ。ごめんね?隠してるわけでもないんだよ」


 あ、詰んだ×2


 二人は余命宣告を受けた病人のようにとぼとぼと喫茶店を出る。ここにはもう来ることはないだろうと思いながら。物理的に。



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「ここだよ。ここなら見晴らしがいいだろう?」

「確かにいいかもしれないけどね…ここってあの事件の近くの海岸でしょう?」


 ここは例の道路で人が倒れた事件があった場所から少し歩いた海岸。『陣状海岸』。そこの見晴らしのよい崖のようなところに一宮、アンリ、不知火、村上、銀の五人は来ていた。


「どうしてこんな場所をあんたが知ってんのよ?」

「『廃病院』の屋上からここが見えたんだ。前の一宮は狭い路地裏のような所で亡くなったからね。せめてお墓は海の見える広いところに建ててあげたいんだ」

「「「「…………」」」」


 四人は何も言えなくなる。今の一宮だけが最期の前の一宮を知っているのだ。その時のことを考えると胸が苦しくなってくる。


「それでっと。墓石はさっき買ってきたこれでいいかな」


 一宮は魔法陣を発現させ、さっき石材を売っている所から買った、十万円近くした大きな石をその中から取り出す。


「でもそれただの石だよぉ?形も歪だし、墓石じゃなくてなんかのアート作品みたいだよぉ…」

「大丈夫さ。これをバルダが持ってた『変形魔術』でっと…」


 魔法陣が大きな石の下に出現すると、その石は徐々に変化していき、直方体の整った石になった。真ん中にはご丁寧に『一宮かずき ここに眠る』と書いてある。


「これは……すごいですね。一宮もさぞ喜んでいるでしょう」

「そうだといいな。彼の遺品も持ってきたよ。この前喫茶店で着替えたあとも一応取っておいたんだ」


 すると、魔法陣に手をツッコみ、中からあの日着ていた衣類を中から取り出す。


「あの服は罠なんかじゃなかったのね……」

「?銀、どうかした?」

「なんでもないわ」


 そう?と言いながら一宮は手で穴を掘り、遺品を埋めてその上に石を乗せる。


「これで良しっと……。いい感じのができたね」

「ええ、ここまでしていただいて本当にありがとうございます」

「う、うぅ………」

「し、不知火さん、泣くのはまだ、は、早いですよ……」


 村上と不知火は前の一宮のことを思いだしたのか、目には大粒の涙を浮かべている。


「な、なによ……あんた達……そんな、男がみっとも……ないんだから………」


 アンリもつられて涙ぐむ。かつての同期が亡くなった現実が今になってようやく実感できたのだ。三人は付き合いが二年以上はあるのでその思いは一塩だろう。


「それじゃあ、俺から別れの言葉を言うね?こほん、君がいなければ俺はこの世界に飛ばされて一瞬で殺されていたかもしれない。君が意図的に俺を助けたわけじゃないけど、君の死が俺の命を救ったんだ。本当にありがとう。その代わりと言ってはなんだけど、君の後釜としてこれからは組織に貢献していくから、天国で見守ってくれると嬉しいな。簡単だけど、今日はこれで失礼するね?また機会があれば遊びにくるよ」


 一宮はそう言い終えると銀に目配せしてその場を立ち去る。


「え?あの三人を置いて行っていいの?」

「ああ、彼らは彼らで言いたいこともあるだろうからそっとしといてやろう?」

「………ええ、それもそうね」


 一宮と銀が少し離れると、後ろの方から三人分の泣き声が聞こえてきた。それはもう二度と会えない人に対しての、最後の別れのあいさつであるかのように……。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「それで?ここに来たのは何でなのさぁ~?」

「『槍男』は何らかの魔法を使っていた可能性があるだろう?そして、この付近に人が一気に倒れたという情報があったんだよ。その件に例の『槍男』が絡んでる気がしてね」


 ジュンと刹那は喫茶店を出た後、こうなっては残りの三日は無様に足掻こうじゃないかということになり色々な人に聞きこみをし、新聞などを調べた結果。この事件が怪しいという勘にちかい推測で事件の発生現場に来ていた。

 

「でもそれに『槍男』が関係あるとしても『槍男』は同じ場所にずっといるさぁ~?」

「わからないけどよく言うでしょう?『犯人は事件現場に戻ってくる』って」

「そういうもんかさぁ~………」

「そうでなければ死体が二つ出来上がる」


 ジュンと刹那は例の事件現場の周辺を隈なく観察する。最近整備されたばかりであろう舗装された道路。書かれたばかりの白線や信号機がそこにはある。夕暮れということもあり、学校帰りのランドセルをかるった小学生や買い物帰りの主婦など、ちらほらと人の姿があった。


「でも事件はそもそも真昼さぁ~?もう夕方だしいないと思うさぁ~」

「僕たちには時間がないんだ。出来ることはやらないとね」

「さぁ~………」


 しばらくジュンと刹那はその場を観察し続けていたが何かが起きるはずもなく、時間がただただ無意味に過ぎていく。人通りも完全になくなってしまい、二人だけがぽつんとその場に立ちすくんでいた。

 段々と暗くなってき始めたので二人は今日のところは諦めて帰ろうとしていた。


「…………帰りますか」

「そうするさぁ~……」


 二人は振り返りこの場から立ち去ろうとすると、そこにはつい昨日、尾行しようとしていた『槍男』と銀の二人が並んで歩いているのを発見した。


「は?あれ銀じゃん!なんで『槍男』と並んで歩いているんだよっ!」


 刹那が大声で叫ぶと、銀と『槍男』も刹那とジュンに気づく。


「あら?ジュンと刹那じゃない?奇遇ね」

「おや?君たちは喫茶店にいた人じゃないか」


 銀と一宮は世間話をするように話す。しかし、刹那とジュンは命がかかっているため親の仇のような表情と態度で二人に詰め寄る。


「ふざっけんなよぉぉぉぉぉぉ!!なんで尾行対象の男と二人仲良く歩いてんだよぉぉぉぉぉぉ!こっちはなぁぁぁ!てめぇのせいで死にかけてんだからよぉぉぉぉぉぉ!」

「さぁぁぁぁぁ!さぁぁぁぁぁ!さぁぁぁぁ!」


 刹那は怒りをあらわにし、ジュンは壊れた。


「それはごめんなさい。謝るわ。色々あったのよ。それで?あなた達はなぜこんなところにいるの?私を殺しに来たのかしら?」


 銀は平然と二人に尋ねる。温度差が半端ない。


「それも含めて話があるからちょっとカイリューさんとこにきてもらおうかぁぁ!そこの『槍男』さんもよぉぉぉぉ!」

「『槍男』?」

「あなたが最初に殺したとき槍を空中で出してたじゃない?だから刹那は『槍男』って呼んでたのよ」

「それはなんか不本意だな。そんなダサい名前じゃ俺の沽券にかかわるよ」


 一宮はプンスカと、これまたわかりやすく不満を態度に表す。


「いいかい?俺には一宮って名前があるんだ。一宮かずき。そんな変な名前で呼ばないでもらおうか」

「はぁぁぁん?名前なんてこの際どうでもいいんだよっ!とりあえず、お前らは僕たちについてきてもらおうかっ!拒否権なんかねぇからなっ!」

「さぁぁぁぁ!さぁぁぁぁ!」


 刹那とジュンは一宮と銀の腕をつかんで引っ張ろうとする。が、しかし、二人は動く気配がない。不思議に思って二人を見ると刹那とジュンの後方をボーっと眺めている。


「あん?どうしたんだ?二人してそんな固まって?後ろになんかあんのか?」


 刹那とジュンは後ろを振り返る。するとそこには信じられない光景が広がっていた。


「これは……まずいね。これじゃあどう対処していいのかわかんないや」

「ええ……とても嫌な感じがするわ」


 四人の視界の目の前には、とても大きな黒い霧がこのあたり一面を覆いつくしていた……。



     ◇     ◇     ◇



「それではもう遅いですから帰りましょうか」

「ええ、そうね。また来るわ。一宮」

「ぐすん……ぐすん……」


 アンリと不知火と村上は一宮と銀が立ち去った後、各々の別れの挨拶を述べ、しばらく泣いていた。そして、空も暗くなり始めたので三人は名残惜しくもその場を後にする。


「でも今の一宮ってどういう状態なんだろう?」

「どういうとは?」

「だって今の一宮って前の世界の彼と前の一宮君が合わさっているようなものでしょう?それって二重人格みたいなものじゃない?」


 アンリは前から気にはなっていたのだ。言語や習慣は情報として抜き出せたといっても、人格に少しは影響するような感じだったから、今の一宮は全く新しい人格になるのではないかと考えていたのである。


「それはどうなんでしょうね。正確には人であった時の一宮さん。怪物になってからの一宮さん。そして、前の一宮さんが合わさっているようなものですからぐちゃぐちゃなんでしょうけど」

「そもそも前の世界の一宮ってのを知らないから比べられないのよね」

「そうですね、この世界とは違う世界というのも気になりますが」

「怪物になる前の一宮ってのが私は気になるわ。騎士団長やってたっていうし、今よりも真面目でかっこよかったんだろうなぁ」

「アンリさんも一応女子でしたね。やはり白馬の王子に憧れがある系ですか?」

「一応って何よ、一応って……。まぁね、私のことを颯爽と助けてくれる人には憧れがあるわね」


 それは遠い昔の話。殺し屋なんて仕事を始めようと思ったきっかけであり、鮮明に残る記憶の一部。


「おや、否定しないなんて珍しい。いつもなら『バッカじゃないの?夢見る少女じゃあるまいし!そんなのは小学生でみんな卒業していくもんなのよっ!』とか言いそうですが」


 村上は似ていないアンリの物まねをするが、当の本人はそんなに気にしていない様子だった。さっきたくさん泣いたので本調子になっていないのだろう。


「まあ、そんな日もありますかね。それにしてもここは草木が凄いですね。この場所を覚えていられるでしょうか」


 三人は歩く。暗くなりかけていることもあり、草の茂みに紛れて足元は見えなくなっていた。


「うぅ、歩きづらいよぉ…」

「ほら、しっかり足元みて歩きなさい?そういえば一宮と銀はどこに行ったのかしら?」

「空気を読んでくれたのです。きっと駅の方で待ってくれてると思いますよ?それと、この場所を覚えておいてくださいね?皆さん。また来るときに困りますから」

「じゃあさぁ、みんなで写真をとっておこうよぉっ!目印になりそうなとこを撮ってさぁ!」


 不知火はポケットから携帯を取り出し、カメラの機能に切り替える。


「まず海岸の写真を撮ってぇ………、それからお墓があるとこでしょう?………、そして町のふうけ…い…を?」


 カシャカシャと写真を撮っていた不知火の手が止まる。


「うん?一体どうしたのよ?」

「あ、あれ、町の方……」

「町?」


 村上とアンリは顔をあげて町の方を向く。そこには何やら黒いもやのようなものがあたり一帯を覆いつくしていた。まだ完全に日が落ちきっていない筈なのにその一部だけが真っ黒に染まってしまっている。


「あれってまさかっ!」

「ええ、例の事件のもののようですね。でも今は昼間ではない筈ですが…」

「そんなことは今どうでもいいわっ!あのあたりに駅もあるし、一宮達もそこにいるかもっ!」

「急ごう!」


 三人は全力で走り出す。正体不明の黒い霧に向けて……。



     ◇     ◇    ◇



 一宮、銀、刹那、ジュンの四人は全力で走っていた。後ろには段々と迫りくる謎の黒い霧。しかし、その両者の距離は狭まるばかり。あの黒い霧に呑み込まれたらどうなるのか、とりあえずヤバいということは四人が共通して思っていた。


「一宮さんっ!身体強化で走ったりしないんですかっ!」

「うん、それでもいいんだけどね。そっちの二人を置いていくのもどうかと思ってさ」


 銀は全力で走っているのだが、一宮は息を切らすことなく走っている。単純に魔術無しでも身体能力において彼にはかなわないと銀は思った。


「お、俺っち達を置いていくさぁ~?」

「み、見捨てないでくださいよおーー!」


 刹那とジュンも必死で走るが彼らは今日既に一度、無意味な死闘を繰り広げていたので走る気力がそこまで残っていなかった。


「な、何を言っているんですかっ!あなた達は私達を捕まえに来たんでしょう?一宮さんっ!こいつらのことは見捨てていきましょうっ!」


 銀も徐々に疲れてくる。流石に五分も全力疾走していたら疲労が出てきてもおかしくない。


「そうかもしれないけどさ。彼らは元とはいえ銀の仲間だろう?連れていかれるのは嫌だけど、銀の知り合いだというのであれば邪険には出来ないさ」


 一宮さん……と銀は一宮を走りながら見つめる。それを見て刹那とジュンはペッと唾を吐く。


「おおーーーい!一宮ぁーーー!」

「あ、アンリだ」


 前方の方からアンリが一宮を呼ぶ声が聞こえる。遠くの方でアンリと村上、不知火が手を振っている。


「それは何なのよぉーーー!」

「わかんなーーーーい!」


 緊張感のない会話が続く。それにイラっとした刹那は全力で叫ぶ。


「見てわかんないかなぁぁぁぁ!あれがヤバいってさぁぁぁぁ!逃げろよお前らもぉぉぉぉ!」

「え、わ、私急に知らない人に怒られたんだけど……」

「いいから逃げますよ!ちょっとあれはマジでヤバい状況のようです。一宮さんが逃げるってことは呑み込まれたら最後かもしれません!」

「そ、それもそうね!」

「また走るのぉぉ!もうやだぁぁ!」


 アンリと村上と不知火の三人も黒い霧に背を向けて走り出す。しかし、後方の四人はすぐ後ろに黒い霧が迫っていた。


「どちらにせよこのままじゃ共倒れだね。仕方ない。身体強化の魔術をかけるから三人は自分で逃げ切って………」


 一宮の言葉が言い終わらないうちに黒い霧から人の声が聞こえた。


「やっと見つけた。ウフフ、会いたかったわ。ルーク」


 それは若い女性のような声だった。透き通るような美声で、とても後ろの黒い霧が発したものとはとても思えない程だった。


「まさか……レイン?」


 一宮は走りながらも、信じられないという表情をする。その様子に気づいた銀が、一宮さん?と一宮に声をかける。


「そ、そんなまさか……ありえない!君は死んだはずだっ!」


 銀は初めて聞いた一宮の焦りように驚いた。今まで余裕のある彼の声しか聞いたことしかなかったのでその異常事態に戸惑う。


「すまない、銀。どうやらこれは俺の問題のようだ。これからどうなるかわからないが後のことは頼む」

「えっ!?い、一宮さんそれはどういう……」


 銀がそのセリフを言い終わらないうちに一宮は足を止め、黒い霧の中へ吸い込まれていった。すると、黒い霧は段々と波が引いていくように小さくなり、どこかへ消え去ってしまった。


「い、一宮さん?」


 あとに残ったのは茫然と立ちすくむ銀と刹那とジュン。そして、何が起こったのかわからないといった表情でこちらに向かってくるアンリ達だけだった……。

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