第9話 対マリオネット その後
アンリはこれまでの経緯を村上に説明する。
「なるほど、にわかには信じられませんが…」
村上は不知火を見る。
「うん、本当のことだよ?」
「不知火さんもそうおっしゃるのであれば本当の事なんでしょう。それに、そうでなければ銀も敵対組織に入ることなんて考えつかなかったでしょうし」
「あら、私は呼び捨て?」
「当然でしょう?新人ですし、私はまだあなたを完全には信じ切れていないのですから」
「じゃあどうすれば信用できる?」
「とりあえずは様子見ですね。あなたの位置情報と通信は監視させてもらいますよ?」
「別に構わないわ。でも盗聴はやめてほしいわね」
「?何か理由でも?」
銀は隣の一宮を見つめながら答える。
「プライベートなことよ。察していただける?」
「うん?銀、どうしたの?」
一宮は肉に食べ飽きたのか、メニューのアイスクリームのページを熱心に見ている。銀の熱い視線などどうでもいいというかのように。しかし、銀はめげずに答える。
「いいえ、なんでもないわ?どうせこの後わかることだもの…」
銀はペロっと舌なめずりする。この子、魔性だわっ!
そう?と言いながらも一宮は最近流行りのタブレットでお目当てのアイスクリームをポチポチと注文する。
「まぁ個人的にはまだまだ一宮さんに聞きたいことはありますが、今日のところはここでお開きにしますか?もう九時過ぎてますよ?」
「えぇ、そうね。でも私達はかなり汗をかいちゃったから温泉に行こうと思うの。村上は来る?銀は?」
「そうですね。では私も行きましょうか」
「ええ、一宮さんが行くのであれば私も当然行くわ」
「そう、なら全員で行きましょう!ほら、さっさと残っている肉を食べるのよっ!」
「あつっ!」
全員は残っている肉や野菜、最後のデザートを食べ始める。そしてまたも不知火は舌を火傷した。
「あんたほんと不器用よね…」
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焼き肉屋を出た五人は近くの温泉地へと向かう。その温泉地は『極楽湯』という最近できたばかりの温泉地で、広い敷地、きれいな室内、足湯から岩盤浴、ヒノキ風呂やうたせ湯、さらに家族風呂まで豊富な種類があることで有名だ。
「私たちは家族風呂へ行きましょう?」
「うん?家族風呂?」
「ええ、要は貸しきってお風呂に入るの」
「それはいいね。楽しみだ」
「ちょ、ちょっと銀っ!何言ってるのよっ!一宮も!あんたも拒否しなさいよっ!」
アンリは顔を真っ赤にして叫ぶ。流石の村上と不知火もこれには微妙な表情をしていた。
「将来"家族"になるのだから問題はないでしょう?」
「へ?家族?」
「大問題よ!あんた達今日知り合った仲でしょう!?色々と早すぎよっ!」
一宮はまだピンときていないようだ。
「まぁまぁ、アンリさん少し落ち着いてください」
「とりあえず今日はさ、親睦も兼ねているんだからそういうのは遠慮してほしいなぁ…」
村上と不知火はアンリをなだめ、銀の説得にかかる。
「そういうことなら…仕方ないわね。今日のところは諦めるわ。今日のところは」
「なかなか積極的だなぁ…銀ちゃん」
「ええ、恋する女性は強いですね。リア充爆発しろ」
村上は彼女いない歴=年齢なのでリア充に対して毒を吐いた。
「お?ここがそうかい?大きくてきれいだね。この世界に来て始めての温泉だ。楽しみだね」
温泉『極楽湯』についた五人は受付で料金を払い施設に入る。一宮と不知火と村上と銀は男湯へ、アンリは女湯へ向かう。銀はアンリにつかまれて女湯へ引きずりこまれた。
「銀は寂しがりやだね。そんなにみんなと入りたかったのか」
「いやいや、違うと思うなぁ…」
「異世界には温泉に男女の区切りはないのだろうか…」
不知火と村上は困惑していた。異世界との文化の違いなのか、それともただこの男が鈍いだけなのかということに。
◇ ◇ ◇
「それにしてもいいお湯ねぇ~」
「ええ、そうね。一宮さんがいれば言うことはなかったわ」
「あんたまだそんなこと言ってんの……」
ここは露天風呂。雲一つない空であるため、満天の星空が湯舟から見ることができた。庭には草木や大きな岩、灯篭など、趣のある空間が広がっている。
「それで?あなたは一宮さんのことどう思っているの?」
「え?ど、どうって何よ、藪から棒に」
「あなたも一宮さんのこと好きなんじゃないの?」
「は、はぁっ!?別にあいつの事なんか好きじゃないわよっ!」
アンリは顔を紅潮させながら叫ぶ。
「でもあなたも一応は一宮さんに命を助けられた身。しかも、前の一宮さんの仇を討ってくれたわけでしょう?」
「う、言われてみればそうねぇ…」
確かに、前の一宮が殺された直後に今の一宮が現れ、その直後に仇を討っていることにはなる。さらに、『廃病院』の時は不知火に変化したバルダから助言という形ではあるものの、助けてはもらっている。思い返せば一宮がいなければかなり危ない状況ではあったのだろう。
「あなた彼にお礼は言ってないの?あなたを見ていると彼に対して雑に扱っている感じがするのだけれど」
「そ、それは…言ってないけどいいのよ!別に!前の一宮君の仇をとったって言っても今の一宮が進んで敵討ちに行ったわけでもないし、殺されそうになったから殺しただけでしょう?それに、バルダの時だって契約して助けてもらっているのだからお礼を言う義理はないわっ!」
はぁ、と銀はため息をつく。この女マジで言ってんの?という風にアンリに言い返す。
「それでもね、ちゃんとお礼は言うべきなのよ。彼にしてみれば別にあなたを助ける理由なんて実はほとんどないのよ?気づいてる?たまたまあなたが困っていたから手を貸しているだけ。彼はあなた無しでも生きていけるのよ?」
あなたでなくても頼ろうと思えば誰でもいいのだから、と銀はつぶやく。
「そ、そういわれてみるとそうかも…?」
「わかった?今日中にしっかりとお礼をいうのよ?じゃないといざという時にあなた、見捨てられるわよ」
銀は真剣な眼差しでアンリを見つめる。これには流石のアンリもたじろいでしまった。すべすべの白い肌、鮮やかな白い髪、スタイルのいい体つきという同じ女性から見ても魅力的なプロポーションが余計に相まって何も言えなくなる。
「まぁ私は構わないわ。あなたに頼らなくても違う仕事を探せばいいだけだし、彼と一緒ならどんな苦労があろうと幸せだし」
「べた惚れねぇ…」
「ええ、かっこいいでしょ?」
銀は気持ちのいい笑顔でほんとうに幸せそうに話す。
「私の初恋だもの」
◇ ◇ ◇
「それで?この世界に来てからの一週間はどうやって生活していたんです?」
「うん、『廃病院』ってところで寝泊まりしていたんだ。服も近くの川で洗濯していたんだよ?」
「それはそれは…大変でしたねぇ。食料はどうしていたんですか?」
「え?食べ物?食べてないよ?」
えぇっ!と不知火は体を洗いながら大声をだす。
「じゃあ一週間水もご飯も無し?なんで生きてるのぉ?」
「俺は魔力があるからね。それがあれば本来食べ物は必要ないのさ」
まぁこれは前の世界でも俺だけなんだけどねとつぶやく。
「それはあなたが五百年以上生きているということに何か関係があるのですか?」
「そうだね、一般的には魔力ってみんな同じものなんだ」
一宮は石鹸の泡を左手に持つ。
「でも俺の場合は色々あってね。ある時、その魔力が変質したんだよ。色が白から紫に」
左手の泡をシャワーで洗い流し、シャンプーを付けて泡立てる。
「そっかぁ、だから一宮君の魔法陣の色は紫なんだねぇ。でもとってもきれいだよ?」
「ふふ、ありがとう。まぁだから不老だし、怪物にもなったんだけど…今はどうなのかな?体が成長するのかどうかわからないね」
「そうなんですね。でも、さっきは焼肉をたくさん食べていたようですが?」
「食べなくても平気というだけで食べられないわけでもないしね。それに、魔力の回復はできるし、満足感が得られるから本当は食事はきちんとした方がいいんだ」
「なるほど、ではそのあなたの前の世界での怪物ってどんな姿だったんです?」
「うーん口では説明しにくいなぁ。じゃあちょっと書いてみるよ」
一宮は洗い場の鏡をさっきのシャンプーの泡で塗りたくる。そして魔法陣を鏡に発現させたかと思うと、まばらにつけられた泡が均一に整えられ、白い紙のようになる。
「これが……魔術というものですか。実際に見ると不思議ですねぇ」
「うわぁ、すごぉい!魔術って便利だねぇ!」
「でしょ?まぁこのくらいは前の世界の主婦でもできることだったんだけどね」
段々と泡が波打ち、凹凸ができるとその怪物の姿が浮かび上がってくる。
「これは…ドラゴンですか?」
「かっこいいっ!ドラコンだぁ!」
長いしっぽ、鋭い五本の爪、大きな二枚の翼が背中から生えており、その頭は一本の角と獰猛な口がついていた。
「ふむ、この世界にもこういうのはいるの?」
「いえ、実在はしませんが想像上の産物として親しまれています」
「そうなんだね。よかったよ、俺みたいなのがこの世界に何体もいたらたまったもんじゃないからね」
ほっとしたように一宮は安堵する。
「さて、体も洗いましたし、露天風呂へ移りましょう。ここのは絶景ですよ?」
「わぁーい!僕ここの露天風呂入ったことないから楽しみだよぉ!」
「それは期待できるね。早く行こう」
三人は露天風呂へ向かう。
◇ ◇ ◇
ドアを開けると、そこは満天の星空だった。
「わぁ、きれいだねぇ!」
「不知火さん、足元気を付けてください」
「ほう、なかなか趣があるじゃないか」
三人は景色のいい場所で湯舟に浸かる。
「あれ?この声は不知火?あんた達も来たの?」
「あ、アンリちゃんの声が聞こえるっ!おーい!そっちはどう!」
「ええ、こっちも最高よ。人が全くいないし、貸し切り状態ね」
「こっちも人が全くいないから広々してるよぉ!」
時刻はもう九時半を回っている。閉まるのが十時なので浴室内も人が数人いる程度だった。
「そちらに一宮さんはいるかしら?」
「うん?いるけど?」
一宮が答える。おっと、これはまずい予感がするわ。
「まってて、今そちらに行くわ」
「コラっ!待ちなさいっ!」
引き留めようとしたが時すでに遅し。銀は裸で竹の柵をよじ登り飛び越えてしまった。一体どういう運動神経してんのよっ!
「うわぁ!銀ちゃんがこっちきたぁ!」
「まったく、人が来たら向こうに帰ってくださいね?」
「やっぱり寂しかったんだね。それとも、アンリと一緒は嫌だった?」
まともな反応をしているのが不知火だけという珍しいことが起きていたが、今はそれどころじゃない。それと一宮にはあとで説教をする必要がありそうね。
「本当はダメですがバスタオルを持ってきました。これで体を隠してください」
「ええ、ありがとう。村上は物分かりが良くて助かるわ」
「アンリちゃん!アンリちゃんもこっち来るぅ?」
男湯からの声だけがアンリの耳に届く。
「行かないわよっ!つーか行けないし!どうやってその柵登れっていうのよ!」
四人が湯舟に浸かる音が聞こえる。うぅ、なんだか寂しくなってきたじゃない。
「いいお湯だね、銀。でもなんでそんなに引っ付いているんだ?」
「嫌だった?」
「そんなことはないさ。寧ろうれしいね」
「だったらいいでしょ?」
「そうだね。銀は寂しがりやなんだね」
男湯の方ではきっと男女二人が体を寄せ合って入っているところに二人の男がそれを見ているというカオスな光景になっているのだろう。それでも一人で湯舟に浸かっていると段々むなしくなってきて、アンリは我慢できずに竹の柵のところに歩み寄る。
「ねぇ!一宮!私もそっちに行けないのっ?」
「なんだ、アンリも寂しがりやなのか。仕方ないなぁ。じゃあ銀、こっちに連れてきてよ」
「私一人ならともかく、太った女一人を抱えて飛ぶのは無理よ?」
確かに、いくら銀の身体能力が高くても自分と同じくらいの体重がある人を抱えて竹の柵を越えるのは無理があるだろう。あとあいつ太った女って言った?ブチ殺すっ☆
「だから銀に『身体魔術』をかけるよ。これで君の身体能力は十倍になるから」
銀の足元に魔法陣が出現する。それがぱぁっと光ったと思うと銀は立ち上がりグーパーグーパーと手に力を入れ、魔術の感触を確かめる。
「……………いけるっ!」
銀は今度は竹の柵をただのジャンプで飛び越え、女湯に戻ってくる。そして、アンリを抱えると再度男湯にジャンプで飛び越える。
「いやぁぁぁぁぁ!おちるぅぅぅぅぅ!」
女の子に抱えなられながらジャンプをされるのはかなりの恐怖だろう。流石のアンリもかなりビビりまくっていた。銀は綺麗に着地するとアンリをおいてすぐに一宮の隣に座った。歪みねぇっ!
「騒がしい人ですねえ、はい、あなたのバスタオルです」
「あ、ありがとう……」
いくら寂しかったとはいえ、人生初の男湯覗きならぬ男湯侵入したことに今更ながらに恥ずかしくなる。村上に渡されたバスタオルを体に巻き、アンリは湯舟に浸かる。女湯とは少し違った景色に心を奪われた。
「こっちもこっちでいい景色じゃない。この二日間は本当に色々あったから疲れが取れるわぁ…」
「そうだよねぇ。流石に眠くなってきちゃったよ…」
不知火は湯舟で眠りそうになってしまっている。それもそうだろう。二日連続で走り回って徹夜をしているのだから疲労はピークに達している。こくりこくりと首が何度も落ちそうになる。
「話の限りでは不知火さんが一番頑張っていたようですからねえ。リーダー?これは臨時報酬が必要では?」
「うぅ、確かに不知火には迷惑をかけっぱなしだったわね…。でも、払えるお金なんかないし…」
「ため込んでいる宝石を売ればいいのでは?」
「そ、それはダメよぉっ!あの子たちはもう私の物だもんっ!売りに出すなんてとんでもないっ!」
村上と銀はゴミを見る目でアンリを見る。一宮は宝石かぁ…あれはきれいだよねぇ、とつぶやいている。
「アンリ。それはないわ、それは。人使いが荒いってレベルじゃないわよ?」
「でも……。あっ!ていうかあんたからまだ依頼の報酬もらってないわよっ!」
「依頼?あぁ、助けてくれたらなんでも一つ願いを聞くってやつ?それは組織に入るってことじゃないの?」
「それはあんたが勝手に入っただけでしょう?一宮がいるからって」
「ふーん、それで?何がお望み?」
「流れでわかるでしょう?お金よ!」
アンリは光明を見つけたかのように満面の笑みになる。そうよっ!ちゃんと依頼という形にしておいてよかったわ。グッジョブっ!あの時の私っ!
「仕方ないわねぇ…それで?いくら?」
「そうねぇ、一宮、不知火、私の三人に支払うわけだから一人に三十万払うとして…九十万よっ!」
「アンリさん……それは流石にぼったくりでは?」
村上は怪訝な表情をしている。いくらなんでも…といった感じだ。
「何よ、実際にあの場にいないとわからないだろうけどかなり危なかったのよ?不知火と私は何度も命を落としかけたし、なにより命を救った値段としてはこれでも安くした方じゃない?」
そういうものですかねえ、と村上は考え込む。これまで人を殺す報酬としての勘定は何度もしてきたが、人を救う報酬というのが見当もつかなかったからだ。さらに、人から守るのではなく、魔術師という特異的な存在から守るということも勘定のしにくさの要因でもあった。
「それで、銀。払えるの?」
「えぇ、そのくらいなら問題ないわ。明日持ってくるからそれでいい?」
「ほぇ?う、うん…それでいいけど…」
アンリはすぐ払えるということに少し面食らってしまった。まさかそんな大金を払えるなんて、これならもっと吹っ掛ければよかったかしら?と邪なことを考え始める。
「銀は貯金をしっかりしているんだね。将来いい奥さんになれるよ」
「ええ。勿論なるわ。だから安心してね?」
「安心?うん、よくわからないけど銀はしっかりものだね」
一宮は相変わらず銀の言っていることがわかってないようだった。そして、不知火は岩に頭をもたれかけたまま眠ってしまっている。
「不知火さんが寝てしまっているのでそろそろ上がりますか」
「そうだね。今日は色々と暴れられたし焼肉に温泉と楽しかったよ。こんな毎日が続けばいいなぁ」
「あんたにとって殺し合いってそんなレジャー気分なの…?」
アンリは一宮を信じられないという目で見る。だがよく考えてみれば殺し合いというよりは一方的に攻撃していただけだったので、本人からしたらそんな感じなのかもしれないと思った。
「それじゃあ行くわよ」
「へ?どこに?」
「女湯に決まっているじゃない?男湯から出るつもり?」
そういえばそうだ。いくら人がいなくなったとはいえここは男湯。着替えはもちろん女湯にあるわけでつまり…
「い、一宮?私にも身体強化の魔術をかけてくれないかしら?」
「それはめんどくさいからしたくないなぁ…それにかけてもいいけど、着地とか力の入れ方は加減ができるの?銀はその辺上手いからなんなくこっちに来れたけど、アンリなら力を入れすぎると施設の外にでちゃうかもよ?」
それは困るとアンリは思う。裸の女が温泉施設から外にジャンプしてきたところを誰かに見られたら恥ずかしくて死んじゃうし、なにより警察沙汰になりかねない。
「それじゃあ銀。またあとでね」
「ええ、待合室で会いましょう?」
「ちょ、ちょっと!他になんか便利な魔術ないのっ?ほら、物質を通り抜ける魔術とか、壁に穴をあける魔術とか…」
不知火をおんぶしながら一宮は困ったような表情でアンリに話す。
「残念だけど魔術は魔法のように完璧ではないんだ。なんでもはできないさ。それに…」
「それに?」
一宮は少し考え込んでアンリに告げる。
「アンリは反省した方がいい。仲間を大切にしないとそのうち裏切られるよ?」
それはさっき銀から言われたばかりの言葉だった。さっそく、仲間を大事にしないツケが回ってきたようだと、アンリは絶望の表情を浮かべる。
「じゃあ、行くわよ。せーーのっ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!おろしてぇぇぇぇぇぇぇ!」
後日、この温泉施設から閉店ギリギリになると悲鳴が聞こえるという噂で持ちきりになった。アンリは露天風呂に対して苦手意識を持つようになった。
◇ ◇ ◇
一宮、アンリ、村上、不知火、銀の五人は『極楽湯』を出ると近くのベンチでこれからのことを話し込む。
「それで?あんたは本当に銀と一緒に住むの?」
アンリは再度一宮に確認をとる。
「あぁ、銀がいいならそれもいいかもね。でも今日のところは不知火をおぶっているから届けないといけないんだ」
不知火は露天風呂から出た後も眠ったままだったので着替えさせて今は一宮に抱えてもらっているのだ。
「不知火さんの家の場所はここから遠いですよ?仕方がありませんね。今日のところは私のとこに来てください」
「いいのかい?村上。男二人がお邪魔して?」
「今日は特別です。それに、入ったばかりの新人に先輩が面倒をかけるのは望ましくありませんからね。二人くらい寝られるスペースはありますから安心してください」
「そういうことならお言葉に甘えようかな。ということで俺と不知火は村上のとこに泊まるよ」
一宮はアンリと銀に向けて話す。
「ええ、仕方がないわね。今日は大人しく引き下がるわ」
「そうね、私のところにまた来られても迷惑だし。また明日会いましょう?」
「どこで会いますか?」
「決まってるじゃない」
アンリはそれを認めたくなかったのだが、どうしようもない現実なので諦めて言う。
「明日は月曜日よ?学校で会いましょう。銀には村上から連絡させるわ。そうねぇ……夕方の四時には講義が終わるから四時半に集合よ」
五人は話し合った後、別々の方向へ歩き出す。そして銀は帰り際、二通のメールをとある二人に送り付ける。
「さ・が・さ・な・い・で・く・だ・さ・いっと……これでよし。これで安心ね」
銀はこれでもうやり残したことはないというようにスキップしながら夜道を一人、楽しそうに帰る。
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