第8話 対マリオネット その②
「あれ?赤い外套だったのになんで黒い外套になっているの?」
アンリは一宮に尋ねる。
「あの魔術は知らないけどきっと周りの風景に溶け込みやすいように変えているんだろうね」
「便利ねぇ、私欲しいわ」
一宮と合流できたことからか、アンリは安心しきっていた。
「ダジコニタラサ?」
「おっとそういうことですか」
「え?何々?こいつなんて言ってんの?」
「これは俺の前いた世界の言葉だね。きっと彼はこの世界の言語を学ぶ術を持ってないんだよ。ちなみに今言ったのは『何を話している?』だよ」
確かに、バルダは憑依した相手の情報をコピーできたし、一宮は死体から情報を抜き出せたから言葉を普通に話していたが、本来であれば言葉の壁というのは大きいものだ。それが外国ならぬ別の世界となればなおさらに。
「それにしても不便ねぇ…。手っ取り早くあいつに言語理解の魔術かなんか付与するか、私達に言葉をちゃっちゃと教えてくれない?」
「そんな手軽にはできないよ。いいかい?言葉ってのはつまり記憶なんだ。聞いた記憶、話した記憶、それらの経験が集まって初めて言語を習得できるのさ。つまり、誰かの記憶や経験をコピーするということだからそんな簡単なものではないし、危険な行為なんだ」
楽して手に入る能力なんて結局のところないのさ、と一宮は悟ったように語る。
「じゃああんた達の会話わかんないし、つまんないから離れてみてるわね。後よろしく~」
「アンリちゃん……気が抜けすぎだよぉ……」
「なるほど、だから村上はアンリのことが嫌いなんだね。よくわかったよ…」
一宮があきれたようにため息をつく。すると、三人で話しているのがよほど気に食わなかったのか。ガイウスは憤慨しながら何かを叫ぶ。
「フツゴジュデソバっ!グコツゴジュゼムっ!」
「『いい加減にしろっ!お前たちは一体何者だっ!』って言ってるね。仕方ない、いちいち訳すのも面倒だし、『共有魔術』でも使うか」
突然、アンリと不知火、さらに一宮自身の真下に魔法陣が出現し、それが下から頭上の方まで体を通り抜けたかと思うとパッと消え去った。
【え?何したのよ?】
「まったく、相変わらずこの世界の言語はよくわからん」
【今こいつがしゃべったの?知らない言葉なのにわかるわっ!】
【僕もっ!なんだか不思議な気分っ!】
【一時的に俺の思考を三人で共有したのさ。これならわかるだろう?でも君たちはわかるだけで話せないから注意してね】
【えぇ…。ていうかさっきの楽して手に入る能力はないって下りは何だったのよ。まぁ聞くだけで話すことなんてないから問題ないわ】
【アンリちゃん、完全にもう傍観者に徹する気満々だね…】
不知火はあきれ、アンリは遊び気分だ。一宮はちょっとイラついた。
【まぁ君たちは見ててよ。魔術師同士の戦いをね】
すると、地面から砂の人形が出てきた。槍や剣、弓や盾など様々な武器をもっている。さらに見たことのないオオカミのような異形の砂の人形や、象くらいの大きさの目が六つある怪物の砂の人形なども出現し、カオスな状況になった。
【そういえば言葉が通じてなかったよね。俺は一宮。一宮かずき。前の世界では『国潰し』って名前があるよ。】
「お、ようやく話せたな…つうか、は?『国潰し』?あの怪物の?そんなわけないだろうっ!貴様は人間じゃないかっ!」
【この世界に来た時に何故か人間になってたんだ。原因はよくわからない。それより君はガイウスだろ?『傀儡子ガイウス』。君も異端審問会に飛ばされた口かい?】
「おうよ、俺こそまさに『神出鬼没』『変幻自在』の『傀儡子ガイウス』様よっ!下手うってなぁ!異端審問会によくわからん魔術使われてこのザマよっ!まったく、不甲斐ねぇ!」
カカカカカカカっ!と快活にガイウスは笑う。
【まぁなんでもいいさ。君にもう用はないんだ。無用な殺人を何度も行う君ははっきり言って邪魔なんだ。うちのリーダーの要望でもあるしね】
「ま、待ってくれっ!俺たち組まねぇか?確かにお前の魔術はすごい。正直見惚れたぜ。こんな色々な魔術を使えるってことは本当に『国潰し』なんだと思う。でもこの世界に飛ばされた仲間じゃねぇかっ!助け合った方が楽しく暮らせるぜ?」
【あぁ、君と会うのが前の世界なら共感する部分はあっただろうね。でもこの世界で俺は平和に暮らしたい。人の役に立ちたいんだ。だから……】
一宮は右手を軽く頭上に掲げて構える。
【さようなら、ガイウス。もう君の運命は決まった】
「くそっ!シャレにならんっ!」
一宮が手を振り下ろすと同時にガイウスは一宮に背を向けて走り出す。その後ろを砂の人形や遊具の怪物が追いかける。
「うおぉぉぉぉぉ!あぶねぇなぁっ!仕方ない、もう一度空中へ逃げるかっ!」
ガイウスの行く手を阻むように花壇の花は巨大化し、その蔓がガイウスを捉えようとしたが間一髪でガイウスは真横に飛び出しかわす。そして、見えない足場があるかのように空中を上り始めた。
【させないよ。君の種はもう割れた】
「くそっ!これがあの有名な『無限射出』かっ!」
一宮は魔法陣をガイウスの周りに出現させ、例のごとく槍を高速で出現させる。すると、ガイウスに当たってないのにガイウスは突如足場が消えたかのように態勢を崩し、地面に落ちていった。
【一宮、結局あれはどういう仕組みなのよ?】
【あれはね、超極小の魔法陣を空中に発現させて不可視の魔力の糸で足場を作っているのさ】
【なるほどね、糸が小さすぎて『看破』の魔術でも見えなかったのね】
【そういうこと】
ガイウスはまたも空中で宙返りし、鮮やかに地面に降り立つ。
【身体能力はやはり高いようだね。彼クラスの『異端魔術』師クラスならあれくらいは当然できるか】
【へぇ、バルダよりは強いのね】
【まぁね、王国的には脅威だったみたいだけど、バルダなんか俺たちからするとカスみたいなもんだよ】
一度殺されそうになった身としてはそれは複雑だったが、確かに、今目の前にいるガイウスという男はバルダよりも強そうではあった。
【ちなみにあんたはどのくらい強いのよ?】
【俺?俺はそうだなぁ、例えるならバルダは『異端魔術』師としては下級。ガイウスは中級の上位って感じかな。俺は…伝説級ってとこになると思うよ】
【規格外ってことね。あんたやっぱすごい存在だったのね…】
【ふふん、そうだよ?俺を崇め奉るがいい!】
【はいはい、凄い凄い】
アンリと一宮がふざけている間も、ガイウスは公園の怪物たちと戦闘を繰り広げている。ガイウスは何度も周囲にある遊具や物を操ろうとするが、この公園は一宮にとって完全な”領域”となっている。魔力の糸で操ろうにもすでに一宮の手足となっている以上、操ることは不可能。ガイウスは自身で戦うタイプでなく、その周囲の環境や人を利用して戦うタイプであるのだが、一宮の『再現魔術』は周囲の環境を完全に支配する。相性は最悪といっていいだろう。
ガイウスは周囲の景色に溶け込んで逃げようとするが、完全支配された公園のどこに隠れように位置はバレるし、逃げ場はない。完全に詰んでいた。それでも大人しくヤられるわけにはいかず、ガイウスは逃げようとして砂場の方に向かっていった。
【あっ……】
アンリはちょっと前に一宮が砂場に何かいるって言っていたのを思い出した。たしか、名前はヘ、ヘルなんとか。
【ヘルイーターだね。ご愁傷様】
ガイウスが砂場の中央に来た瞬間。砂が一気に盛り上がり、正体不明の巨大な何かがガイウスをのみこむ。決着は意外にも早くついた。そして、何事もなかったようにあたりは静まりかえる。
【終わったね。君たちにかけていた『堅牢』の魔術も結局使わなかったし】
【そうね、確かかけてる間は精神・物理的な攻撃を一定量遮断するって魔術でしょ?】
そう、三つ目の魔術とは………、『堅牢』の魔術で相手がどんな魔術で人を操っているのか不明であったため、予備にかけておいたのだ。
【まぁ使わなかったのなら問題ないよ。じゃあ『共有魔術』も解くね】
「あーあ、疲れた。もう無理。二日続けて死にそうになるなんてありえないわ。今から夕食食べに行くわよっ!その後は温泉っ!温泉に行くわっ!これは命令よっ!」
「アンリちゃん、村上君のことはどうするのさぁ…」
「じゃあ村上に連絡っ!近くの安い焼肉屋を調べさせなさいっ!」
「うぅ……ごめん、村上君…、リーダーには逆らえなくてぇ…」
そう言いながらも不知火は律義に携帯をポチポチと打ち始める。一宮が『再現魔術』を解くと砂が血で滲んでいた。おそらくガイウスのものだろう。一宮は『死体魔術』でのみこむ。そして、はて、と考え込む。
「そういえば何か忘れてないか?」
「え?…………あっ、女の子っ!」
一宮と不知火もあっ!と声をあげる。完全に忘れてたっ!
「とりあえず行ってみましょうっ!」
二人は頷き返し、白い女の子のもと向かう。
◇ ◇ ◇
三人が駆け付けると、なぜか棒立ちのまま動かない白い女の子がいた。なんなの?なんで動かないの?
「あぁそうだったそうだった。『封印魔術』をかけていたんだった」
テヘペロ!と舌を突き出しながら一宮は『封印魔術』を解く。かわいくないわよ、それ。
「こ、こわかった……」
白い女の子はぺたんと地面に座り込み、そこから動かない。
「助けてくれてありがとう。それから………」
「あ、あれ?なんで私じゃなくて一宮に言うの?」
「まぁ実質一宮君が助けたようなものだけどね」
白い女の子は少しうつむくと、勇気を振り絞ったように一宮の顔を見ながら言う。
「わ、私と付き合ってほしいっ!ていうか結婚してほしいっ!」
「え?付き合う?結婚?」
「な、なんでよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
閑静な公園に絶叫が響き渡る。これにて魔術戦、第二幕は幕を下ろす。少女の絶叫と共に。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここは地元民御用達の有名な焼き肉屋『千条』。単品からコースまで数多くの豊富なメニューと、その価格に合わない新鮮で絶品な味を誇る肉が今日も多くの客の舌鼓をうならせている。そして、その建物の二階。十人くらい入る個室内には一宮、アンリ、不知火、村上、銀の姿がそこにはあった。
「それで?これはいったいどういう状況ですか?」
「知らないわよっ!ていうかあんたいい加減一宮から離れなさいっ!」
村上がアンリに聞くが、アンリはこっちも訳が分かんないという感じだった。銀は一宮の隣に座りべったりと引っ付くように座っている。
「これが所謂モテ期というやつだね。悪くないな。でも少し離れてくれないと流石に食べづらいよ」
「ええ、わかったわ。食べ終わったら好きにしていいということね」
「アンリ。この世界の女性はみんなこうなのか?」
「そんなわけないじゃないっ!あったばかりの人にいきなり付き合ってとか、け、結婚してとかそんなの普通にあり得ないわよっ!」
「でもわかるなぁ…」
「何よ、不知火。これが異常じゃないっていうの?」
「だって命の恩人だよぉ?それに魔術が使えるし。かっこいいじゃん?僕が女の子なら確かに惚れてるかもねぇ…」
と不知火は対面に座っている一宮を見ながら答える。そ、そうかもしれないけど結婚はないでしょう?色々と段階飛ばし過ぎよっ!
「ていうかそもそもこの女は何者よっ!」
「彼女は『ブケヤシキ』のメンバーです。要人の護衛・暗殺・調査を主に受け持っており、どれも優秀な成果を上げていますね。彼女は今まで請け負った依頼を一度もミスしたことがないので優秀だと思いますよ?」
「なんであんたが答えるのよ!」
「前回、一宮が請け負った依頼の相手ですからね。当然調べ上げています。でも普通に私たちの商売敵ですよ?彼女からしても私達は復讐相手にもなりますけど」
村上は銀に疑いの目を向ける。銀は隣の一宮のことが気になって仕方がないといった感じだ。そして、一宮は我関せずといった感じで焼肉を焼いたり食べたりするのに夢中になっている。
「聞いていますか?銀さん?」
「もちろん聞いているわよ」
銀は話しかけられてかなり不機嫌そうだ。
「確かに組織的にはあなた達とは敵同士。でも、別に恨みなんかないわ。この仕事で人が死ぬのは当たり前。それに、殺された仲間とは仲良くなかったし正直どうでもいいのよ、そんなこと」
「あなたが良くてもあなたの組織が許さないと思いますが?」
「ええそうね。だからやめるわ、あの組織。これからは一宮さんについていくし」
いいでしょ?と銀は一宮の方を向いて聞く。一宮は尚も焼肉に夢中のようで銀を見ずに答える。
「あぁ、別に好きにすればいいんじゃないかな。人は自由に生きるべきだ」
「あんた今私のとこに居候の身でしょうっ!何勝手に決めてんのよっ!」
そうだった。と一宮は一瞬手を止めるがまた思い出したように箸を動かし始める。いい加減ちょっとはこっちの話に集中しなさい?
「だったら私と住みましょう?組織に知られていない住処があるの。二人くらいなら不自由なく暮らせるわ」
「いいのかい?」
「いいわけないでしょうっ!年頃の男女が同棲って……あれ?別にこれっておかしくない?」
「まぁお互いの同意があれば問題は無いでしょう。それよりも私は本当にあなたが組織を裏切ってまで一宮さんについていくのか甚だ疑問ですが?」
村上はずれてもない眼鏡をクィっと上にずらす。そうよっ!普通にそこまでするのはおかしくない?あとあんたはコンタクトに変えたら?
「別におかしくないわ。彼は命の恩人で魔法が使えるのよ?そんなおとぎ話みたいな世界があるってだけで興奮するのに、それが命の恩人となれば誰だって好きになるわ」
「ふむ、それでも組織は裏切れないのでは?あなたはあの組織に外国で孤児であったところを保護されている筈ですよね?」
「なんでそこまで知ってるのよ。詳しすぎでしょう……」
あなたが頼りないからですよ、と村上はアンリにゴミを見る目で答える。うぅ、私リーダーなのにぃ…
「確かに助けられてことは感謝しているわ。でも、それはお互いにとって利益があったというだけ。私は人並みの生活を、組織は人手を。それ以下でもそれ以上でもないわ」
淡々と銀は答える。ふむ、と村上は考え込むような仕草をして再度銀に質問する。
「しかし、喫茶店にいた残りの二人とは仲がいいのでは?彼らにはなんと説明するつもりです?」
「あいつらとは一緒に仕事する機会が多かっただけ。個人的な付き合いはないわ。普通に組織をやめるっていっても止められたりはしないと思うし」
といって銀は少し考え込んだ後、
「彼らにはちゃんと連絡しておくわ。でもそうね、組織に『私抜けます』と言っても簡単に抜けさせてはくれないでしょうし、厄介ねぇ…」
「ほら見なさいよっ!あんたが良くてもねっ!簡単にこの仕事はやめられないのっ!」
「アンリちゃん、箸を人に向けながらしゃべっちゃ行儀が悪いよぉ」
「まぁ、何人か追手は来るでしょうけどしばらくしたらおさまると思うわ。今あの組織はあなたたちのせいで信用を失っているからそんな余裕ないでしょう」
「そもそもねぇ!あんたを引き入れるメリットはこっちには一切ないのよっ!追手が差し向けられるって時点でこっちにはデメリットしかないわっ!」
「私は賛成ですがね」
村上は一宮が焼いた焼肉を不知火に取り分けてもらいながら続ける。
「私達は今人手不足ですからね。ちょうど抜けた穴が塞がるのでこれほどラッキーなことはないでしょう?」
「それについては問題ないわよ。そこの一宮が入ってくれるから」
「そうなんですか?」
「あぁ、結局この世界で無一文だと色々と困るからね。お金のためさ」
「そうなのよっ!だから…」
「だったら二人とも雇えばいい話では?もともと一人しか暗殺者がいない時点で色々と危なかったんです」
村上はアンリに最後まで言わせずに遮るように話す。そしてボソッと、二人いれば彼が死なずに済んだかもしれなかったのに…とつぶやく。これに関しては実際に仲間が死んでいる手前、何も言い返すことができない。
「う、うぅ…」
「というわけで新しく二名の新人が本日『必要悪』に入社する、ということでよろしいですね?アンリさん?」
「わ、わかったわよ…」
「コホン、それでは改めまして。本日付けで新しい新入社員が『必要悪』に入社していただけました。少し前までは潰れる寸前だった我が社の期待のホープです。先輩方は後輩に優しく接するように。特にそこのリーダー。それでは、乾杯っ!」
「「「「カンパ―――――イ!」」」」」
「もう村上がリーダーになればいいよ」
一宮はこの人偉そうなだけじゃん?と心の中で思っていた。一宮の中でアンリの株が下がり、村上の株は急上昇していた。
「ふぅ、さてと、さっきから色々と気になっていたのですが」
村上は一宮の方に向き直り、当然の疑問を口にする。
「彼はいったい誰なんです?それに魔法?ちゃんと説明していただけるんですよね?リーダー?」
アンリは困っていた。別に今更隠すことなどないのだけれど、何から説明していけばいいのかわからなかったからだ。それに上手く話せても信じてもらえるのか、自分でもこの二日間の出来事は思い返しても信じられないことの連続であったのだから。
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