第7話 対マリオネット その①
喫茶店を出た銀は彼がいる三人組を尾行する。本当に彼は魔法が使えるのか。それとも仕掛けがあって魔法に見せかけているのか。非常に興味がある。それもこれも最近ハマったキャラが魔法を使っており、こんなのが現実にあればな、と少し思っていたためである。
「ともかく、バレないように尾行しないとね」
今まで尾行した経験は何回かある。所属してる組織である『ブケヤシキ』は対象の護衛、暗殺、調査の三つを請け負っている。そのうちの対象の調査依頼で何度か尾行したことがあり、そのすべてが上手くいっている。今回も失敗することはないだろうと銀は思っていた。
「それにしてもあとの二人は誰なのかしら」
そもそも彼が映っていたのは、二件の要人警護の対象を殺した暗殺者を、尾行した組織の三名の仲間が報復したところから始まっている。その三名の組織の仲間を殺したということはその暗殺者の仲間と考えるのが妥当な線だ。つまり、今いる二人は暗殺者の組織の人間である可能性が高い。
「彼だけを尾行するつもりだったけあとの二人にも注意した方が良さそうね。けれど、一体何のために商店街にきたのかしら」
よく考えるとあの防犯カメラにうつっていた時の服装でいるのはおかしくないだろうか。あの日からもう一週間以上は経っている。何のために?どうして?
「まさか…罠?わざと見つけてもらうため?」
その考えに行きついた時、あの三人はちょうど公園に入ろうとしていたところだった。
「とにかく、ジュンと刹那に連絡しないと」
突然、背後に悪寒を感じた。それは今まで経験したことのない、とてつもなく嫌な予感。振り向きたいけど振り向けない。衣服の下に隠している折り畳み式の大鎌を取り出そうとするが全身が震え、手がまともに動かせない。
「ケジュカノム?」
え、何?なんて言っているの?
後ろから声が聞こえる。
「フツノカ、レイナゴシノハ。カカカカカカカカカッ!」
声が出せない。言葉もわからない。でも最後に何故か笑っていることはわかった。
「ツブ、フレイコナシダン」
ゆっくりと体が本人の意思とは関係なく動き出す。少女は大鎌を組み立て、公園の入り口に立ち、三人を見つめる。銀は今更ながらに思う。興味本位で首を突っ込むべきではなかったと。そしてこの異常事態が自分ではどうすることもできないということを。
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公園の入り口に大鎌を持った白い髪、白い服装の女の子がこちらを見つめている。
「え、なんかヤバい雰囲気なんだけどぉ…」
「同感よ。とてつもなく嫌な予感がするわ」
不知火とアンリは椅子から立ち上がり、逃げる準備をする。
「ちなみに誰かあの子を知っている人はいる?」
「知らないよぉ」
「知らないがさっきの店にいた一人だな」
不知火が困惑している表情をして、一宮は冷静に答える。てかなんであんたまだ座ってんの?なんとなくヤバいって思わないの?
「さっきの喫茶店からずっとつけていたしね。なんだろう、言いたいことでもあるのかな?」
「つけていたって……どうしてわかったのよっ!」
「なんとなく?気配でわかるよ、尾行されているかぐらい。」
これでも、元だけど騎士団長だったんだよ?と一宮は続ける。
「尾行されてるのに気づいてたら教えなさいよっ!」
「でも殺意はなかったんだよね。なんというか、こう………どんな人なのかわからないからつけてますって感じ?」
「え、じゃああの女の子この三人の誰かのファンなの?」
「そんなわけないでしょっ!どこの世界に大鎌もって気になる人に近づくファンがいるってのよっ!」
白い女の子は大鎌を肩に担いでこちらに近寄ってきた。それに合わせてやっと一宮が立ち上がる。
「でもそれはさっきまでの話。今は寧ろあの子が怯えているね。何が起きているのかわからないって感じだ」
「なんでよっ!そんなわけ………」
と言いかけたところで気づく。確かに、白い女の子は今にも泣きだしそうな表情をしている。
「あ、あの女の子なんかつぶやいてる」
不知火がそう言ったので注意深く口元を観察すると本当になにやらつぶやいている。タ・ス・ケ・テ?
「助けて……助けてって言ってるの?あの子」
「そうみたいだね。どうやら本人の意思とは裏腹に俺たちを狙っているみたいだね」
「ど、どうしよう、アンリちゃん……」
「リーダーは君だ。君が選びなよ」
不知火と一宮がこちらの様子をうかがってくる。本当ならこんな厄介ごと避けたい。戦ったところで何のメリットもない。でも目の前の女の子は助けを呼んでいる。
昔の光景が頭をよぎる。それはまだアンリが殺し屋になる前のこと。黒服の男に囲まれ、銃を突き付けられて泣いている自分を、颯爽と現れ助けてくれた正体不明の男性のこと。アンリは覚悟を決める。
「一宮、あんたあの子を助けられる?」
「たぶんね、ご要望とあれば」
フッとアンリは微笑むと声高らかに叫ぶ。
「助けてほしいのであれば助けましょう!私はアンリっ!白いあなたっ!助けてあげる代わりに私の言うことを何でもひとつ、聞いてもらうわっ!それでもいいっ?」
「あ。あくまで依頼という形をとるんだね」
「アンリちゃん……」
不知火と一宮は若干あきれている。だってもらえるものはもらっておきたいじゃない?
白い女の子は少し迷った素振りを見せたあと、なんとか小さく頷いた。
「さぁっ!出番よっ!一宮、やっておしまいなさいっ!」
「丸投げですか……。まぁいいや、人払いはこの付近を『封印魔術』で封鎖してっと」
とたん、まるで自分達の周囲一帯が別の空間に来たような錯覚におちいる。そして、ニヤっと笑いながら開戦を告げるように一宮は告げる。
「今は夕暮れ。逢魔が時。昼と夜の曖昧な境界線。夜が来るまでには終わっているといいね」
一宮は白い女の子に向けて最後の言葉で締めくくる。
「準備はいいかい?」
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一宮が開戦を告げるや否や、公園にあった遊具がみるみると姿を変えていく。
海賊船をモチーフとしたアスレチックは地面の砂が段々と波打ってきて、砲台があるところからは本来ない筈の砲台が出現し、敵を狙い定める。
シーソーは巨大化して、投石器のような形に変化すると。地面から人型の泥人形が現れ、巨大な砂の球を投石器の籠にセットし始める。
キリンの滑り台はだんだんとキリンそのものになり、両手が鋭い刃物に変化して公園内にいる邪魔者を排除しようと躍起になっている。
その他、クマやライオン、カバにパンダなど。様々な動物をモチーフにした遊具が殺人マシーンに早変わりし、白い女の子に襲い掛かる。
「え、ちょ、ちょっとやりすぎじゃない!?これじゃ助けるんじゃなくて殺しちゃうじゃないっ!」
「大丈夫だよ。彼女はこんなんじゃ簡単に死なないさ。ほら見てみなよ」
アンリは視線を彼女に向けるとそこには驚くべき光景がそこにはあった。
何体もの鉄の動物たちの攻撃を紙一重でかわし、その大鎌で首や足、腕などを叩ききる。飛んでくる巨大な砂の球もなんなく避け、避けられない時は大鎌で両断していた。
「あの子、只者ではないようね」
「まぁあの子のことはしばらくいいよ。問題はもう一人さ」
「もう一人?なんのこと?」
アンリは首をかしげる。
「この広い公園にはもう一人いるんだ。多分そいつがあの子を操っているんだろうね」
「なんでそいつが操ってるってわかるのよ」
「この世界に本人の意思を捻じ曲げて人を襲わせるような手段はあるの?」
「な、無いわね。でも誰かに脅されていたりしたらわからないじゃない!」
「確かにね。でもやっぱりあの身体能力は魔術のないこの世界ではありえないと思うんだ。つまり、魔術で強制的に強化されて操られてる」
「じゃあ、あんたが前にいた世界の奴の仕業ってこと?」
「そうなるね。『千変万化』や俺みたいな『異端魔術』師がこの世界に送られているんだ。まだ送られていたとしても不思議じゃない」
「じゃあ敵の正体に目星はついてんの?」
「それがわからないんだ。結構いるんだ。ああいうタイプの魔術師。『幻惑のレオナルド』『真昼の悪夢』『絶対服従のゼイド』そして『傀儡子ガイウス』かな、俺が知っている中でああいうことができるの」
アンリと不知火は困惑する。敵の正体が掴めなければ対策が立てられない。まぁ、私らにできることなんてないんだけどさ。
「というわけでさ、探してきてよ」
「む、無理だよぉ……」
「無理に決まっているでしょうっ!私達自慢じゃないけど戦闘能力皆無よ?それに、この公園にいるったって探すのかなり難しいしっ!あんたが探せばいいじゃないっ!この公園はあんた曰く"領域"なんでしょう?」
そう、公園といっても空き地にちょっと遊具が置いてあるタイプのお子様向けの公園でなく、ここは都内でも珍しい、広大な広さを誇るこのあたりでも有名な公園だ。県知事が『子供たちに遊び場を!』ということで莫大な資金を公園につぎ込み、最初の内はかなりたくさんの人がここを訪れていたが、今では廃れ、たまに大人が朝と夜にランニングに来るくらいである。
「完全な"領域"になるには時間がかかるのさ。まぁ別にさ、俺が直接探しに行ってもいいんだけれど、その場合、うっかりしちゃうとあの女の子を殺しちゃうんだよね。ここであの子が死なないくらいの加減で『再現魔術』を使わないと依頼が果たせなくなるでしょ?」
調節が難しいんだ。と一宮は少し困った表情で答える。
「だからさ、動ける君たちに探してきてほしい。いるってことはわかるんだけどさ。隠れるのが相当上手いんだと思う」
「でも、直接探すったって探し方も倒し方もわからないわよ?」
「そうだよぅ…、やっぱり無理だようぅ…」
「だから君達にとっておきの魔術をかけてあげよう」
ニッと満面の笑みで一宮は答える。
「とっておきだよ?久しぶりだなぁ、この魔術。自分にかけたことはあるけど人にかけるのは初めてだ」
と、二人が不安になるようなことをこぼしながら。
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アンリと不知火は仕方なく公園内を捜索する。二手に分かれた方が効率はいいのだが、それは流石に怖い。空はもうすっかり赤色に染まっており、なんだか不気味な感じがするからだ。
「上手くいくのかなぁ……」
「やるしかないわよ。やるって決めたんだから。それに、今回は一宮のサポートもある。前回とは大違いよ」
「でも意外だなぁ。アンリちゃんが見ず知らずの誰かを助けるなんて。正直見捨てて全力で逃げるのかと思ってたよ」
「それは………、そうね。確かに私らしくないわよね。ただの気まぐれよ、ただの。深い意味はないわ」
仕事柄、人を殺すことはあっても助けることなんて今までしたことがない。けれど最近、前の一宮が死に、今の一宮が語ってくれた世界のことを考えると複雑な気分になるのだ。
その気持ちの変化に気づきつつも、本人は未だはっきり認識できていないため、これがどういう感情なのか、上手く説明できないでいた。
「とりあえず、今はその操っている奴を探すだけよ。女の子の体を無理やり操るなんてそんな奴、絶対許すわけにはいかないわっ!」
「そうだね、そうだよねっ!うん!絶対に見つけ出して倒そうっ!」
二人は決意を新たに公園内を捜索する。花壇を飛び越え、草木の周り、トイレの中や外周の死角など、一通り足を運ぶ。
「いないねぇ…本当にこの公園にいるのかなぁ?」
「あいつの説明ではたとえ魔術で隠れていても見つけられるはずなんだけど」
二人がかけてもらった魔術は三つ。一つは『看破』の魔術で自分の格下の相手がかけている魔術を無効化するというもの。それを二人の目にかけている。つまり、目で見た情報が魔術のかかってない正常な世界というわけだ。
「でもこれだけ探して全く見つからないなんておかしくない?」
「そうねぇ、行き違いになっている可能性はあるんだけど」
「二人とも、そろそろ見つけられた?」
一宮の声だけがどこからか、二人の耳に届く。
「いえ、全然だめね。一通り探したんだけど全く見つからない。」
「地面の中にもぐってるんじゃない?」
「そんなわけないでしょ、不知火。モグラじゃないんだから」
「そうだね。地面の中は寧ろ地上より危険だよ?おおっと危ない!砂場はダメだって!そこには『ヘルイーター』がいるんだから」
なにやら物騒な名前が聞こえる。早く見つけないと本当に一宮があの女の子を殺しかねない。
「早く探してよね。こっちだって遊んでるわけじゃないんだから」
「わかってるわよっ!うぅ、苦肉の策だけれど二手に分かれましょうか」
「えぇ!そんなの無理だよっ!見つけられても殺されちゃうよっ!」
「しっかりしなさいっ!男でしょう?根性みせなっ!」
酷い、暴君だぁ…と言いながらしずしずと不知火は再度公園内の探索に向かう。私も不知火とは反対の方向に歩き始める。でも本当に変だ。こんなに探しているのに全然見つからない。地面にもいないし、地上にもいない。だったら後は空ぐらいか?と、上を見上げる。すると……
赤灼けの空、見えるか見えないかの地上からかなり高い所に、全身赤の外套を着て赤い布で顔を隠した何者かが私を見下ろしていた。
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「え?何よあれ……」
「うん?どうかした?」
「あ、あぁ、一宮。赤い誰かが空の上にいる……」
「空?うーん、ここからだと良く見えないなぁ。しかし空かぁ。まいったなぁ、俺の今の『再現魔術』じゃ空は完全に範囲外だ」
「と、とりあえず見つけることはできたわっ!あとは任せたわよっ!」
「それはできないよ。一度使った『再現魔術』は完成しなければ解除できないんだ。それに、今この場を離れるわけにはいかない。さっきも言ったと思うけど」
殺すのは簡単なんだけどねと一宮はボヤく。
「それはダメ。一度助けるって決めたからには絶対に助けるわ。これだけは譲れない」
「だよね。だから後はよろしく。不知火もそっちにやるから二人でなんとかしてね。最悪、俺のいるところに誘導すればいいからさ」
「仕方ないわね……じゃああいつをあんたのとこに引っ張り出すわっ!」
「えぇ……せめて少しは自分で戦いなよ……」
一宮は心底あきれているような声音で話す。でも仕方なくない?誰が好き好んで人を操る魔術師と戦いたがる?
おーい!と、遠くから不知火の声がする。一宮の連絡を受けて戻ってきたようだ。
「見つかったんだって?どこにいるの?」
「上よ?上」
「上ぇ?」
不知火が空を見上げると一瞬ビクっと体が震える。
「な、なんで人が空中に浮いているのぉ?」
「わかんない。とりあえずあいつを一宮のとこに誘導するわよ」
「う、うん。でもどうやって?あの人さっきからずっと動かないけど」
そういえば。そういえばそうなのだ。見つけてから少し経つがあの赤いのは一ミリも動いていない。こちらに気づいている筈なのだが一向に降りてくる気配もない。
「こっちに引きずり下ろすしかないってわけね。オーケー。やってやるわっ!」
「やっぱりこうなるんだねぇ……」
「ほら!あんたも構えなさいっ!相手が来ないならこっちから先制攻撃するだけよっ!」
アンリと不知火は右手を空に突き出して構える。
「くらいなさいっ!ファイヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ふぁ、ふぁいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
途端、二人の右手から赤色の光弾が何発も発射された。
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「二つ目は『魔弾』の魔術だね」
「まだん?魔法の弾?」
「君らの世界でいう銃みたいなものさ。魔術師のね」
不知火はピンときていないようだ。頭に?マークが浮かんでいる。
「でもそれって私たちに使えるの?魔術師しか使えないものなんじゃないの?」
「普通はね。でも『魔弾』魔術を極めればこういうこともできる」
一宮はアンリと不知火に右手を出すように指示し、その腕をつかむと何やら光の球が二人の右手に入っていくような感覚が伝わる。
「え、何よこれっ!」
「く、くすぐったいよぉ!」
「ちょっと我慢しててね。一応多めに補充しておくからさ」
しばらくすると、一宮は二人の腕から手を離す。一体何したっていうのよ。
「今二人の右腕に『魔弾』の弾を装填したんだ。」
「弾ったって、どうやって発射するのよ」
「『魔弾』の特性はね。光弾が体内に貯蔵されたままだと無害なんだけど、対外に出るとものすごい勢いで飛び出すことなんだ」
「つまり?」
おそるおそる不知火が聞く。
「つまりこういうことさ」
一宮は不知火の右手を白い女の子に向ける。その瞬間、不知火の右手から高速で光の球が飛び出した。
白い女の子はビクっと動きが止まったが、すぐに我に返ると近くにいたウサギの遊具を盾にして防いだ。ウサギの遊具は光の球が当たるとドカンっ!と爆発して木っ端微塵になる。
「あわわわわわ………」
「ちょ、何てことしてくれてんのよっ!もし当たったりでもしたら…」
「大丈夫さ。今のあの子は強化されてるって言ったでしょ?あんなのじゃ死なないよ」
一宮は顔を背けながらボソッと小さく、腕の一本は吹き飛ぶだろうけどね、と怖いことを言い出した。こいつ、生きていたら腕がなくてもいいなんて本当に思っているのだろうか。
「まぁそういうわけだからさ。今の君たちは即興だけど『見習い魔術師』ってわけ。魔弾の撃ち方は右手を相手に向けて心の中で『撃てっ』って思えば出るはずだよ。弾数は一人五十発くらいかな」
「ハァ、もういいわよ。何もないよりマシだしね」
「怖かった…怖かったよぅ…」
まだ不知火はさっきの衝撃に立ち直れていないようだ。かわいそうに、あれは私でもビビりそうだわ。これがトラウマになったら優しく接してあげよう……。とアンリは心に誓ったのだった。
◇ ◇ ◇
そして今、アンリはそんな不知火のことなど微塵も考えていなかったりする。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!ナニコレぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!たのしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「あ、アンリちゃん!?顔が人としてダメな顔になってるよっ!?ていうか止まらないんだけどぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
赤い光弾が二人の腕から何発も飛び出す。それはさながら真夏に上がる打ち上げ花火のよう。ガトリングのように連射される魔弾は狙いを定められたが最後、不可避の弾幕へと変わる。赤い外套の何者かは赤い布で顔を覆われているが、狼狽していることはなんとなく察せられた。
空中でどう回避しているのか、原理は未だ不明ではあるものの、何発かは体をくねらせて避けていたが、ついに一発当たり、態勢が崩れたところに再度追い打ちが何発も当たるという悲惨な状況になっていた。そして今まさに空中から地面に落ちようとしていた。
「やったわ不知火!私!私が当てたわよっ!」
「魔術怖い、魔術怖い、魔術怖い、魔術怖い…………」
不知火にとってもはや誰が当てたとかはどうでもよくなっていた。そんなことは露知らず、アンリは無神経に不知火に話しかける。
「何よっ!楽しかったでしょ?とりあえず、あいつが落ちるところに向かうわよっ!」
そう言い終わらないうちに、赤い外套の人物は地面すれすれのところを落下していたのだが、ギリギリのところで落下スピードが急激に落ち、くるんと空中で一回転すると、何事もなかったかのように地面に着地した。
「ば、ばけものじゃないっ!仕方がないわっ!不知火っ!一宮のところまで走るわよっ!」
「もうやだぁ…お家帰りたい…」
「いいから走るっ!」
さっきとは打って変わって攻守が交代する。アンリと不知火たちにはもう攻撃手段がない。反撃不能の追いかけっこが始まる。
◇ ◇ ◇
アンリと不知火は全力で走っていた。一宮のところまでおよそ三百メートル。そもそも敵がどういった攻撃手段を持っているのかわかっていない。二人は未知の攻撃に対する恐怖で心が支配されていた。
「なんか私達昨日からずっと走ってばかりなんですけどぉっ!」
「普通に後ろを振り向くのが怖いんだけどぉ!」
アンリと不知火は絶叫しながら障害物を利用して逃げ惑う。そのすぐ後ろではドンっ!という衝撃音やドカンっ!といった爆発音が聞こえる。本当に私達の後ろで何が起きてんの!?
「じゃあ俺が教えてあげるよ。君達が撃った『魔弾』と、これはまだわかんないけど周囲にある投げ付けられそうなゴミ箱とか自動販売機を投げつけてるね」
「いやぁぁぁぁぁ!知りたくなかったぁぁぁぁぁ!」
「でも大体敵のことがわかってきたかな。お疲れ様。俺も今からそっちに行くよ」
「ハァ?あの子はどうしたのよ?」
「完全に動きを封じたよ。」
「じゃあ最初からそうしなさいよねっ!」
「そうもいかないんだ。操っている対象が掴まると自殺するように組み込める魔術もあるからね。助けたいなら相手がどう操っているのか確かめなくちゃいけないんだ」
一宮はやれやれ、やっとこれで肩の荷が下りるよ、とつぶやく。
「おっと君達の姿が見えてきたね。ふーん………、なるほど。君だったんだね。会ったことはないけど君のことはこっちの方まで情報が伝わってきていたよ」
一宮はアンリと不知火と合流した。アンリが後ろを振り向くとそこには黒い外套に黒い布で顔で顔を覆った人物が三十メートル先に佇んでいた。
「初めまして、俺は一宮。一宮かずき。あっちの世界では『国潰し』が一番有名かな。君は『傀儡子ガイウス』だね。他に持ってる二つ名は『神出鬼没』『変幻自在』だったかな?」
一宮はアンリ達の前に出て、そのガイウスとやらにゆっくりと歩み寄る。
「でも残念だな。君とは友達になれそうもない。うちのリーダーはカンカンだ。女の子を困らせたらダメじゃないか。それにタイムリミットが過ぎちゃったしね」
あたりはもうすっかり暗くなっており、公園内の街灯に明かりがポツポツとつき始めていた。
「これまでは前座。ここから先が本番だよ。大丈夫。君のことは死んでからその体に直接聞こうじゃないか」
そう言い終えると、一宮は笑う。これから起きることが楽しみで仕方がないというように。
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