第6話 対ドッペルゲンガー その後②

喫茶店についたアンリ、不知火、一宮の三人は商店街の服屋で買い物を終え、アンリと不知火の通いつけの喫茶店に立ち寄ることにした。


「ていうかなんで服屋で着替えて来なかったのよ?」

「うん?そうだなぁ、なんか新しい服を着ちゃうと自分が『一宮』じゃなくなってしまいそうでね。川で洗っているとはいえ一週間以上は着ているから名残惜しいんだ」

「ハァ?じゃあなんで服買ったのよ?」

「もちろんそれも着るさ。でもこの世界に来て初めての着物だろう?元の世界と比べても丈夫だし、もう少し着ていたいんだ」

「ふーん、まぁ別にいいけどさぁ、それでも」


 他人の趣味趣向をどうこういうつもりはない。が、本物の一宮を知っている立場からすれば彼が一宮を名乗り、一宮と同じ服を着ているのは抵抗があるのだ。つーか一週間も同じの着ていてなんで匂いしないの?体臭がファブリーズなの?


「今日中には着替えてよね」

「わかっているさ。ここを出る前にトイレで着替えてくるよ」


 窓際の席に座り、店員に注文をする。


「すいませーーん、注文いいですかぁ?」


 すると、カウンター近くにいた眼鏡で知的そうな顔の青年がこちらに歩み寄ってきた。


「え、なんでここにいんの?」

「お客様、ご注文をどうぞ」

「あ、村上君だぁ、久しぶりぃ~」

「お久しぶりです。不知火さん」

「ちょ、ちょっと!なんで無視するのよっ!」

「おやおや、これはこれは。仕事の報酬を横領し、うちの期待のエースにして唯一の暗殺者を死なせた紅アンリさんではないですか」

「う、うぐぅ」


 なんとかぐうの音はでたが、何も言い返すことができない。


「確か一宮君にはこう言っていましたよね?『あんたに最高の仕事ができるように全力でサポートする!仕事中以外の身の安全は保障しましょう!だから私に絶対服従!』でしたっけ?」


 「わぁー!すごーい!全然似てなーい!」


 不知火は相変わらず空気を読まない。そうなのか?と一宮も不知火に聞いてるし。


「ところでこの方は誰です?彼の服を着ているようですが……。あちらの奥にいる席の方々が彼を探していましたがどういう繋がりで?」


 三人は村上が指さした方を見ると、なにやら奇抜な恰好をした三人組がこちらを見ていた。見られていることに気づいたのか、その三人組はさっと顔を隠す。


「一宮、知ってる?」

「いや?全く知らないけど?」

「一宮?彼の血縁者ですか?確か彼に兄弟の類はいない筈ですが……」

「その件については今日の夜話すわ。場所はB-11で」


 村上はアンリをジィッと見つめると


「なんだか訳ありのようですし今は聞かないでおきましょう」

「ていうかほんとになんでこんなところで働いてるのよ?」


 まったく、誰のせいで…、小さくボヤいた後に


「お忘れですか?うちは今エースがいないんで仕事がないんです。あなた方は大学生という身分がありますが、私は仕事がなければただのニート。私は家族がいないのでね。働かなきゃ飢え死にするんですよ」

「か、顔がこわいわよ?村上君?」

「ええ、顔だけでなく態度でこの怒りを現したいのですが、今はしがない喫茶店の店員。今は何もしませんよ、今は」


 怒りを我慢しているのだろう。右手の手のひらに爪が深くくい込んでいた。


「村上君、一宮君とは結構仲が良かったから、かなりショックなんだと思うよ?」

「なんだ、結構前に一宮が死んだことを伝えると言っていた男とはこの男のことか。それにしては働くのが早すぎないか?」

「一宮君がいなくなってもう一週間は経つしね。バイトだけは見つけておいたんじゃない?」

「なるほど。しっかりした男じゃないか。アンリとは大違いだね。」


 外野がうるさいが今は耐えるしかない。そう、今まで色々あったが一宮が死んだことは確定しているし、その責任は少なからず自分にある。その罪は今後も背負っていかなければならない。


「……………」

「…………まぁ仕方がないでしょう。あの日は大仕事の後で全員が疲れてました。僕も不注意でしたし、なにより彼も油断していたのでしょう。あなただけを悪者にするのは酷ですからね」

「……………」

「わかりましたよ。どうせ今日の夜も会うのですからその時にまた話しましょう?で、ご注文は?」


 村上は気を取り直し、店員のふるまいで三人に話しかける。


「僕ホットォ!一宮君もそれでいいよね?あと多分アンリちゃんも同じのだと思うよっ!」

「かしこまりました。それでは失礼いたします」


 淡々と注文を受けると村上はカウンターの奥の方に入っていった。


「なかなか礼儀正しい青年だね。彼も君らの仕事に関わっているんだろう?何をしているんだ?」

「うーんとね、情報担当?かな?仕事現場の偵察とか相手の情報をパソコンでカタカタって調べるんだ。何回か見たことあるけど凄いんだよっ!」

「それは興味深いね。でも今更だけどそんな話をここでしていいのかい?周りに人がいるのに」

「大丈夫だと思うよ?そういうの村上君なら一番気を付ける人だから。事前に盗聴器とかないか探しているだろうし、寧ろ聞いている方が逆に盗聴されるっていう意味わかんないことができる人だから」


 ふーん、とわかったようなわかってないような生返事を一宮がしていると。


「ご注文のホットです。えぇ、その通りです。私の周囲で起きているすべての情報は把握できています」


 とホットコーヒーを素早くテーブルの上に置くとまたもやカウンターの奥に引っ込んでしまった。とりあえず、と一宮が続ける。


「彼は相当優秀だってことはわかったよ」


 一宮がそう締めくくると不知火があつっと舌をホットコーヒーで火傷した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ザザザザァァァァァァァァァ…………


 奥の方に座っていたジュンと刹那、銀の三人は小型のイヤホンをつけ耳をすませていた。


「……………何も聞こえないね」

「聞こえないさぁ〜」

「電波妨害されてるんじゃない?」


 ラジコン式の小型盗聴器を例の『槍男』がいる付近に飛ばし、会話を盗み聞きしようとしていたのだが何故か雑音しか聞こえない。


「盗聴器が壊れてるって線はないと思うしなぁ、昨日整備したばかりだし」

「じゃあ本当に電波妨害さぁ〜?」

「自分で言っておきながら訳がわからないわね。なんでその辺の喫茶店で電波妨害されるのよ」


 三人は困惑していた。やはり、突然故障したとしか考えられない。盗聴は諦め今後の方針をどうするのか話し合う。


「で、どうするんさぁ〜?」

「うーん、まぁ上に報告して対応するのが一番なんだろうけど」

「じゃあそうしましょう?」

「そうなんだけどさぁ、それだと絶対カイリューさんが来るじゃん?もしカイリューさんがあの人を倒したら全部あの人の手柄になっちゃうんだよ」

「そうなったら俺っち達は無駄骨さぁ〜」

「それは嫌ね」


 刹那は背筋を伸ばして締めに入る。


「だろ?だから今は彼の後をつけて情報を集める。そして、可能なら仕留める。仕留めきれなかったらその時に上に報告すればいい。それだけでも成果としては申し分ない」

「完璧さぁ〜」

「異議なし」


 どうやら方針はまとまったようだ。三人は再度彼らを見る。ちょうど彼らも席を立とうとしていたところだった。


「じゃあ後をつけてみようか。どうする?みんなで行く?誰かが行く?」

「私が行くわ」

「お、銀ちゃんやる気あるさ~」


 正直意外だった。三人の中で一番やる気がなさそうだったのに何が彼女を突き動かしたのだろう。


「本当に魔法みたいなことができるなら実際に見て確かめてみたいじゃない?」

「うーん、別に構わないけど。一人で大丈夫?」

「えぇ、平気よ。いざとなったらヤるし、ヤバそうだったら逃げればいいもの」

「だったらそういうことで。僕らはこの辺ぶらついているからなんかあったら連絡して」

「わかったわ」


 本当になんでいきなりやる気になったんだ?最近の現代っ子は考えが読めない。

 銀が彼の後を追っていくのを眺めていると、ズボンのポケットから最近流行りの、主人公が魔法で戦う系のアニメのストラップがはみ出していた。こいつ……最近携帯小説が面白いっていってたし、ハマったのか?さっきもどうせ携帯小説見ていたに違いない。あいつ普段ゲームしないし友達いないし。

 近頃の若者の考えはわかると単純なようだ。まぁ三人とも同い年ではあるわけなのだが。


「さて、銀も行ったし、僕らは何しようか」

「暇になったさぁ~」

「お客様」


 またもやあの村上と書かれた名札の男が二人のテーブルにやってきた。今度は何だ?


「当店での盗聴はご遠慮願います。尾行の類は当店を退出されると関係ありませんが、店内でそういうことをされては困ります」


 こいつっ!マジで電波妨害してやがったのかっ!しかも今までの会話を聞かれてたっぽいし。

 ジュンと刹那は身構える。安心してくださいと村上はクィっとずれてない眼鏡を直しながら、


「別に私はどうこうしませんよ。助ける義理もなければ助けたいとも思いませんし。あの人にはいい薬です」


 と言いたいことを言い終えたのか。村上はまた店の奥に消えていった。


「とりあえず……」


 刹那は続ける。


「店を出ましょうか」

「賛成さぁ~」


 二人は会計を済ませ店を出る。振り返ると村上は何事もなかったかのように営業スマイルで接客している。


「この店にはもう来れないな」

「賛成さぁ~」

 

 村上という男は彼らと知り合いのようであったが、これ以上関わると逆にこちらの情報を全部抜き取られない。ん?と会計の時にもらったレシートの裏に何やら手書きで書かれていることに気づいた。


「あなた方のことはもうすでに知っています。心配しなくても大丈夫ですよ?」

「あの店というかあの男が怖いさぁ~」


 ジュンと刹那は背筋に寒気が走る。もうやだ。この商店街に二度と来るものか。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 店を出たアンリと不知火、一宮の三人は喫茶店を出たあと特にアテもないので商店街をぶらぶらしていた。しばらく歩いていると、近くに誰もいない公園があったのでそこのベンチに三人で座る。


「これからどうする?どうせ夜になったら村上君と合流するから帰っても二度手間だし」

「うーん、遊びに行くっていうのもなんか違う気がするし」

「ていうかなんであんたそんな元気なのよ。昨日は何時間も走ったのに。結局一睡もしてないでしょ?」

「あぁー、結構仕事で体は動かしてたし、村上君のお使いとか結構やらされてたしねー。見張りでも徹夜なんかザラだったじゃん」


 へぇー。と、一宮とアンリは感心したように頷く。


「てかなんでアンリは知らないんだ?一応リーダーなのだろう?」

「そういえばアンリちゃん基本夜弱かったよねぇ。たまに仕事中寝てたし。『私いますることある?ないなら私いらなくない?』って村上君に任せてたし」

「なんでリーダーがアンリなんだ?何もしてないじゃん」


 アンリは顔を真っ赤にして反論する。


「ちゃんと仕事してるでしょっ!仕事持ってくるのだって簡単じゃないんだからっ!それに基本的には仕事の前と後が私の仕事なんだから現場のことは大体知っていればいいのよっ!」

「まぁそうかもね。アンリちゃんがいないとそもそも仕事できないし」

「当然よっ!私あっての『必要悪』。つまり私が『必要悪』なのよっ!」

「まぁそれももうできないけどねー。一宮君いなくなっちゃったし」


 するとアンリは顔をうつむける。

 

「そ、そういえばあんたどうなのよ?」


 俺?と一宮は答える。そう!そうよ!あんたのその魔術とかって殺し屋にピッタリじゃないっ!


「あんたのその『死体魔術』は死体を魔力に変えるんでしょう?死体の後始末が楽だし、魔力も蓄えられるわ!その魔力で人を殺せれば一石二鳥じゃない!」

「確かにね、魔術はこの先いつ必要になるかわからないし、ある程度は必要かな」

「それじゃあっ!」

「でもさ、俺はこの世界で平穏に生きたいんだ」


 一宮はどこか物悲しそうな表情で答える。


「前の世界では人の命はあまりにも軽すぎた。親が子供を売り、子供が親を殺す。国の周りにはいつも国の脅威になる魔物や魔術師、俺みたいな怪物もいたしね」


 アンリと不知火は黙って一宮の話を聞く。そうだ、彼の世界のことは知らないが、この世界と比較すると殺伐な環境であったことは容易に想像できる。


「この世界にも君達のような殺し屋もいるんだから多少の危険はあるんだろうと思うよ。けれど前の世界と比べるとやっぱり平和だと思うんだ。だから、今度は人のために生きたい。人のために役立つ生き方をしたいんだ」

「「…………………」」


 二人は何も言い返すことができない。あれ?なんで私達殺し屋なんてやってるんだっけ?と思い返すほどに。


「でもあんたこれからどう生活していくのよ」

「え?約束覚えてないの?この世界のこと教えてくれて、居場所もくれるって」

「一生?」

「うん、一生」


 え?とアンリと一宮はお互いをお互いで見つめ返す。


「いやいや、流石に一生はありえないわ」

「え?なんで?」

「なんでじゃないわよっ!成人男性一人養うのにどのくらいのお金がかかるかあんたわかってんの!?」

「いや、知らないけど?」

「そんな、さも当然みたいな顔されてもねぇ……一宮からの情報抜き取ったんじゃないの?」

「あくまで抜き取ったのは言語や習慣だけさ。そういう知識的なことまで抜き取っちゃうと半分以上が『彼』になっちゃうよ。」

「ハァ……じゃあ私の携帯貸すからちょっと調べてみなさいよ」


 そういうとアンリはポケットから携帯を取り出し、一宮に渡す。すると、一宮はポチポチと『成人男性 一人 生活費』と打ち込んだ。携帯の扱いはわかるのね……


「ふーん、この金額なんだ」

「それで、さっきの喫茶店の時給を調べてみなさい?」


 一宮は『ルノール喫茶 バイト 時給』と打ち込む。


「…………………」

「わかった?これが現実よ?」

「…………アンリ、君たちがしている仕事の報酬は?」

「大体一人殺すのに五十万~七十万くらいね。それを四人で分けてたから一人頭十万ちょっとはもらってたかな」

「……………る」

「え?なんか言った?」

「やるよ、この仕事」

「「……………」」

 

 さっきのあの重苦しい誓いはなんだったのか。手のひら返すの早すぎない?五分も経ってないわよ? 流石の不知火も、えぇ…って言っちゃってるし。


「ま、まぁ入ってくれるなら問題ないわ。よしっ!じゃあこれで『必要悪』に新しいメンバーが増えたわっ!村上君にも報告できるしっ!万事解決ねっ!」

「一宮君、本当にいいの?この人マジでヤバい人だよ?」


 不知火が一宮に念押しをする。おいおい、今ヤバい人って言った?こいつ。


「前の世界でもお金の重要性はわかっているからね……。賞金目当てで何度命を狙われたか」 

「それは……大変だったんだねぇ。でもなんでそもそも賞金なんかかけられてたの?」

「一つはまぁ、前も言ったけど王国を魔境に変えたんだ。そして、賞金目当ての傭兵なんかが俺の命を狙ってきたのさ。今みたいにね」


 今みたいに?とアンリと不知火は首をかしげる。そこで一宮が二人の後ろの方に視線を向けていたので、振り返ると白服で白髪の女の子が背丈に似合わない大きな鎌を持って三人を困惑した表情で見つめていた。


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