第4話 対ドッペルゲンガー その②

 取引の内容を聞き終えるとアンリと不知火の二人は、もうすっかり変わってしまった『廃病院』ならぬ『城』の廊下を全力で走り出していた。


「でもよかったの?アンリちゃんっっっ!一宮君の取引きに応じてっっ!」


 不知火の中ではもう彼は一宮かずきなのだろう。納得はいかないがそんなことは今はどうでもいい。


「仕方ないでしょっっっ!他に方法がないんだからっっっ!」


 取引きの内容は実にシンプルだった。バルダに対する攻撃手段を教えること。そして、その見返りにバルダを倒したらこの世界のことを教え、居場所を提供すること。その取引きを了承すると、一宮はそのバルダに対する攻撃手段を二人に教えた。

 その攻撃手段を聞いたアンリは一計を思いつく。そして、その策と言えるのかどうか、賭けに近いあやふやな計画を実行すべく、二人は走り出したのだ。


「それにしてもっっっ!」


 と、不知火は走りながらアンリに話しかける。


「本当にそんなものがここにあるのかなっっっ!」

「それも含めての『賭け』なのよっっっ!」

 

 二人は三階から四階の階段にたどり着き、一度足を止める。


「いい?これからはどちらがどちらの役割をするのかわからない。一人が掴まってしまえばゲームオーバー。一回限りの攻撃手段、二人の息が合わなければそれまでの分の悪い『賭け』」


 不知火は意を決したようにアンリを見つめ、頷く。

 それじゃあ、と二人は背中を合わせて逆サイドに走り始める。


「「作戦開始っっっ!」」


 内部も外部も完全な『城』になった今、廊下の端に掲げられているたいまつがゴゥゴゥと燃え、月は雲に隠れ、外はビュービューと風が強くなり始めている。

 仮初めの王城では一日限りの夜のダンジョンが始まろうとしていた。



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 取引きが終わると、アンリと不知火が作戦を練り始めたので二人の会話は聞かないようにした。何故聞かないのか、当然だろう。そんなことをしては興ざめだ。あの二人が何をするのか、それはこれからのお楽しみというわけだ。


「一体何を考えているんだろうねぇ、なんだかわくわくしてきちゃった」


 思えば怪物となり果ててからはただ生きるか死ぬかの殺し合いしかしていない。会話など、怪物になってからは全くといっていい程していなかったのではないだろうか。


「でもさっきは言わなかったんだけど」


 一宮は屋上から一階の庭を見下ろしながら小さくつぶやく。


「このデスゲームは時間制限があるんだ」


 そこには苦悶の叫びやうめき声をあげる人の形をしたナニカが『城』の中に入ろうとしていた。



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 バルダは憤っていた。


 当然だろう。何度も『身体魔術』で先回りし、『探知魔術』で追い込んでいるのにあと一歩というところで逃げられてしまう。それもこれも『探知魔術』が上手く作用しないためである。


「やはりこの『国潰し』の魔術が邪魔しておるな……」


 そう、本来であれば『探知魔術』は使用者を起点とした円球を魔力の届く範囲まで拡張させて、円球の中の生物を正確に感知するというもの。しかし、今は別の魔術がそれを阻害しており、大まかな位置しかわからない。


「それにこの魔術……」


 廃墟を別の何かに変える魔術なんて聞いたことがない。それだけで自分とは格が一つや二つどころではない差があることを認識する。二人を殺した後はあわよくば奴も殺すつもりだったが、逆に殺されてしまうのがオチだろう。


「しかし、この風景……どっかで見たことがあるような……」


 バルダは昔聞いた今は亡き王国の王城の話を思い出す。


「まさか……な……」


 『探知魔術』を使う。どうやら二人は別々のところにいるようだ。とうとう仲間割れでもしたか?まぁいい、一人ずつ殺していくだけだ。

 そして、バルダは二階から四階へ向かう。バルダが使った『探知魔法』の円球の範囲のすぐ下には、人ではないナニカが押し寄せているとは知らずに。



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 アンリは走る。全力とはいかないまでも、出来うる限りの力を込めて。

 すると、ちょうど階段を上ってきたバルダと目があってしまった。


「げげぇぇぇぇぇぇ!」


 およそ女の子とは思えない叫び声をあげ、アンリは反対側の、もと来た道を走る。なんで私のところにくるのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 なんとなくそうなるのではないかと思っていたのだが、実際にそうなると誰かに文句の一つでも言いたくなる。

 あぁ、今日は本当に厄日だ。無事に生きて帰ったら、普通の生活に戻りたい………。

 たとえ生きて帰っても、あの一宮もどきと生活し、殺し屋稼業を続けなくてはならないのだから平穏な生活など送れるわけがないと知りつつもアンリは最後の逃走劇を繰り広げる。



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 不知火は困惑していた。目的のものは見つかったのだ。しかし、それを作用させるには太い縄を切らなければならない。しかし、縄を切るようなものはあたりに落ちてはいない。


 どうしようかと考えていると遠くの方から何やら叫び声が聞こえる。


「じじじじじぃぃぃぃぃぃらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 本当に女の子の声とは思えない濁声が長い廊下に響き渡る。

 顔は見えないが涙声になりながら叫んでいることはわかった。わたわたと焦った不知火は廊下に掲げてあるたいまつを手に取り、それがある部屋へと駆け込む。



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 さぁクライマックスだ。


 一宮は屋上から三人が集結しつつある四階へ向かう。本当は残った方が屋上に出向いてほしいのだけれど、そうは言ってられない。何もしなければ三人とも死んでしまうのは目に見えている。


「幕切れはやっぱ自分で下ろしたいよねぇ」


 そう、まるで文化祭の劇の司会のような口ぶりで軽快にスキップする。


「そうは思わない?君たちも」


 聞こえるはずのないナニカに、もとは人であった彼らを異形な姿に変えた主はそっとささやく。



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「不知火っっっ!準備はいいっっっ?」


 アンリは不知火が入っていったであろう部屋に駆け込む。すると不知火はギョッとした顔でアンリを見つめる。手にはたいまつを持っており、今しがた縄に火をつけたばかりのようだ。


「ごめん……アンリちゃん………切るものがなくて………」


 部屋の様子を瞬時に理解し、不知火の表情から状況を察する。


「あんたはもういいっっっ!よくやったわっっっ!あとは隠れてなさいっっっ!」

「で、でもっっっ!」

「いいからっっっ!」


 不知火はまだ迷っていたが、どうすることもできないので部屋の隅に隠れた。

 さぁ、後には引けなくなった。アンリは部屋の中央にあるバカでかい台座の上に立つ。

 奴の注意を私だけに向けること。タイミングを見極めること。その二つに気を付けながら事を進めなければならない。


「ハァ、ハァ、いい加減諦めろっ!身体強化ってったって疲れないわけじゃないんだぞっ!」


 バルダが部屋に入ってくる。手にはこれまたでかいバルダと同じくらいの大剣が握られていた。どこで拾ってきたのよっそんなもんっ!

 バルダも呼吸を整えながらゆっくりと歩みを進め、台座に登るための階段を上がる。


「ようやく観念したか………そういえばもう一人はどこ行った?」

「あら?一対一だと勝てる自信がないのかしら?」


 イラぁっ、とこれまたわかりやすく不快な表情をしながらも、バルダはアンリだけを視界に入れる。

 確かに、身体強化している今の俺がどんな奇襲をされようが殺されはしまい。それに目の前の挑戦者は丸腰で挑もうとしているのだ。こんなの瞬きする間もなくで殺せるだろう。しかし、なんで今になってこんなところで決闘を挑むんだ?


 けれど、バルダはそれ以上考えることをやめた。追いかけっこもいい加減疲れてきたのだ。相手が覚悟をきめて最期の無駄死にを選ぶなら、それに乗るのはこちらとしても好都合というもの。


「そうだな、お前の後に殺せば済む話だ。じゃあ大人しく………」


 アンリはじりじりと後ろへ引き下がる。まずい、今避けたらタイミングが合わないし、避けなかったらあの大剣の餌食になる。バルダが大剣をゆっくりと振り上げる。


 その時、二つのことが同時に起こった。

 一つは不知火が「アンリちゃん!!」と大声で叫んだこと。もう一つは、執事の服、メイドの服、兵士の服、貴族のような派手な装飾の服を着た、人ではない人の形をしたナニカがなだれ込んできたのだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 一瞬で異形の集団はバルダのいる台座に駆け上がる。

 バルダは振り向き、大剣で何度も振り払うも、ナニカは腕を引きちぎられようが、頭が飛ぼうが、体に穴がが空こうがお構いなし。そもそも最初から腕がなかったり、皮膚がただれていたり、骨が浮き出ていたりと元から正常な生物ではないのだろう。それはまるで不死の存在であるゾンビそのものだった。

 アンリはその隙に台座の反対側から飛び降りる。そして、その瞬間、不知火がつけた縄は焼き切れ、この部屋の装置は作動する。

 

 ガコンッ!


 と重苦しい音を立てながら、台座の上にある、いくつもの棘が張り付いた直方体の鉄の重りがものすごい速さで下に落ちる。


「や、やめ…」


 最後の言葉が言い終わらぬうちにゾンビもどきとバルダが揉みあいながら、その存在ごと直方体の鉄の重りに押しつぶされて彼らは絶命した。


 そう、『賭け』とは……。

 アンリと不知火のどちらかがバルダをおびき寄せ、四階のどこかにあるというギロチンのようなものが設置された処刑場へ誘導し、もう一方がその処刑場の装置を動かしてバルダを倒すというもの。

 しかし、この『賭け』は途中で掴まってもダメだし、掴まらなくても触れられた時点で情報がバルダにわかってしまうため、その時点でゲームオーバー。さらに運よく処刑場に誘導しても部屋をよく観察されたら何をしようとしているのかバレてしまうし、タイミングを誤ると避けられてしまうため奇跡が起きなければ成功しない『賭け』なのだ。

 

 一宮が言っていたセリフを思い出す。


「この城には四階に処刑場があってね、今でいうそうだなぁ、ギロチン?っていえばわかるかな?それがどこかにあるんだよ。それを使えば油断しているバルダなら一瞬で殺せると思うよ?」

「なんで城の四階にそんなものがあるのよ…。ていうか、どこかってどこなのよ?」

「そりゃあ自分達で探さないとね。そこまで教えたらフェアじゃないよ。教えてもいいけどその場合、バルダにも君達に今話したことを教えるけどそれでもいいの?」


 本当にムカつくっ!が、それしか手はないのだからその提案を受け入れた。


「じゃあ取引き成立だね。君達の健闘を祈るよ。それでもやっぱりバルダに分があるけれど、なんだか君らは生き残りそうなきがするなぁ。あ、心配しなくてもいいよ?たとえ死んでも死体は僕の魔力になるからね。証拠は残らないさ」


 そう、後のことは気にしないで?というように誇らしげに語った。気にするっつぅのっ!え?死んだらあんたの魔力になんの?どうやって?


 結局、イレギュラーがありつつもその『賭け』にアンリ達は勝ったのだが。


「や、やったわっ!」

「アンリちゃんっ!後ろっっっ!」


 バルダを倒して気が緩んだものの、ナニカは続々と部屋に入り込んでくる。アンリは不知火のいる部屋の隅に走る。しかし、どうせ隅に逃げたところで結末は変わらない。どうせあの異形な集団に摑まって殺されるだけ………


「ハイ、しゅうぅぅりょぉぉぉぉぉ!」


 どこから出てきたのか、一宮がアンリの前方に突如としてあらわれ、アンリを受け止める。


「君たちの出番は終わり、もう帰っていいよ」


 と一宮が右手を握りこんでパッと開くと、ナニカはすぅっと消え去り、周囲の景色は元の廃病院にもどった。


「お疲れ様。無事生き残ったね。さてと、じゃあ落ち着いて話せるところに……と、聞いてる?おーい……………」

 

 アンリは安心しきって脱力する。さっきまで死と隣り合わせの状況だったのだ。本当はもう絶対生き残れないなと不安で不安で仕方がなかった。けれど、生き残った。得体のしれない達成感に包まれながらアンリは思う。なんでゾンビが来てるってことを教えなかったのよ、と。最後の文句を言うことができずにアンリの意識はそこで途絶えた。

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