第3話 対ドッペルゲンガー その①

「不知火が……二人……?」


 アンリはどうすればいいのかわからなかった。さっきまでいた知人が目を離した隙に二人になっていたのだ。まったくもって意味が分からない。


「君は……誰なの……?」

「そっちこそ……誰なのさ……?」


 同じ不知火の姿に二人は困惑しているようだった。どちらかが本物でどちらかが偽物なのだろうが、声も姿も仕草も全く一緒となっては区別のつけようがない。


「僕は不知火だよ」

「僕も不知火。不知火京。」

「いやいや、それは僕の名前さ、僕が不知火京」

「じゃあ僕と同姓同名だねっ!でもこんなことってあるのかな……?」

「あるんじゃない?実際ここにいるんだし」

「だよねっ!ふふっ!面白いっ!」


 ダメだ。この天然ぶりも不知火と全く同じだし、本物の見分け方がわからない。ていうか、この期に及んでこの馬鹿は本当に自分と全く同じ姿の人がいると思っているのだろうか。いい加減イライラしてきた。


「ちょっと不知火っ!どっちかが偽物に決まっているでしょうっ!普通にわかりなさいよっ!」


 アンリは鬼の形相で二人に近づく。


「うわぁぁぁぁぁ!ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!」

「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい!ゆるしてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ハグッと二人はお互いをお互いで抱きしめあう。そして、ふぇぇぇぇとか、ふわぁぁぁぁとか言いながら泣き出し始めた。ヤバい、マジでキレそう。


「全く同じ姿形の二人の人間。どちらかは偽物でどちらかは本物。さて、どうやって見分けるでしょう?」


 それまで静観を決め込んでいた一宮を名乗る青年がニヤニヤしながらアンリに話しかける。というかマジであの青年は一体何者なのだろうか。とりあえず一発ぶん殴りたい。


「どうやってって……。本物しか知らないことを聞くとか?」


 青年はどうぞ?というように片手の手のひらを上にして二人の不知火に向ける。あぁぁぁぁ!殴りたいっ!しかし、今はそれどころではない。


「こ、こほん。そ、それでは………」


 アンリは二人の不知火に向き直り、アンリから見て左側の不知火に質問をする。


「不知火Aに聞きます」

「不知火A?」


 目を向けられた不知火はきょとんとした目でアンリを見る。その辺は察しろっ!この唐変木っ!


「あなたの今の職業は?」

「え?職業?そんなのアンリちゃんが一番良くわかってるじゃん」

「いいから答えなさいっっっ!」


 不知火Aはヒィッと小さく叫ぶと恐る恐るしゃべり始めた。


「えぇっと……、大学生の工学部です。あ、建築学科です。アンリちゃんも同じだしわかってると思うけど……。あ、今している仕事は殺し屋で、組織名は『必要悪』。具体的な仕事は村上君から指示されたところにカメラや盗聴器を仕掛けたり、人が来ないように見張ったり、あとそれから……死体の後処理をしています!」


 もう一方の不知火Bもうんうんと頷く。お前には聞いてない。死体の後処理かぁ…気になるなぁ。と後ろの青年も何やらつぶやいているが今はスルー。


「うーん、まぁ合ってはいるわねぇ…。じゃあ、もう一方の不知火B!」


 アンリから見て右側の不知火に話しかける。


「ぼ、僕ぅ?」


 これまた同様不知火Aと同じようなきょとんとした目でアンリを見つめ返す。いい加減流れで分かりなさいよっ!もうこいつが偽物でいい気がしてきた。

 怒りを心に留めながら深呼吸をして不知火Bに質問する。


「私の職業は?」

「え?アンリちゃんの?さっき隣の不知火君が言っていたように僕と同じ大学で同じ学科だよね?あと仕事は殺し屋で具体的な仕事は仕事の受注、報告、そしてお金の管理だけど……あ、そういえば村上君が仕事の報酬と配られる報酬の採算が合ってないって言ってたよ?十万円程」


 うぐぅ、とアンリはたじろぐ。実は今月の家賃の支払いがギリギリだったので報酬から自分の分を少し多く抜いておいたのだ。その十万円もパチンコで二日で無くなったのだが。あと一万円っ!一万円あれば取り返せたのにっ!


「そ、そんなことないわよぅ?け、計算違いじゃないぃ?」


 めちゃくちゃ動揺していることから、ほんとにぃ?と不知火Bがジト目でこちらを見つめてくる。そして不知火Aも。こいつら本当にうざい。


「どうやら二人とも本物と同じ記憶を持っているみたいだね。さぁ、次はどうする?」


 青年はこの状況を楽しんでいるかのようにアンリに問いかける。


「うーーーん………。わかんないわよっそんなのっ!じゃああんただったらどうするっていうのよっ!」


 とキレ気味に青年に問いかける。


「俺ならそうだね……元の世界には『千変万化のバルダ』ってのがいてね?『同調魔術』ってのを使うんだ。その魔術は触れた相手の情報をコピーして自分に憑依させる魔術でね?」


 そこまでいうと青年は手のひらを不知火Aに向ける。


「一定の損傷を受けるとコピーした情報が抜けちゃうんだ。ほら、そのまま怪我したままなら死んじゃうかもしれないだろ?だから本体が対処できるようにするんだよ。」


 青年は魔法陣を不知火Aの背後に出現させる。それって……と、アンリは青年が何をしようとしているか気づいた時にはもう遅かった。


「だから簡単にいうと傷つければいいんだ」


 不知火Aの背後に出現した魔法陣から一本の槍が高速で飛び出す。不知火Aの右腕の上腕部に槍が突き刺さり、そこには槍一本分の穴が血しぶきをあげながらあいていた。


 グ、グゾガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!


 本物の不知火Aとは思えない悲鳴が屋上に響き渡る。すると、不知火Aの体が段々と不知火とは違う人物に変貌していった。頭は茶髪のショートカット、服装は灰色のフード付きのパーカーにジーンズ、スニーカーを履いており、身長は百七十センチ程度で細身の男が現れた。

 そ、そんな方法私にできるわけないじゃないっ!ていうか違ったらどうするってのよっ!と心の中で叫ぶ。


「ん?そりゃあ、治せばいいんじゃない?治癒魔術で」


 青年は何か間違ったこと言った?と、さも当然といった様子で飄々と答える。心の中を読むなっ!つーか、治癒魔術とか使えんしっ!


 不知火Aだった謎の男はふぅ、ふぅと痛みをこらえながら左手で槍をブチブチィッッッ!とグロテスクな音を立てながら抜き、魔法陣を発現させ血がドクドクと流れている穴にかざす。するとものの五秒程度で穴は完全に塞がった。


「ほらね?直るでしょ?」


 とドヤ顔で青年はフッとアンリを見下ろす。とりあえず、その塔から降りようか。話は暴力の後にたっぷりとしよう。


「お、お前は…何者だ…!俺の名前を知っているとは、その魔術といいこの世界の者ではないなっ!」


 謎の男は吠える。


「え?本当に『千変万化のバルダ』?え、なんでここにいるの?」


 謎の男は青年をキッと睨めつけると、肩の力を抜きながら


「実は数か月前、好みの町娘がいたんでその子と付き合っている男に変化してデートをしていたら偶然、その変化した男とバッタリ会ってな。本物のふりをしようとしたら問答無用で町娘に殴られて気を失っていたら憲兵に摑まってしまってよ。」


 なるほど、会話なしのいきなりのパンチは防ぎようがないわけか。その町娘のパンチは変化が解けるほど強かったのも予想外だったのだろう。ていうかバルダアホ過ぎない?


「なんやかんやで異端審問会に引き渡されてな。数々の悪行はともかく女性を襲うとは万死に値するっ!とかなんとか言って最近見つかった最強の魔術ってやつの実験台にされたわけよ。」


 なんとなく異端審問会が何を思っていたのか察せられる。みんな独身なんだろうね。


「で、気づいたらこの世界に来た、と」

「あぁ。まさか同じ境遇の奴がいるとは思わなかったがな……。ところでお前はなんでこっちに来たんだ?」

「俺?君と似たようなもんさ。異端審問会にやられた」

「ちなみにお前の名前は?」

「色々あるけど……そうだね、最新の二つ名は『国潰し』かな?」

「はぁ?あの伝説の?」


 バルダはかなり驚いている。何?なんかすごい人なの?あの人。


「『国潰し』っていやぁ、一夜で栄えている王国の一つを魔境に変えたっていう伝説の不老の怪物じゃねぇかっ!なんで人の姿なんだ?」

「この姿は俺が英雄と呼ばれていた頃の最初の姿でね…、ここに来た時にそうなっていて原因が全く分からないんだ」

「英雄ってルー……」

「あぁ、今は一宮かずきって名前だから。その名前はもう捨てたし、忘れたいから呼ばないでほしいな」


 ここまでボーっと聞いていたアンリはあっ、と思い出したようにバルダに聞く。


「そういえばなんであんた不知火に化けたのよ?」

「あぁ?そりゃこの世界に来たはいいが何もないからな。色んな奴に化けて食べ物や衣類、金を拝借していたのよ。あんたが屋上に上がって行った後にその不知火って奴が別の階に向かったからな。これはチャンスと思って成り代わろうとしたってわけ」


 悪びれもせずにバルダは平然という。別世界の住人には罪の概念というものがないのかしら?


「じゃあ、この廃病院に来たわけは?」」

「あぁ、それはなんだかこの雰囲気が元の世界と似ていて懐かしくてなぁ…。つい立ち寄ってしまったんだよ」


 わかるー、と青年は両手で銃の形を作ってバルダに向ける。バルダも同様の形で青年にピッと両手を向ける。仲良しかっ!お前らっ!てか何?その合図向こうの世界でも流行ってんの?


「心の中で色々とツッコんでるとこ悪いんだけどさ」


 青年がアンリに向かって話しかける。ツッコんでることを読むなっ!


「『千変万化のバルダ』にはまだ二つ名があってね。『正体不明』ってのがあるんだけど……」


 おおっと、嫌な予感がする。その先は予想がつくけどこの時ばかりは外れていて欲しいと心の中で強く願う。


「彼の正体を見た人は何が何でも殺されてるんだよ。彼に」

「不知火っ!走るよっ!」


 私は不知火の手を取り屋上から一階へむけて階段を駆け下りた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 走る。走る。走る。


 私たち二人は廃病院の長い廊下を全力で走る。屋上から逃げ出してかれこれ五分は全力で走っている。


 本当は一階まで一気に駆け下りたかったのだが、バルダが何故か一階に先回りしていたのだ。状況的には屋上から一階まで飛び降りたこと以外考えられないのだが。


「うん、その通りだね。彼ぐらいの有名な魔術師なら身体強化なんてお手の物だろう」

「えぇ!何々?どこから聞こえてくるの?」

「うっっっさいっっっ!今は全力で走るっっ!」


 どこからかさっきの青年の声が聞こえてくる。けれど、私も内心かなり驚いていた。えぇ!本当に心の声が読めるの!?


「いやいや、心を読む魔術なんてないと思うな。屋上から君たちが逃げ惑う様がはっきりとみえているからね。ほんと、アンリは考えが顔に出てわかりやすいよ」


 ガラス窓から屋上をよく見ると、確かに青年らしきものがこちらを見ている……ような……?遠くてよくわからないっ!あいつ目が良すぎないっ!


 「まぁそこは『視力』を『身体魔術』で底上げしているのさ。あと声についてはここの施設はもうすでに俺の”領域”だからね。どこに誰がいるのかも、声も届けることも可能なのさ」


「ハァ、ハァ、ハァ…、何なのそれっ!わけわかんないっ!」


 喋ると余計体力を消費するが叫ばずにいられないっ!なんで私たちこんな目に合っているのよっ!そしてなんであんたは狙われないのよっ!


「そりゃあ俺は格上だからね。正体が見られたからってネズミが竜に挑むわけないだろ?」


 そんなにあんた達差があんのっ!?見た目では全くわからない。寧ろ青年の方が弱くすら感じたのだ。


「俺としては誰が生きようが死のうが関係ないんだけどね。このままじゃあまりにもフェアじゃないから君たちに助言をしてあげよう」


 助言!?守ってはくれないの!?


「そんな義理はないさ。じゃあ言うね。バルダの魔術はさっきも言ったけど他者に化けれる『同調魔術』、それに自身の身体能力を上げることができる『身体魔術』、そして化けたことのある対象の能力がいつでも使える『偽装魔術』」


 はぁ!?そんなの難でもアリじゃない!!


「そんなことないさ。『偽装魔術』自分より格上だと使えないし、『偽装魔術』を使っている間は他の魔術は使えない。つまり、誰にも化けれないし、身体強化も使えない」


 でもっっっ!バルダが今まで誰に化けてどんな魔術を使えるかわからないじゃないっっっ!

 走るスピードが落ちてきた。ヤバい、そろそろ体力の限界だ。


「そうだね、正直俺も全くわからない。彼は今まで数えきれない魔術師に化けているだろうからね。だから『異端魔術』師に登録されて追われているんだ。いや、正しくは追われていた、かな」


 二階の端から端まで全力で走った。一階に降りようとするとまたもやバルダが一階に待ち構えていた。


「ど、どうしてわかるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「探知魔術を使ったんじゃないかな?」


 だろうと思ったよコンチクショー!

 私は今日何度目になるかわからない心の叫びを走りながらした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 塔の上で一宮かずきを名乗る青年は思う。


 これからどうするべきか。十中八九、あのバルダが二人を殺すだろう。バルダはこの世界に飛ばされた同郷仲間だからこれからは手を組んで新しい住処を探してもいいのかもしれない。しかし、この世界に詳しいのはあの二人組の方だろう。しかも死んだ一宮かずきについても色々知ってそうだし彼らと手を組むのも悪くないのかもしれない。いっそのこと三人に和解させて四人で組むか?


 そんなことを考えていたら廃病院の門付近では肝試しに来たであろう六人の男女のペアが今まさに入ろうとしていた。俺は『封印魔術』をこの廃病院にかける。これで内外ともに出たり入ったりが物理的にできなくなった。六人の男女はいきなり透明の壁ができたので訝しんでいる。早く決着を着けなければ人を呼ばれてしまうかもしれない。


「どちらにせよ、早く終わらせないとね」


 青年はもうほとんど『廃病院』には見えない外装に変化している、かつての王国の城のような光景に懐かしさを感じていた………。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ふぅーーーー、ふぅーーーーー、ふぅーーーーー


 アンリと不知火の二人は病院の三階にある受付カウンターの下に息を潜めていた。いつまでもここに隠れていても仕方がないのはわかっている。しかし、もう体力が底をついているのだ。動こうにも動けない。とりあえず体力の回復を優先させるべくここに隠れている。


「ア、アンリちゃん、ここにいてもその『探知魔術』で見つかるんじゃないの?」

「わかっているわよ。そんなことぐらい。でもあいつの『探知魔術』多分今精度が良くない筈よ」

「え、どうして?」

「いい、あいつはそもそも『身体魔術』で追いかけずに『身体魔術』で先回りをしているの」

「つまり?」

「つまり、『身体魔術』で追いかけている最中に逃げらて隠れられたりしたら見つけにくくなるってこと」

「へぇ、なるほどねぇ」


 不知火は雑学を披露されて感心している中年男のような反応をする。もうこいつ置いていこうかな。


「だからね、『探知魔術』で大体の位置を把握して『身体魔術』で先回りするのよ。そして疲れたところを………」

「殺すってわけだね」


 どうやって殺すのかは考えたくもない。何せ今まで色んな魔術師に化けているのだ。殺しのレパートリーは豊富だろう。


「わかったところでどうしようもないけどね」

「それは言わないでっっっ!」


 そう、わかったところでどうしようもない。こちらには攻撃手段も逃亡手段もない。じわじわと殺されるのを待っている子羊のようなものなのだ。


「そろそろ死ぬ覚悟は決まった?」


 青年の声が聞こえてくる。バカっ!バルダに聞こえちゃうじゃないっ!


「大丈夫だよ、彼には聞こえないようにしてあるからね。彼なら今その階の真下にいるよ」


 と、教えてもらっても何にもならない情報を教えてくる。もうこの際仕方がない。土下座でもなんでもしてこいつに助けてもらうしかない。


「だからダメだって。そんなことしたらバルダがかわいそうじゃないか。んんーー、でもそうだねぇ。どうしようもないから君達にもチャンスをあげよう」


 青年がこの死の鬼ごっこを楽しんでいることがわかるような口調で次の言葉を発する。


「俺の取引きにのるかい?」

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