第2話 ドッペルゲンガー

「本当にこんなとことにいるのー?何のためにこんなところにあいつがいるっていうのよっ!」

「そんなこと言われても……。村上君が言うにはここ以外はもう探されているからいるならここしかないって。それ以外なら街を出たか、それとも……」


 不知火はその先を言おうとしたが口をつぐむ。


「…………死んで埋められているかでしょう?」


 アンリは臆面もなくそう言い捨てる。そう、わかってはいるのだ。一宮がいなくなってもう一週間以上になる。ここまで何の手掛かりもないということはもう消されている可能性が高い。それでもまだ諦めきれていないのはあいつ抜きではこの仕事が成立しないからである。


「よく考えたら一宮君にかなりの負担をかけてたよね……。一週間に五人は殺してたし、いなくなったあの日だって続けて二件の仕事をしてたでしょ?」


 と、あの日のことをまるで昨日のことのように話し始める。


「後始末をして解散した後にいなくなっちゃったんだから、もしかしたらつけられてたのかもね。さすがにあの仕事はヤバいって何度も一宮君に反対されてたし」

「うっっっさいわねっっっ!それでも最終的に了承したのはあいつでやり遂げたっ!その後につけられて殺されたのならそれはあいつの責任っ!私はっ!何もっ!これっぽっちもっ!悪くないっ!」


 廃病院の受付カウンターの前でアンリは声を張り上げて叫ぶ。


「そんなだから村上君に避けられてるんだよ……」

「あぁん?なんか言ったぁ?」

「なんでもないです……」


 不知火はその女の子らしくない思考や仕草に残念さを感じながらも、一生この人はこんな感じでいきていくのだろうなぁ……と半ばあきらめていた。


 ここはこの街で有名な心霊スポットの一つ。千の宮病院の跡地だ。何年か前に経営困難で閉鎖され、今では若者たちの肝試しの場として知られている。都市部から少し離れており、当時の機材がまだ少し残っていることから、いかにもそれっぽい雰囲気を醸し出している。


「でもだとしたら、なおさらあいつがここにいる意味が分かんないわよ。ここ、マジでなんかいるって話よ?」


 アンリは廃病院の一階の長い廊下を歩きながら言う。


「へぇ、どんなのがあるの?」

「突然金縛りにあって身体が動かなくなるとか、病院の壁が気が付いたらレンガになってるとか、後は………そうねぇ、鐘がないのに鐘の音がするとか」

「ふーん、どんな音がするの?」

「確かゴーーン、ゴーーンって……」


 するとどこからともなくゴーーンという鐘がなるような音がきこえてきた。


「あぁ、こんな感じの音?」

「そうそう、こんな感じの……って!」


 アンリは音のなる方へ走り出す。


「ちょっ!?なんで音がなる方に走り出すのさ!普通逆じゃない!?」


 少し遅れて不知火もアンリの後を追いかける。


「馬鹿ねっ!なんのためにここに来たと思っているのよっ!肝試しにきたわけじゃあるまいしっ!」


 アンリ達は階段を駆け足で登る。どうやら鐘の音は屋上の方から聞こえてくるようだ。屋上まで一気に駆け上がり、チェーンで封鎖されていたドアも回し蹴りでぶち壊す。


「うっし、開けるわよっ!」

「ま、待ってよぅ……す、少し休ませてぇ………」

「問答無用っ!」


 続けて追いついてきた不知火の意見なんか最初から聞く気がないようで勢いよくドアを開ける。そこには………!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「うるさいなぁ………、また誰か来たのか………」


 下の方から人の話声が聞こえる。まったく、この世界の人間はどうしてわざわざこんな薄気味悪い所に来たがるのか。しかも奴らときたら、キャアキャア叫んでいる割に楽しんでる節がある。初めの内は逃げていく様を面白がって見ていたのだが、連日連夜来られてはたまったものではない。


「そろそろ本格的な居場所を探さないとな……」


 と考えていたところ、どうやら下の声がこちらに移動してきていることがわかった。


「またいつもので行くか、まったく、残りの魔力も多くはないというのに」


 そこで魔術を効率よく発動させるため、屋上へと足を運ぶ。


「まったく、なんて日だ。今夜は二組も来るなんて」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ドアを開けるとあり得ない光景が広がっていた。本来なら設置されている筈のない立派な鐘が塔と共にそびえ立っていたのだ。そしてその塔の屋根のようなところに一人の青年が片膝をついてこちらを見下ろしている。


「びっくりだよ。今までこの魔術で逃げる人はいても、こちらに来る人なんて初めてだ」


 青年は淡々と感情の読めない声音で私に言う。


「……………………!! あんた何言ってんのよっ!これはあなたの仕業っ?それに魔術って……意味わかんないしっ!」


 一瞬、異様な光景に圧倒され混乱していたが、すぐに気を取り直し精一杯の憤りを見ず知らずの青年にぶつける。


「意味わかんないって言われてもね……。こっちだって混乱しているんだ。死んだと思ったらわけのわからない世界にいたわけなんだけど」


 もしかしたらここは死後の世界なのかもね。とため息をつきながら青年は言う。


「……………あんた、名前は?」

「僕?僕は一宮かずき。最近拾った、この世界にきて初めての名前だよ」

「!?」


 アンリは戸惑った。探していた男の名前が別の誰かが名乗っているのだ。当然だろう。それによく見ると彼が着ている服はあの日彼が着ていた時の物。服にはうっすらと赤みがかかっており、それが血であると気づくと、激高して青年に叫ぶ。


「あんたっ!あんたが殺したのっ!一宮かずきをっ!」

「うん?一宮かずきの知り合い?」


 と、そこで息を整えた不知火が屋上に入ってきた。


「置いてかないでよぅ……。てか、すごっ!何ここっ」


 不知火もこの異様な光景に驚いていた。


「私もわかんないわよっ!あんたは少し黙ってなさいっ!」


 アンリがイライラした口調で不知火に八つ当たる。


「別に俺は殺してないよ。ただ落ちていたからもらっただけさ。死体も、服も、名前も」

「そんな言い訳が通用するとでもっ!」

「別に誰が何と言おうと関係ない。誰かに理解されたいわけでもない。君にとって一宮かずきは大切な人だったかもしれないが、俺がこの世界に来た時にはもう彼は死んでいたんだ。それに……」


 相変わらず思考の読めない表情で淡々と答える。


「はぁ…はぁ…、やっと着いた。アンリちゃん屋上にいたんだね。ってあれ?これどういう状況?」


 振り返るとこれまた奇妙な光景が出来上がっていた。


「こちらにも魔術はあるみたいだしね」

 

 不知火と全く同じ姿の人間が二人もいたのだから……。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 とある街の高層ビルが立ち並ぶとあるビル。そこには全身黒づくめの二十人ほどの集団と、多種多様な武器を携えている奇妙な風貌の者たちがとある一室にたたずんでいた。


「それで?カイトとジンとケンの行方は未だにわかんねーの?」

「はい、最後の通信があったと思われる場所に向かうと服や靴、携帯は落ちていたのですがそれ以外は何も……」


 日本刀らしきものを腰に携帯している男が黒服の男の一人に呼びかける。


「ていうかさぁ、別に俺らは死んだことに対して怒っているわけじゃないのよ。」


 刀の鯉口をチン、チンと鳴らしながら男に詰め寄る。


「かまわないよ?お前らが護衛対象を二十人で守っていたにも関わらず気づいた時には殺されてても。それも二件も」


 詰め寄られた黒服の男は顔面が蒼白になりながらも黙っていることしかできないことに焦りを感じていた。


「俺の金が、名誉が傷つけられたわけでもないしなぁ。怒るのは筋違いってもんさぁ」


日本刀の男が黒服の男の前で歩みを止める。そして、激高しながら


「でもなぁぁぁぁぁぁぁ!その後そいつらを血祭にしなけりゃ舐められんだろうがよぉぉぉぉぉぉぉ!その殺し屋を見つけて殺せたのはいいがよぉぉぉぉ!三人の追手が行方不明ってどういう了見だゴラァァァァァ!」


ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!


 黒服の男の頭が何度も近くのテーブルにぶつけられる。頭から血を流しながら最後はぐったりとなり、地面に倒れこんだ。ひとしきり暴れたのか、日本刀の男は息を整えながら


「はぁ…はぁ…はぁ…、ふぅーー。まぁこいつはここまででいいだろう。後はお前らの番だなっ!」


 後ろで固唾をのんで見守っていた黒服たちの表情が一気に凍り付く。


「お前もその辺にしとけ、カイリュー」


 と、金髪で長身の全身黒づくめの女がドアから堂々とした歩みで入ってきた。


「あの場所の防犯カメラを入手してきた」

「おう、レン。おせぇじゃねぇか」


 カイリューと呼ばれた男が近くのソファーに座りだらんとした姿勢でくつろぐ。レンと呼ばれた女がカイリューの真向かいに座ると


「これを見てくれ」

「あぁん?…………ほう。………………うん?……………これはっ!」


 カイリューは興奮した面持ちでレンに聞く。


「これCGなんかじゃねぇよなっ!加工してねぇだろうなっ!」

「あぁ、このことは表だってもないしな。死体もなければ痕跡もないから事件にもなってない。正真正銘のマジモンだ」

「はぁーーーーーーっ!こいつと殺りあってみてぇなぁおいっ!」


 カイリューは尚も興奮した面持ちで叫ぶ。それはまるで童話の世界に入り込んだ青年のように。


「ジュンと刹那と銀もこれを後で見ておけ」

「了解さぁ~」

「あいよ」

「はいはい」


 と名前を呼ばれた面々は別々の挨拶で返す。それにしてもこいつは一体何者なのだろうか。死体をのみこみ、何もない空中から槍を出すなんてありえない。それこそ魔法なんて手段を用いなければ。


「この街では最近物騒な事件が起きている。本人そっくりの偽物が本人に成り代わって人殺しや金品を奪う『ドッペルゲンガー』事件。突然体が動かなくなり、本人の意思とは裏腹に事故や自殺をさせている『マリオネット』事件。警察もこれらの事件を調査しているようだが全くあてにはならんだろう。我らは我らで仕事の邪魔をする奴らの一切を排除するだけだっ!心してかかれっ!解散っ!」


 レンは最後にそういうと部屋を出ていく。そう、この仕事の邪魔をされるわけにはいかないのだ。私の居場所はここにしかないし、私にできる仕事なんてこの仕事以外ないのだから……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る