終章-19:死闘の時、義勇魔法士 対 絶望の魔獣
【水龍】の尾に吹き飛ばされ、勇子の肩を借りてどうにか立ち上がった梢は、上空で眷霊種魔獣と互角に戦う命彦とメイアを見て、嬉しそうに言う。
「間に合った、間に合ってくれたわっ!」
「せやね、さすがはウチらの小隊長やわ! ホンマに上手いこと、おいしいとこを持って行きよる!」
梢の言葉にコクコクと首を振り、勇子も笑って答えていると、空太とミツバが駆け寄って来た。
「梢さん、勇子、無事かい?」
「お2人とも、お怪我は?」
「平気よ、空太、ミツバ。それより好機だわ!」
梢が戦場を見回して、ニヤリと笑う。
魔獣達は、高位魔獣である筈のミズチが、不意討ちとはいえ命彦に瞬殺されたことで動揺しており、まだどの魔獣も、三葉市への再進攻を実行できずにいた。
別種の魔獣同士で牽制し合って、その場に
魔獣達を後退させているのは、空から落ちて来るサラピネスや命彦達の魔法攻撃である。
三葉市側へ飛来する魔法攻撃は、メイアがしっかり相殺しているため、義勇魔法士達は平気であったが、その分魔獣側には、普通に上空から魔法攻撃が着弾しており、相当数の魔獣達が巻き込まれて死んでいた。
及び腰である魔獣の群れの様子に気付き、ここが攻め時だと判断した梢が、思念伝達網を使って義勇魔法士達へ指示を出す。
『全員傾聴! ウチの依頼所が誇る【魔狼】小隊の隊長が、母親の仇を討つために眷霊種魔獣を討つ秘策を持って参戦したわ! 眷霊種魔獣は【魔狼】小隊の2人に任せて、私達は目前の魔獣を減らしましょう! さあ、戦闘体勢を取って!』
梢の思念を聞いた、第3依頼所【魔法喫茶ミスミ】に所属する義勇魔法士達が、すぐに反応して士気を上げた。
「あの武者っぽい甲冑戦士は、【魔狼】の小隊長だったのかい? いやはや、思わず見惚れちまったよ」
「そういや戦場でも見てねえわ、【魔狼】の小隊長。ノッポの鬼娘がいるからてっきりいるもんだと思ってたぜ」
「そうね。地味でちっさいから、他の魔法士達の姿に埋もれてると思ってたわ」
「依頼所であたしらに、三葉市を守るって言い切ってたんや、普通は参加してると思うやん。あのムッキムキの鬼娘やったら、引きずってでも必ず連れて来ると思うし。遅れての参加をよう許したもんやわ」
「……では、あの鬼娘が遅れての参加を許す時点で、所長代理の言う秘策にも信憑性が生まれますね?」
「確かに。こっちが必死に戦ってる間、アイツは本気で眷霊種魔獣を討伐する秘策を作ってたんだよ、きっと」
「面白い。では見せてもらいましょう、その秘策とやらを。どうせ負けたら、全員あの世行きですからね」
「【魔狼】の小隊長は周囲が引くほどにマザコンと聞きます。もし本当に母親の仇討ちというのであれば、無策で来るとは思えません。秘策はあると思いますよ?」
「え? 彼はマゾコンだったんですか? 私、重度のシスコンって聞いてたんですけど?」
「私は常に肩に乗っかる子犬の魔獣が彼女って聞いてたけど、マザコンやシスコンって彼女作りにくいでしょ?」
「触手が好きって話もあったぞ? 迷宮で他所の依頼所の女性魔法士を、魔力物質の触手で折檻したらしい」
【魔法喫茶ミスミ】に所属する、命彦と顔見知りの義勇魔法士達がニヤニヤして会話し、重い身体で立ち上がって戦闘体勢を取ると、その会話を聞いていた第4依頼所【魔法食堂ホムラ】に所属する義勇魔法士達が、不安そうに問うた。
「お、おい、そいつは本当に頼りにしていいのか? 頭がどうかしてるっぽく聞こえるぞ?」
「情報を断片的に聞いている限りですと、ろくに良い印象を抱けませんが?」
「そもそも本当に勝てるのですか、あの眷霊種魔獣に?」
近くにいた【魔法食堂ホムラ】の魔法士達の、命彦への評価を聞き、戦場の空気も忘れて梢が思わず噴き出す。
「ぷふふ。まあ色々と思う部分もあるでしょうけど、頼ってくれていいわよ? ねえ勇子?」
「おおっ! ウチらの小隊長はやる時はやるヤツや! 眷霊種魔獣をぶっ飛ばしたあの戦いぶりを見たら、少しは信じられるやろ? どや、【ヴァルキリー】小隊!」
梢に聞かれて答えた勇子が、義勇魔法士達から【ヴァルキリー】小隊の少女達4人を見付け出して問うと、少女達は腹立たしそうに、しかししっかりと首を縦に振った。
「そのドヤ顔は苛立たしいですが……多少はあの地味小隊長を信じてみようと、今は思っています」
現時点でこの戦場にいる【魔法食堂ホムラ】の義勇魔法士達のうち、最も学科位階が高い【ヴァルキリー】小隊の言葉には説得力があったのだろう。
不安そうだった【魔法食堂ホムラ】の義勇魔法士達も、ようやく腹を決め、戦意を見せた。
その空気を察した勇子が、梢を見る。
「それでええわ。梢さん、行けそうやで?」
『ええ。総員、攻撃開始よ!』
梢の思念で、まごつく魔獣達へ義勇魔法士達の再攻撃が始まった。
地上の戦いが再開したことに気付きつつ、命彦はひたすら眷霊種魔獣サラピネスとの攻防に意識を傾けていた。
『そらそらそらそらぁぁああぁぁ―っ!』
「うおおぉぉーっ!」
斬撃と拳撃、拳撃と蹴撃が高速で衝突し、空間が震える。
「ここだぁぁああぁぁーっ!」
「合わせるわ!」
『くっ! ぐあっ!』
サラピネスの腹を思いっ切り蹴りつけ、命彦が攻撃すると同時に間合いを取ると、即座にメイアが空間転移し、サラピネスの背後より至近距離からの神霊攻撃魔法を放つ。
「今よ!」
「おうさ! 姉さん、ミサヤ!」
『『……貫け、《雷風の融合槍》!』』
メイアの集束系神霊魔法弾を神霊魔法防壁で受け切るも吹き飛ぶサラピネスへ、命彦が魔力物質の日本刀を振り下ろした。
サラピネスは、自らの頭部に振りかかる斬撃を、4本の腕に神霊付与魔法を集束して受け止め、弾き返そうする。
その時、命彦の下腹部から雷風を纏う集束系融合魔法弾が突然出現し、サラピネスの至近距離で炸裂した。
下腹部の装甲に埋め込んでいた特殊型魔法具〈秘密の工房〉に潜み、亜空間で魔法を具現化していた命絃とミサヤが、放ったモノである。
『ぐぬうっ!』
さすがにこの魔法攻撃は避け切れず、神霊魔法力場が削り取られて、サラピネスの脇腹を魔法弾が抉った。
それを好機と思い、命彦が呪詛物を仕込んだ右の触手を、サラピネスの傷口に突き刺そうとするが、それよりも一瞬早く、サラピネスの拳打が命彦の右肩にぶち当たった。
「があああっ!」
「命彦!」
右方へ軽々と吹き飛ばされた命彦を、空間転移してメイアが受け止めた。それと同時に、メイアはサラピネスの追撃と治癒の妨害を兼ねた、追尾系神霊魔法弾を無数に放つ。
「ぐぅうっ! き、効いた……」
『肩周りの魔法具にひび割れが! 下地の魔力物質も砕けてる! 一撃でこれほどの破壊力を……』
『すぐに治癒魔法をかけます。……生かせ、《陽聖の恵み》! どうですか、命彦?』
「助かった……痛みが消えたぜ。ありがとミサヤ」
砕けた魔力物質を再構築しつつ、命彦がサラピネスを見ると、神霊魔法防壁でメイアの魔法弾を全て受け止めていたサラピネスが、不敵に笑っていた。
負った筈の傷もすでに完治しており、放出して身に纏う神霊の魔力が一段と量を増している。
命彦が動揺を押し殺して、背後のメイアに問うた。
「アイツの戦闘力は天井知らずかよ、鬱陶しい……メイア、もう少し行けるか?」
「ええ。あと15分くらいだったら耐えられるわ。それ以上かかると自分でも……」
「分からんか。俺も、〈魔竜の練骨具足〉がいつまでもつのやら。既存の魔法具の流用だったエレメントフィストはともかく、〈魔竜の練骨具足〉はでき上がったばかりだ。ドム爺の話じゃ、まともに神霊魔法を喰らっても、三撃まで耐えられる筈らしいが、たった一撃でこの有様。魔法具の効力がもう落ち始めてる。魔法の定着を待たずに使った弊害だ」
サラピネスを見つつ言う命彦とメイアの脳裏に、命絃とミサヤの思念が響いた。
『右肩周りはもうダメね? 部位ごとに分けて魔法を封入してて助かったわ。他の部分の効力はまだ継続してる。でも……色々考えると、是が非でも短期決戦で終わらせたいわね?』
『はい。メイアの神霊魔法の時間的限界もあります。急がねば』
「一旦神霊との接続を切れば、時間的制限は私の心的疲労の問題だから、とりあえず疲労を
「俺1人じゃ無理だが、今の俺達、俺と姉さん達だったらできる気もする。まあ、アイツの戦闘力の上限が見えねえから、試したくはねえけどさ」
命彦がそこまで言ってから、ふと眼前に浮くサラピネスの違和感に気付いた。
すぐに間合いを詰めて来ると思っていたサラピネスがまるで動かず、サラピネスの4つの手に、魔力がどんどん集束して行く。それを見て、命彦は危機感を抱いた。
「まさか……あの化け物め!」
慌てて瞬間移動で命彦が切りつけると、ガインと恐ろしい衝撃が手に伝わる。
『魔力物質の生成は、幾度も見せてもらった。貴様らにできるのだ。我にもできて当然であろう?』
命彦の目の前で、サラピネスの4つの手に神霊種魔獣の魔力を用いた、魔力物質製の装甲が生まれた。
サラピネスが空恐ろしい笑みを浮かべ、思念で語る。
『楽しいぞ、小童よ! 貴様は我を新しき高みへと至らせた。貴様が使っているからこそ、我も使おうという気が起こったのだ。さあ、試させろ、我が手に入れた新しい力を!』
サラピネスが、手甲状の魔力物質を纏った右拳2つを、瞬時に放った。
神霊付与魔法の魔法力場に加え、魔力物質を纏う拳の魔法攻撃力をも上乗せされた二撃が、命彦に迫る。
死を想起して身を捻りつつ、拳を避けようとする命彦。
しかし、1つ目の右拳を避けたところで、2つ目の右拳が命彦の胴体を捉えた。
「命彦!」
『結界魔法の多重展開だったら!』
『くっ、駄目です、防げません!』
メイアや命絃、ミサヤが移動系魔法防壁を命彦の前に瞬時に展開したにもかかわらず、神霊結界魔法や精霊結界魔法の多重魔法防壁を突き破り、サラピネスの拳は命彦に突き刺さった。
「ぐほぁあっ!」
両腕で受け止めようとするが、上から人知を超えた衝撃が全身へ走り、左腕の〈四象の魔甲拳:エレメントフィスト〉が砕け散って、腹部の魔力物質製の装甲も砕け、肋骨が数本折れる。
魔力物質の下腹部に埋め込んだ〈秘密の工房〉から、命絃達が結界魔法を展開できることや、命絃達の使う攻撃魔法が魔法具の効力と干渉し合う可能性を考慮して、腹部は敢えて追加装甲で覆っておらず、魔力物質製の装甲のみだった。それが災いしてしまった。
「止まれぇえーっ!」
【迷宮外壁】の方へ突き落される命彦を、どうにか空の上で受け止めたメイア。
激痛に震えて苦悶する命彦へ、メイアはすぐさま神霊治癒魔法をかけた。
「命彦、命彦!」
「し、心配いらねえ……痛みと衝撃で、い、一瞬意識が飛びかけただけだ」
メイア達の頭上に浮かぶサラピネスは、望外の魔法攻撃力を発揮した己の拳を見て、ニタリと笑った。
そして、地上の戦いへ目をやり、死屍累々たる魔獣達の骸と魔獣側の劣勢を確認したサラピネスが、その戦場にいる全ての義勇魔法士達へ思念を叩き付ける。
『さあ、そろそろ宴も終わりにしよう! 我に新しき力を与え、想定外の粘りによって我が宴を盛り上げた地虫達よ、我からの心ばかりの返礼だ。最後の最後で存分に絶望するがいい! ククク、アハハハッ!』
サラピネスの魔力が膨れ上がり、空間の裂け目が1つ出現して、そこからおぞましい姿の高位魔獣、ファントムロードが現れた。
「あれは、軍と警察の防衛線に進攻していた【霊王】! ど、どうしてここに!」
すぐに気付いたメイアの発言へ答えるように、サラピネスが思念で咆える。
『さあ、たらふく死者の妄念を喰らい、死の歌を響かせよ! 地下で震える者達にも、死の安息をくれてやれ!』
ワイバーンの身体にグリフォンの頭部を持ち、オニグモの足が羽根のように生えた、異様の外見を持つ霊体種魔獣は、地上に降り立つと歓喜の咆哮を放って、黒い影を伸ばした。
戦場に倒れ伏した魔獣の骸が、影に触れると急速に干からびて行き、義勇魔法士が消し切れずにいた残留思念も、黒い影に吸い込まれてどんどん消えて行く。
そして、ただでさえ10m近くあった【霊王】の姿が、倍以上に膨らんで行った。
30m近くまで膨れ上がったファントムロードを見上げ、魔獣を追い詰めていた筈の義勇魔法士達が絶句する。
空からファントムロードを見下ろしていた、命彦とメイアも戦慄に震えた。
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