終章-14:出撃と、滅びの狼煙

 地下4階から庭に戻った舞子達は、空太が梢やミツバと話している姿を見かけた。

 メイアと勇子、舞子が駆け寄り、声をかける。

「梢さんにミツバも、いつお店へ?」

「ついさっきですよ、メイアさん。命彦さんの対眷霊種魔獣用の秘策がどこまで完成しているのか、確認しに参りました」

「空太に聞いたんだけど、魔力物質外骨格に装備する武具型魔法具や防具型魔法具は、あと魔法を封入するだけで完成して、呪詛物も今、あんた達が持ってるのよね?」

「ええ。あそこでソル姉や親方と話してるトト婆が持ってます。命彦の切り札は3つあるらしいですが、最後の1つは、私達もまだ聞かされていません」

「ただまあ、その3つ目も仕上げに入る言うてたから、完成は間近とちゃうか?」

 メイアと勇子が答えると、梢とミツバが顔を見合わせた。

「そう。じゃあ、命彦を動かすのはもう少し待つ必要があるわね? 別任務を与えましょう」

「ええ。眷霊種魔獣が出現するまで待機ですね? 願わくば、眷霊種魔獣の出現までに、切り札の全てが完成して欲しいところですが、間に合うかどうか……。とりあえず今は、動かせる戦力だけを、先に【迷宮外壁】へ配置した方がいいでしょう」

「【迷宮外壁】に配置? どういうことですか?」

 舞子が問い返すと同時に、空太が自分の〈地礫の迷宮衣〉の懐からポマコンを取り出した。

「こういうことだよ、舞子」

 空太が自分のポマコンを操作し、平面映像を映し出す。それを見て、舞子が口を開いた。

「依頼所からの一斉送信ですか? 第3依頼所【魔法喫茶ミスミ】に所属する義勇魔法士で、学科位階3以上の戦闘型魔法学科を修了した者は、速やかに【迷宮外壁】第2昇降機前へ集合すること。また、戦闘型以外の学科魔法士でも、学科位階が3以上で、かつ高位魔獣との戦闘経験がある魔法士も、依頼所からの個別指示を確認後、第2昇降機前へ集合すること……これって」

「ええ、依頼所からの任務指示。事実上の出撃要請ね? 私にも個別指示が来てるわ」

「どれどれ。〔魔工士〕学科第3位階義勇魔法士、依星メイア。高位魔獣との戦闘及び討伐経験を有するため、都市防衛戦力として、【迷宮外壁】第2昇降機前へ集合されたし、か。ホンマやね、当然と言えば当然やけど、メイアも召集されとるわ」

 勇子がメイアのポマコンを見て言うと、梢とミツバが首を縦に振り、話し出した。

「ついさっき、軍と警察の展開する防衛線に、ファントムロードを始めとした多数の魔獣混成群が進攻したわ」

「総数は9000体を超えると見られます。ファントムロード率いる300体ほどの霊体種魔獣の群れが特に厄介ですが、他にも高位魔獣が数体ほど混ざっており、軍や警察ができる限り魔獣を堰き止めたとしても、2000体から3000体の魔獣達が、防衛線を突破する見込みです」

 息を呑むメイア達。ミツバと梢が苦笑して言葉を続ける。

「戦い始めたばかりですから、まだ防衛線を突破されていませんし、それについ今し方、2000体の都市内清掃エマボットを私が動員及び指揮して、【迷宮外壁】から6km地点に粘着地雷をぐるりと敷設しました。これで多少の時間稼ぎができる筈ですから、今はそこまで不安を抱かずともよいでしょう」

「そうそう、今はまだ安心してていいわ」

「姉さんの言うとおりです。そもそも2000から3000の魔獣達が、そのままの勢力で来るとは限りません。5km地点に入り次第、魔法機械による一斉掃射を行いますし、4km圏内には磁界で操作できる攻性微小機械粒子の靄を展開しています。この2つで、最低でも1割から2割程度は、個体数を減らせる筈です。ただ3km以降は……」

 言い淀むミツバに代わり、空太が口を開いた。

「文字通り、魔獣達との戦場と化すわけだね?」

「そうよ。付与魔法に長けた魔獣や飛行できる魔獣は、3kmくらい1分もかからずに移動するから、もうここまで近付かれたら、あれこれ策を弄すより、魔法で殴り合った方が確実だし効果的だわ」

「魔獣が【迷宮外壁】から3km圏内に到達し次第、私の防衛行動は魔法機械のみに限定されてしまいます。どうか、皆さんの力をお貸しください」

 ミツバが頭を下げると、メイア達は元気に言った。

「分かってるって。……ちゅうことで舞子、ウチらの留守をよろしく頼むで?」

「私達も行って来るわ」

「無事を祈っててくれ。命彦や店の皆にも、説明よろしくね?」

「ミツバが戦闘情報を平面映像で放送するから、あんた達の姿も映るし、説明する前に気付くと思うけどね? まあ、家族への一報は入れとくことよ、これは所長代理命令だからね? 遺言状とかも書いとくといいわ」

「昔書いたんがあるからええわ。死にに行くつもりはあらへんし。ポマコンで連絡だけしとく」

「僕も」

「それじゃ、私も」

 3人が家族に連絡すると、店舗棟から慌てて3人の家族が飛び出て来た。

 家族に説明する3人。心配そうに見ている家族や舞子に見送られ、梢の使う《空間転移の儀》でメイア達3人が、手を振りつつ瞬間移動した。

「「「それじゃあね、舞子」」」

「お気を付けて!」

 消える間際に手を振るメイア達を思い、同行できぬ歯がゆさをグッと呑み込んで、舞子は3人の無事を祈った。


 舞子がメイア達の出撃を見送った頃。

 関西迷宮【魔竜の樹海】第3迷宮域の原野では、【魔晶】に触れていた黒髪の眷霊種魔獣サラピネスが、4本腕の拳を突然全て地面へと叩き付けて、咆えていた。

『……もう待てんっ! 我は行くぞ』

 思念でも表情でも苛立ちを表すサラピネスへ、すっと背後に現れた灰髪の眷霊種魔獣サギリが、思念で告げる。

『日盛りまであと二時ふたときほどだぞ? そこまで待てば、当初予定していた規模の宴が開けるまでに、魔獣どもが現れる。それも待てぬのか? ここで【魔晶】を放り出すと言うのか、サラピネスよ?』

 諭すように思念で語るサギリ。しかし、サラピネスは首を横に振った。

『ああ。もういい、もう待てぬ。待つことに飽いた! 退屈で身体が腐る。飢えも抑えられん。早くあの小娘を、小童を喰らえと、我の腹が訴えている! その姿を見ねば、すぐに戦えるところまで行かねば、この飢えは治まらん』

『小娘と小童に、貴様が随分入れ込んでいることは分かったが、そうは言っても、我らの役目は人間どもが右往左往するように攻撃を仕かけ、その姿を観る我らの母神達を楽しませることだ。貴様の母神は、我欲のためにここで【魔晶】を放り出すことを、許すのか?』

『分からぬ。しかし、許してくださるよう後で頼む。もうこのかわきと退屈に耐えられんのだ! 人間どもの血肉が欲しい! せめて苦しむ様だけでも見たい! すぐそこに獲物がいるというのに……【魔晶】に縛られてろくに動けぬ。退屈で死にそうだ!』

 ウズウズしている様子のサラピネスを冷めた目で見て、サギリが思念を飛ばした。

『貴様がここで【魔晶】の補助を止めれば、魔獣の召喚速度も召喚頻度も落ち込み、魔獣の出現数が一気に減る。【魔晶】も早晩自壊するだろう。それでも良いのか?』

『くどい! ここまで魔獣を召喚したのだ。あとは我と貴様で数合わせをすればいいだろうが!』

『……分かった。貴様が任された宴だ。好きにするがいい』

 もはやどうでも良いといった様子で、サギリが思念を発すると、サラピネスが指示した。

『では、貴様は小娘達のいた街の前に展開する、人間共の群れを攻撃しろ。適度に雑魚を減らせ。いでのある人間どもだけが残るよう、手加減せよ』

『手加減だと? どうするつもりだ?』

『決まっている。小娘と小童を喰らった後、貴様が選別した者達をも我が喰らうのだ』

『……そういうことか。余程餓えていると見た。やれやれ、面倒だが手を貸す約束だ。いいだろう、多少は付き合ってやる。早速転移するぞ?』

『応とも!』

 サラピネスとサギリ、2体の眷霊種魔獣が遂に動き出した。


 【迷宮外壁】の第2昇降機の傍、関所の近くへと空間転移したメイア達は、振り返って頭上を見上げた。

 三葉市の上空には、ポツポツと太陽に照らされた黒い点が幾つか見える。

 その黒い点の1つが、神樹邸と魂斬邸、鬼土邸と風羽邸をくっ付けた、【精霊本舗】であった。

 メイアが黒点の1つである【精霊本舗】を見上げて言う。

「せっかく飛行避難装置がついてるんだから、【精霊本舗】もさっさと安全圏に逃げて行って欲しいって、そう思ってる一方で、その【精霊本舗】がまだ見える位置にあることに、ホッとしてる自分がいるのよね」

「あ、それ僕も分かるよ。家族や皆が待つ帰る場所、って感じがするもんね? 視界に入ると安心するんだ」

「せやねえ。でもまあウチ的には、はよう安全圏に逃げて欲しいわ。万が一、魔獣らの攻撃が届いたらって思うと心配やもん」

「あの店は十重二十重に周囲系の精霊結界魔法が展開されてるから、たとえ魔獣の攻撃を受けてもすぐに墜落することは考えにくいわ。高位魔獣の固有魔法や神霊魔法さえも、単発だったら受け止められるくらいだしね? ソル姉さんや親方もいる。危険を感じたら勝手に安全圏へ逃げるでしょう。それより、今はこれから起こる魔獣との戦闘について、私達は考えるべきよ。ミツバ!」

「はい」

 梢の呼びかけに返事をしたミツバは、近場にいた魔法機械〈ツチグモ〉の空間投影装置を起動させ、メイア達の頭上へ平面映像を投影した。

 軍や警察の防衛線を突破した魔獣達が、映像に映し出される。

 粘着地雷を次々に踏んだ魔獣達は、焼いたもちのように瞬時に膨らんで伸びる粘着剤を、手足に絡み付かせて移動を阻害されており、もがいて余計に移動不能に陥る姿が、映像では見えた。

 勇子がニヤリと笑う。

「良い感じに時間稼ぎできとるねえ? 粘着地雷、トリモチみたいやわ」

「過信は駄目よ。粘着地雷は有用だけど、あくまで一時凌ぎだわ。魔法でも物理現象でも、焼かれたらすぐに粘着剤が炭化するからね? ふむ……やっと他の魔法士達も到着したみたい」

「そのようですね? 800人、いえ900人はいそうです」

「第2昇降機の横に生じた【迷宮外壁】の裂け目を塞ぐのは、私達第3依頼所【魔法喫茶ミスミ】と、第4依頼所【魔法食堂ホムラ】の魔法士達よ。他の依頼所に比べて所属する魔法士も多いから、1000人くらいは戦力をかき集められる筈だわ」

 梢が【迷宮外壁】の上から、集まって来る魔法士達を見下ろして言った。

 すると、メイア達には見覚えのある4人の魔法士の少女達が、【迷宮外壁】の上に付与魔法を使って飛び上がり、梢に話しかける。

「第3依頼所の所長代理、神樹梢さんでよろしいですか?」

「ええ。あんた達、第4依頼所の魔法士かしら?」

 4人の少女達が口を開く前に、勇子が気付いて驚きの声を上げた。

「うん? あんたらどっかで見た思たら、【ヴァルキリー】小隊やんけ!」

「げ、ホントだ!」

「そう言えば、【魔法食堂ホムラ】に所属してるって言ってたわね? 忘れてたわ」

 指差す勇子や、ヒソヒソ話す空太とメイアを無視して、数日前に命彦に呪詛をかけられた、魔法具の眼鏡を装備する少女は梢に言う。

「私達は第4依頼所【魔法食堂ホムラ】に所属する魔法士小隊、【ヴァルキリー】です。第4依頼所の所長、及び所長代理は、前回の眷霊種魔獣の急襲で負傷し、意識不明の重体であるため、都市魔法士管理局の判断により、第4依頼所【魔法食堂ホムラ】に所属する義勇魔法士の指揮権は、第3依頼所の所長代理に移譲されました」

「はあ? 今初めて聞いたわよ、その話!」

「姉さん、管理局からついさっき通達が……」

 ミツバが耳打ちして、思わず梢が自分のポマコンを確認し、腹立たしそうに言う。

「緊急時だからこそ、通達は敏速にすべきでしょうに、まったく! ふうー……いいわ。私があんた達も指揮するから、存分に暴れてちょうだい」

「指揮権、確かに移譲しましたわよ?」

 眼鏡少女はそう言うと、メイア達を見た。

 きょろきょろと、誰かを探すように視線を彷徨さまよわせ、眼鏡少女が言う。

「あの魂斬家の、助平極まる地味小隊長はどこですの? 姿が見えませんが?」

「あいつは今、眷霊種魔獣を討つための武器を作っとるわ」

「完成し次第、こっちに合流するよ」

 勇子と空太が面白がって答えると、全身甲冑の防具型魔法具を身に付ける少女、命彦との決闘に敗れた異世界混血児たる角持ち少女が、すぐに口を開いた。

「バカバカしい、眷霊種魔獣に通じる武器がそう簡単にできる筈……」

 そこまで言った角持ち少女を、眼鏡少女は手で制し、ほんの少しだけメイア達に頭を下げた。

「商業地区で、私の叔母がとある一般の魔法士に救われたと聞き、軍や警察の伝手を使って、色々と調べてみましたら、その一般の魔法士が、あの地味小隊長の母親であることが分かりました。またその母親が重傷を負ったことも、伝え聞いております。一言、礼が言いたかっただけです。ありがとうと、そう伝えておいてください」

「……腹でも壊したんか。キモいであんた? もっとふてこいヤツやったやろ?」

 勇子の失礼極まる言い分に、角持ち少女が怒りの表情を浮かべるが、角持ち少女が口を開く前に眼鏡少女が顔を赤くして咆えた。

「うるさいですわ! 人には誰にだって、守りたいモノがあるのです! それを守ってくれた者には、私も礼くらい言いますわ! ふん、不愉快です! 行きますわよ!」

「お嬢様、お待ちください!」

 怒った眼鏡少女は小隊を引き連れ、【迷宮外壁】から降りて行った。 

 その眼鏡少女の態度を見て、本心からの礼であると知ったメイア達は、ほんの少しだけ、眼鏡少女への好感度を上げた。


 僅か数分で1000人近い魔法士達が集まり、梢はため息をつきつつ、抉れた【迷宮外壁】の様子を見る。

 高さ30m、厚さ平均40mの【迷宮外壁】には、頂上部から地下まで円形に抉られ、半径50mにも及ぶ半円上の切れ込みが作られていた。

 魔獣が街へ侵入するには十分過ぎる出入り口であり、迷宮域側から都市内が丸見えの侵入口である。

 その侵入口を塞ぐように今、学科魔法士達が展開していた。

 魔法具の装備も実力も、てんでバラバラの義勇魔法士達。それを見て、梢が言う。

「これを私が動かすの? あーめんどい。……でもまあ、他人の命令で人を動かすよりは、自分の命令で人を動かす方が、性分には合ってるわよねえ。責任も重たい分、必死に考えるし」

「そうですね。姉さんは自分の好きに動き、そして好きに人を動かす方が、力を発揮できると思います」

 ミツバがそう言って笑っていると、そのミツバが突然上空を見上げ、驚きの表情を浮かべる。

「く、空震現象を確認! 600m先の上空で空間が震動しています! 空間転移の兆候を捉えました!」

「はあ? げ、眷霊種魔獣!」

 梢の声が聞こえたのか、それとも、空間転移の気配を捉えたからか。

 周りにいた魔法士達が、ヌルリと出現した前方の眷霊種魔獣に次々と気付き、動揺が広がる。

『人間共よ、待つのは終わりだ。開宴の時ぞ! 詰まらん策も、ここまでだ!』

 眷霊種魔獣の歓喜の思念が、その場の全魔法士に伝わり、魔法士達が身震いした。

 そして梢は見る。眷霊種魔獣の背後に、破壊の女神の威容が、屹立するのを。

『魔獣達よ、餌はすぐそこだ! 存分に喰らえ』

 眷霊種魔獣が手を振るうと、恐ろしい魔力の波動が迸り、次々と空間転移現象が起きる。

「姉さん! 6km地点の魔獣達が次々に転移しています!」

「足留めしていた魔獣を、こっちに出してるのか! ミツバ、軍と警察に応援要請を!」

『カカカカカ、無駄だ人間共よ。助けは来ぬ。滅びの狼煙のろしは、今上がった!』

 梢達の視界に、眷霊種魔獣の遥か後方、軍や警察の展開する防衛線付近で発生した、天を衝く爆発が映った。

 ドオォンっと響く地響きと10kmも離れているのに届く爆風で、爆発の規模を知った梢達が息を呑む。

『あちらには、我が姉が攻め込んでいる。神霊魔法抜きでも空間転移を容易く行い、次元すら操るほどの力を持つ同族だ。勝てぬぞ、人間よ?』

 サラピネスが転移した魔獣達を一瞥すると、魔獣達にくっ付いていた粘着剤が燃えて、崩れ落ちる。

 自由を取り戻した魔獣達は、頭上のサラピネスを気にしつつも、それ以上に眼前にいる餌の方を優先して、梢達に突進した。

 絶望が梢達を呑み込もうとしていた。

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