終章-13:義勇魔法士登録と、切り札の仕上げ

 命彦達が依頼所に到着すると、1階の喫茶席には多くの学科魔法士達が座り、梢とミツバの説明を聞いていた。

 命彦達も入り口近くの喫茶席へと座り、話を聞く。

「先ほど、都市自衛軍と都市警察から都市魔法士管理局を通じて、三葉市にある6つの依頼所へ、一般の魔法士の動員要請があったわ。防衛線を死守する軍や警察の魔法士達は、戦力の消耗具合から、全ての魔獣の進攻を止める総力戦闘を止め、戦闘力の高い魔獣を優先的に排除し、戦闘力の低い魔獣は防衛線を通過させる選択戦闘へと、戦術を切り替えたの」

「これはつまり、現時点の防衛線に、軍や警察の戦力を超えるほどの魔獣達がすでに集まっている、ということを示しています。今後、防衛線を突破する魔獣は確実に増加するでしょう。よって、義勇魔法士部隊は【迷宮外壁】の前で、もう一つの防衛線、事実上の最終防衛線を展開し、この魔獣達を掃滅します」

「いつもの【逢魔が時】だったら、私達を守ってくれてる【迷宮外壁】が今、3箇所もの裂け目を抱えて、障壁としての機能をほぼ失っているわ。文字通り、私達が最後の砦だと理解して、防衛戦闘をして欲しいの。戦力はあればあるほど良いから、皆もふるって義勇魔法士登録をしてね?」

 梢が言い終わった後、喫茶席がシーンと静寂に包まれる。

 【逢魔が時】によるこうした義勇魔法士登録の際には、いつも高い学科位階を持つ魔法士達が率先して声を上げ、その場の士気を高めて、他の魔法士達の登録を後押しするのだが、今はその魔法士達が関東や九州へ出かけていてこの場にはおらず、よくよく考えれば学科位階6の命彦達が、この場で1番実績のある魔法士であった。

 ミツバがその場の全員を見回して語る。

「新人の魔法士の方もおられますので一応説明しておきますが、義勇魔法士部隊への志願登録は、緊急の依頼という扱いで処理されます。全てが終わったら都市魔法士管理局から報酬も出るので、無償奉仕ボランティアというわけではありません」

「そうよ? 報酬も高額だし、負傷者や戦死者にも手厚く報いることが約束されてるわ」

 梢がやや焦った顔で言うと、その場にいた魔法士達が次々と口を開いた。

「いやいや所長代理、報酬やら負傷対応の問題じゃありませんて」

「ええ。そもそも魔獣が多過ぎるのよ」

「防衛線が討ち漏らした魔獣をワシらに狩れっちゅうんじゃろうが、あの数じゃぞ? できるか普通?」

「討ち漏らしにしても、1000体や2000体程度では済みませんよね? きっと……万単位が想定されます」

「しかも眷霊種魔獣までいるんだろ? あいつら空間転移で移動するから、街にもすぐ入り込める。勝ち目ねえじゃんか!」

「力のある上位の魔法士小隊はいつ帰って来るんだ? 関東や九州に行ってる場合かよ!」

「梓さんは関西地方の守護者でしょ? 今すぐ帰してもらってくださいよ!」

 依頼所に集まった魔法士達が、防衛線の様子を映す平面映像を見て、不安の声を上げる。

 平面映像上では、おびただしい数の敵性型魔獣達が、魔法機械や魔法士達と戦闘しており、軍や警察の戦力がやや押される形で攻防が推移していた。

 ミツバと梢は困った顔をして、命彦達を見詰める。命彦達が小さく首を振り、行動した。

 席を立った命彦が、真っ先に梢へ問う。

「義勇魔法士の登録って、そこの端末にポマコンをかざせばいいんだっけ、梢さん?」

「ええ。ミツバの横にある専用端末にポマコンをかざすと、登録が完了するわ。あんた達は登録してくれるの?」

「当然よ、今回の【逢魔が時】には母さんの仇討ちもあるもの」

『仇討ちに加えて、自分の棲家を荒らされることも、気に食いません』

「ああ。俺を怒らせた報いを、全ての敵性型魔獣に受けさせてやる」

 命彦と命絃、ミサヤが語ると、勇子も口を開いた。

「ウチらの街を土足で踏み荒らしたドアホや、これから踏み荒らそうとするクズどもを、ボッコボコにする絶好の機会やで? 当然登録するやろ」

「ここには家族も住んでいます。私には守るモノがあるので」

 メイアも勇子に続き、落ち着いた声で言う。空太も苦笑を浮かべて語った。

「嫌だけど、怖いけどさ……妹には格好良い兄貴の姿を見せたいんですよ、僕もね」

「戦えるかどうかは分かりませんけど、雑用することくらいは、私にもできますから」

 舞子も硬い表情だったが、自分の意志を示す。

 ミツバの横にある専用の登録端末へ歩み寄り、次々にポマコンをかざして、義勇魔法士登録を済ませる命彦達。

 その命彦達を見て、梢とミツバが顔をほころばせ、感謝を告げた。

「あんた達、ありがとね」

「感謝致します、【魔狼】小隊の皆さん」 

「いいってことよ。あとミツバ、これを防衛線に送ってくれるか? 風羽一佐達への寄付だ」

 命彦が手に持っていた小袋をミツバに差し出した。

 〈転移結晶〉60個を亜空間へ格納した、〈出納の親子結晶〉が入った小袋である。

「例の〈転移結晶〉ですね? 〈オニヤンマ〉に積み込み、すぐに防衛線へ届けます」

「頼む。そいじゃ登録も終わったし、帰るぞお前ら」

「「「りょーかい」」」

 ツカツカと依頼所の出入り口の方へ歩いて行く命彦達に、呆気に取られていた他の魔法士達が慌てて問うた。

「ちょい待て! 【魔狼】小隊のガキ共、お前ら怖くねえのか! あれだけの数の魔獣だぞ?」

「軍や警察の魔法士達がどう戦おうと、相当数の討ち漏らしがこっちに来る筈よ。それと戦うって言ってるの。普通は怖がるでしょうがっ!」

「ウチらかて怖いと思っとるわ。不安だって一杯ある。せやけど、怖いと思って尻込みしてたら、消えんのんかアレ?」

 勇子の単純過ぎる応答に、他の魔法士達が顔を見合わせた。

「そ、そりゃあ、消えんがのう……」

「とはいえ自分が戦うと考えると……ねえ?」

 平面映像を見て、また怖気づく魔法士達に、空太とメイアが言う。

「怖いのは皆同じだと思うよ? けどさ、ここって僕らの街でしょ?」

「戦えるのが私達だけで、敵は嫌が応にも迫って来る。だったら……」

「戦うしかねえだろ? 怖がって、震えて、無抵抗のまま、自分の愛する家族や友人、生まれ育った街を、ぐちゃぐちゃにされてもいいのかよ?」

 命彦の言葉に、その場の魔法士達が沈黙した。

 命彦は魔法士達を見回して、言葉を続ける。

「俺は嫌だね、全力で抵抗する。それがたとえ、イカレタ異世界の神様が決めた運命だとしても、俺は、俺達は全身全霊で抗う。世界を守るとか、国を守るとか、そういうデカいことはとてもできねえけど……それでも、自分の生まれ育った街を守ることくらいは、今の俺達にもできる筈だ。だから、俺達は戦う」

 命彦達はそれ以上言わず、依頼所を去って行った。

 1階喫茶席に残された多くの魔法士達に、梢は煽る様に告げる。

「……とまあ、尻の青い子どもらが息巻いてるわけだけど、皆はどうする?」

「ふん、ガキのくせに、言ってくれるぜ」

「これが若さか。やれやれ……胸を突かれたわい」

「子どもにそこまで言われたらねぇ?」

「私達もやるしかありませんね」

 他の魔法士達がミツバの横の端末に、続々とポマコンをかざして行き、梢とミツバはホッとした様子で、笑い合った。


 依頼所から空飛ぶ【精霊本舗】へと、メイアと空太の《空間転移の儀》で戻った命彦達は、早速庭へ行く。

 すると、ドワーフ翁と数人の職人達が命彦を待っていた。

「待たせた、ドム爺」

「いえいえ、こっちも6組目が焼き上がったとこですわい。すぐに削りに入りますが、よろしいですかの?」

「ああ。急ぐ必要がある。俺もすぐ《戦神》を使うよ」

 命彦が静かに心を落ち着け、魔力を制御した。より多くの魔力を引き出し、朗々と呪文を紡ぐ。

「魂の力寄り固め、我が身を覆いし、魔神の装束を造らん。其は、我が身の護りにして、我が戦意の武具。数多の妖神を滅ぼす、戦の神よ。我は今、魔神の力を身に纏い、魔人へと至る。出でよ《戦神》」

 魔力の制御に約1分、呪文の詠唱による魔法の構築と展開に30秒。

 合計90秒近くかけて、命彦は全身に魔力物質製の外骨格を纏った。

 庭にいた従業員達がおおっと感嘆の声を上げ、仮眠所から顔を出した子ども達も寄って来る。

「ワカサマ、かっくいーっ! けどこわいー!」

「セがデカいやん、いつものワカサマとちゃう!」

「んー、ぼくもちょっとこわいかも……」

「ワウも……いつものワカサマがいい」

 纏う魔力の凄まじい量と、魔力物質製の全身外骨格の外見が、どうしても威圧感を与えるのだろう。

 子ども達は一定の距離まで近付くものの、いつものように飛び付いては来ず、足踏みする。

 それを少し寂しく思いつつも、命彦はドワーフ翁に言った。

「ドム爺、装着しようか」

「承知しましたぞい。職人衆かかるぞ!」

 魔力物質の装甲の上に、追加装甲とも言うべき魔法具の祖型が次々に装着されて、命彦が動きを試す。

 体操するように激しく身体を動かしては、祖型を魔力物質にどんどん付け替えて行く。

 そして、6組の魔法具の祖型を装着した後、命彦が口を開いた。

「……3組目と6組目の祖型以外は少し動きにくい。特に肩の関節部に引っかかりを感じる」

「ふむ、分かりましたわい。では、3組目と6組目だけで、どこか違和感はありましたかの?」

「できれば各関節周りをもう少し削ってくれるか? 背面も触手が動かしにくいから、可動域を今より広めにするため、少し削って欲しい。あと、手首周りが寂しいんだが、手甲はねえのか? 壊れた祖型にも手甲があったし、作ってたと思うんだが?」

「実はのう、店にある魔法具を漁っとたら、良いモノがあったんじゃ。腕周りはそれにしようと思うての。おい、アレを若様へ」

 若い職人が、籠手状の魔法具を持って来て、命彦の腕に装着する。

「これは……〈魔甲拳〉か、ドム爺?」

「そうじゃ。腕周りが人類より太い、ワシらドワーフ用に作っておった、この店で最高級の〈魔甲拳〉の1つ、〈四象の魔甲拳:エレメントフィスト〉じゃ。精霊融合付与魔法《四象融合の纏い》を封入した魔法具での? 魔力物質を纏った若様の腕に合うよう固定帯を調節し、隙間を埋めるために1000分の1mm単位で調整した衝撃緩和材を付け足したんじゃよ。これじゃったら、魔法防御力と共に魔法攻撃力も上げられる。追加装甲の魔法具を装備したままでも、魂斬家の源伝魔法《魂絶つ刃》が使えるじゃろ?」

 ドワーフ翁の言葉に、命彦が驚いた。

「そこまで考えてくれてたのか、ありがとうドム爺。……うん、装着感も問題ねえ。付けてる感じがまるでしねえくらい、一体化してくれてる」

「良かったわい。では、若様の感想通りに祖型の削りを開始しようかの。若様は休憩しといてくだされ。消費した魔力を回復する必要もあるじゃろ?」

「ああ。しかし、まだもう2つ、切り札を完成させる必要があるんだ」

 魔力物質の全身外骨格形態を解いて、魔力消費から少し顔の青い命彦が言うと、その命彦を心配して、後ろで様子を見守っていた命絃が言う。

「今は休息が先よ。この後に戦闘が待ってるんだし、本番には万全の状態で臨むべきだわ」

『マイトの言うとおりです。〈秘密の工房〉の方は、私とマイトで引き続き進めます。[陰龍の爪]の方は……』

「メイア達に任せましょうよ?」

『そうですね。ここは皆の力を借りるべきです』

 命絃の横にフワフワ浮いていたミサヤも思念で語り、命彦も首を縦に振った。

「……分かった。メイア!」

 命彦がメイア達を呼び、頼みごとをする。

「切り札の1つをお前達に明かすから、今から勇子達と一緒に、俺の言うとおりに動いてくれるか? 姉さん達は、別荘階でもう1つの切り札を仕上げにかかるから手伝えねえし、俺は魔力を回復させたいんだ。頼む」

「分かったわ」

「おう、ウチらに任せとき!」

「まあ僕らって、今からは魔法具の完成を見守りつつ、依頼所からの指示を待つだけだし、できることは手伝うよ?」

「私もです」

「助かる。じゃあソル姉とトト婆を連れて、素材倉庫の先にある呪物倉庫へ行き、これに[陰龍の爪]を亜空間格納して来てくれ」

 〈余次元の鞄〉から〈出納の親子結晶〉を差し出して言う命彦の言葉に、空太が驚く。

「うええっ!」

 メイアと勇子、薄々分かっていた舞子も、〈出納の親子結晶〉を手に取って、嫌そうに顔を引きつらせた。


「触れたら狂い死にしますから、注意してください」

「若様に頼まれて、会長と一緒にあたしら夫婦が必死に代表を説得し、ようやく譲り受けたモンだ。失敗したら、あたしが許さんよ? 分かってるね、あんた達!」

「はい」

「了解や、トト婆」

「絶対に成功させましょう!」

 舞子達はエルフ女性と白衣白髪の鬼人女性に先導され、店舗棟地下4階の素材倉庫に来ていた。

 空太は、エルフ女性の仕事を代わりに押し付けられており、庭で他の従業員と共にご飯を作っている。

 エルフ女性は料理下手であり、料理が得意である空太との交代は、適材適所と言えるだろう。

 舞子達の目の前には、寒気がする呪詛の気配が漏れた扉があり、その先には命彦が切り札に使いたい[陰龍の爪]があった。

 扉の前で、勇子が言う。

「しかし、命彦もえぐいこと考えるわ。眷霊種魔獣を弱体化させるためとはいえ、魔獣の体内に呪詛物をねじ込むつもりやったとは……」

仇敵かたきに勝つために、それが必要だって考えたんだったら、今の命彦はどういう手でも使うでしょ? それが結果的に街をも救うんだったら、私達的には万々歳ばんばんざいよ」

「そうだねぇ。さて、おしゃべりはここまでだよ? さっさと付与魔法を展開おし。マイコは部屋に入らず、出入り口から見といで? 私と一緒に観察役だ。ユウコとソルティア、メイアが子結晶を配置する役だよ」

「舞子さん、観察役は重要ですので、目を皿のようにして私達をしっかり見ていてくださいね? 配置役の私達3人に少しでも異常が見えれば、その場ですぐトトア先生に知らせて、部屋から引きずり出してください」

 お客様から部下という位置付けに切り替わった舞子へ、エルフ女性が優しく言うが、舞子は不安そうである。

「は、はい!」

「呪詛の効力は呪詛物に近いほど増すんだ。配置役は机の上に子結晶を置く必要がある分、[陰龍の爪]と数十cmまで近付く。相当呪詛の効力を受けるよ? 気をしっかり持って行動しておくれ」

「気の弱い空太やったら、付与魔法で抵抗しても呪詛にかかるやろね? ソル姉の方がウチらも安心できるわ」

「ありがとうございます、勇子様。でもまあ、料理の腕では負けていますけれどね?」

「ぷくく、あんたは仕事人間過ぎるのさ。そいじゃあ行くよ!」

 エルフ女性と勇子の会話を聞いて鬼人女性がクスクス笑い、呪物倉庫の扉を開けた。

 精霊付与魔法《陽聖の纏い》と《水流の纏い》を、無詠唱で2重に展開したメイア達が、呪物倉庫へと突入し、[陰龍の爪]が置かれた机へ一気に近付く。

 途端に配置役の3人が、苦悶の表情を浮かべた。

 2重の魔法力場の上からでも、呪詛の効力は相当あるらしい。

 心配した舞子が鬼人女性の方を見ると、鬼人女性はまだ平気だと目で告げる。

 確かに3人の表情は厳しいものだったが、足取りは意外としっかりしていた。

 メイア達は一歩ずつ着実に机へと近付き、[陰龍の爪]のすぐ傍へ子結晶をおくと、急いで部屋を出る。

「よし!」

 〈出納の親子結晶〉のうち、親結晶を握る鬼人女性が、魔力を親結晶へ注ぎ、子結晶の力で空間座標を固定された[陰龍の爪]が、すぐさま親結晶へと吸い込まれる。

 その後、舞子がすぐに呪物倉庫の扉を閉めると、鬼人女性が素材倉庫の床に〈出納の親子結晶〉を置いて、距離を取った。

 床に座り込み、肩で息をしていたメイア達もヨロヨロと立ち上がり、〈出納の親子結晶〉を見る。

 無色透明で水晶の柱のようでもあった魔法具が、次第に黒ずんで行った。

 呪詛の効力が漏れ出しているのである。

「ソルティア、やるよ?」

「ええ」

 エルフ女性と鬼人女性が魔力を展開し、床の上にある〈出納の親子結晶〉を魔力物質で幾重にも覆った。

 舞子が驚いて問う。

「ソルティアさんもトト婆も、命彦さんみたいに意志魔法が使えるんですか?」

「使えるというほどではありませんよ」

「会長から、多少の手解きを受けたことがあるだけさ。それでメイア、どうだい?」

 鬼人女性がメイアに問うと、メイアがホッとした様子で応じる。

「命彦達が話していたとおり、呪詛の気配は完全に隠蔽いんぺいされていますね? これだったら、さしもの眷霊種魔獣でも気づきませんよ。この魔力物質による塗装コーティングはどれくらい持ちそうですか?」

「相当の魔力を費やしましたが、恐らく3時間くらいが限度でしょう。それ以上時間が経過すると、魔力物質が消えて行きます」

「まあ、あたしらの役目はこれを運び出すところまでさ。切り札が全て揃えば、ミサヤが魔力物質で包み込み、こいつを管理する筈だよ。さあ、持って行こうかね?」

 鬼人女性が床の上にある魔力物質の塊を拾い上げ、舞子達は素材倉庫を出た。

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