終章-12:戦いの始まり、魔法機械による防衛

 深夜過ぎまでメイアと作業していた舞子は、メイアに一度仮眠を取ろうと誘われ、庭の作業場の近くに仮設された仮眠所へ行ったが、仮眠所は死屍累々といった有様で、肉体疲労を抱えて寝袋に納まった従業員達で一杯だった。

 仮眠所の空きを待つのを面倒がって、寝袋にくるまり、芝生の上で寝ている従業員もいるくらいである。

 止むを得ず、舞子達は痛む身体を引きずって店舗棟3階の社宅村の旅館へと戻った。

 それぞれの部屋の前で分かれ、舞子は浴室での湯浴みもそこそこに、両親が敷いてくれた布団に寝転ぶ。

 メイアから、仮眠する前に飲むように言われてもらった〈魔傷薬〉を飲むと、身体の疲れと痛みが少し和らいだ。

 初めて感じる類の肉体疲労と筋肉痛であり、指や腕に加え、肩の付け根や後背、腰までが痛み、寝返りをうつのも一苦労である。

 作業としては、粉末と溶液を混ぜて粘土状素材を作るだけだったが、一度粘土状にまとまってからも、1時間は念入りにこねて、一定以上の粘り気を持たせる必要があり、それが肉体疲労と筋肉痛を生じさせる原因であった。

 機械で素材を粘土状にまとめることは勿論可能だったが、人の手で作った方が焼成後に魔法を封入した時、魔法具として高い性能を発揮するらしく、ドワーフ翁は従業員の手による素材加工を重視した。

 身体の痛みを無視して、とりあえず舞子は目を閉じる。

 3時間後の明け方頃には、また作業場へ戻って魔法の封入作業を手伝い、魔法具ができる場面をこの目で見たいと思っていたので、すぐ寝たかった。ただ、痛みで寝れるかどうかが不安だったのである。

 幸運にも、疲労が痛みを凌駕したらしく、あっという間に舞子は眠りに落ちてしまった。

 そして、仮眠を取っていた舞子は、きっかり3時間後に自分の枕元へ置いていたポマコンに叩き起こされる。

「ううっ……」

 そういえば目覚まし設定をしていたと、震動するポマコンを手に取った舞子だが、ふと横を見ると、寝ている両親のポマコンも震動しており、2人がのろのろと自分のポマコンを手に取る姿が見えた。

 不思議に思った舞子が自分のポマコンの端末画面を見ると、眠気が吹き飛ぶ。

「ぼ、防衛線が突破されたっ!」

 都市自衛軍と都市警察の混成魔法士部隊が展開していた迷宮域の防衛線が、遂に魔獣の進攻に耐え切れず、ごく一部の魔獣達、60体前後の魔獣達に防衛線が突破されたという情報が、緊急警戒速報として、都市魔法士管理局から三葉市の全住民へと、電子郵便形式で一斉発信されたらしい。

 店舗棟3階の社宅村は、電波を遮る亜空間内部にあるとはいえ、亜空間と現実空間との接続点である3階の扉が、現実空間から受け取る電波を増幅して亜空間内部に拡散する役割を持っており、また、社宅村を歩き回る清掃エマボット達も、外部電波の送受信と増幅を行う役割を持っている。

 そのため、社宅村は亜空間内でもポマコンの通信が行えて、便利と言えば便利だったが、こういう情報からその利便性を体感するのは、舞子としてはとても嫌だった。

 突然の事態に目を見開いて固まっている両親をしり目に、速報の最後にあった一文、一般の学科魔法士は所属する依頼所からの指示を待て、との文章で、すぐに依頼所へ行けるように用意する必要があると察した舞子は、浴室へ脱ぎ捨てていた防具型魔法具をサッと着込み、急いで部屋を出た。

 すると廊下に出てすぐ、メイア達とバッタリ顔を合わせる。

「あ、メイアさん! 勇子さんに、空太さんも!」

「舞子、管理局からの速報見た?」

「見ました。すぐに戦闘ですか?」

 舞子が問うと、いつの間にか旅館に戻っていたらしい勇子と空太が答えた。

「いや、まだや。依頼所からの指示待ちやね? 義勇魔法士登録の受付もしてへんし、魔獣もまだ三葉市にそこまで接近しとらん筈や。ミツバが防衛兵器を起動して、防衛線を突破した魔獣達へ先に攻撃を仕かけるから、その結果次第やわ」

「ミツバの攻撃が失敗したら、僕ら一般の魔法士の出番だ。依頼所が、義勇魔法士の登録を所属する学科魔法士へ呼びかけ、依頼所へ行って登録したら、持ち場や任務が追って通達されるよ。緊急の場合は、その場で指示が出されるけどね? 命彦達も降りて来るらしいし、すぐに依頼所へ行けるよう、一先ず庭へ行こうよ」

「せやね。ソル姉が店舗棟の空間投影装置を起動して、庭に高解像度のデカい平面映像を映しとる筈やわ。それ見たら、凡そ事態の動きが分かるやろ」

「はい!」

 すぐに合流した4人は、【精霊本舗】の庭へと急いで移動した。


 魔法具の制作作業場と化していた庭に到着すると、仮眠していた従業員達も全員起きており、一様にデカデカと投影された平面映像を見ている。

 エルフ女性が舞子達を見付け、声をかけた。

「皆さん、起きたのですね? ミツバさんの攻撃が始まりますよ」

「ってことは、もう魔獣らは【迷宮外壁】から6km圏内に到達したんやね?」

「そうみたいね? 砲撃、始まるわよ」

 平面映像上に映る【迷宮外壁】の3つの関所付近には、それぞれ3つの昇降機乗り場があり、乗り場の近くにはそれぞれ40機ずつ、計120機もの陸戦型魔法機械〈ツチグモ〉が配備されていた。

 実は、眷霊種魔獣の攻撃によって生じた【迷宮外壁】の裂け目が、この3つの昇降機乗り場のすぐ傍にあり、地上や壁に配置された〈ツチグモ〉達は、【迷宮外壁】の裂け目を塞ぐように展開していたのである。

 〈ツチグモ〉達は、電磁投射砲や荷電粒子砲を展開して、充電を完了した状態で狙撃の用意に入っており、都市統括人工知能であるミツバの発射指示を待っていた。

 そして数秒後、白む空の下で迷宮域に散らばる魔獣達に対し、一斉掃射が始まった。

 平面映像上では連続的に火箭かせんが閃き、爆発が起こるが、同時に魔法防壁の姿も見えて、30体ほどのツルメやゴブリン、ミノタウロスといった魔獣達が、砲撃にも怯まず【迷宮外壁】へ接近する姿が見える。

 魔獣達の前面へ展開された移動系魔法防壁に、電磁投射砲の弾体が阻まれて地に落ちる様子や、荷電粒子線が虚空で止まる様子が映った。

 付与魔法の魔法力場で身を包む魔獣が、弾体や荷電粒子線を間一髪避ける様子も映っている。

「ほ、砲撃を凌がれましたよ!」

 舞子が思わず言うと、空太が苦笑して語った。

「まあ物理法則上の攻撃だからね? 法則自体を捻じ曲げる魔法が展開されると当然無力化されるし、魔獣達の予測や動きが砲撃を上回ることもあるさ。でも、まだ手はあるよ?」

「せや。魔獣が砲撃に対応するのは織り込み済みやで」

 空太や勇子が言うとおり、突如上空から飛来した空戦型魔法機械〈オニヤンマ〉が、魔獣達の前へ円筒状の物体を次々に投下した。

 すると、地面に突き刺さった円筒状の物体から白い煙が噴出し、火箭を無力化した魔獣達を包み込む。

「あれは攻性微小機械粒子よ。呼吸と共に魔獣の体内へ侵入し、神経組織や血管を損傷させ、肉体を持つ魔獣であれば確実に弱体化させて、死に至らしめる機械毒。たとえ砲撃に対応しても、これの対応は難しい筈よ」

 メイアの説明を裏付けるように、白煙を突っ切った魔獣達の進攻速度が一様に乱れた。

 苦しむようにプルプル震える魔獣達。20体前後の魔獣がゆっくりと動きを止め、やがてその場で息絶えた。

 しかし、残った魔獣達が徐々に動きを回復し、進攻速度を上げて【迷宮外壁】へと迫る。

「おいおい、機械毒も無効化するんかい?」

「治癒魔法を使ってる個体もいるみたいだね? 患部の時間を巻き戻す効力を持つ治癒魔法を全身に使えば、毒を盛られても、時間遡行で毒を盛られる前の身体に戻すことができる。当然の対処とはいえ、鬱陶しいね?」

「ええ。治癒魔法での回復以外にも、代謝機能の高い魔獣は凄まじい自己治癒能力を持つわ。こういった魔獣は、微小機械粒子を体外に排出する能力が異様に高いのよ。ミノタウロスとかがその典型ね」

 悠長に解説するメイア達は、すでに安心している様子であった。

 実際、平面映像上では、10体前後の魔獣達に、初期配置から飛び出して距離を詰めていた40体の〈ツチグモ〉達が殺到し、圧倒している。

 魔法機械に踏みつぶされ、圧殺された魔獣を見て、メイア達が言った。

「よし。今回は、魔法機械だけで十分に対処できる範囲だったわね」

「けどさ、今後数が増えたらマズいよね? 高位魔獣が混じるのもダメだろうし。都市に残る〈ツチグモ〉って、今はアレが全てだろ?」

「空太の言うことも一理ある。この先、防衛線を超える魔獣はわんさか増えるやろ。高位魔獣は軍や警察が是が非でも止めるやろうけど……どこまで対応できるかは疑問が残る。1体や2体は来るんちゃうか? ……いよいよ始まるで、ウチらの戦いが」

 勇子の一言で、舞子の身体に震えが走った。


 舞子達が庭で、防衛線を突破した最初の魔獣達の散り際を見終わった頃。

 防具型魔法具で身を固めた命彦と命絃の2人が、子犬姿のミサヤと共に、庭へと姿を現した。

 ミサヤを腕に抱いた命彦が言う。

「依頼所から連絡があったぞ。義勇魔法士登録の受付が始まった。俺達も登録へ行くぞ?」

「え? あら、ホントだわ。いつの間に」

「戦闘に気い取られてて、ポマコン震動しとったんに気付かんかったわ」

 自分の〈迷宮衣〉の懐からポマコンを取り出し、確認してメイアと勇子が語ると、空太もポマコンを操作して問うた。

「登録開始の判断が、ウチの依頼所だけ随分早いね? 他の依頼所は、受付がまだだっていうのにさ?」

「梢さん達は、宴会が終わってすぐ依頼所に戻ってた筈よ? 恐らくミツバ経由で、防衛線の状態も常時把握してたんでしょう」

「つまり、早めに登録させて戦力を集めた方がいいって、梢さんが思う状態にあるってわけだね、防衛線は?」

「そういうこっちゃろ。激戦の予感がするわ」

 メイア達の発言を聞き、縦に首を振った命彦が舞子を見た。

「舞子、義勇魔法士の登録は、学科魔法士資格を持っていれば、修了した魔法学科を問わず、誰でも登録可能だが、学科ごとによって割り振られる持ち場や任務は違う。依頼所で達成した依頼の実績も一応考慮されるが、基本的には、まず魔法学科ごとで持ち場や任務が分けられた筈だ」

「早い話が、舞子には私達やメイア達と、別の持ち場や任務が与えられる可能性が高いってことよ」

「俺達と一緒にいられるかどうかは分からん。それを理解した上で、義勇魔法士登録をするかどうか決めろ」

『私達は命令しません。マイコ自身の意志で、登録するかどうかを決めるのです』

 命彦と命絃が言い、子犬姿のミサヤも思念で語る。

 その命彦達の発言を聞き、決然とした表情で舞子は口を開いた。

「私自身の意志で……ですか。決まってます。義勇魔法士の登録をしますよ、私は」

 あっさり答える舞子に、命彦が問う。

「戦闘には参加できねえかもしれねえぞ? 仮に戦闘に参加したとしても、俺達とは違う持ち場が与えられ、死ぬかもしれん。それでもいいのか?」

「夢を実現せずに死ぬのは嫌ですが、他に登録する魔法士の皆さんも、条件は一緒ですよね? であれば、私にも文句はありません。自分にできる範囲で、都市防衛に貢献したいんです」

「……よく言った。いいだろう」

 舞子の決意と覚悟が見える言葉に、命彦はフッと頬を緩めて笑うと、安心したようにドワーフ翁の方へ歩いて行った。


 平面映像を見上げることを止めて、庭で魔法具の製作作業を再開していたドワーフ翁に、命彦が問う。

「ドム爺、魔法具の方はどうだ?」

「突貫作業じゃったが、皆が力を尽くした甲斐あって、とりあえず5組は上手く祖型が焼成できとります。6組目ももう少しででき上がりそうじゃが、ちょいと時間がかかっとる。あと10分か15分の焼成だと思うんじゃがのう……」

 炉の方を見つつドワーフ翁が言うと、ミサヤを抱えた命彦とその後ろにいた命絃が作業場の一角を見た。

 ひび割れたり、形が崩れたりしている魔法具祖型の山がそこにはあり、ドワーフ翁の傍の机には、身体の各部位ごとに分けられた魔法具祖型があった。

 多くの素材を注ぎ込んで、どうにか6組は望む質の祖型が完成したようである。

 命彦は疲れが見えるドワーフ翁を気遣った。

「……分かった。職人衆もドム爺も、適度に休息を挟んで製作してくれ。俺達は、今から義勇魔法士登録に行って来る。依頼所から戻り次第、魔法具祖型の装着感を確認しよう」

「分かりましたわい。戻って来るまでには、最後の祖型もでき上がっとるじゃろうて」

 ドワーフ翁と話した後、命彦は近くにいた営業部長のエルフ女性にも話しかけた。

「ソル姉、店舗と倉庫にある〈転移結晶〉を、60ほどもらって行く。代価は俺の口座から引き落としておいてくれるか?」

「60個もですか? 理由を聞かせていただいても?」

 エルフ女性が疑問符を浮かべる。命絃やミサヤも初耳といった様子であった。

 命彦が事情を手短に説明する。

「軍や警察との取引だよ。眷霊種魔獣を討つ機会をもらう代わりに、30個ずつ寄付を要請された。俺が店から買う形で、処理しといてくれ」

「そういうことですか……分かりました。2割値引きしておきます」

「定価で構わねえよ。俺の我がままだ」

 エルフ女性が察したように言うと、命彦が苦笑を返した。

 エルフ女性と話した後、命彦が命絃とミサヤへ言う。

「さて……それじゃあ〈転移結晶〉を持って、依頼所へ行こうか」

「ええ。〈転移結晶〉をミツバに預けるつもりでしょ?」

「ああ。あの戦闘の様子を見る限り、追加の補給物資や魔法具類をすぐに届けに行くだろう。その時に防衛線まで運搬してもらうつもりだ」

『義勇魔法士登録のついでというわけですね?』

「そういうことだ。メイア達も行くぞ?」

「「「りょ-かい」」」

 ミサヤを肩に乗せた命彦が、命絃と一緒に店舗棟の方へ歩いて行くと、メイア達も後に続いた。

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