終章-11:決起会と、作戦始動
勇子やメイア、空太の家族達の横に、両親と座っていた舞子は、決起会の雰囲気を楽しんでいた。
戦いのための士気高揚。それを目的とした宴会の筈だが、勇ましさや雄々しさはやや控えめにして、暗い空気や重たい雰囲気を吹き飛ばす面が重視されてる気がした。
エルフ伝統の民謡やドワーフの踊り、獣人や鬼人、下半身だけ人化した魚人の宴会芸が披露され、負けじと日本の宴会芸や歌が披露される。
料理も異世界のモノがあれば、日本伝統のお
「楽しそうですね、皆さん」
「いつもはもっと騒いどるで? 酒が出されてへんから控えめやわ。ドワーフと鬼人、魚人らが本領を発揮しとらんもん」
「これで控えめですか?」
勇子の言葉に舞子が苦笑して答える。
横を見ると、子どものように両親が目を輝かせて異世界の歌に聞き入っていた。
作曲家や演奏家としての血が騒ぐのか、手足が拍子を刻んでいる。
両親を見て、くすくす笑う舞子の対面に座るメイアが、舞子へ言った。
「梢さんから、研修生として広報課に雇用されたって聞いた時は少し驚いたけど、舞子は良かったの?」
「別に構いませんよ。あるモノは全部利用しようと思っていますから。
「そう。少し考え方が……命彦に似て来たわね?」
「そうですか? まあ、影響は幾らか受けてるかもしれませんね」
舞子がそう言って笑うと、メイアの横に座ってた空太が突然宴席を立った。
「命彦が抽選箱を持って特設舞台に立ったよ! 宴会恒例の魔法具抽選会が始まる。僕ちょっと行って来るよ! 空子もついておいで! 子ども用の抽選用紙の方が当たりやすいからさ!」
「はい、お兄様!」
「あ、ウチも行くわ!」
空太が溺愛する妹と一緒に宴席を離れると、勇子も席を立つ。
「じゃあ私も。舞子はどうする?」
「それじゃあ私もご一緒します」
メイアに誘われ、特設舞台に走って行く舞子。この時だけは、嵐が迫っていることを忘れられた。
そして、楽しい一時はあっという間に過ぎ、決起会が終わる。
特設舞台の上にドワーフ翁が立ち、口を開いた。
「英気は十分充填したじゃろう? 者共、作業開始じゃ! 職人衆はここに集まれい! それ以外はサクッと宴会の後始末をして、庭へ集合じゃ! 老いも若きも皆集え! 魔法が使えんかっても魔力はある。ワシらが残らず使ってやるから、子どもらも手を貸してくれい! 眷霊種魔獣を若様にぶっ倒させる作戦、始動じゃあぁっ!」
「「「おぉーっ!」」」
好々爺としていたドワーフ翁がギラギラして叫ぶと、従業員達が一斉に動き出す。
その様子を見ていた命彦は、自分の宴席でゴツンと突っ伏して言った。
「け、眷霊種魔獣を若様にぶっ倒させる作戦って、そのまま過ぎるぞ、ドム爺」
「これくらいがいいのですよ、若様。それでは私も、片付けを指揮してきますね?」
エルフ女性が笑顔で席を立ち、命彦もやれやれといった様子で席を立った。
「ソル姉まで……まあいいや。姉さん、ミサヤ。俺達も切り札を仕上げよう」
「分かったわ」
『はい。いつ眷霊種魔獣が再襲撃して来るか分かりませんからね? 急ぎましょう』
「ああ。一応俺の勘だと、眷属霊魔獣が次に出現するとしたら、明日の昼以降の気がするんだが……」
命彦の予測に、隣席から立ち上がった命絃が問う。
「どうしてそう思うの、命彦?」
「夜から明け方にかけては、眷霊種魔獣にとっても街に侵入しやすい。だから当然、俺達人間も警戒してる。魔法機械をブンブン飛ばして、街の全域をミツバが監視してるくらいだ。眷霊種魔獣を発見したら、すぐに防衛線にいる軍と警察の魔法士が飛んで来るだろう。けど、昼以降だと……」
「都市の者も警戒心を維持し続けることができず、油断する。ということですね?」
「ああ。その上明るいから、眷霊種魔獣が街に出現したことを
「一理あるわね。明日の昼を勝負時と考え、切り札の完成をとにかく急ぎましょう」
命彦達は、急いで6階の別荘に戻った。
命彦の予測は、ある意味では当たっていた。
命彦が、命絃やミサヤと別荘階に籠り、眷霊種魔獣に対抗する力を生み出していた頃。
関西迷宮の第3迷宮域、【魔晶】の浮遊する原野では、迷宮内に激しく落ちる無数の虹の柱を見つつ、黒髪の眷霊種魔獣サラピネスと灰髪の眷霊種魔獣サギリが、思念で会話していた。
『人間どもめ……ややこしいことをしてくれる』
『ヤツらとて都市を守ることに必死だったのだ。裏をかかれた貴様に問題がある』
『分かっている! ちぃっ! よもや人間どもの使う、あの空飛ぶ船の攻撃が、【魔晶】に幾つか当たっていたとは……』
サラピネスが忌々しそうに【魔晶】とその周りを見回した。
【魔晶】の周囲には、破壊された小型魔法機械〈アメノコブネ〉が数機墜落しており、【魔晶】の表面にも幾筋かのひび割れが走っていて、魔獣の召喚で虹色に輝く度に、精霊が割れ目から漏れ出ていた。
飛行移動要塞たる〈アメノミフネ〉の自動艦載機達に玉砕必死の突撃を受け、【魔晶】は僅かに傷付いていたのである。
『ひび割れから【魔晶】が蓄積していた次空の精霊が少しずつ漏れ出ている。これでは発生する魔獣召喚の規模が縮小するぞ? 【魔晶】の自壊が起こる可能性もある。貴様もすぐには動けまい?』
『分かっていると言った! ふん! まあいい。手立てはある』
サラピネスが森の方を見ると、ファフニール、ノズチ、トレント、ファントムロードの4体の高位魔獣が、2体の瀕死の魔獣を引きずって現れた。ワイバーンとミズチである。
個体としてそこそこの体格を誇り、2体とも成竜であることがうかがえた。
『この地は魔竜種が多いゆえ、欲しい駒がすぐ手に入る。カカカ』
サラピネスが嫌らしく笑い、サギリを見て思念で語る。
『我が【魔晶】の補助を行い、魔獣召喚を加速させたとして、当初の宴と同規模の魔獣が出現するまではどれくらいかかる、サギリ?』
『……明日の
『ちっ、苛立たしいが已むを得まい。では、明日の日盛りまで我は【魔晶】を補助し、魔獣達の召喚数を増やす。その後、見逃した玩具を捕食しに人間どもの街へ行くぞ。今度は確実にヤツらを喰らう。邪魔を排するため、貴様にも手伝ってもらおうか、サギリ?』
『……よかろう、手を貸してやる。だが、貴様の狙う小童と小娘が逃げた時はどうする?』
『もはや魔力の気配は憶えた。ヤツらはまだ人の街にいる。この星の上にいる限り、どこへ逃げても追いかけ、見付けて喰らってやるわ。逃げた方が面白いとさえ思っておるくらいだ。クカカカ』
サラピネスが高笑いしてから、瀕死の魔竜達に近付き、思念で言った。
『
瀕死のワイバーンとミズチの目が、怯えに見開かれた。
眷霊種魔獣が、新たに魔竜種魔獣を配下に加えた時と同時刻。
決起会が終わり、両親を連れて店舗棟3階の社宅村にある旅館へ戻った舞子は、自分の親達へ言った。
「それじゃあお母さん、お父さん、私は手伝いに戻りますね?」
コネ入社で、ほんの数時間前に決まった書類上の雇用とはいえ、舞子はすでに【精霊本舗】の従業員である。
決起会終了後にあった、ドワーフ翁の号令に、舞子は社員として従うつもりだった。
その舞子の言葉を聞き、両親は心配そうに返す。
「そ、そうだったわね。舞子はもうこのお店の従業員だったのよね?」
「ソルティアさんだったか? 急に部屋に現れたエルフの美女に、娘さんをウチの店で雇わせてくださいと言われた時は驚いたが、この三葉市では1番の実績と開発力を持つ、魔法具開発企業からのお誘いだ。こうして避難させてもらってることもあるし、断る理由も特にこちらは持ち合わせておらん。どういう形であれ、お前自身が決めて雇われた以上は、しっかり働くんだぞ、舞子?」
「色々あって、母さん達もまだ少し混乱してる部分があるけれど……これだけは言わせてくれる? あんまり無茶しちゃ駄目よ? 母さん、また倒れるからね?」
「分かってます、お母さん、お父さん。でも……多分今後も、無茶はすると思います。私は学科魔法士。限定型の魔法学科を修了して、魔法戦闘とは本来無関係だけれど、それでも魔獣が都市へ攻め込んで来る時は、私は2人を守るために戦うつもりです。必要とあれば、当然無茶もします。私は、歌って踊れて戦える、そういう〔魔法楽士〕を目指していますからね? この夢自体が、そもそも無茶の塊です」
「その夢は、まだ諦められんのか……頑固者め」
苦笑して言う父と、寂しそうに笑う母。
もはや自分達の言葉では止まらぬ娘に、揺らがぬ芯を持ったお嬢様である舞子に、両親も諦観の念があるのだろう。舞子の両親は、それ以上娘の判断に口出しはせず、からかうように提案した。
「今度、時間がある時でいいから、命彦さんに皆で挨拶しに行きましょう?」
「それはいい考えだ。この頑固娘のことを、私達からもしっかり頼むとしよう」
「もう! 2人ともはずかしいから止めてください! 命彦さんの迷惑でしょ!」
3人でそう言って笑い合い、舞子は両親に見送られて、旅館を出た。
どうやら両親揃って命彦に対し、好印象を持ったようである。
決起会の開宴の挨拶や従業員からの人望、抽選会で幼い子ども達と一緒に遊んでいた姿を見て、相応に信用できる人間と両親も判断したらしい。
この騒動が終わった後に、命彦と両親を一度合わせてみようと思い、舞子は庭へと戻った。
店舗棟と開発棟の間に広がる庭に着くと、物凄い活気が舞子にも感じられた。
「燃やせ、燃やせ、燃やせぇーい!」
「魔力は使っちゃダメだよっ! 魔力は全て若様の魔法具に使うんだ。素材の加工は魔法抜きで、手作業で行うからね!」
「炉の温度が足りませんよ! もっと風を送って、薪をくべてください!」
「燃やして水分飛ばした魔竜種魔獣の骨は、こっちへ持って来いよー! 砕いてすりつぶして、粉末にするぞぉー」
「誰だあ、
「手が空いてる人は、挽き臼班に来てくださーい! こっちは手が足りてませんよー」
「素材
「よーし、ちびっ子共よく聞けぇーい! [結晶樹の樹液]とこの魔竜の
「ダメです、まだ空いてません! あと、こねが足りてませんよ? よくこねればこねるほど、樹液と骨粉が混ざり、焼成した時に硬く、魔力に対してよく親和し、異相空間処理もしやすい素材ができます。こねてこねて、こねまくるんです!」
数百人の人々が幾つかの班に分かれ、分担作業で素材を加工している様子を見て、目を丸くする舞子。
その舞子へ、粉末の骨粉と樹液の入った容器を両手に1つずつ持ったメイアが話しかけた。
「《戦神》の魔力物質装甲の上に、追加装甲代わりの魔法具をのっけて、攻撃力と防御力を手軽に底上げするんですって。それが命彦の切り札の1つみたいね?」
「あ、メイアさん。私も作業を手伝いたいんですけど、どうすればいいですか?」
「じゃあ、私と一緒に素材練り班に行きましょう。1番人手不足だからね、はいこれ。1人分よ」
「あ、ありがとうございます。……それで、追加装甲代わりの魔法具というのは?」
「今私達がこねてるこの素材のことよ? さっき親方が職人達に指示してたわ。この素材から作られる粘土状の物質は、地球で言う
「はぇー……この素材自体が魔法具の
「ええ。舞子がこねてるその量で、3000万円くらいするから、気合入れてこねてね?」
「さ、3000万円っ! この容器にある分量でですか? まだ素材段階の上に、どんぶり1杯分くらいですよ、これ?」
「魔法具素材としては最高級の魔竜種魔獣の骨を使ってるのよ? それくらいは当然するでしょう? 分かったら心してこねてね」
「は、はい!」
舞子が机の上で、メイアと一緒に真剣に骨粉と樹液をこね、混ぜ合わせて行く。
こねるほどに、どんどんコシと粘りが出て来る粘土状の素材に苦戦しつつ、チラチラ周囲の作業を見ていると、こね上がった素材はドワーフ翁や数人の年配の職人達、〔魔具士〕の学科魔法士達のところへ運ばれて、練り具合を確認された後、手足の模型に塗りたくられて成形されて行く。
その手足の模型の形に見覚えがあり、舞子が口を開いた。
「メイアさん、あの手足の模型って……」
「あ、気付いた? 命彦の《戦神》の姿を、立体
メイアが、粘土状の素材をこねつつ説明する。
「《戦神》の装甲表面は突起物も多くて滑りやすいから、幾ら装甲表面の形に合わせて防具型魔法具を制作しても、重ね着する発想のままで魔法具を作り、装着すると、確実にごわつきが生まれるらしいわ。そこで親方は、装甲の突起まで完全に再現した模型を、各関節部位に応じてできる限り小分けにし、部位ごとに接着する発想に切り替えて、祖型を作ってるらしいのよ。まあ単に装甲の上へ被せるより、ピッタリ貼り付ける感じの方が、確かに装着感はいいわよね? 祖型を小分けにしてれば、加工で失敗しても、部位ごとの祖型を交換して対処できるし」
「はへえ……親方も色々と考えてらっしゃるんですね? でも、ふと思ったんですけど、この素材は物凄い量がありますよね? もしかして、これを全部焼成するんですか?」
舞子が手にした粘土状素材の量を1人分として、今60人近い従業員やその家族が、同量の素材をこねている。
後から後から新しい素材が追加され、こね続けているため、人員には早くも握力を失って、交代する者が現れていた。それを横目で見つつ、額に汗をにじませたメイアが言う。
「当然でしょ? 焼成時に破損することがやたらと多いから、できるだけ余分に作るのよ。それに、胴体の装甲は胸や肩、背面に太腿と、結構量を使うから、全身揃いの魔法具の祖型には最低でも20人分の粘土状素材が必要よ? つまり、今皆がこねてる量の素材を使っても、作れる祖型は3組ほど。材料的に見て、親方は10組できれば良い方だと言っていたわ。でも恐らく、焼成段階で半分が破損する筈。焼成後の削りで破損する可能性も一応あるから、全身揃いの魔法具祖型が3組できれば、御の字でしょうね」
メイアの発言に、舞子が頬を引きつらせて再度問うた。
「これだけの人員を動員して、たった3組ですか? ……私が持ってる量だけで3000万という話でしたが、今見えてるだけでも結構量がありますけど? 親方達の前にも山盛りの素材がありますし」
「ええ。多分60億円分くらいはこの時点であるでしょうね? 骨や樹液はもう少しあるから、使い切ると考えると、合計90憶円くらいは行くと思うわ」
「きゅ、90億……あふ」
想像を超えた数字に、舞子は一瞬意識が遠のいた。
メイアが苦笑して言う。
「ほら舞子、しっかりして? 店に溜め込んでた約3体分の魔竜種魔獣の骨素材を、ほとんど注ぎ込んでるのよ? 当然の額でしょうに……成竜を3体狩ったら、チャラにできるわ。まあ、原形をほとんど残して狩る必要があるから、実践しようとすると物凄く死ぬ確率が高いけどね? 原材料費に人件費、加工道具費を合わせたらどれくらい行くのかしらね? 残業代に燃料費、この作業によって遅れる他の魔法具開発の損失、諸々込みで100億前後かかる気がするわ」
絶句して自分を見る舞子へ、メイアが真剣に言う。
「眷霊種魔獣に、神霊魔法を持たざる者が挑む、普通の人間が挑むっていうのは、相当厳しいってことが、よく分かるでしょ? これだけの費用をかけて魔法具を作って、一流の魔法戦闘技能を持っていても、互角に戦えるかどうかは未知数の敵よ。【神の使徒】をぶつけるのがどれだけ楽か、身に染みるわ。さあ、作業を続けるましょ? 時間は限られてるんだから。深夜までに素材の加工と焼成を済ませて、明け方には魔法を封入するんだからね」
「は、はい!」
舞子は、妹や店の子ども達と一緒に粘土をこねる空太と、薪を素材倉庫からひたすら運ぶ勇子を目にして、今は自分もできることをしようと、魔竜種魔獣の骨が混じった粘土状素材をこね続けた。
握力が失われ、あちこちの筋肉がつるまでこねても、3人分の素材を作るのがやっとだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます