終章-10:マイコの入社と、決起会の開宴

「どうして感謝してるんだ、命彦!」

「せや! 弱みに付け込まれて6000万もかすめ取られたんやで!」

 親達が会議室を出た後、空太と勇子が不満そうに命彦へ詰め寄る。

 舞子も、多少の疑念を顔に出していた。その3人へ、梢が言う。

「空乃さんや拳人さんはね、命彦が仇討ちに失敗する場合のことも考えて、〈転移結晶〉を寄付させたのよ」

「「はあ?」」

「ど、どういうことですか?」

 疑問符を浮かべる3人。ミツバが苦笑して、舞子の質問に答えた。

「現時点での、三葉市の軍や警察の戦力は、ほぼ全てが迷宮の防衛線に配備されています。眷霊種魔獣が現れる場所、時刻も不明である以上、軍や警察の戦力はこの防衛線から簡単には動かせません。防衛線が突破されれば、他の魔獣達が三葉市に進攻して来る。つまり、ここも決しておろそかにはできません」

「今分かっているのは、命彦やメイアが狙われていること。その可能性が極めて高いということだけよ? 2人の前には遠からず眷霊種魔獣が現れるでしょうけど、相手がどういう時に現れるのかは、眷霊種魔獣の気分次第ってわけ」

「戦力不足の現状では、いつどこに現れるかも不明の魔獣のために、軍や警察の戦力を遊ばせておくことはできません。よって、命彦さん達の傍に、軍や警察の戦力をずっと置いておく余力がありません。眷霊種魔獣対策だけを考えれば、命彦さんとメイアさんを防衛線に連れて行くのが一番ですが、そうすると、恐らく都市魔法士管理局や国家魔法士委員会がでしょう」

「命彦はともかく、メイアは一応【神の使徒】候補として、管理局や委員会にも知られているからね? 都市に万が一のことがある場合を想定して、できれば都市の近くへいてもらいたい、都市を守ってもらいたい、という思惑があるのよ。そのせいで、メイアを防衛線に連れて行くのは難しいわけ。眷霊種魔獣に、メイアが狙われていることは百も承知だけれど、それでも、気まぐれで眷霊種魔獣が三葉市に魔法攻撃を加えた時、メイアが都市の近くにいる時の方が、犠牲が減らせると、管理局も委員会も試算してるんでしょう」

「実際、空乃さんや拳人さんも、メイアさん達が狙われていると知ったにもかかわらず、軍や警察の防衛線に来いとは言いませんでした。メイアさんは三葉市に置くべきだ、という上の意思が働いていると思われます」

 梢とミツバの発言を聞き、勇子が会議室の机を叩いて言う。

「か、勝手過ぎるわっ! メイアを盾にしとるだけやんけ!」

「そうよ? そもそも魔法士という人種自体が、魔獣に対する人類の盾であり矛でもあるわ。メイアはその魔法士である上に、最高の魔法系統と謳われる神霊魔法が使える。つまりは人類にとって最高の盾であり、矛でもあるわけよ。【神の使徒】は誰もがそう見られている、忘れたの勇子?」

「うぐっ!」

 梢の言葉に絶句する勇子の肩をポンと叩き、苦笑するメイアが首を横に振った。

 自分は全て承知している、そうメイアの目が告げていた。

 ミツバが痛ましそうに2人を見詰め、口を開く。

「眷霊種魔獣が出現した場合、軍や警察は防衛線の一部戦力を、眷霊種魔獣の出現場所に空間転移させることで、対処しようとするでしょう。だからこその〈転移結晶〉です」

「〈転移結晶〉が30個もあれば、軍も警察も相当数の魔法士を一気に都市へ戻せるわ。勿論その分防衛線の戦力が落ちるから、危険と言えば危険だけれど、現状の対応策ではこれが最善よ。命彦とメイアの前に眷霊種魔獣が現れ、交戦し、苦戦している場合でも、すぐに軍や警察の魔法士が助勢できるわ。あんた達の親はね、とても情に厚い人達よ。命彦の心情に配慮しつつ、自分達だけで戦う時間をわざわざ与え、その上で、できる限り命彦達を守れるように、きちんと手立てを考えていた。自分達の職分が許す限りの手立てをね?」

 梢の言葉を聞き、勇子と空太が後悔の表情を浮かべた。

 その2人へ、命彦は苦笑して言う。

「お前らの親は、俺の心まで守ろうとしてくれたんだ。ああいう人が、本物の軍人であり、警察官だと俺は思う」

「そうですね、ちゃんと考えた上での条件だったとは、お2人のことを誤解していました。素晴らしい親御さんですね?」

「……後で謝っとくよ」

「うちもや」

 はずかしそうに顔を赤らめる空太と勇子を見て、命彦が笑った。

 その後、メイア達と一緒に会議室を出た命彦の脳裏に、突然ミサヤの意志探査魔法《思念の声》が響く。

『マヒコ、今よろしいですか? 〈秘密の工房〉の件ですが』

『ああ、構わん。どうだった?』

 命彦も《思念の声》で応答すると、ミサヤの喜びの念が伝わった。

『行けそうです。ユイトの書斎を漁っていたら思ったとおり、門をにする方法を記した書物がありました。今、マイトが確かめています。ただ本来の機能とは言い難いため、安定には少し手を加える必要があり、時間がかかると言っていますが……』

『よくやった! さすがは俺の見初めた2人だ。これで揃いそうだ、俺の切り札が』

 命彦がニヤリとドス黒く笑う。

 周囲にいたメイア達が、それを見て引いていたが気にせず、命彦は思念を飛ばした。

『宴会までもう少し時間がある。挨拶を上で考えるつもりだから、その時に詳しく聞くよ』

『分かりました。お待ちしています』

 ミサヤの思念が切れて、命彦が言った。

「俺は一度別荘階に戻る。時間通りに宴会が始められそうだったら、ポマコンで呼んでくれ」

「分かったわ。……その顔、良いことでもあった?」

「ああ。眷霊種魔獣に一泡吹かせられそうだ。目途めどが立ったらお前らにも教える。楽しみに待ってろ」

 そう言うと、命彦は急いで店舗棟6階を目指し、走り出した。

 その場に取り残されたメイア達に、梢が言う。

「そう言えば、勇子に聞いたけど、快気祝いを取りやめて決起会にしたのよね?」

「ええ。店の皆も巻き込んで、対眷霊種魔獣用の切り札を作るみたいですよ?」

「ふふふ、そうでしたか。あの様子を見ると、すでにモノができてそうですね。頼もしい限りです」

 ミツバがギラつく命彦を見送って、淡く笑った。


 6階の別荘へと戻る命彦を見送った後、舞子は、家族を地下農場に連れて行くために一旦旅館へ戻ったメイア達と別れ、梢やミツバと一緒に店舗棟1階で買い物をしていた。

 有事だからと、消費型魔法具の〈魔傷薬〉を店員から多量に寄付される梢の横で、緋色の外套、防具型魔法具の〈火炎の外套〉を手に取り、一括払いで購入して、着用した舞子。

 その舞子を見て、梢が感心するように言う。

「200万もする魔法具を一括買いかー……ここ数日で、舞子ってば随分儲けたわよね?」

「そうですね、命彦さん達にただくっ付いてただけですけど」

「意外と役に立ったとも聞いていますよ?」

 ミツバの言葉に、舞子が苦笑を返す。

「全然です。はずかしいくらい足手まといでしたからね? 今だったら、ほんの少しはお役に立てると思うんですけど。まあでも、まだまだですよ」

「ふーん。以前より地に足が付いたって感じがするわね?」

「いいことですよ、姉さん。そう言えば、舞子さんのご両親もここに避難されているのではありませんか?」

 ミツバの問いかけに、きょとんとして舞子が答える。

「え、ええ。3階の社宅村にある旅館にいますよ?」

「そう。宴会には参加するの、親御さん?」

「まさか。招待もされていませんし……それに、私が参加するのだって、実はおこがましいと思ってるんですよ、これでも」

「あら? 【魔狼】小隊の一員だったら、小隊長の主催だし、出席するのが礼儀でしょ? 親御さんがいるんだったら、一緒に出席すればいいのに」

「いやあの、梢さん、分かってます? ウチの親は、私が迷宮へ行くことに反対してる人達ですよ? 命彦さんに会わせるのだって、色々と迷ってるのに……」

「あんたが娘の依頼を受けたから、娘が迷宮に行ってしまったんだーって、親御さん達が命彦を責めると思ってるの? 私達が以前舞子を自宅に運んだ時に話した限りでは、少し感性がズレてるけど、どこにでもいる普通の親って感じだったわよ?」

「そうですね、常識人という印象を受けました。舞子さんが迷宮に潜っているのも、舞子さん自身の意志だと分かっていらっしゃいますし、舞子さんが常人とは違う思考、少々ぶっ飛んだ頑固さをお持ちであることも、分かっておられます。親御さんは命彦さんを責めるより、恐らく必死に頼むと思いますが?」

「娘をよろしく頼みます、生きて返してくださいって? あははは、確かにそっちの方がありえそうね?」

「笑い事じゃありませんよ、もう! でも実際、私は【魔狼】小隊の新人というだけで、【精霊本舗】ともこれといって関係がありませんし、親だってまだ命彦さんと会っていません。勇子さんや空太さんは昔からここに出入りしてて、よく魔法具を購入してるお得意様ですし、メイアさんは雇用形態はどうあれ、社員としてここで働いておられます。ご家族も命彦さんと顔見知りですから、宴会に参加してもいいでしょうが、ウチの親は……」

「ふむ。店との関係性が薄いから、親を連れて来ることに気後れしてるわけね? まあその気持ちは理解できるわ。でもね、宴会はどういう趣旨であっても、みんなでわいわいするのが楽しいのよ? 欝々うつうつとした空気の時は特にそう。両親を出席させるのに理由が必要だって言うんだったら、私が作ってあげるわ」

「はい? あの、理由を作るって?」

 まじまじと梢を見返す舞子。梢がミツバを一瞥すると、ミツバがジーっと舞子を見て言う。

「胸もありますし、顔も美形。声も良く、性格も明るめ。広報にピッタリですね。【精霊本舗】の営業部、それも広報課で、魔法具の通信販売をさせると受けるかと。歌って踊れますから、宣伝役に最適です」

「早速ソルティアに連絡よ」

 ポカンとしてる舞子の前でポマコンを操作し、平面映像を投影して、エルフ女性と話す梢とミツバ。

 数分後、平面映像が切れると、梢とミツバが笑みを浮かべて言った。

「良かったわね? ソルティアも実は狙ってたらしいわよ、舞子のこと。親御さん、影響力あるものねえ。広告のために、是非とも利用したいって黒い笑顔で言ってたわ。3階の旅館まで契約書類持って、迎えに来てくれるって? ご両親へも説明するそうよ。こういうのをコネ入社って言うのよね?」

「研修生として即採用するそうです。仮ですが、一先ず従業員の立場を手に入れましたよ? これで、親御さんを連れて宴会に行けますね。【精霊本舗】は従業員の家族であれば、店の行事参加が可能ですので」

「え、ええぇーっ!」

「さあ、親御さんと一緒に地下農場へ行きましょうか」

「楽しむべき時はとことん楽しむべきです。死んだ時にホントに後悔しますからね」

 驚く舞子の手を引いて、梢とミツバが歩き出す。

 実は命彦が勇子達の親に会う前、舞子の両親が世間に相当の影響力を持つ作曲家と知り、店のためにその力を取り込みたいと画策していた計算高いエルフ女性の営業部長が、消費型魔法具の依頼所への多量寄付と引き換えに、梢とミツバへ舞子の取り込みを依頼していたのである。

 梢達の無理矢理過ぎる一連の行動も、全てそのための演技であった。

 かくて舞子は、梢とミツバ、エルフの女性部長によって【精霊本舗】へ雇用され、両親と共に宴会に参加する理由を手にしたのである。


 午後6時、当初の予定時間通りに1階店舗は閉店し、決起会という趣旨の宴会は始まった。

 ポマコンで呼び出された命彦と命絃は、魅絃が用意してくれていた揃いの背広姿で、地下農場の特設舞台に登る。

 開宴の際の、従業員達への挨拶は考えていたが、憶えるのは時間的に無理だったので、命彦の言葉が止まったら、肩に乗るミサヤに《思念の声》でこっそり教えてもらい、切り抜ける手筈だった。

 特設舞台には、命彦達や梢達の宴席の他、部長職に就く者達の宴席もある。

 しかし、エルフ女性の横、ドワーフ翁と禿頭の老人、白衣白髪の鬼人女性の席は、それぞれ空席であった。

 禿頭の老人と鬼人女性の老夫婦は、今も命彦の祖母と交渉しており、ドワーフ翁も《戦神》用の魔法具の製作工程表を作り、作業の分担計画を練っていた。

 宴会に参加するのが少し遅れる可能性があると、3人から命彦に連絡があったのである。

 子犬姿のミサヤが、スッと首を伸ばした。命彦も壇上から宴会場を見回す。

 従業員とその家族、友人知人達を合わせて、300人以上が宴席に座っていた。

 ズラーっと長い机の上に、ホカホカと湯気立つ料理が載っていて、宴会に出席した子ども達が料理を食べたそうに見ている。

 人数に圧倒されて速かった心臓の鼓動が、子ども達のおかげで若干緩み、命彦は苦笑して口を開いた。

「あー……腹が減ってる子達もいるようだから、挨拶は手短にしたいんだが、まず皆、心配かけてごめん。俺も母さんも眷霊種魔獣に殺されかけたが、見てのとおりどうにか無事だ。トト婆の診断じゃ、母さんも明日には目を覚ます」

 命彦の言葉を聞き、ホッと頬を緩める従業員達の様子が見えた。命彦が言葉を続ける。

「ただ、皆も知るとおり、今の三葉市は危機に陥ってる。【逢魔が時】が発生してるのに、頼みの【神の使徒】、梓さんが関東に行ってて留守だし、軍や警察の魔法士も、戦力が平時の半分以下と報道されてる。おまけに眷霊種魔獣に【迷宮外壁】をぶち抜かれて、街の盾が失われてる状態だ」

 従業員達が一斉に不安そうにする。命彦の言葉も止まった。

 どうやら、従業員達の表情に目を引かれ、考えていた言葉を一瞬忘れたらしい。

 目を閉じて、言葉を整理してる風を装い、ミサヤの助けを待つ。

 検知しにくいほどの魔力が微かに走り、思念が届いた。

『マヒコ、私の言うとおりに』

『ああ、すまんミサヤ。どこまで言ったか、飛んじまった』

 手筈通りに行こうと目を開けた命彦の視界に、自分をじっと見る従業員達が映り、命彦はふと考えを改めた。

『……ミサヤ、補助はいいや。自分の言葉で話してみるよ』

 思い付いたままに話そう。そう思い、静かに感情を込めて、命彦が口を開く。

「俺は……俺は、この街を守りたい。店を守り、家族を守りたい。その上で、母さんを傷付けた魔獣を八つ裂きにしたいと思ってる。仇を討ちたいんだ、俺の手で。でも、俺1人じゃ勝てねえ。つい数時間前に、負けたばっかだ」

 命彦が宴席の一人一人を見回して言う。

「ずっと考えてたんだ。俺1人でダメだったら、ミサヤの手を借りて、姉さんの手を借りて、メイアの手を借りてって、眷霊種魔獣に勝てる方法を考えてた。でも足りねえ。家族や戦友の力を借りても、まだ届かねえ気がした。また負ける気がした。だから、店の力を、皆の力を……俺に貸して欲しい。頼む」

 料理に目が行っていた子ども達が、いつの間にか命彦の方をじっと見ていた。

 頭を下げた命彦。沈黙が宴会場に降りる。

 顔を上げた命彦が、失敗したかと思った時である。宴会場に声が響いた。

「ワシが力を貸しますぞい?」

「ワシも貸すぞ、若様!」

「あたしらはもう力を貸してるだろうに、まったく……若様、力は貸したよ? 交渉成功だ」

「ドム爺とタロ爺に、トト婆! いいところへ来てくれた」

 命彦が笑顔を浮かべる。ドワーフ翁と禿頭の老人、白衣白髪の鬼人女性が舞台上に上がる。

「若様が力を貸してくれと、頼んどる」

「ゆえに、ワシらは力を貸すことにした」

「あたしらの力で、若様を眷霊種魔獣に勝たせるんだ。面白いだろ、皆?」

 そう言って、3人は自分達の宴席に座った。

 宴会場の空気が、にわかに活気づき始める。子ども達が言った。

「ウチもワカサマにちからかすぅ!」

「ワウも!」

「「ぼくも!」」

 口々に言う子ども達に続き、従業員達も声を上げた。

「私も手を貸します、若様!」

「俺もだ!」

「あたいもだよ!」

 従業員達の言葉に感謝し、命彦が言う。

「ありがとう。感謝するぞ皆! 宴会後にドム爺の主導で、魔法具の制作が待ってる。突貫作業で徹夜の地獄だが、その魔法具を装備して、俺は眷霊種魔獣をぶちのめすつもりだ。いつ魔獣が現れるか分かんねえから、作業を急ぐ必要があるが、その前に、皆には英気を養ってもらいたい。たらふく食ってくれ! それじゃあ、乾杯だ!」

 命彦が宴席から飲み物を取り、天に掲げる。

 参加者も飲み物を掲げ、決起会が開宴した。

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