終章-6:社宅村のマイコと、戦うための根回し

 舞子は窓から映る、村の景色を見て、ただただ目を丸めていた。

「ホントに建物の一階層に村があるとは……驚きです」

 店舗棟6階の魂斬家別荘階から、命彦達と別れて2階の社員食堂へと降りた舞子は、そこで家族を連れたメイアや勇子、空太と合流した。

 メイアは両親と姉と妹を、勇子は父方の祖父母を、空太は妹と母方の祖母を、それぞれ連れて来ている。

 勇子の父親と空太の母親は、それぞれ伴侶と死別しており、おまけに警察と軍の仕事もあるので、この場には同行しておらず、勇子と空太は自分達の親のことを少し心配している様子だった。

 それぞれの家族との軽い挨拶が済ませた後、【精霊本舗】を見て、作曲家としての感性がいたく刺激されている様子の両親を引き連れ、舞子はメイア達に先導されつつ3階の社宅階に移動した。

 地下階と同じ造りで、昇降機と階段の前にポツンとある1つの扉を開くと、そこには牧歌的という言葉が妙にしっくり来る、そこそこの規模の村があった。

 〈秘密の工房〉と同じく、魔法で作られた亜空間に居住環境を整備して作られた、人工の村である。

 村を見た舞子の両親、特に母親は、理解を超える景色に目を回し、倒れてしまったが、舞子は母の反応を予想していたので、父と一緒に気絶した母へ肩を貸し、普通に運んだ。

 村には、2階建ての家が幾つも建っており、【精霊本舗】で働く従業員達やその家族が住んでいて、顔見知りのメイアや勇子、空太が手を振って挨拶すると、皆が笑顔で会釈を返した。

 宴会を行うという命彦の指示が行き届いているのか、店の外やポマコンの報道番組で感じる暗い雰囲気が、この村ではほとんど感じられず、すれ違う従業員達の顔が妙に明るいのが、舞子には印象的であった。

 そうして数分歩き、メイア達の先導で村の一角に到着すると、そこには一軒の旅館があった。

 日本人の年配の女将おかみと亜人の番頭に出迎えられ、部屋の1つを家族で使うように言われて、舞子は今、1人で旅館の一室にいる。気絶した母親を介抱するため、父は旅館の医務室にいたのである。

 色々と驚き過ぎて感覚が麻痺したのだろうか。1人で部屋にいる舞子の気分は、不思議と落ち着いていた。

 その舞子が、窓の外から見える村の様子をぼんやり観察していると、部屋の外から声が届く。

「舞子、入るで?」

「あ、はい! どうぞ、勇子さん」

 舞子が、座っていた窓際から立つと、部屋の扉を開けて勇子とメイア、空太が入室した。

 メイアが開口一番に言う。

「ソル姉がね、用意を半端に止めてたせいで、当初の予定通りの時刻での宴会……もとい決起会を開催するには、人員が少し不足してるって言うのよ? 私達にまた手伝って欲しいんですって? 会場設営と調理、運搬に分かれて、これからちょっと3人で行って来るわ」

「あ、じゃあ私もお手伝いしますよ!」

「んー気持ちは嬉しいんやけど、舞子はまだ店の案内終わってへんねんやろ?」

「そ、それはそうですけど……でも、一番マズい地下階の案内は終わってますよ?」

 身を乗り出して語る舞子を押さえるように、空太が言った。

「まあまあ、役に立ちたいって気持ちは嬉しいんだけど、そう焦らずにさ? 今回はお客様ってことで、手伝うことよりも見ることに徹したらどうだい? ああそうだ、命彦がもうすぐ3階へ来るらしいから、宴会の用意が終わるまでの間、一緒に行動してたらいいよ」

「さっきポマコンでソル姉の手伝いのことを報告したら、タロ爺の法務部に寄ってから、開発棟に行って、親方に会うって言ってたわ。壊れた魔法具達について、相談する良い機会だと思うけど?」

「1人では行きにくいだろ? 命彦が一緒にいれば、借りた魔法具が壊れたことも、親方に謝りやすいと僕らは思うんだけど……」

 メイアと空太の言葉を聞き、ハッとした舞子は、〈地礫の迷宮衣〉の上に着ていた〈旋風の外套〉に手を当て、〈余次元の鞄〉から〈地炎の魔甲拳:マグマフィスト〉を取り出した。

 眷霊種魔獣との戦闘で破れた〈旋風の外套〉は、命彦が目覚めるのを待つ間、舞子が自分でチクチクと縫って応急処置したため、どうにか外套としての役割は果たしていたが、もう魔力が欠片も感じられず、また〈地炎の魔甲拳:マグマフィスト〉にしても、装甲のあちこちが凹み、魔力の気配が相当弱っていた。

 しかも、〈地炎の魔甲拳:マグマフィスト〉の左腕、《地礫の纏い》を封入された側の手甲は、魔力の気配が弱まっていることに加えて、手首部分の回転式弾倉も壊れており、弾倉が回らずに魔法結晶の再装填もできぬ有様で、今やただの手甲と化している。

 戦闘終了後に気付いたとはいえ、〈地炎の魔甲拳:マグマフィスト〉はそもそも借り物であり、お試し期間かつ人々を守るためとはいっても、舞子自身の無茶によって壊れたとも言えた。

 〈魔甲拳〉を舞子に貸してくれたドワーフ翁に、どう釈明したものか、どう謝っていいものかと、密かに気にしていた舞子にとって、メイア達の言葉は朗報ろうほうであった。

「……分かりました。魔法具のことは親方に是非とも相談したかったので、ここは命彦さんと一緒に行動させてもらいますね?」

「それでええと思うわ。ほいじゃ、一緒に村の入り口まで行こか? そこに人が集まり始めとる。もう命彦が来てるんやろ」

「はい!」

 家族にポマコンで伝言を残した舞子は、メイア達と一緒に旅館を出て、村の入り口を目指し、歩いて行った。


 店舗棟6階の別荘階で、命絃とミサヤへ特殊型魔法具〈秘密の工房〉を預けて、あることを頼み、1人別行動を取った命彦は、微妙に急いでいたので宴会の用意に忙しい従業員の目を避けるように階段を降りて、3階の社宅階に入った。

 すると社宅階では当然人の往来が多くあるので、隠れることもできず、笑顔の住人達に囲まれてしまう。

「若様、よくぞご無事で!」

「心配しておりましたわ!」

「ミツル様も怪我をしたとか聞いたんじゃが、容態はどうですかの?」

「えーと、皆心配かけてすまん。またあとで、宴会の時に説明するから……」

 そう答えて、すぐ傍の2階建ての建物、三島病院兼法律事務所と看板がある建物を目指して、歩き出そうとした命彦へ、4人の5歳前後と思しき子ども達が突撃した。

 ここ数日、命彦に構ってもらえずに寂しがっていたお子ちゃま達は、会えた喜びを爆発させる。 

「「ワカサマぁー!」」

「ワカサマやっ!」

「ワカサマだああぁぁーっ!」

「おう、とう坊にシェン坊、ルウ子にワウ子! 元気にゲフウッ!」

 飛びかかって来るお子ちゃま達を受け止め、そのうち1人の頭突きを腹部に受けて、命彦が身体をくの字に曲げた。しかし、気合で倒れるのを堪えて言う。

「……げ、元気にしてたか?」

「げんきしてた!」

「いっーぱい、しんぱいしたんやでっ!」

「そだよー!」

「あそぼっ! あそぼっ!」

 どの子達も同じようにキューンクーンと抱き着いて来る。

 お子ちゃま達にとって命彦は良き遊び相手、兄貴分であり、命彦にとっても子ども達との触れ合いは、楽しい時間であった。

 自分を慕ってくれている子ども達に構ってやりたい衝動を押さえて、命彦が言う。

「すまん、また後で遊ぼう。それよりお前達だけか? 他の子達はどうした?」

「ちかのうじょうやおうちで、おてつだいだよ?」

「よんでくる? うちがいく!」

「ぼくも!」

「いやいや、呼ばんでいい。俺はまだすることがあるんだ。宴会まで、俺と会ったことは他の子達にも秘密にしててくれ」

「「「ひみつにしたらあそんでくれる?」」」

「ああ。後で絶対に遊んでやる、約束だ」

 声を揃えて言う子ども達に、命彦は笑顔で応じたが、子ども達がブンブンと首を横に振る。

「あとはいやや、いまがええ!」

「ワウも!」

「「ぼくも!」」

 子ども達が構って構ってと腕を引くので、命彦がうーんと困った顔をした。

 周りで見ていた子ども達の親や家族が、どうも急いでいる様子の命彦に気付き、子ども達を引き離すと、子ども達は嫌々と首を振った。

「「「やだー! ワカサマとあそぶぅーっ!」」」

 騒ぐ子ども達に寂しそうに手を振り、歩き出した命彦。その命彦に声がかかった。

「お兄ちゃんしてるわねえ、命彦?」

「実に羨ましい……僕にもお子様人気を少し分けてくれよ」

「やましい気持ちがあるヤツは、子どもらも分かんねんアホ」

「うふふ。命彦さんは子ども達を見る時、とても優しい目をするんですね?」

「……お前ら、見てたのかよ」

 三島病院兼法律事務所と看板がある建物の傍に立つメイア達を見て、命彦ははずかしそうに目を泳がせた。


 目的の建物の前で一度合流した命彦とメイア達。メイアが命彦へ問うた。

「タロ爺に会うってことは、誰かと交渉するの?」

「ああ。ウチの祖母ちゃんと交渉してもらう。あの眷霊種魔獣をぶちのめす作戦を考え付いたから、その作戦の実行に欠かせねえモンを、祖母ちゃんに譲ってもらいたいんだ。そのためにタロ爺に動いてもらうのさ」

「眷霊種魔獣をぶちのめす作戦? おもろそうやんけ、ウチらにも聞かせてや」

「まだ駄目だ。後で聞かせてやるよ。その代わり……」

 命彦の意を組み取り、空太が口を開いた。

「眷霊種魔獣の読心どくしん対策をしとけ、だね?」

「ああ。精霊魔法でも心を読む魔法があるんだ。神霊魔法にも当然その手の魔法はある。お前らは多分、一緒に戦場へ出るだろうから、眷霊種魔獣と実際に交戦するかどうかは別にしても、神霊魔法を喰らう可能性があるだろ? その時に心を読まれたら、作戦が筒抜けだ。店の魔法具を借りてもいいから、読心対策はしっかりしとけ」

「あー……せやね、分かった。しかし、命彦やメイアが羨ましいわ。《戦神》や《結魂の儀》、《神降ろし》って、読心対策もある程度兼ねとるんやろ? ウチや空太はその手の対策ってあんま持ってへんからねえ」

 勇子が難しい顔をして言うと、話を聞いていた舞子が疑問を口にした。

「あ、あの、普通は精霊結界魔法の周囲系魔法防壁や、精霊付与魔法の魔法力場って、魔法で全身を覆う分、それ自体が読心対策と言えるのではありませんか?」

「せやで。そこいらの魔獣が使う魔法の読心やったら、それで十分や」

「問題は、今回の相手が眷属霊魔獣ってことだね? 神霊魔法が相手の時は用心に用心を重ねた方がいいんだよ」

「そのとおりだ。店の商品だと、装身具型魔法具〈陰陽おんみょうの首飾り〉が読心耐性にひいでてるぞ?」

「精霊融合結界魔法で首から上をがっちり守ってくれるっていうヤツだね? 分かった。あとでソル姉に頼んどくよ」

「俺も安く貸すように頼んどいてやる。その代わりに、空太と勇子には頼みごとがあるんだ。おばさんとおじさんに連絡取ってくれるか?」

 それが本題とばかりに命彦が切り出すと、勇子と空太が顔を見合わせる。すぐに空太が問うた。

「それは軍や警察に話があるって、理解していいのかい?」

「ああ。俺達に気を遣って、事情聴取を遠慮してくれてんだろ?」

 命彦の言葉を聞いて、勇子と空太が苦笑しつつ言う。

「まあ、母親が魔獣に殺されかけたばかりの被害者に、今すぐあったことを全部話せとは、さすがに言いにくいからね? 心を整理する時間があってもええやろって、オトンは言うてたよ」

「そもそも加害魔獣とその居場所の特定も済んでるし、目的についても、多分人類を苦しめたいっていうこの種の魔獣特有のモノだろうから、交戦して心が弱ってる魔法士に事情を聴くよりも、討伐が先だろって言うのが、軍の見解だって、僕の母さんも言ってたよ」

 2人の言葉に、フッと頬を緩めて命彦が言葉を返した。

「……ありがとう。お気遣い感謝しますって、2人に伝えといてくれ。今だったら2人の知りたい情報も多分伝えられると思うから、時間があれば御足労願えませんかって、すぐに連絡を頼む」

「分かった。時間的には宴会前が理想かい?」

「できればそうして欲しいが、2人とも暇じゃねえだろ? 空いてる時間でいい。こっちで合わせるように努力する。おっと、随分引き止めちまった。お前らもソル姉の手伝いがあるんだろ? 早く行ってやってくれ」

 そう言って命彦が、三島病院兼法律事務所と看板がある建物の扉に手をかけると、メイアが言う。

「あ、命彦。舞子のことだけど、一緒に行動させてあげてくれる?」

 振り返った命彦が、舞子の縫い合わされた防具型魔法具に目を留め、凹んでいた〈魔甲拳〉のことも思い出し、すぐに察して答える。

「分かった。この後にドム爺の所へ行くから、付いて来い舞子」

「はい!」

 命彦は舞子を連れてメイア達と分かれ、建物に入って行った。

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