終章-5:見えた希望と、動き出すマヒコ
3人が瞑目し、うーんと頭を捻っていると、不意に命絃が目を開けた。
「どうやって呪詛物を仕込むかねえ……むむっ!」
「どうしたんだ、姉さん?」
「思い付きだけど、こういうのはどうかしら? あいつの体内へ、呪詛物を亜空間格納した〈出納の親子結晶〉を仕込んで、それを体内で砕くのよ。全ての魔法具は、破壊されたら異相空間処理で道具内に内包されてた魔法が外部へ放出され、効力を失うから……」
「自動的に結晶内の亜空間に格納されてた呪詛物が、あいつの体内に出現するわけか? 人の腕ほどもある[陰龍の爪]をそのまま仕込むより、掌に納まる〈出納の親子結晶〉の方が、小さくて体内へ仕込みやすい。いいねえ、方法としてはエグイけど、気に入った!」
座椅子に座る命彦が自分の膝をパシッと叩くと、その横に座るミサヤが冷静に疑問を口にする。
「確かに亜空間格納であれば、呪詛の効力を遮って、普通の呪詛物は持ち運ぶことができます。呪詛物を小型化できる点でも、良い考えでしょう。しかし、[陰龍の爪]は普通の呪詛物ではありませんよ? 〈出納の親子結晶〉へ収納しても魔法具自体を汚染して、呪詛の効力が幾らか結晶から漏れ出て来る可能性が高いと思われます。それだけの力を持つからこそ、マヒコも切り札に選んだわけですよね?」
「うぐ、そうだった」
命彦がガックシと肩を落とすと、ミサヤが命絃を試すように言う。
「瞬間移動する眷霊種魔獣の体内へ呪詛物を格納した魔法具を埋め込むためには、魔法具自体を持ち運ぶ必要がありますから、結局こちらが呪詛で弱体化してしまうことに違いはありません。呪詛の影響が多少緩和できる恩恵はあるでしょうが、そもそも呪詛の効力が眷霊種魔獣に察知されれば、その時点で対抗策を使われる可能性があります。呪詛物と気付かせずに埋め込むのが最良ですので、〈出納の親子結晶〉だけではまだ不十分です」
「勿論分かってるわ。呪詛の効力を完全に隠すため、そして私達の方が弱体化せずに持ち歩くために、魔力物質で〈出納の親子結晶〉の表面を覆えばいいのよ」
命絃の言葉を聞き、感心したようにミサヤが目を丸くした。
「ほう? それも考えていたのですか?」
「当然よ。魔力物質に包まれた魔法具は、魔力物質自体が魔法の効力を阻む障壁として機能するため、ほとんどの場合、その効力が無効化されるわ。命彦が《戦神》を使用している間、〈陽聖の迷宮衣〉や〈風地の具足羽織〉といった装備してる魔法具が、その効力を無効化されてるようにね」
命彦が目を輝かせて自分を見ていることに気を良くし、命絃が自信満々に言葉を続ける。
「凄まじい効力を持つ魔法具だったら、魔力物質を透過してその力が発揮されることもあるから、さすがに[陰龍の爪]自体を魔力物質で覆っても、呪詛の効力を完全に抑え込むのは難しいと思うけど、〈出納の親子結晶〉に格納して呪詛の効力がある程度削がれていれば、親子結晶自体を魔力物質で覆うことで、呪詛の効力も完全に抑え込める筈よ? 2重の箱で密封する感じね」
「ふむ? 魔力物質で結晶を覆えば、破損しやすい〈出納の親子結晶〉も保護できる。眷霊種魔獣と戦う時には、俺はどうせ《戦神》による魔力物質の全身外骨格状態だ。魔力物質に覆われた魔法具だったら、外骨格の一部だと見た目に誤認もさせやすい。呪詛の気配を隠し、外骨格にくっ付けて持ち運ぶこともできる。いけるじゃねえか、さすが姉さんだ!」
「ぬふふふ。偉いでしょ? ほめてほめて!」
抱き着いて来る姉を構いつつ、命彦は考えている様子のミサヤに問うた。
「どうだろ、ミサヤ? まだ問題はあるか?」
「……そうですね。今のところ良い流れですが、結局最後にこの問題が残ります。呪詛物を用意し、それを持ち運べて、眷霊種魔獣に呪詛と気付かせず済んだとして、具体的にどうやって体内に仕込むのですか? この点に関しては、具体案がまだ1つも出ていませんよ? 傷口から入れるのですか? それとも口から入れるのですか? どっちにしても、眷霊種魔獣相手には相当難しいですよ」
根本に関する問題だけに、命彦と命絃が頬をヒクつかせ、顔を見合わせて黙った。
目を泳がせた命絃が言う。
「えーと……殴り合いで、隙を見てアイツの口に捻じ込むとかが、いいと思うんだけど?」
「マヒコに死ねというつもりですか、マイト? あの眷霊種魔獣が全力を発揮すれば、《戦神》を使っても、せいぜい機動力が互角程度で、攻撃力と防御力、回復力はマヒコが数段劣る。以前互角だった接近戦も、相手が合わせてくれていただけです。砲撃戦に相手が徹すれば、命彦は近付くこともできず、言いにくいですが……一方的に打ち負かされる可能性さえありますよ? それほどの戦力差がある相手に、現状のまま殴り合えと?」
「あうぅぅ、そう言われてもねえ……うーん」
命絃が眉根を寄せて、考え込む。その横で、命彦が悔しそうに口を開いた。
「……認めるのは歯がゆいが、前回の戦いの時も、あの眷霊種魔獣には余裕が感じられた。接近戦でも良い様に遊ばれた感覚がある。初手から全力を出されたら、たとえメイアや姉さん達の援護があったとしても、多分現状の俺じゃすぐに倒されるだろう」
「あ、えーと、またこっちを見下して、力を出し惜しみしてくれたりするかも……」
落ち込む様子で言う命彦の肩を抱き、命絃が
その視線を受け止めたミサヤは、命彦の手を握りつつ、敢えて厳しい解答を提示した。
「そういうこともあるかもしれませんが、しかし、気まぐれで今度は初手から全力ということもあり得ます。敵の油断を戦略・戦術に考慮するのは良いですが、それを軸に戦略・戦術をたてるのは愚の骨頂。失敗を確約するのと同じです。ここは敵が最初から全力を出すことを想定して、作戦を考えるべきではありませんか?」
ミサヤの手を握り返し、命彦が言う。
「ミサヤの言うとおりだ……悔しいが、事実は事実として受け入れよう。機動力に関しては、空間転移する瞬間移動で両者頭打ち。ということは、勝敗を決するのは機動力以外の要素。そして、攻守に劣る現状の俺では、全力の眷霊種魔獣に対抗できねえ」
命彦が眉をしかめて言葉を続ける。
「《戦神》も、より多くの魔力を費やして具現化すれば、今以上の攻撃力や防御力を得ることはできる。しかしそうすると、魔力の制御、というか魔法の制御で俺の頭が一杯一杯だ。とてもじゃねえが、戦闘するほどの思考的余力はねえ。俺の魔法制御力と魔力量じゃ、今はここまでが限界だ。そしてこの限界は、今すぐにはどうこうできねえ課題でもある」
ギュっと拳を握る命彦が、唇を噛んだ。
「傷口から入れるにせよ、口から呑み込ませるにせよ、呪詛物を封入した魔法具を眷霊種魔獣の体内へと仕込むためには、一瞬でも良いから接近戦で眷霊種魔獣を圧倒する必要がある。相手が油断してくれてたら今の俺でも仕込む機会はあるだろうが、初手から全力で来られると、姉さん達の援護があっても埋め込むのは厳しい。今以上の戦闘力を俺が持たねえと、眷霊種魔獣が全力で来る場合、弱体化させることもできねえわけだ」
「はい。本気の眷霊種魔獣は、神霊魔法防壁と神霊魔法力場の2重の守りを持ちます。この2重の魔法防御は、あらゆる外的干渉から眷霊種魔獣を守護するため、この魔法防御がある限り、魔法具を眷霊種魔獣の体内に仕込むことは極めて難しいでしょう」
ミサヤの発言を聞き、命絃が口を開く。
「そうは言っても、呪詛の力抜きでまともに眷霊種魔獣と戦えば、私達が討たれるわ。眷霊種魔獣が《神降ろし》を維持できる時間って、確か3時間前後あるのよね? あっちの時間切れを待つ持久戦も無理よ? 3時間も戦闘を維持できるかって聞かれたら、私は無理って断言するわ。メイアにしても、今《神降ろし》を維持できる時間って、30分ほどよね?」
「ああ。俺達が眷霊種魔獣を討滅するには、短期決戦が前提だが、その短期決戦で決着させるためには、眷霊種魔獣の弱体化が必須。油断してようが、全力を出されようが、弱らせんことには勝ち目がねえ。そして、全力を出す眷霊種魔獣を相手にして呪詛物を仕込む場合、一瞬でも良いからまともに眷霊種魔獣と戦闘し、2重の魔法防壁を突破して、眷霊種魔獣の体内に呪詛物を埋め込むだけの地力が、俺に必要だ」
「あの眷霊種魔獣とまともに接近戦ができる可能性を持つのは、命彦くらいです。私でもメイアでも、そしてマイトでも難しいでしょう。私達は砲撃戦の方が得意ですからね」
「分かってるよ。そもそも俺は、姉さんやミサヤが傷付く姿を見たくねえ。矢面には断固として俺が立つ。しかし……考えれば考えるほど難しい問題だ。やれやれ、ずっと油断しててくんねえかね、あの眷霊種魔獣も。こっちは考える度に、自分の限界を思い知らされてめげそうだってのによ」
眷霊種魔獣の持つ力に呆れたのか、苦笑する命彦。
しかし、目だけは笑っておらず、付け入る隙を探して必死に考えている様子だった。
その命彦に身を寄せる命絃とミサヤは、そっと励ますように口を開く。
「己の今の限界を知ることは、とても重要です。限界を知るからこそ、人は道具や技術を作り出し、自分の限界を1つずつ突破して、今の文明を築いたのでしょう? 焦らずじっくりと考えればいいのです」
「そうね。時間はまだ少しだけ残されている筈。諦めずに考え続けることが重要よ。機械のように追加装甲を被せたり、追加武器を装備したりして、人間もお手軽に戦闘力を上げられればいいんだけどね?」
ミサヤと命絃、その2人の言葉を聞いた時である。命彦の脳裏で突然閃きが走った。
「道具や技術を作り出し、限界を突破? 装甲を被せ、武器を装備? 待てよ、魔法と言っても自分が作り出した
その場で顎に手を当て、虚空を見て考え始めた命彦。その命彦を見て、命絃とミサヤは顔を見合わせた。
「どうしたの、命彦?」
「気付いたことがあるのですか?」
そして、命彦がニヤリと笑い、身体を歓喜に振るわせて宣言する。
「……姉さん、ミサヤ、あったぞ? お手軽に戦闘力を上げる方法がっ! どうして今まで気付かねえんだ、俺のバカッ! 魔力物質の下に魔法具を装備してるから、魔法具の効力が上乗せされねえんだよ。だったら魔力物質の上に乗せりゃあいい! 2人とも愛してるぞ! 今ここで勝算が生まれた、眷霊種魔獣をぶちのめす勝機が生まれたんだ!」
感極まった命彦が、傍にいる命絃とミサヤを思いっ切り抱き締めた。
突然の命彦の行動に、2人は色めき立つ。
「ええっ! と、突然の告白は嬉しいけど、さすがに姉さん、ここでするのは色々と気が引けるわ! せめて初めては、自宅の寝室が良いと思うのっ!」
「ふ、2人一緒にというのは、魔獣の私でも少々気が引けるのですがっ?」
色々と妄想が先走り、頬を押さえて言う2人。耳まで紅くする2人に構わず、命彦は真剣に問うた。
「2人とも、この戦いが終われば、何でも言うことを聞いてやる。だから1個だけ、俺の願いを聞いてくんね?」
神妙に言う命彦に、命絃とミサヤも緩んだ表情を引き締める。
命彦の言葉を待つ2人に、命彦は躊躇いがちに頼んだ。
「……俺に、戦う力をくれ。もしかしたら、一緒に死んじまう可能性もあるけど、できるだけ2人は生き残れるようにするから、俺に力を貸してくれ。俺には2人の力が必要だ。姉さんとミサヤにしか……頼めねえんだよ」
命絃とミサヤはフッと頬を緩め、命彦に抱き付いて、両頬にそっと
「私の力は、常に命彦のモノよ? 好きに使って。この命は、常に命彦と共にあるから」
「私の力も、我が主のモノです。頼む必要はありません。我が物としてお使いください」
「……ありがとう。2人とも」
命彦は、少し照れたものの、優しい表情をする2人を、もう1度抱き締めた。
そして、決然と言う。
「姉さんとミサヤ以外にも、力を借りたい人達がいる。とりあえず、まずはタロ爺とトト婆、ドム爺とソル姉にも連絡だ。忙しいぞ、これから!」
かくて破壊神の眷属を討つために、命彦は行動を開始した。
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