終章-2:現状確認と、マヒコが背負う重責
白衣白髪の鬼人女性が別荘階の居間を去ってから、エルフ女性が苦笑を浮かべた。
「トトア先生にも困ったモノですね?」
「ああ。でも多分、俺には見えてねえモンが見えてるんだ。助言はありがたく受け取っとくよ」
「はい。それがよろしいかと」
「それじゃあ、魔力が回復してるのが分かったところで、俺が寝ていた間に起こったことを説明してもらおうか。メイア、ソル姉、頼むよ」
命彦が言うと、エルフ女性とメイアが縦に首を振り、壁の端末を操作して、居間の空間投影装置を起動した。
幾つかの平面映像が室内に浮かび上がり、関西迷宮の様子を映し出す。
都市自衛軍から報道番組経由で一斉公開されたモノで、結界魔法で覆われて、魔法防壁が消えるまで偽装されていた第3迷宮域内の様子を、偵察衛星が撮影した映像であった。
【虹の御柱】が落ちたことを示す輝きが無数に生じ、第3迷宮域の環境や地形が、魔獣の出現に合わせて、どんどんと入れ換わって行くのが見て取れる。
その平面映像を見つつ、メイアが切り出した。
「まずは迷宮の現状から説明するわ。命彦が倒れたすぐ後、関西迷宮【魔竜の樹海】で【逢魔が時】が発生し、1時間後には召喚された多数の魔獣達が、迷宮側から四方にある各迷宮防衛都市側へと移動して、第2迷宮域と第1迷宮域の境に配置された、4つの都市自衛軍の防衛線と接触したわ。現時点までは、とりあえず各迷宮防衛都市の都市自衛軍の戦力だけで、どうにか対処できてるわね」
「……あのサラピネスとか言う眷霊種魔獣はどうした?」
「姿を消したままよ? もしかしたら【魔晶】の操作を行ってるのではって、ミツバが言ってたわ。軍の関係者が出演してる報道番組でも、そう伝えられてる。それで、肝心の街の被害だけど……」
メイアが口籠る姿を見て、命彦が顔をしかめた。
「酷いのか?」
「ええ。被害集計こそ未発表だけど、人的被害も物的被害も相応にあるわね? 特に物的被害が酷いわ。【迷宮外壁】を破られたことは、命彦達も憶えてるでしょ?」
メイアが命彦、命絃、ミサヤを見回して言うと、命彦達も互いに顔を見合わせて応じた。
「ああ」
「憶えてるわ」
「目に焼き付いていると言うべきですね」
「……アレの修復、思った以上に時間がかかりそうで、もし【逢魔が時】がこのまま続き、自衛軍の防衛線の戦力を超えるくらいまで、魔獣側の勢力が増えたら、防衛線を突破した魔獣が、簡単に街へ侵入する危険性があるの」
メイアが肩を落として言うと、舞子も情報を補足した。
「さっき見た報道番組では、【迷宮外壁】の完全修復には6日を要するとのことで、三葉市は関西迷宮と隣接する他の迷宮防衛都市、一葉市や二葉市、四葉市と比べても、相当危ういと言われてました」
「身を潜めてる眷霊種魔獣が本格的に動き始めたら、どこの迷宮防衛都市でも危険だけど、眷霊種魔獣が現れるかどうか以前に、単純に魔獣達の勢力が防衛線を突破するだけでも、今の三葉市にとっては非常に危険だもの。その意味じゃ、関西地方の迷宮防衛都市で今一番陥落しやすい都市は、ここでしょうね?」
メイアの発言に付け加えて、エルフ女性が平面映像を報道番組に切り替えつつ口を開く。
「都市自衛軍の防衛線に進攻して来る魔獣の戦力は、刻々と増えています。4都市の自衛軍は先ほど、各都市警察に要請して、本日の夕方から、警察の魔法士を防衛線に増援として投入する決定を下しました」
平面映像には、迷彩柄の〈迷宮衣〉を着用した都市自衛軍の魔法士が、濃紺色の〈迷宮衣〉を着用した都市警察の魔法士へと、書簡を差し出す場面が映っていた。
都市自衛軍の要請を受けて、都市警察までが前線へ出るという事態に、危機感を覚えた命彦が問う。
「警察の魔法士まで前線へ出したら、三葉市の水際防衛はどうするんだ? 義勇魔法士達に全て任せるのか?」
「そうでしょうね。戦力不足が思いっ切り響いてる感じよ? 関東や九州に派遣されてる、軍や警察の戦力が戻って来てくれれば、軍が迷宮で防衛線を展開し、警察が都市前にもう1つ防衛線を展開することで、どうにかできると思うんだけど、あっちもあっちで激戦だから、すぐに戻って来いと言ったってねぇ?」
「ええ、そう簡単には帰還できませんよ。国家魔法士委員会が戦力派遣を決めた以上、各戦力にはそれぞれ持ち場が与えられていますからね? 自分の持ち場を放棄して、すぐに帰還することは難しいでしょう。義勇魔法士部隊として参加する一般の魔法士達でさえ、一度【逢魔が時】終結戦に戦力として登録し、参加する以上は、各自に持ち場や任務が与えられます。それを勝手に放棄してこちらへ戻れば、重罰が科されるでしょう」
「関西地方の各迷宮防衛都市からの戦力帰還要請は、すでに国家魔法士委員会に届いてると思うけれど、軍にせよ警察にせよ、一般の魔法士達にせよ、三葉市から派遣された魔法士戦力が、実際に街へ戻って来るまでには、1日2日程度はかかると思うわ」
メイアとエルフ女性の発言をじっと聞き、命彦が確かめるように問う。
「つまり……その1日2日は、現状の軍と警察が防衛線を維持し、義勇魔法士が水際で三葉市を守る必要があるわけだ? 背後にある【迷宮外壁】にデカい裂け目がある状態で、どんどんと今後は魔獣が増えるっていうのに?」
「はい。要約すると、そういうことですね……」
命彦の問いかけにメイアやエルフ女性は沈黙を返し、代わりに舞子が絞り出すように答えた。
命彦が頭痛を覚えたように額を押さえ、ため息をついてから別の話題を切り出す。
「はあー……分かった。三葉市と迷宮の現状は一応理解したよ。それで、店の方はどうだ、ソル姉?」
「そうですね。【逢魔が時】の発生と、若様がまた倒れられたこと。あと、魅絃様も倒れられたことで、従業員の間に動揺が広がっています。また、都市魔法士管理局から緊急避難指示が都市全域へ出され、三葉市の住民は地下避難施設へ順次誘導されています。独自避難設備を持つ企業や家庭へも、避難装置の起動要請がありました。勿論当社へもです。今は皆、動揺を押し殺して宴会の用意を一時停止し、避難行動を粛々と行っているところです」
「ウチの店は、もう
「はい。すでに避難設備を起動していますので、当社は今、都市の上空300mをゆっくり飛行しています」
命彦が皮椅子から立ち上がり、別荘階の居間の窓を開けて下を見下ろすと、【精霊本舗】が敷地ごと空へ浮いていて、地表が遠い先に見えた。
日本の迷宮防衛都市の建物に設置された避難設備は、2種類ある。
敷地の下に〈アメノミフネ〉と同様、重力制御能力を持つ魔法機械を設置して、建物や敷地ごと安全圏へ飛んで退避する飛行避難設備と、純粋に科学技術だけで地下空間を確保し、その地下空間へ敷地や建物ごと沈降して、地表から退避する潜行避難設備である。
どちらも設置には相当の費用がかかるため、一般家庭では設置するのが難しく、特に飛行避難設備は高い生存性と引き換えに、凄まじい設置費と維持費が発生するため、導入しているのはもっぱら相応に儲かっている企業や富裕家庭に限られていた。
独自避難設備を持たぬ一般家庭は、都市統括人工知能が管理する市営の地下避難施設へ移動するのである。
敷地下の魔法機械が発する、精霊結界魔法の魔法防壁で丸ごと建物が覆われているため、高度300mを浮遊していても特に風を感じず、じっと窓から見える景色に目を凝らしていた命彦。
その命彦の背後に立った命絃が、【精霊本舗】と同じように浮かび上がる家や建物達を見て、それらから自宅を見付け出し、エルフ女性に問うた。
「ウチの自宅の避難設備は誰が起動したの?」
「
「ありがと、ソル姉。助かったよ。空太の風羽邸や勇子の鬼土邸も飛んでるけど、2人は家に?」
命彦の問いには、メイアが答える。
「ええ。眷霊種魔獣が去った後、空太は空子ちゃんのお迎えと、自宅の避難設備を起動させるため、勇子も父方の祖父母のお迎えと、自宅の避難設備を起動させるために、それぞれあの場ですぐ別れたのよ」
「お2人は、家ごと【精霊本舗】へ接岸させるおつもりのようですね? 今、許可を求めて来ています。許可してもよろしいですか、若様?」
震動する自分のポマコンを見て言うエルフ女性に、命彦が首肯して言った。
「ああ。あと、ウチの自宅も【精霊本舗】へ接岸しといてくれるか?」
「分かりました。魂斬邸も接岸させますね?」
「頼む、ソル姉。そういやメイアと舞子の家族はどうしたんだ?」
エルフ女性に頼んだ後、命彦がメイアと舞子を見て問うと、メイアが答えた。
「私の家族はお店にもう来てるわ。2階の食堂にいるわよ? 舞子の家族も一緒」
「そうだったのか。安心したよ」
ホッとした様子で言う命彦に、舞子が感謝するように頭を下げた。
「すみません、私の家族まで。ソルティアさんに勧められて、ついその好意に甘えてしまいました」
「構わんさ。市営避難施設よりウチの方が安全だ。ソル姉、ありがとう。良い判断だ」
「いえ、若様であればそうするだろうと思い、実行したまでのことです。それでは、私は若様の新しい指示を実行するため、一先ず失礼しますね?」
「ああ。自宅と接岸するまで高度は現時点を維持していい。その方が接岸しやすいだろう」
「了解しました」
エルフ女性が一礼し、別荘階の居間を出て行った。
エルフ女性が居間を去った後、メイアが窓際に立つ命彦を見て、口を開いた。
「……で、この後はどうするの?」
「どう、とは?」
「ソル姉はさっき、
「……」
沈黙する命彦へメイアが言う。
「快気祝いの宴会、店の皆は楽しみにしてたけど、用意が半分ほど終わったその時に、命彦達が突然店から姿を消して、その後に魔獣の出現を告げる緊急警報が響いた。ソル姉も、店の営業と宴会の用意を続けるように指示しつつ、親方を呼び出して、飛行避難設備の起動用意を言い付けてたわ。その姿を見た従業員達は、普段通りを装いつつも、不安を感じてたでしょうね?」
「……ああ」
「おまけに、いつの間にか昏睡状態の魅絃さんと意識不明の命彦が、別荘階に運び込まれていた。私が《空間転移の儀》を使って、戦闘現場から一気に店舗棟屋上へと命彦達を運び、下の別荘階に降りたから、実際に命彦達の姿を見たのは、呼び出したソル姉だけだったけど、それでもソル姉が慌ててトト婆を呼び出したから、気付いた従業員は多くいるわ。私の家族に店へ避難するよう連絡して、食堂で到着を待っていたら、若様達が怪我をされたんですかって、会う人達全員に聞かれたもの」
「う、むう」
メイアの言葉を聞く命彦が、渋い顔をする。
その命彦の表情を観察しつつ、メイアは語り続けた。
「挙句に、報道番組で【迷宮外壁】の裂け目や眷霊種魔獣の出現、【逢魔が時】の発生まで告げられた。都市魔法士管理局からの避難指示もあって、店が空へと退避しているこの現状も突き付けられ、さぞや店の皆は不安でしょう。若様と魅絃様はご無事だろうか。街は平気だろうか。自分達は生き残れるのだろうか、ってね?」
メイアが命彦をまっすぐ見詰め、真摯に言った。
「皆待ってるわよ、命彦が姿を見せるのを? ソル姉も、ホントはこう言いたいのよ。若様、皆の前に立ち、早く安心させてくださいって。でも、病み上がりだから言いにくい。早く言いたいけど、命彦のことを気遣って、待ってくれてるのよ。年齢や立場から言ったら、本来この役目は命絃さんがするべきだと思いますが……」
メイアが命彦の横に立つ命絃に視線を移すと、命絃が横に首を振る。
「天性の引きこもり魔法具職人である私が、皆の前に立って、安心させられる経営者を演じられると思う? 無理よ、全力で遠慮するわ」
「そうでしょうね。それは私でも分かります。恐らくソル姉も気付いてるんでしょうね。だから命彦へ頼もうとしているんです」
メイアがやや呆れた表情を浮かべ、命彦へ視線を戻した。
メイアの視線を受け止め、命彦が傍に歩いて来るミサヤと顔を見合わせる。
「祖父ちゃん達は留守で、母さんも昏睡状態。姉さんも表に出るのは嫌だと言う。つまりは俺が今、先頭に立って店を率いる立場にあるってことか」
「そうですね。勿論、ユイト達に連絡を取って指示を仰ぐのも1つの手ですが、ユイトのことですから、そのくらいどうにかしてみいって、言いそうですよ?」
「祖母ちゃんだったらあり得る話だ。祖父ちゃんも、口には出さねえだろうけど、そう思う筈……はははは、眷霊種魔獣の再戦と討滅方法を考えようと思ってたら、店の統率まで増えちまった。キツイぜ、こいつは」
命彦が困った様子で笑っていると、メイアが叱咤するようにピシャリと言った。
「キツくても重くても、考えて。今この時は、命彦が私達の、従業員達の命を預かってるんだからね? 皆、命彦が決めた道だったら、多分付いて来てくれるわ。勿論私も付いて行く」
「わ、私もです! 従業員じゃありませんけど……」
舞子も、どういうわけか命彦に言う。
突然課された重責に戸惑いの表情を浮かべた命彦は、躊躇いがちに答えた。
「お、おう……一応ありがとうって言っとく。少し……考えをまとめたい。しばらく静かにしててくれるか?」
メイアの言葉を受け止めた命彦は、そう言って、居間にある畳場の座椅子に座った。
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