6章ー33:人間の限界、マヒコ 対 サラピネス

 魔力物質製の装甲を全身に纏い、肩甲骨から尾のようにうねる、1対の触手を生やした魔人。

 当世具足を纏う武者にも似た、魔人と化した命彦を見て、サラピネスは楽しそうに唇をゆがめた。

『面白そうだと思い、わざわざ手出しせずに待っていてやったのだ。魔法の展開もようやく完了したようだが……ふふふ、相応に楽しませてくれることを望むぞ、小童?』

 《戦神》を纏う命彦を見て、空に浮いたサラピネスがふと周囲を見回し、突然半球状の神霊結界魔法を広く展開する。

 神霊攻撃魔法を受け、ズタズタに破壊された魔法機械〈ツチグモ〉を操作するミツバが、空間投影装置だけはどうにか起動し、平面映像上から命絃達に警告した。

『周囲150mに電波妨害発生! あの魔獣、軍や警察の魔法士部隊が接近していることに気付いていたようです! 空間が断裂して閉じ込められました!』

「そ、それじゃあどうするのよっ!」

『どうにかして神霊結界魔法を突破するしかありませんよ!』

 慌てる命絃達を背景の一部のように無視して、サラピネスが命彦に語る。

『これで邪魔は入らぬ。存分に喰らい合おうぞ、小童よ』

 愉快そうに笑うサラピネスを見やり、魔人と化した命彦が言った。

「斬る……お前は、お前だけはっ、絶対に俺が斬り刻み、この場で滅ぼすっ!」

 命彦は上空のサラピネスを見上げたまま、腰を落として腕を交差させると、左右の腰に両手をかざした。

 背後でうねる1対の触手が、その先端をかざされた手の平に当てる。

 まるで左右の腰に差した刀剣を、今にも引き抜こうとしているようにも見える姿。

 命彦の左右の手が、それぞれ触手の先端を握った瞬間であった。

 突然寒気を感じたサラピネスが咄嗟に身を捻る。ザンッと腕と胸に衝撃が走った。

『グッ!』

 命彦が突然眼前に出現し、いつの間にか両手に持った1対の刀剣を、袈裟切りに振るったのである。

「ぜいりゃああああっっ!」

 腕を切り飛ばした勢いそのままに、空を駆ける命彦の魔刃がサラピネスを襲った。

 思わぬ角度から迫って来る魔刃の連撃を避けて、魔法弾で弾幕を作り、サラピネスも瞬間移動して距離を取る。

『ぬうっ! はああああっ!』

「逃ぃがすぅうかああぁぁぁーっ!」

 しかし、命彦は即座に魔法弾を躱し、刀剣や触手で斬り落として、サラピネスと同じく瞬時に転移し、追撃した。

 空間転移による瞬間移動の余波、空震現象が幾つも発生し、ぶつかり合う魔人と破壊神の眷属。

 空間を揺るがす衝撃が、断続的に周囲へ響いた。

『くくく、あはははははぁっ! 主菜の前のたかが前菜と思っていたが、待った甲斐がある! 素晴らしい、素晴らしいぞっ、小童!』

 サラピネスは思わず高揚し、高笑いしていた。血沸き肉躍る感覚が、即座に全身を駆け巡る。

 瞬時に斬り飛ばされた腕と胸の傷を治癒し、サラピネスが魔法力場の厚みを増した。

 命彦との接近戦を望むところだと言わんばかりに、拳を振るうサラピネス。

 触手の一部を切り離し、その形状を日本刀に似せて再構築した魔力物質製の刀剣が、サラピネスの神霊魔法力場と激突する。

 命彦の刀剣に、魔法力場を纏う4つの拳で、足で応戦し、ぶつかり合う剣戟が衝撃波をばらまく。

 サラピネスの喜悦が思念に表れた。

『まだ行けるだろう! まだ力を出せるだろう! もっとだ、もっと我を楽しませろ!』

「ぐぅるあああぁぁああぁぁーっっ!」

 視認不能の斬撃と打撃とが、これでもかとぶつかり合い、その余波が周囲に破壊の嵐を撒き散らした。

 断続的に発生した衝撃波によって瓦礫が吹き飛び、道路が砕ける。

 しかし、それでも戦闘は続いた。

 命彦の振るう魔力物質製の刀剣は、伸縮・合体が可能であるらしく、連撃の合間に武器の数が増減し、間合いが伸び縮みして、サラピネスの距離感を狂わせた。

 二刀流の打刀とも言うべき1対の武具の時もあれば、瞬間移動して次にぶつかりあった時には、その1対の刀剣が合わさって、いつの間にか野太刀の如き長い刀身を持つ、1本の武具へと瞬時に再構築されていたりするのである。

 自分の間合いを狂わせて、着実に損傷を与えて来る命彦の技巧に、サラピネスは歓喜した。

『いいぞ、いいぞぉっ! そうだ、もっとだ! 我の血をたぎらせろぉぉーっっ!』

「うるせぇええぇぇーっっ!!」

 空間転移で瞬時に距離を詰め、後背に生える1対の触手と両腕が斬撃を繰り出すが、サラピネスは楽しそうにそれらを弾き、返す一撃を命彦へ叩き込む。

 戦いの趨勢は一進一退の互角で、どちらも致命傷を避けていた。

 しかし、その加速する斬撃と打撃の応酬を見て、命絃とミサヤが悲鳴を上げる。

「命彦、やめてぇーっっ!!」

『いけません、マヒコッ!』

 一見互角、いや命彦が僅かに押しているようにも見える攻防だったが、その実、命彦が圧倒的に不利だということが、舞子にも分かった。

「そ、装甲が、割れてる……」

 斬撃と打撃のぶつかり合う、瞬間移動が止まる一瞬の間に、舞子は見た。

 命彦の身に纏う魔力物質製の全身外骨格がひび割れ、細かい破片を落とす姿を。

 腕を切ろうが足を切ろうが、臓腑を裂かれようが、神霊治癒魔法の効力で瞬時に回復して、戦闘を継続するサラピネスに対し、神霊魔法の魔法力場を纏う打撃で、繰り返し殴打された命彦の魔力物質は、激しくひび割れていたのである。

 ひびが入るとすぐに魔力が走って、魔力物質を修復するのだが、魔力物質を砕かれる速度に対して、修復する速度の方が明らかに遅い。それゆえに、ひび割れた箇所がみるみる増えて行った。

『くはははははっ! は……うん?』

 そのことにサラピネスも気付いた。一瞬動きを止めたサラピネスが、瞬間移動で距離を取る。

 命彦は追撃せずに肩を上下させて、身に纏う魔力物質の修復に全力を注いでいた。

 サラピネスはその様子を観察するように見詰め、おもむろに魔法弾を多数具現化すると、命彦に射出した。

「この程度でぇっ!」

 命彦が魔法弾を斬り落としつつ、サラピネスを空間転移で再度追う。

 サラピネスも接近戦に応じ、2合3合と激突が続いた。

 サラピネスは神霊付与魔法による近距離魔法攻撃と、神霊攻撃魔法による遠距離攻撃とを切り替えて、巧みに命彦を翻弄し始める。

 両者とも、空間転移による瞬間移動で機動力こそ互角だったが、攻撃手段に差があった。

 魔法攻撃を使い分け、命彦の転移地点へ距離に縛られず、魔法攻撃を加えられるサラピネスの方が、自由に間合いを操作できており、戦闘の主導権を的確に握っていたのである。

 一方の命彦は、サラピネスの攻撃魔法を回避したり、叩きつぶしたりしつつ、どうにか接近戦に持ち込もうと、がむしゃらに攻め立てるだけであった。

 いつの間にかサラピネスが、さっきまでの興奮ぶりを失い、命彦の姿を冷静に観察し始める。

「はあああぁぁぁっ!」

 二刀を振る命彦の斬撃を、魔法力場を集束した腕で受け止めたサラピネスが思念で問うた。

『牽制用の攻撃魔法の1つも使わぬとは、どういう了見だ? 馬鹿の一つ覚えのように、突貫して格闘ばかりでは、我を討つことはできぬぞ? もう気付いていよう? 我は今、接近戦をしたがる貴様に合わせてやっているのだ』

「ほざけぇっ!」

 魔力物質製の刀剣と魔法力場を纏う拳がぶつかり合い、弾き合う。

 命彦の斬撃を受け流しつつ、サラピネスは一気に間合いを空けて、接近を阻むように多数の魔法弾を命彦にぶつけた。そして、また観察する。

 命彦は魔法弾を叩き落し、避けつつ、また瞬間移動で距離を詰めようとしていた。

 サラピネスは油断した風をよそおい、わざと自分の周囲に展開していた魔法力場を両手に集め、意図的に腕以外の部分の魔法防御力を下げるが、それでも命彦は他の魔法を使う気配を全く見せず、先ほどまでと同様に、ひたすら接近戦に持ち込もうとする。

 その行動によって、サラピネスは遂に確信を持った。

 サラピネスの方から瞬時に間合いを詰め、命彦に拳打を振るい、受け止めさせて思念で言う。

『他の魔法を使わぬだけかと思うていたが、もしや貴様……その状態の時は、同時に他の魔法を使えぬのか?』

「ぐぬっ!」

『その反応……図星か、ぬぅん!』

 互いに密着し、ささやくように思念で語るサラピネスに一瞬虚を突かれ、弾き飛ばされる命彦。

『魔力物質の維持と再生に全神経を注ぐがゆえに、他の魔法を具現化する余裕を失っているというわけだ。生まれ持った人という生物の限界ゆえに、魔法の力を十全に扱えぬとは……哀れに思うぞ、小童』

「黙れぇぇいっ!」

 焦る命彦の斬撃を受け止め、同時に連続打撃で攻め立てるサラピネス。

 サラピネスの、魔法力場をありったけ集束させた蹴りを、刀剣で受け止めた命彦が、遂に地面へ叩き落された。


 《戦神》の持つ、余りある効力に隠れた、改善の難しい欠点が露呈ろていした瞬間であった。

 多くの魔力を消費して具現化される魔法は、その多量の魔力を上手く制御するために、より多くの意識をかたむける必要がある。

 脳の演算能力、思考力を、それだけ多く魔法の構築に振り分ける必要がある、と言えば分かるだろうか。

 魔法の具現化には想像力が不可欠であり、想像力は思考能力とほぼ同義である。

 それゆえに、所有する魔力に幾ら余裕があったとしても、今自分が制御している魔力量が多過ぎて、思考力が余裕を失っていれば、同時並行で別の魔法を使うことは不可能であった。

 これは程度の差こそあれ、意志魔法や精霊魔法を問わず、あらゆる魔法系統で見られる原則の1つである。

 この思考力の限界を改善するために、魔法の想像図を簡略化したり、魔力操作の訓練を日々行ったりして、限界域の底上げや思考の効率化を行うのだが、そもそも扱う魔力量が多過ぎれば、そうした日々の努力が実を結ぶのも難しい。

 特に、自らの魔力と想像力だけで魔法を具現化する意志魔法系統では、一度具現化した魔法の効力を維持すること、持続させることにも、当然思考力を要する。

 その魔法の効力を維持するために、継続的に魔力を制御する必要があるからである。

 《戦神》の魔力消費量は、意志魔法系統でも特に多い部類であり、しかも、魔法の効力は持続させることが前提であるため、魔法の具現化後も魔力を常に制御し続ける必要があった。

 おまけに魔力の制御と同時並行して、敵と高速戦闘するのであるから、脳の思考力は限界まで使用されていると言っていい。

 当然、他の魔法を使おうと思っても、使えるだけの思考的余力を確保できず、無理に他の魔法を使おうとすれば、今使用している《戦神》の制御にも影響が出て、効力自体が弱体化、下手をすれば魔法自体が自壊する可能性すらあった。

 意志魔法系統は、ただでさえ魔法的効力が不安定であるが、その意志魔法にあって、《戦神》はとりわけ魔法の制御が難しいモノである。

 魔法の弱体化や自壊消滅は、他の魔法よりも群を抜いて起こりやすかった。

 それゆえに、命彦は他の魔法を一切使わず、がむしゃらに接近戦を繰り返していたのである。

 今の命彦以上に《戦神》に習熟した祖父や歴代の魂斬家当主達でも、《戦神》で高速戦闘しつつ、他の魔法の併用に成功したのは、《戦神》の習熟が極みに至った老齢に入ってからである。

 幾ら意思魔法の天才と謳われた命彦でも、魔法の習熟度に関しては、実戦経験と魔法の修練期間とに左右されるため、現状では《戦神》での高速戦闘が手一杯であった。

 実は、《戦神》と似た魔力物質外骨格を身に纏う意志魔法は、日本の他の魔法使いの一族でも見られた。

 意志魔法系統を探求する多くの魔法使いの一族が、探求の末に、この種の儀式魔法を見出すのだが、ほとんどの家系でこうした魔法は封印されており、実際に使用する者は稀である。

 その理由が、自分の持つ思考力のほとんど占めてしまう、この種の魔法の扱いの難しさのせいであった。

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