6章ー31:激怒の咆哮、血に染まるミツル
神霊の姿を背後に投影し、余裕の表情で命彦達の出方を待っていた眷霊種魔獣が、精霊結界魔法から出て来る命彦の姿を見て、待っていましたとばかりに嬉しそうに笑う。
その様子を観察しつつ、命彦は平面映像上のミツバに問うた。
「ミツバ、軍や警察の魔法士部隊がこの場に到着するには、あとどのくらいかかる?」
『凡そ6分ほどですね。私が結界魔法から出た今この時に連絡が来ました。魔法士小隊を配置して封鎖は完了しているものの、封鎖範囲内の救助活動がやや遅れているようです。もう少し時間稼ぎをする必要がありますね? 〈オニヤンマ〉の一部を増援に回すという話ですが……すでに来ているようです』
2枚の回転翼を持つ空戦型魔法機械〈オニヤンマ〉が、数十機編隊を組んで現れ、眷霊種魔獣に突撃して行く。
魔法力場を纏う〈オニヤンマ〉の特攻をどうでもよさそうに見て、次々に神霊攻撃魔法で叩き落す魔獣。
その眷霊種魔獣の姿を見て、命彦は装備していた魅絃お手製の武防具型魔法具、〈陰陽龍の魔甲拳:クウハ〉の回転式弾倉を回して言った。
「6分か。眷霊種魔獣が相手だと最初から分かっていれば、メイア達も呼んだんだが……」
『宴会の用意で店内を動き回っているメイア達の到着と戦闘の用意を待っていたら、恐らくミツルは死んでいました。自分達だけでもとにかく急いで行動しようとした、マヒコの判断は間違っていませんよ?』
「ありがと、ミサヤ。ソル姉にも伝言を頼んどいたし、軍や警察に伝手がある分、あいつらも色々働きかけてくれるだろう。……さて、普段の俺だったら瞬殺されかねんから裸足で逃げ出すところだが、今は結構怒ってるし、家族を逃がす必要がある。
『はい』
「行くぞ、眷霊種魔獣。俺の母さんを殺そうとしたその所業、後悔させてやる!」
まさか自分が眷霊種魔獣の狙いとは思わず、5重の魔法力場と風の目を持った命彦は駆け出した。
命彦が戦闘行動を取ると同時に、眷霊種魔獣が背後に浮かぶ神霊の姿をスッと縮めて自分と一体化させる。
その瞬間、分厚い魔法力場が眷霊種魔獣の全身を包み込んだ。神霊付与魔法を纏ったのである。
その眷霊種魔獣へ目晦ましのように多数の追尾系魔法弾が飛来した。
ミサヤの具現化した多重魔法防壁に閉じ籠る、命絃の魔法攻撃である。
神霊攻撃魔法による追尾系魔法弾で、命絃の具現化した追尾系魔法弾を全て迎撃するという、反則技を見せつけた余裕の見える眷霊種魔獣へ、命彦が一瞬で肉迫して拳を振るう。
しかし、命彦の攻撃が当たる寸前に、巨躯の眷霊種魔獣は突然姿を消した。
すぐに背後で殺気を感じ、魔法視覚がいつの間にか自分の真後ろにいる魔獣の姿を脳裏に映して、即座に裏拳を放つ命彦。
神霊付与魔法を纏う太い腕1本で、命彦の5重の魔法力場を纏う裏拳を受け止め、掴み取った眷霊種魔獣が、ニヤリと凍て付く笑みを浮かべた。
『我は眷霊種魔獣が1人、【サラピネス・ピグネッタ】。【災禍の三女神】が一柱であらせられる、【戦乱の女神:ピグネッタ】様が使徒。我が駒たる魔竜を討滅せし小童よ、我は貴様と神霊魔法を使う小娘を探していた』
「……っ!」
突然脳裏に響く《思念の声》に驚く命彦。その命彦の肩に乗るミサヤが、怒りの咆哮を上げた。
『破滅の権化が! 我が主から手を離せっ!』
ミサヤが瞬時に具現化した火の集束系魔法弾を、神霊儀式魔法による瞬間移動であっさり回避し、命彦の背後にまた出現した眷霊種魔獣サラピネスが、ミサヤへ拳を振り下ろす。
「ミサヤ!」
すんでのところで身を捻り、サラピネスの拳を回避した命彦へ、追撃の腕が3つ迫った。
危うく捕まるところで、命絃の集束系魔法弾とミツバの制御を受けた1機の魔法機械〈オニヤンマ〉が割って入り、サラピネスがそれらの迎撃を優先したため、命彦はどうにか間合いを広げることに成功する。
「姉さんにミツバ、助かった! ミサヤも平気か?」
『どうにか。しかし、肝が冷えたのは事実ですね』
命彦が眷霊種魔獣サラピネスを見ると、サラピネスは不快そうにミサヤと命絃、魔法機械達を見ていた。
『外野が少々うるさい。神霊魔法を使う小娘の話もこれではできぬ。散れ』
鬱陶しそうに思念を発したサラピネスが、周囲を飛行する残り6機の〈オニヤンマ〉の進路上へ風の刃を配置し、瞬時に切り刻むと、そのまま腕を振り降し、6つの風の刃でミサヤの具現化する魔法防壁を削り、結界外で魔法機械を操作していた〈ツチグモ〉の指揮官機を斬断した。
『くっ、マズイ! あと一撃を受ければ、結界が!』
「姉さん! 母さん! ミツバ!」
ミサヤの精霊結界魔法があと一押しで解けるところを狙って、サラピネスが数十mに及ぶ、その姿がはっきり目に見えるほどの密度を持った風の刃を具現化して放つ。
命絃が移動系魔法防壁を具現化し、舞子と一緒に魅絃へ肩を貸して、逃げようとする様子が命彦の目に映った。
「間に合えぇーっ!」
〔武士〕学科の固有魔法《陽聖の居合》の要領で、《陽聖の纏い》を失いつつも短距離空間転移を実行した命彦は、結界魔法の前に仁王立ちする。
迫り来る神霊攻撃魔法による風の刃。その魔法攻撃が持つ余りある破壊力を即座に察した命彦は、1人での対処が不可能と即断して叫ぶ。
「ミサヤ、姉さん!」
命彦の意図をすぐに理解した2人が、阿吽の呼吸で、命彦と同時に短縮詠唱を使って魔法を具現化し、その場で融合させた。声を合わせて3人が言い放つ。
「「『貫け、《
命彦が《火炎の槍》を、命絃が《旋風の槍》を、ミサヤが《雷電の槍》を具現化し、3人の放った3つの集束系魔法弾がその場で融合して、1つの集束系融合魔法弾と化し、空を駆ける。
圧倒的破壊力を秘めた風の刃と、渦巻く炎と風に雷をも纏う融合魔法弾がぶつかり、空間を揺らした。
精霊融合攻撃魔法《火風雷の融合槍》。火と風、そして雷電の精霊の、3種の精霊達を魔力へと多量に取り込んで使役し、別々の精霊同士を融合させ、貫通力のある融合魔法弾を撃ち出して、展開された結界魔法や付与魔法をも突破し、対象を攻撃する魔法である。
早い話が、火の精霊が加わった《雷風の融合槍》であるが、3種類の精霊融合であるため、魔法攻撃力は段違いであり、また3人の魔法使用者が精霊を3種融合させた魔法でもあるため、当然3人分の魔力が込められていて、1人の魔法使用者が具現化した3種融合の集束系融合魔法弾と比べても、桁違いの破壊力を持っていた。
しかも今回、使用者の1人は高位魔獣である。これであれば、神霊魔法も相殺できる可能性があった。
「「『くぬうぅうっ!』」」
命彦達が、すでに放った《火風雷の融合槍》に再度魔力を注ぎ込み、歯を食いしばった。
じりじりと押されていた融合魔法弾が、風の刃の接近を遂に堰き止める。
神の魔法を、一時的とはいえ人と魔獣の魔法が押し止めたのである。
それこそ精霊融合魔法の可能性であった。
気心の知れた魔法士同士であれば、お互いの呼吸を合わせて魔法を使うことができるため、脳内の魔法の想像図さえ一致すれば、3人でも精霊融合魔法を具現化することも当然可能である。
個々の魔法士が単発の精霊魔法を普通に使う形で、お互いに魔法の制御を行うため、魔法の具現化速度も速く、単純計算では、1人で精霊融合魔法を具現化するよりも、3人で具現化した時の方が、魔法の展開速度や制御の難しさを3分の1に抑えられた。
人数が増えるほど、精霊融合魔法はその扱いやすさが増して行く。
勿論、互いのことを理解し、阿吽の呼吸で精霊魔法を使える魔法士同士であれば、という条件が付くため、誰とでもできるとは到底言えず、呼吸を合わせるためには多くの修練が必要である。
しかし、これを使えれば圧倒的実力差も覆せる可能性がある意味で、精霊融合魔法は
「「『とぉぉまぁあれぇえええーいぃっ!』」」
命彦達が具現化した《火風雷の融合槍》は、サラピネスの神霊攻撃魔法と拮抗していた。
それを見て、サラピネスがほくそ笑む。
『咄嗟に具現化したにしては、存外破壊力がある。面白いぞ人間っ!』
サラピネスが拮抗状態を押し返すべく、余りある神の魔力を風の刃へジワリと送り込んだ。
命彦達がしたことと全く同じことを、サラピネスもしたのである。
それだけで風の刃が倍近く膨らみ、融合魔法弾を圧迫して、両者が弾けた。
「うわあぁぁーっ!」
「きゃああーっ!」
ゴワンッと空間が揺れ、衝撃波が命彦達を吹き飛ばす。
吹き飛ばされ様に命彦は見てしまった。
《火風雷の融合槍》を打ち破り、生じた爆風がミサヤの展開していた魔法防壁を散らして、命絃や舞子、魅絃を吹き飛ばす様子を。
そして、随分弱体化した風の刃が、吹き飛ばされた魅絃に迫るのを、目撃したのである。
意識を失いかけていた魅絃へ、手を伸ばして命彦が全力で叫ぶ。
「母さん、よけろおおおぉぉーっ!!」
その悲鳴にも似た愛息の叫びに魅絃が気付くのと、風の刃が魅絃に達したのは、ほぼ同時であった。
ブシッと血しぶきを上げて倒れる魅絃の姿が、命彦の目に映る。
命彦の思考が、世界が、止まった。
魅絃のすぐ傍にいた舞子も、吹き飛ばされた時、間近で魅絃が血しぶきを上げる姿を見ていた。
精霊融合魔法とのぶつかり合いで効力を相当削られたとはいえ、神霊魔法はモノが違う。
舞子の目の前で、風の刃は魅絃が咄嗟に展開した、無詠唱の移動系魔法防壁をも貫通し、魅絃の胴を袈裟切りに裂いていた。
魅絃の身に付けていたお守りが、紐ごと千切れ飛び、空を舞う。
舞子は眼前に飛んで来るそれを咄嗟に掴み取り、反射的に魅絃の傍へと駆け寄った。
「魅絃さん!」
ゴボッと魅絃が血を吐き、舞子が間一髪、崩れ落ちる魅絃を受け止める。
ズシリと命の重みを感じ、舞子の動悸が早まって、お守りを持つ右手にも力が入った。
そのせいで、血が付いてすでに裂けていたお守りの袋が、ビリリと余計に破れる。
舞子はとりあえず、お守りを自分の〈余次元の鞄〉へと仕舞い、魅絃を抱き上げて、命彦に視線を移した。
どうすればよいのか、命彦に指示してほしかった。
眼に涙を浮かべ、言葉を失っている舞子の視線の先では、命彦が蒼白の顔色をし、唇を震わせている。
「か、かあさん? 血……血が出てる。母さんの血、母さんの血が、血が……」
命絃とミサヤが、舞子から奪うように慌てて抱え上げた魅絃の、血に濡れた姿を見て、頭を抱える命彦。
命彦の脳裏では、記憶にある魅絃の姿までもが、血に濡れていた。
食事時の割烹着姿の魅絃が、いつも自分を抱き締めてくれる温かい魅絃が、家に帰った自分を笑顔で出迎えてくれる優しい魅絃が、血に濡れて倒れた姿で、脳裏を過ぎる。
いつも通りの日常の崩壊。幸せの終焉。居場所の消失。命彦の激情が産声を上げた。
立ち尽くす命彦の心の底で、声がする。自制心を捨てた、己自身の怒号であった。
(今すぐここでアレを討てぇっ! 斬り消せ、突き滅ぼせ、絶ち斬れぇええぇっ!)
突然命彦の全身から、戦慄するほどの魔力が噴き出した。
「オぉぉノぉぉレぇぇはぁあああ……俺のオカンにぃっ、何さらしとんじゃあぁああああぁーっっ!」
「ひうっ!」
ゴウンッと爆発したように放出された命彦の魔力。
ミサヤが手傷を負ったミズチ戦の時以上の怒りが、魔力の気配と関西弁が混じるその怒号から感じ取れた。
舞子はミズチ戦時に空太が言っていた言葉を思い出し、命彦が完全に切れたことを察する。
殺意を宿す血走った瞳に、全方位に発散された濃密過ぎる殺気、物理的衝撃波をも発する魔力の放出。
命彦が発した魔力の波動に、舞子がまた吹き飛ばされ、尻もちをついた。
「きゃっ!」
その場の空間を歪め、殺意を周囲にばらまく魔力の波動は、命彦の怒りを表すように、命彦の全身を包み込み、魔力物質を構築して行く。
『ほう?』
爆風で舞い上がった塵を嫌うように地面から空へと浮き上がったサラピネスが、面白そうに眉を上げ、追撃の手を止めて、命彦を見下ろした。
そのサラピネスから一切目を離さず、命彦が咆哮する。
「許さねえ、絶対に許さねえぇっ! ……そのスカした
命彦の怒号が周囲に響いた。すでにその咆哮は人にあらず、魔人のモノであった。
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