6章ー25:マヒコの過去と、魂斬家への想い

「さて、じゃあどこから話すかねえ? ……順を追って血筋の関わりから話すのが分かりやすいか。少し長いけど我慢しろよ?」

 舞子が首を幾度も縦に振った。その様子を見て面白そうに笑いつつ、命彦が言う。

「俺は魂斬家の分家筋の生まれで、本家である魂斬家に引き取られた養子だ。魂斬家は1000年以上もの歴史を持つ魔法使いの一族で、源伝魔法の《魂絶つ刃》や、多くの意志魔法を伝承してる。ウチみたいに古い歴史を持つ魔法使いの一族は、血筋を護ったり、一族の力を増したりするために、多数の分家を持つが、分家には本家に追従して同じ魔法を伝承・探求する家系もあれば、本家と一定の距離を置き、独自に魔法を探求したり、あるいは魔法を捨てて、一般人として自由に暮らしてる家系もあった」

 命彦の話を聞き、舞子が目を丸くする。

「私の想像では、魔法使いの一族ってもっと封建的で、本家と分家との縦の関係が厳しいと思ってたんですが……分家は意外と自由だったんですね?」

「そりゃ昔はもっと封建的だったろうが、今は時代が違う。本家と分家との関わり方も、少しずつ移ろうさ。話を戻すが、俺の生みの両親……実父や実母は学科魔法士だったが、家系的に見れば、魂斬家の者であっても、気ままに生きてる後者の分家筋の生まれで、本来は本家の魂斬家と関わりがとても薄かったんだ」

「そう言えば、梢さんも親戚より遠い血筋だと仰ってました」

「ああ。魂斬家の血を引く血族っていう括りで見た時に、初めて血の繋がりが浮かび上がる、そういう遠い分家同士の間に、俺は生まれたんだよ。まあたとえ家同士の繋がりが希薄でも、血筋が遠くても、魔法を受け継ぐ血脈さえ繋がってれば、本家由来の魔法的素養は継承できるから、その意味では俺は確かに魂斬家の一員だったがね?」

 命彦がどこか嬉しそうに言い、淡く笑った。

「そこは個人的に嬉しかったし、良かったよ。さて、俺と魂斬家の血族的繋がりを説明したところで、今度は本題の、どうして俺が魂斬家に引き取られたのかを話すとしようか。……俺が魂斬家に引き取られるきっかけを作ったのは、俺の実母と祖母ちゃんだった」

「命彦さんの実のお母様と、魂斬家のお祖母様……確か結絃さんでしたよね? そのお2人がきっかけを作ったと」

「そうらしい。俺の実母が9歳くらいの頃、祖母ちゃんは魂斬家の分家筋から、自分の跡を継ぐ弟子を育てようと、方々の分家を廻っては、魔法の才気に溢れる年頃の子どもを探してたんだそうだ。その祖母ちゃんが見つけた、唯一無二の弟子候補が俺の実母だった」

「メイアさんのお話では、魂斬結絃さんは軍や警察にも魔法を教えられていた、凄腕の魔法士と聞いています。その結絃さんが見初みそめた、唯一無二のお弟子さんですか……あの、跡継ぎというのは、実の娘である魅絃さんでは駄目だったんですか?」

「祖母ちゃんが言うには才能不足だったらしい。祖母ちゃんと祖父ちゃんの間には、母さんともう1人、すでに故人だが母さんの姉に当たる人が生まれてた。ただ、その自分の娘達でも、祖母ちゃんから見ると精霊魔法の才能が不足してたんだとさ? 祖母ちゃんが持つ、全ての魔法を受け継がすのは無理だったそうだ」

「結絃さんの持つ全ての魔法技能を受け継ぐ、ですか。それで分家を回って、自分の全てを受け継げる弟子を探していたんですね?」

「ああ。祖母ちゃんは、梢さんの実家である神樹家の魔法士だ。神樹家の魔法士達から後継者を選ぶのが普通だと思うんだが、魂斬家に嫁いだ自分はもう魂斬家の人間だから、魂斬家の者から弟子を取るって、譲らんかったらしい……喉が渇いちまった」

 娯楽室の端末でエマボットを呼び出し、水を持って来させた命彦が、舞子と自分の湯飲みを机の上に置いた。

 自分が先に湯飲みの水を飲んで、舞子も水を飲むと命彦は続きを話した。

「魂斬家は、女系の魔法使いの一族である神樹家からよく嫁取りをしてた。だからまあ、祖母ちゃん的には先祖返りを起こして、神樹家の精霊魔法の才能を受け継ぐ者が、魂斬家にもいるだろうっていう希望的観測……一種の予感めいたモノがあったんだろう。そして」

「実際にいたんですね? それが命彦さんの実母、お母様だった。凄い魔法の才を秘めてらしたんですね?」

「ああ。せめて実子の俺にその才能を受け継がせろよと、文句を言いたいとこだが……それはさておき、俺の実母は魔法を捨てた魂斬家の分家で、一般人として生まれたくせに、優れた魔法の素養、精霊魔法への高い適性を持ってた。魔法には厳しい祖母ちゃんが、自分に匹敵するって言ってたから、資質は相当だったと思う」

 命彦の言葉に、舞子がごくりと息を呑む。

「俺から見れば、姉さんや母さんも精霊魔法の才能には十分恵まれてるが、祖母ちゃんから見ると格下扱いだ。どんだけ才能に恵まれてたんだか、想像もつかねえよ」

 命彦が心底羨ましそうに遠くを見詰めて、話を再開した。

「祖母ちゃんは、俺の実母が秘める魔法的素養に惚れ込み、実母の実家である分家を説得して、俺の実母を魂斬家へ連れ帰った。そして祖父ちゃんの許しを受け、家族の一員として俺の実母を育てたらしい」

 命彦が天井に視線を送る。恐らくは、上の階の客間で寝ている姉や母のことを想っているのだろう。

「魂斬家の人々は愛情深い。師弟関係ってモンは技術の継承を第一とし、甘えを除くために、師弟の間に一線を引くことが多いんだが、俺の実母は魂斬家の一員として、一切不自由せずに存分に甘やかされて育った。当人がそう遺言書に書き残してるくらいだ。事実だろうよ」

 命彦の表情があまりにも晴れやかであるために、舞子はそれに気付けた。

 命彦の話に突き放した壁、そう、まるで他人事を話しているように思える壁が、感じられたのである。

 舞子が違和感を覚えていることにも気付かず、命彦は淡々と実母の話を続けた。

「母さんの妹として、祖母ちゃんや祖父ちゃんの3人目の娘として育てられ、やがて学科魔法士の資格を取り、魔法士として独り立ちして、魂斬家を出た俺の実母は、順風満帆の人生を送ってた。困った時は、祖母ちゃんに相談しに来て、その都度助けてもらっていたんだと。とんだ独り立ちもあったもんだが、その後、祖母ちゃんと相談して決めた結婚相手、当時学科魔法士としてそこそこ活躍してた、魂斬家の他の分家筋の者、つまりは俺の実父と結ばれ、俺を身籠ったんだ」

 この時、舞子はようやく気付いた。他人事のように感じる、違和感の原因に。

 命彦はさっきから、実母と魅絃の呼称を、意識的か、あるいは無意識的にか、それぞれ使い分けていたのである。実母のことを一度も母さんと呼ばず、魅絃のことを母さんと呼んでいる。

 それが、他人事のように聞こえる感覚を舞子に与えていた。

「ここまでがまあ、この世界の優しさだった。結婚し、子どももできて、幸せの絶頂だった俺の生みの両親だが、ここから後に、世界の厳しさってもんに翻弄され始める。時期がマズかったんだよ。俺が生まれた年がさ?」

 命彦がこの時初めて、僅かに感情を見せた。憐れみ、同情にも似た想いを、舞子はその瞳から感じ取る。

「時期、ですか? ……はっ! 今から16年前の私達が生まれた年って、この関西迷宮で【逢魔が時】が頻発した年では?」

「ご明察。16年前の4月に起こった【逢魔が時】終結戦に参加した実父は、俺が生まれる寸前に戦死した。突然伴侶を失って、しかもこの当時臨月だった俺の実母は、祖母ちゃん達の好意を受けて、また魂斬家に面倒を見てもらってた。……いわゆる出戻りだ」

 苦笑した命彦が少しだけ悲しそうに言う。

「そして俺が生まれた後、実母は恩を返そうと祖母ちゃんの手伝いをし、魔法士として、懸命に魂斬家のために働いていたらしい。その後に頻発した【逢魔が時】にも参戦してたそうだ」

 舞子はその後の展開を簡単に予測した。

 関西迷宮では、30余年の間に数多の【逢魔が時】が発生していたが、最も都市に被害を出したのが、16年前から13年前の3年間の間に頻発した【逢魔が時】であった。

 この3年間の【逢魔が時】は全て災害深度4以上であり、それが4カ月おきという短い間隔で発生したのである。

 舞子の表情を読んだのか、命彦がまた苦笑する。

「ここから先については、舞子にも薄々分かるだろう? 俺が生まれた後でも、まだ関西迷宮じゃ【逢魔が時】が立て続けに起こってた。産後から回復してさえいれば、当然だが祖母ちゃんの愛弟子である俺の実母も戦力だ。13年前の【逢魔が時】終結戦に参加した俺の実母は、その時に重傷を負った」

 朗々と語る命彦の表情に悲壮感は皆無で、どこまでも淡々としていた。

 暗い感じはする、憐れみも感じられる。しかし、それは家族に対するモノとは思えず、目の前で死んだ赤の他人について、思い憐れんでいる様子であった。

 今話している内容は、命彦にとって実の両親の死に様である筈だが、どこか世巻話にも通じる軽さが、命彦の言葉にはあったのである。

 心配そうに見守る舞子の視線に、先を促されていると思った命彦は言った。

「迷宮から戻って、虫の息だった俺の実母は、すぐに治療を受けたが、延命処置しか間に合わず、実父と同じように戦死したらしい。高位魔獣に止めを刺した際、呪詛を受けたようで、解呪しねえと治癒魔法を受け付けねえ状態だったんだとさ。解呪の方法を必死に祖母ちゃん達は探したが、時間が足りず、魂斬家に運ばれてそのまま逝ったそうだ。その当時の実母に俺も会ってたらしいんだが、実は記憶がおぼろげで、よく覚えてねえんだよ」

 舞子は命彦の表情を見た。しかし、表情はどこまでも透明だった。

「死ぬ間際に、祖母ちゃん達に俺を託す遺言と遺言書を残し、俺の実母はその命を散らせたんだとさ。そしてその遺言に従い、母さんが当時3歳だった俺を、自分の息子として引き取って、今に至るわけだ」

 舞子がかけるべき言葉に迷っていると、命彦は話の内容に似合わぬ満面の笑顔を見せて言った。

「祖父ちゃんや祖母ちゃんは、魂斬家の行く末を姉さんだけに任すのを酷く心配してたから、俺を引き取ることにとても積極的だったらしい。特に祖母ちゃんは、姉さんの婿むこに俺を迎えることで、魂斬家の安泰を切に願った。厳しい修練を俺に課すのも、魂斬家の跡継ぎとして、俺が家に迎えられたからだ」

 今まで僅かにあった憐れみも、すでに消えていた。命彦は嬉しそうに言葉を続ける。

「姉さん的に言うと、俺が引き取られ、姉さんの婿に決まったことは運命らしい。そういう風に言われると、そう思うから不思議だぜ」

 楽しそうに命彦は笑っていた。

 しかし、舞子は疑問に思う。どうしてあの話の後で笑ってられるのか、と。

「あ、あの、命彦さん? 自分で言わせておいて聞くのもおかしい話ですが、実のご両親が戦死されたのに、悲しいとか、寂しいとか、そういう風に思われたりはしませんか?」

 歌子の問いかけに、命彦はきょとんとしていた。

「あー……多少は思うが、実はそこまで気にしてねえぞ? だって記憶にねえし、俺の家族はすでにいるじゃねえか? そもそも生まれた時には俺、すでに魂斬家にいたわけだし……実母は、祖母ちゃんとよく家を出てたらしいから、俺の世話は主に姉さんや母さんが見てくれてたわけで。今と家庭環境は全く同じだろ?」

 ほとんど迷わず言う命彦に、舞子は少しの間絶句した。

「あれ、俺おかしいこと言ったか? 記憶にねえ人を家族と思えって言われても、そりゃ無理だろう、子どもとしては。せいぜい生んでくれたことに感謝するくらいだぜ?」

 命彦は本当に、微塵も悲哀を持っておらず、割り切りの良過ぎる透徹した笑みを浮かべていた。

 舞子はその笑みを見て、一瞬背筋が凍る。

 他人事のように語っていると思っていたが、命彦にとっては実の両親の話も、本当に他人事だったのである。

「実の親との記憶がほぼ皆無で、養親達との記憶が全てだったら、子どもは普通、養親達を家族と思うだろう? 当時3歳だった手のかかる幼児の俺を、遺言書を作ってまで魂斬家の人達に押し付けて死んだ実母と、親友の息子だから、義妹の息子だからと、その子どもを全身全霊をかけて愛し、我が子同前に育て上げた養母」

 命彦が自信満々に断言する。

「どっちが本物の母親だって言われたら、俺は迷わず養母、魅絃母さんを選ぶね?」

 命彦の笑顔は、子どものように輝いていた。

 一点の迷いも見えず、魅絃への深い愛情がひしひしと感じられる。

 追い打ちをかけるように命彦は言った。

「魂斬家の人達は、多少の打算があったとはいえ、ごく普通に、それが当然とばかりに俺を引き取り、今まで育ててくれたけど……当時の情勢からして、手のかかる幼児を引き取って育てるとか、普通は有り得ねえと思うぞ? 俺達の親の世代は、今ほど潤沢じゅんたくに戦力や魔獣の情報があったわけじゃねえ」

 命彦が椅子の背にもたれて、腕を組んで真面目に言う。

「魔獣の襲撃も多くて、結構ばたばた魔法士がくたばってる時代に生きてた。……梢さんの親父さん、空太の親父さん、勇子のお袋さんに、姉さんの親父、俺にとって本来養父にあたる筈だった人も、その多くが自分の娘や息子の顔を見られず、最も可愛らしい時分も見られずに、世を去ってる。都市の被害も相当多かったと聞く。そういう時代に俺を引き取り、魂斬家の人々は育ててくれた。恩情も愛情もひとしおに感じるさ」

 命彦はそう言うと、椅子から立ち上がり、湯飲みに残る水を飲み干した。

 端末でエマボットを呼び出し、使った湯飲みを持たせて下がらせる。

 舞子はこの時理解した。命彦がどうして養親である筈の魅絃や、義姉の命絃に、全幅の信頼を寄せ、全身全霊の愛情を示すのかを。母や姉のことを第一に思い、気にかけるのかを。

 魅絃や命絃こそが、命彦にとって本当の親、本当の家族であり、かつ恩人だからであった。

「命彦さんが、家族を第一に考えるのも分かる気がします」

「そうだろ? 俺は言わば親子二代で魂斬家に恩があるわけだ。とても自分一代では返しきれねえほどの恩を受けた。不自由せずに日々を暮らし、美しい姉や母に目一杯の愛情を注がれ、日本屈指の魔法士と謳われる祖父母に最高の力と技、心を授けられた。幼い頃は、それがどれほど恵まれてるのか、まったく分からずにいたが、今はそれが分かる」

 命彦の目がまっすぐに舞子の目を捉え、目と口で語る。

「自分がとても幸せであると……。だからこそ、その恩を返したい。受けた愛情を返したいんだ。……あの人達を、護りたいんだよ」

 命彦の顔には、決意にも似た表情が浮かんでいた。

「俺の家族が傷付くことに比べれば、魔獣の怖さとか鼻で笑えるぜ。魂斬家をどうこうしようとする敵がいれば、相手がたとえ神様でも、俺は絶ち斬るよ? 全身全霊を懸けて、あらゆる手段を使い、この命を使い潰してでも、絶対に斬り滅ぼす」

 どこまでも透明で、どこまでも伸びやかに、命彦は笑っていた。

 ただその笑顔から紡がれた言葉は、万言に勝る重さを宿していた。

 舞子は、その言葉の重さと、命彦の浮かべる笑みに、いつの間にか畏怖の念を抱いていた。

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