5章ー18:【蔓女】の群れと、忘れていた心の傷

 ポマコンの電子地図と記憶を確認しつつ、【迷宮外壁】から900m圏内にある、廃墟に隠れた小さい泉を見付けた命彦達は、手早く採集を終わらせる。

「よし、依頼対象の採集完了。ついでに店への土産分も確保したし、そろそろ舞子の修行に移るとしよう」

『そうですね。この近くに、地下に潜むサツマイモの群れがあります。打って付けでしょう』

「うむ、俺の方も見付けた。全員移動するぞ」

「やれやれ、せわしいわね」

 先導する命彦に続き、メイア達も移動する。6階建ての廃墟の上に着地すると、真下の荒れた道路に見覚えのある口腔部を持った花が十数本咲いていた。

「多いからまず間引きやね? またウチが行くから、数合わせはよろしく」

「はいはい、さっさと行ってくれ」

「残すのは3体だけだ。できるだけ無傷で残せよ?」

「りょ-かい」

 そう言って勇子が両手に装備した〈双炎の魔甲拳:フレイムフィスト〉の弾倉を回して、風の魔法力場を纏ったまま、飛び降りた。

「ほいと……どっせーい!」 

 頭から地面に落ちた勇子は、二つの拳を道路の地肌に突き込む。

 風の魔法力場の上からでもガチンと手に衝撃が走り、伸びていた肘の突起が縮んで、勇子の拳が爆裂した。

 火の範囲系精霊攻撃魔法《火炎の槌》を封入した2つの魔法結晶が、フレイムフィストの両手甲の弾倉内で砕け、その力を解放したのである。

 ドゴゴンッと地面が爆裂し、身体を地下に埋めていた植物種魔獣【殺魔芋】達が宙を舞った。

「ほとんどが炭化して死んでるよ、あれ?」

「数合わせ、いるかしら?」

「あ、でも1匹多いぞ? あー勇子が倒しちまった」

『酷い鬱憤晴らしもあったモノです』

 黒く焦げて炭化し、崩れていくサツマイモ達が多数。

 無傷でどうにか生きている者は4体いたが、そのウチ1体を勇子が自らの拳で撃ち抜き、絶命させた。

 3体だけ残った芋達と対峙する勇子。その勇子から舞子に視線を移し、命彦が言った。

「さあ、出番だぞ舞子」

「はい! 行ってきます」

 舞子も風の魔法力場を纏ったまま、6階建ての廃墟から飛び降りる。

 勇子と入れ換わって魔獣と対峙すると同時に、舞子は即座に拳を振るった。

「てえやああっ!」

「シャギャゴッ!」

 舞子の突撃殴打にサツマイモの1体が吹っ飛び、残り2体が飛びかかって来る。

「ギャンギャ!」

「ギャギャンギャッ!」

 2体の魔獣の攻撃を真上に飛んで躱した舞子が、ふっ飛ばされた1体へ追撃した。

 拳をぶち込み、土の魔法力場を纏うサツマイモに重い一撃を喰らわせる。

 しかし、サツマイモも魔獣の意地を見せ、道路を砕く側根の一撃を返す。

 それを冷静に見切って飛び上がり、舞子は距離を取った。

 荒れた道路へ着地した舞子を3体の芋達が取り囲み、一斉に飛びかかるが、舞子は手負いのサツマイモへ自分から距離を詰め、一撃を見舞ってから舞うように体を入れ替えた。

 踊るように包囲網から脱し、優勢に戦っている舞子。

 明るい分だけ攻撃がよく見えるのか、それとも弱体化していたとはいえ同じ魔獣と戦い、倒した経験が活きているのか。舞子の動きには自信とキレがあった。

 魔獣達の連携攻撃が来る前に、自らが手負いにした1体のサツマイモを執拗に攻撃する舞子。

 風の魔法力場を纏う拳でぶん殴って他2体へとぶつけた舞子は、他2体の機先を制し、短縮詠唱で新たに魔法を具現化する。

「包め《火炎の纏い》!」

 間合いが開いたと見るや、舞子は即座に精霊付与魔法を短縮詠唱し、魔法力場を重ねて身に纏った。

 〈地炎の魔甲拳:マグマフィスト〉が火の魔法力場に呼応し、舞子の右拳に炎がともる。

 風の魔法力場の上に火の魔法力場を纏い、舞子は燃える右拳で畳みかけた。

 勇子の一撃の後から地の魔法力場を纏っていたサツマイモ達は、夜の時間帯と比べると魔法防御が格段に固く、動きも機敏であったが、同種をすでに討伐したことがある自信と、魔獣達の習性を知り、行動を先読みする分、舞子が優位に立っていた。

 命彦達は一切助言せず、ただ舞子を見守る。

「……思った以上やわ。思い切りがええせいか昨日より断然動きにキレがある。これ、勝ってまうんちゃう?」

「ああ。もう勝敗は見えた」

 徹底的に舞子に狙われていた1体のサツマイモが、2重の魔法力場を纏う拳打を受けて急速に弱って行き、遂に魔獣達の連携が乱れた。

 他の2体から意図的に引き離した手負いの芋へ、ダメ押しとばかりに舞子がその燃える拳を叩き付けると、そのサツマイモは絶命し、焼き芋と化した。

「ギャガガガッ!」

 焼き芋から腕を引き抜いた舞子が不敵に笑い、残った2体の植物種魔獣【殺魔芋】へ猛然と飛びかかった。

 

「勝ったぁぁあーっ!」

 舞子が胴体を拳に貫通され、焼き芋と化した3体の【殺魔芋】の周りで喜び、飛び跳ねる。

 あっちこっちに擦り傷を負っていたが、痛みも吹き飛んでいる様子の舞子。

 その舞子の傍へ、命彦達が集まって言った。

「ようやったね、舞子。マグマフィストの弾に全然頼らず、よう戦ったわ」

「本当にね。これで晴れて芋の試練、終了よ」

「舞子って、絶対戦闘型の魔法学科の方が、限定型の魔法学科より適性あるよね?」

 メイア達から賞賛を受けた舞子が、命彦とミサヤを見る。どうやら褒めて欲しいらしい。

「見違えたぞ、よくやった舞子」

『……私も、最低限の地力があることは認めましょう』

「ありがとうございます!」

 命彦とミサヤにも褒められて、満面の笑みで舞子が頭を下げたその時だった。

 命彦とミサヤが揃って同じ方角を見て、厳しい声で言う。

「……っ! 全員右側の高い廃墟の屋上へ上れ、ツルメの群れだ! 速いぞ! 包め《旋風の纏い》」

「え、命彦さん? きゃあっ!」

『黙って!』

 感知系の精霊探査魔法を使っていた命彦達は危険に気付き、命彦は舞子を抱えて、廃墟の屋上へと跳んだ。

 メイア達も命彦の表情から危険を感じ、すぐさま後を追う。

 【魔狼】小隊が、10階建ての廃墟の屋上に到着して、身体を低くした頃。

 30体を超える植物種魔獣【蔓女】の一団が出現した。


 廃墟の間から次々に飛んで現れるツルメの一団。

 全員が風の魔法力場を身に纏い、高速移動していたらしく、もう数秒移動が遅れていたら、命彦達は取り囲まれていた。

 勇子や舞子が倒した【殺魔芋】の死骸を見下ろし、周囲を見回すツルメ達。

 サツマイモと戦っていた者を探している様子であった。

 幸い、探査魔法を使うツルメや頭上まで見上げて確認するツルメはおらず、命彦達は廃墟の屋上で腹這いのまま、僅かに顔を出して眼下を見ることに成功する。

「危ねえ所だった。基本的に身を隠して狩りをするツルメが、こうも堂々と身を晒し、群れで一気に移動して来るとは……」

『しかもあの数……30体、いえ、まだ周りにもいますから30体以上ですか? 異常とも言える群れです。通常6体で群れを作って動く筈のツルメが、5倍以上の数でまとまり、1つの群れとして動いているのですからね?』

「ああ。こっちに来ちまったのも、恐らく匂いに誘われたんだろう。舞子が1体を焼き芋にしてから、残り2体を片付けるまでの時間は10分前後。ツルメは嗅覚に優れてる上、ここは風通しが良い。相当離れた場所でも嗅ぎ付けられた筈だ」

 命彦がミサヤと会話していると、勇子が小さく命彦を呼ぶ。

「命彦、後続の群れが一杯運んどるあれって、もしかして妖魔種魔獣【豚妖魔オーク】の骸とちゃうか?」

「ああそうだ。あの骸の数から見て、群れを壊滅させたんだろ。他にも色々と魔獣の骸を担いでるぞ」

 出現したツルメの群れは、餌を運ぶ蟻の行列のように、幾つかの魔獣達の骸を運んでいた。

 全長4m以上の灰色の鶏とも言うべき魔獣に、同じく4m近い牛頭人体の魔獣。

 黒く周りが焦げてホカホカと湯気を立てている、全高1mほどの玉ねぎと、目と口を持つ2m近い規格の南瓜かぼちゃ

 ツルメに狩られたと思しき多くの魔獣達の骸を見下ろして、メイアと空太が言う。

「【豚妖魔】と同じ妖魔種魔獣の【石眼鶏コカトリス】に、【牛妖魔ミノタウロス】。それに植物種魔獣の【爆弾玉ねぎボムニオン】と、【提灯南瓜ジャックランタン】も運んでるわ」

「うわあ……あれ全部美味しい魔獣達ばっかりだよ? あ、舞子が倒した芋も持って行くみたいだ」

 空太の言うとおり、ツルメの群れは勇子が黒焦げにした多くの【殺魔芋】を無視して、いい匂いを放つ舞子が焼き芋にした3体だけを回収していた。

「食料集めか? いやしかし、ツルメにあの規模の食糧集めをする習性があるって、聞いたことねえんだけど。空太、どう思う?」

「ツルメがあれほどの魔獣を狩って食料集めをするっていうのは、僕も初耳だよ。基本は自分達が食べる分だけ狩る筈だ。もし仮に群れが30体以上、多く見て50体ほどだとしても、自分達が食べる分以上に狩ってる印象を受けるね? 海外にもツルメの同種である【花女アルラウネ】がいるけど、これも自分達が食べる分以上に食料集めをするって習性は、未確認だよ」

「ツルメにせよアルラウネにせよ、魔法士とは接触が多い魔獣だ。新しい習性が見付かれば、すぐに報告されて魔法士に周知される筈。つまり、俺達が知らねえ時点で、あのツルメ達は今まで知られているツルメ達と、明らかに違う行動を取ってるってことか。うーむ」

『マヒコ、マズいです。どんどん周囲からここへツルメ達が集まって来ていますよ』

「ああ、俺も気付いてる。囲まれる前に動いた方が良さそうだ、全員ついて来い。できるだけ、探査魔法以外の魔法は使わずに移動するぞ」

「「「了解」」」

 命彦達は魔獣の群れの観察を止め、隣の廃墟へと移動し、そのまま廃墟の屋上伝いに移動して行った。

 命彦達は気付いていた。舞子がツルメの姿を見た時から、黙って身震いしていることを。


 【迷宮外壁】から600m圏内まで戻り、ようやく命彦達は移動を止めた。

「はあはあはあ、ふぃー……よし、追撃もねえし、どうにか引き離したみたいだ。全員小休止しよう」

 終始展開し続けていた精霊探査魔法で安全を確認した命彦の言葉を聞き、小隊の全員が廃墟の屋上、その床へと座り込んだ。

 屋上伝いで移動する間、隣接した廃墟へ飛び降りたり、飛び上がったりする時以外は、精霊付与魔法をほとんど使っておらず、走り通しだった命彦達。

 安定性に欠ける廃墟の上を、付与魔法抜きで300mほども全力疾走すれば、精神的にも肉体的にも相当疲労があるだろう。落ち着くまで全員が無言だった。

 勇子がいち早く息を整えて、口を開いた。

「うへえー……さすがのウチも疲れたし、あれはビビったわ」

 メイアも空太も息が整ったのか、首肯しゅこうして言う。

「数が数だものね? こっちが奇襲した場合であればまだしも、今回は命彦達がすんでで気付いたとはいえ、私達が奇襲された形だし、私も怖かったわ」

「怖かったせいか、走ったせいか……どっちでもいいけどまだ心臓がバクバク言ってるよ。破裂しそう」

 メイア達が暢気に話し合う横で、舞子は俯き、終始無言だった。

 マグマフィストを装備した手が、まだカタカタと震えている。見かねた命彦が舞子の頭に手を置いた。

「舞子、もうツルメはいねえぞ?」

「……っ! は、はい。すみません、どうしても……身体が震えてしまって」

 顔を跳ね上げて、怯えを瞳に宿す舞子。

 その舞子を見て、命彦がメイア達に目配せし、屋上の端へと移動した。

 精霊探査魔法《旋風の眼》で周囲の警戒を続けつつ、命彦が肩に乗るミサヤへ語りかける。 

「ツルメに対する心的外傷トラウマだろ。舞子の場合、身体は無傷だったが、心の方は重傷を負ってたらしい」

『一度殺されかけたのですから、当然と言えば当然ですね。あれを克服できねば、魔獣との戦闘は夢のまた夢。芋の試練を突破したことで、マイコの評価を少し上げましたが、あの姿を見て、また私の評価は下がりました』

「厳しいねえミサヤは。まあでも、実力でツルメを超えねえとこの先に進めんのは事実だ。舞子に人型の魔獣が狩れるのかどうかって点もまだ未知数だし。課題が多いぜ」

 命彦はそう言って、少し離れた場所にいる舞子を一瞥した。

 メイア達と一緒にいる舞子は、ズーンと落ち込んでいる様子だった。

「……はずかしい姿を見せてしまい、申し訳ありませんでした」

「まあ、誰にでも起こり得ることやし、今までが上手く行き過ぎてたんや。ここらで一度立ち止まるんもありやろ?」

「そうだよ。ツルメに殺されかけて1週間も経たずに、あれだけの数のツルメと再遭遇したら、誰だって舞子みたい震えるさ」

「空太の言うとおりよ? 自分を恥じたりせず、しっかり現実を受け止めて行きましょう? 時間はあるんだから、焦らずじっくり怖れを克服すればいいわ」

 自分の周りで勇子や空太、メイアが、親身に励ましてくれている。

 その励ましの言葉が、舞子にはとても痛かった。

 植物種魔獣【蔓女】と、初めて遭遇した時の舞子の記憶は曖昧かつ断片的であり、命彦に助けられた時の記憶だけが、はっきりと残っている。

 そのせいで、またツルメを見ても平気だと、舞子は自分で思っていた。そう思い込んでいた。

 しかし、いざ実際に迷宮でツルメを見た時、舞子の思い込みは吹き飛び、全身が突然震え出したのである。

 殺されかけた当時の記憶。断片の記憶が、連続的に脳裏で想起され、心臓が激しく拍動して、冷や汗がびっしりと全身に浮かんだ。

 心に傷を負った者特有の症状が、舞子の身体には現れていた。

 舞子はツルメに殺されかけた時の、死への恐れを、ただ忘れていただけだった。

 ツルメに刻み付けられ、命彦と会ったことで忘れていた死への恐れを、再度ツルメを見て思い出した。

 ただそれだけのことであった。

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