4章ー2:都市防衛と、その問題点

 ミツバが苦笑して口を開く。

「母さんは、梢姉さんに2日も店を任せることが、ことのほか不安だったらしくて。私はお目付け役を頼まれたのです。梢姉さんも緊急時は非常にできる方ですが、平時はどうも気を抜いてしまわれることが多いので、私も心配で……」

「苦労してるわねぇ、ミツバ」

「いいんですよ、これでも案外楽しんで世話を焼いていますので。あっ! 申し訳ありませんでした。私としたことが、つい新しい身体のお披露目で浮かれてしまい、ご案内もせずにお2人と話し込んでしまいましたね? 来店された用件はすでに梢姉さんからうかがっております。さあ、2階へどうぞ」

「あ、ごめんねミツバ。ここで話してたらお店の邪魔よね」

 メイアの言葉にただ笑顔を返し、ミツバは先を歩いた。

 どちらかと言えば、ミツバに話をさせて引き止め、案内の邪魔をしていたのは命彦やメイアの方だったが、それを感じさせずに気遣う様子まで見せるミツバは、人間そのものに見えた。 

 ミツバに導かれ、命彦達は店内を見回しつつ、2階へと続く階段を登る。

 2階も1階と似た造りだったが、下の階の喧騒は不思議と聞こえず、静かで落ち着いた雰囲気であった。

 ミツバが、依頼所の受付嬢である獣人女性と話し、命彦達はそのまま2階の一室、意外と広い和室へと通される。

 通常、学科魔法士が依頼を受ける時は、2階依頼所の受付や1階喫茶席に設置された、卓上端末の一覧表から受けたい依頼を確認し、依頼所受付で書類及び電子書類に記入申請して、依頼を受領する。

 しかし、依頼主から顔合わせの要望があったり、依頼について秘密にするべき情報があると、こうした隔離個室、談話室に通されて、交渉や依頼の確認が行われるのである。

 交渉や対談の場所に使われるこうした談話室は、20畳ほどの畳場に、座卓と座椅子を置いただけの、簡素過ぎる一室であったが、ワビサビを重視したであろうその見かけによらず、機械仕掛けが多かった。

 例えば、畳場に置かれた座卓は1種の空間投影装置であり、接触タッチ操作で映像を室内に浮かべることが可能であるし、ポマコンと有線接続することで、短時間で多量の情報をやり取りすることも可能であった。

 障子やふすまにも、電波妨害等の諜報防護処理が行われており、機密性も無駄に高い。というか、諜報防護処理の電波妨害が効き過ぎて、談話室内での無線接続によるポマコン同士の情報交換が難しいほどである。

 依頼によっては、受領者と依頼主との間で秘密保持を義務づけられることもあるため、談話室には、こうした密談に打って付けの機能が、多数付いていた。

 引き戸を開け、土間で足の防具型魔法具を脱いで、襖を空けて入室し、命彦達が座椅子に座ると、ミツバが茶菓子と緑茶を座卓の上に用意して、頭を下げた。

「申し訳ありません。先ほど受付から聞いたのですが、梢姉さんがこの場に来るには、もう少し時間を要するとのことです。お2人とも、どうかもう少しお待ちください」

「ありがと、ミツバ。梢さんから遅刻することは連絡してもらってたから、俺達も別に気にしねえよ。【逢魔が時】絡みの情報を聞けるんだったら、幾らでも待つさ。魔法士である以上、俺達も他人事じゃねえし」

「ええ。そもそも私達も、到着してミツバと暢気に話してたからね? 多少の遅刻は我慢するわ……いただきます」

 緑茶を飲んで、命彦とメイアがホッと一息ついた。

 緑茶を座卓の上に置き、ミサヤを膝上に乗せた命彦が問う。

「その【逢魔が時】関連だと思うんだが……いつもいる古参の魔法士達は全員仕事か? 1階にも2階にもいねえみたいだけど」

 命彦の問いかけに、ミツバは苦笑して答える。

「さすが命彦さんは目敏めざといですね? 気付かれていましたか。まあ仕事というか、ほとんど召集ですね。贔屓ひいきにしていらっしゃる取引先からの……」

「さっきの【逢魔が時】の報道せいで、懇意こんいにしてる依頼主から呼び出しを受けた、と?」

「はい。一部の若手の方々もそうですが、特に古参の方々は、特定の研究所や企業を取引先として、贔屓の依頼主にされている方が多いですから。さっきの【逢魔が時】の報道が始まったすぐ後に、皆さんポマコンで連絡を受けて、足早に店を出て行かれました。企業や研究所にとっては稼ぎ時、素材の集め時というのは分かるんですが……少々不安ですね」

 ミツバの苦笑する顔を見て、命彦達は顔を見合わせ、憂鬱ゆううつそうにため息をついた。


 魔法を手にした地球人類は多くの場合、魔獣を天敵として恐れているが、魔獣を自分達の技術文明を発展させ、富を得る宝箱と考えている者達も、人類には幾らかいた。

 魔法具を開発する企業や、生物科学関連の研究を行う研究所の科学者達が、それである。

 異世界由来の生物資源、いわゆる魔獣達の遺伝子や細胞、骨格、魔獣特有の身体器官は、魔法具の素材や研究材料として高値で取引されており、それらから作られた魔法具や生体資材は、今の人類の生活をより高次のものにしている。

 例えば、魔獣の骨から生成された生体資材は、軽くて丈夫、しかも恐ろしく腐食に高い耐性を持ち、魔法に対する耐性まで持つため、【迷宮外壁】の建築材として使われているし、可燃性の高い魔獣の細胞からは、純度の高い石油にも似た燃料がとれて、培養のしやすさから安価で生産しやすい燃料として、世界各国で流通している。

 魔獣の素材を使った魔法具にいたっては、人智を超える頑丈さと魔法に対する高い耐性、自分の使う魔法の効力を高めるといった付加効果に加え、魔法そのものの代替物にも使えるとして、魔獣と戦闘する魔法士の生存率の上昇に不可欠であった。

 魔獣の生物資源は、数多ある異世界資源でもとりわけ多く取引されており、文字通り、血肉の一片すらも残らず売れるほど、今の世界では需要があったのである。

 魔法具関連の企業や研究所、あるいは普通の生物・化学の研究所でも、魔獣の生物資源としての需要は多々あり、そうした企業や研究所では、市場に出回る生物資源を買うのは勿論のこと、独自に依頼を出して、魔獣の討伐と素材の採集も行っていた。

 そして、不定期に発生する【逢魔が時】は、国家的非常事態ではあるものの、迷宮内において遭遇することが稀である魔獣達が、迷宮防衛都市の方へ自ら寄って来るため、企業や研究所にしてみれば、まだ見ぬ未知の生物資源や、希少性の高い生物資源を手に入れる、千載一遇の好機でもあったのである。

 良識ある多くの企業や研究所が、有事ということで依頼要請を自重しても、利益優先、研究優先の企業や研究所はどこにでもあるわけで、こうした一部の企業や研究所は、雇用している魔法士や取引のある依頼所所属の魔法士へ高額の報酬を提示し、【逢魔が時】に参加するよう要請するのであった。

 魔法士にも自分の生活や付き合いがあるので、依頼を受ける者達が圧倒的に多い。

 しかも、今回の【逢魔が時】は2つの迷宮で同時に発生している。

 利益や研究が優先の企業や研究所にしてみれば、今回の【逢魔が時】は、これまでの【逢魔が時】よりも欲しい素材や研究材料が多く手に入りやすい、言わば稼ぎ時だったのである。


 命彦達が渋い表情で語った。

「良識に欠ける企業や研究所でも、デカいとこは幾つかある。そういうデカい企業や研究所は、自分とこで雇用してる魔法士達もたくさんいる筈だが……それだけじゃあ手が足りんと踏んで、贔屓にしてる依頼所所属の魔法士達も使おうと思い、呼び出したわけか」

「そして、今この時にも召集された魔法士達が説明を受けてるわけね? これこれこういう依頼を出すから、すぐに受領してほしいと。報酬交渉もその場で行い、依頼を受けてすぐ動けるように、交渉事や情報確認を済ませとくわけか。受け取り方の問題だとも思うけれど、裏取引をしてるみたいで健全とは言いにくいわね?」

「ですが、依頼所に所属する魔法士達へ頼みごとをする場合は、必ず依頼所を介して依頼を出す、という原則は守っています。依頼所側としては口出しできませんよ」

 メイアの言葉を聞いて苦笑しつつ、ミツバが付け加えるように言う。

「依頼所の意義は、依頼の報酬交渉において、依頼主と受領魔法士との対等関係を維持し、魔法士の報酬取得、つまり収入を安定させることに尽きます。勿論、依頼失敗時における訴訟回避要件の設定といったことも行いますが、究極的には、報酬交渉さえ上手く行けば、依頼所の意義は果たされます」

「すでに面識ある当事者同士が、個々の信頼関係を基礎に報酬交渉をして、依頼失敗時における特則条項をも設定し、依頼所の依頼登録審査を通過する程度にまで条件が公平に固まっていれば、依頼所としては文句のつけようがねえってわけだ?」

「はい。依頼の登録手数料が納められ、報酬の預託があり次第、依頼所はそれを依頼として認めます。そういう規則ですからね?」

「その依頼を受けて……力のある古参の魔法士達が、今後はどんどん街を出て行くわけね? この街に住む者としては、憂慮すべき事態だと思うわ」

 ミツバの言葉を聞き、メイアが不安そうに俯く。

 命彦もミサヤを抱き上げて、心配そうに語った。

「確かに。利益優先は世の常とはいえ、今回ばかりは少し怖い感じだぞ?」

『そうですね。騒動が起こり得るこういう時にこそ、力のある魔法士達に街へ残っていてもらいたいのですが』

 ミサヤの思念を受けて、メイアも眉根を寄せる。

「洒落抜きで都市の防衛戦力が削れて行くのを見ていると、私も少し心配だわ。都市自衛軍や都市警察は、自分達の管轄する迷宮防衛都市を真っ先に守る重い責任があるから、国家魔法士委員会が戦力派遣規模決定の声明を出すまで、待機してるでしょうけど……」

「一般の魔法士はその点身軽だ。声明が出るまでの間に都市の間を移動して、現地の義勇魔法士部隊にシレッと紛れ込み、【逢魔が時】終結戦にも参戦できる。終わってみれば、国家魔法士委員会が決定した軍・警察・義勇魔法士部隊ごとの戦力派遣規模を、義勇魔法士部隊だけが遥かに超えてたことも、過去には多々あった」

『特定の地方や海域に、多くの義勇魔法士達がいる、多くの一般の魔法士がいるということは、それだけ他の地方や海域において、義勇魔法士が減ったということ。一般の魔法士達も有事の際は、都市防衛のための重要戦力です。過剰に移動されるのは問題ですね』

「ああ。しかも今回は、2つの迷宮で【逢魔が時】が起きてる。いつも以上に戦力の移動が起こる筈だ。どっかで歯止めをかけんと、もしもの時はこの三葉市も危ねえぞ」

 ミサヤのあごをくすぐる命彦と、緑茶を飲むメイアのどこかしら暗い様子を見て、ミツバが部屋の重い空気を振り払うように笑顔を見せた。

「まあまあ皆さん、そこまで悲観することはありませんよ? 一般の学科魔法士の都市外移動は、都市魔法士管理局への申請が必要ですし、管理局も最低限の戦力を残すことは、当然考えているでしょう。どこかで必ず歯止めがかかります。というか、私がかけます」

「あ、そうだったわ! ミツバには都市統括人工知能として、管理局にも意見できる権限があったのよね!」

「俺も忘れてた。ミツバ、本当によろしく頼む」

「うふふ、お任せください。三葉市を守り、この街に暮らす人々を守ることこそ、私の使命。お約束しますよ、もしこの街が危険に晒されると判断した時は、私が動くと。都市魔法士管理局へも対応をお願いしておきますから」

 ミツバの発言を受けて、命彦とメイアがようやく表情をやわらげた。

 迷宮防衛都市を管理する都市統括人工知能は、都市の安全対策措置として、都市魔法士管理局へ一定の指示を行う権限を持つ。

 迷宮防衛都市から魔法士戦力の移動が過剰に起こり、都市防衛に問題が生じる場合は、都市統括人工知能が都市魔法士管理局へ指示を出し、魔法士の移動を制限することができるのである。

 命彦が安心した様子で、ミツバに笑いかけた。

「頼もしいぜ……人工知能は人と違って嘘つかねえし、信頼できる」

「うふふ、ありがとうございます。……さて、そろそろ梢姉さんも来ると思うのですが、どうにも遅いですね? まだかかるのでしょうか。一度様子を見て来ますね?」

「ええ。こっちはまったりしとくから、急がずに見て来てね」

「メイアの言う通りだ、梢さんを急かす必要はねえぞ? 勇子や空太もまだ来てねえし」 

「はい。では、一旦失礼します」

 ミツバがそう言って頭を下げ、談話室を去って行った。

 ミツバの退室を見送ると、メイアが口を開く。

「さて、あとは待つばかりだけれど、今1番の問題は、梢さんがここへ来るまでに、勇子と空太が間に合うかってことね? とっくに集合時間は過ぎてるわけだけど、梢さんから連絡を受けて、2人とものんびり移動してるのかしら?」

「俺に聞かれても困る。間に合わん場合、俺は知らん。メイアにあいつらの相手は任す」

「もう! また私に面倒事を振って……はあ、あの2人にイチから説明するのって疲れるのよね?」

 メイアがそう言った時である。和室の土間の方で人の気配が湧き、襖をスパンと乱暴に開けて、体格の良い少女が姿を現した。

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