4章 魔法士小隊

4章ー1:【魔法喫茶ミスミ】と、都市統括人工知能ミツバ

 命彦とミサヤが依頼所へ入ると、木々と畳の香りが鼻を刺激した。

 一見すると、木造2階建ての広い和風喫茶店。

 この喫茶店こそ、学科魔法士への仕事、つまり魔法士への依頼が集まる依頼所の【魔法喫茶ミスミ】である。

 日本の各迷宮防衛都市には、必ず都市魔法士管理局が設置されており、魔法の市井しせいへの浸透と、魔法士の都市貢献を促進するため、管理局は企業や資産家達と提携して依頼所を設立し、運営を提携者達に任せていた。

 喫茶店兼依頼所である【魔法喫茶ミスミ】は、1階に座敷風の喫茶席が多数あって、2階には魔法士への依頼所が開設されている、2階建ての店舗である。

 【魔法喫茶ミスミ】の1階喫茶席で、ひまつぶしや腹ごしらえをする学科魔法士達は、喫茶席の卓上端末で2階の依頼所から振り分けられている依頼の一覧表を日々確認し、これと思う依頼を選ぶと、2階の受付で依頼の受領手続を行った。

 依頼内容の確認や、依頼主との交渉、依頼で採集した依頼対象物の提出や報酬の授受も、2階の依頼所受付で行われる。

 こうした各種手続きは、21世紀が折り返しの今の時代でも案外時間を要するため、1階に喫茶店があるこの店の造りは、時間をつぶす意味でとても重宝した。

 他の依頼所でも、食堂や酒場を兼ねているモノがほとんどであり、各種手続きの時間をつぶせる場所が依頼所内に併設されている。

 【魔法喫茶ミスミ】の場合、依頼所の運営は勿論だが、所長である梓の趣味で喫茶店の経営にも異様に力を入れており、料理の味や従業員の対応が良いため、常に客が多かった。

 店の従業員は全て喫茶店の雰囲気に合わせた和装であり、人間や亜人、バイオロイドを問わず、店内では和風美人が多く見られたし、値段のわりには料理の質も高かった。

 そのため、【魔法喫茶ミスミ】には魔法士以外にも一般人の客が多数通っており、いつも多くの人々がつどい、活気があったのである。

 ただ、この日の店内の活気や騒がしさはいつもと違っており、ついさっき迷宮速報があったせいか、当惑や悲観の声が多く、少々明朗さに欠けていた。

 命彦はいつもと違う雰囲気の店内に入ると、緑の着物を身に付けた給仕役の女性バイオロイドと談笑するメイアの姿を、すぐに見付けた。

 人間とバイオロイドの給仕役はパッと見ただけでは区別が難しいので、【魔法喫茶ミスミ】では着物の色で区別している。緑の着物はバイオロイドを示す和装であった。

 目が合った女性バイオロイドが、笑顔で命彦に声をかける。

「あ、いらっしゃいませ。ようこそ命彦さん、ミサヤさん」

「お、おう? こんちわ、えーと……ごめん、誰?」

『ここでは初めて見る顔のバイオロイドですね? 新人かとも思いましたが……しかし、私達のことを知っている様子。どういうことでしょう?』

 首を傾げる命彦と、その命彦へ不思議そうに思念を飛ばすミサヤ。

 【魔法喫茶ミスミ】の従業員とは全員顔見知りである命彦達だが、眼前の女性バイオロイドは初めて見る。

 困惑する2人へ、ニコニコする女性バイオロイドが楽しそうに告げた。

「うふふふ、このバイオロイドが新しいから気付きませんか? 私です、ミツバですよ。新型バイオロイドが発売されたので、身体を旧型バイオロイドから新調したのです」

「ミツバだったのかよっ! いつもの姿じゃねえからてっきり新人かと思ってたぞ? あ、でもいいのかミツバ? この三葉市を管理する都市統括人工知能が、色々と混乱やら騒動やらが起こり得る今この時期に、暢気に依頼所の給仕役とかしててさ?」

「ふふふ、構いませんよ。先ほどの【逢魔が時】の報道のことを仰っているのでしょう? 関東と九州の各迷宮防衛都市を管理する私のや、国家魔法士委員会の方からも、昨日の時点できざしがあると連絡を受けておりましたので。私達関西の各迷宮防衛都市も、もしもの場合を想定して、すでに対策行動を開始しております」

 女性バイオロイドの言う対策行動に関心を持ったのか、傍にいたメイアが問う。

「ただの好奇心からの質問だけど、その対策行動を具体的に聞いていいかしら?」

「勿論ですよ。現状、特に優先している対策行動は、関西迷宮の情報収集ですね? 偵察用のエマボットを迷宮内に多数派遣し、空陸からの魔獣監視網を作っています。あとは、戦時物資の備蓄及び公用地下避難施設の点検と清掃、防衛兵器類の点検と武装配備も開始するよう、各所に指示を出しました」

「ほへえー……さすがは都市機能はおろか、市政まで管理する高度人工知能だ。さっきの今で、もう手を打ってたのかよ」

 女性バイオロイドの言葉を聞き、命彦も感心したように目を丸くした。

 都市統括人工知能ミツバ。

 迷宮防衛都市である三葉市の、生活施設インフラの一切を管理・制御し、市長まで兼任して、市民生活を守るために市政の一切を取り仕切る、三葉市そのものとも言うべき高度人工知能であった。

 都市を走る自動車や路面電車、市販のエマボットやバイオロイドに搭載されている人工知能は、低度人工知能と呼ばれており、実はミツバを始めとした高度人工知能の基本版である。

 高度人工知能は、低度人工知能を改良・発展させて作られていた。

 低度人工知能でも、非常に高い思考力や学習能力を持つのだが、高度人工知能の能力はそれを遥かに上回り、街1つのあらゆる都市機能を管理、制御するほどである。

 物流から発電施設、病院や防衛装置の管理まで、三葉市の市民が利用する都市施設は、全てこのミツバが管理・制御していた。

 神樹家が経営する日本有数の企業、神樹重工。ミツバを始めとした日本で使われている高度人工知能は、全てがこの神樹重工に、今から10年前に開発された製品であった。

 魔法使いの一族が作った企業だというのに、いつの間にか日本有数の機械軍需企業へと成長していた神樹重工は、電子産業にも通じており、特に量子電算機コンピュータの開発と、深層学習ディープラーニング技術の研究においては、当時日本屈指であった。

 そこに目を付けた日本政府の要請で、すでに量産されていた低度人工知能を改良して、迷宮防衛都市を人や役所に代わり、自立的・一元的に管理する高度人工知能が開発されて、完成して各迷宮防衛都市へと配備されたのである。

 ミツバは、各迷宮防衛都市を管理するこの高度人工知能達の1つというわけであった。


 新型バイオロイドの身体の動作確認をするように、その場でクルクル回ったりしてメイアと楽しそうに話し込むミツバ。

 そのミツバを前に、ミサヤが意志探査魔法《思念の声》で命彦に語りかけた。

『……人工知能が一括管理するだけあって、対応は人間の組織よりも断然早いですね?』

 自分の話し声でメイア達の会話の邪魔することを嫌ったのか、命彦も《思念の声》を使い、ミサヤに応じる。

(ああ、それが人工知能の利点だよ。都市の機能を平時のまま維持しつつ、緊急時の対策を同時に行えるのは、人工知能が都市の機能と権限を一括管理してるからだ。俺達人間の組織の場合、基本的に分業体制で都市機能を構築するから、こういう真似は難しいんだよ)

『そうですね。緊急時の対策が優先されるべきとはいえ、限られた人員や機械による労働力をそこへけば、平時の都市機能に影響が出る怖れもありますし、何より、対策を講じる各種手続きや連絡に時間を取られてしまいます』

(その通り。機械を頼りに自動化を推し進めても、要所要所の判断を人が行う分業体制である限り、確認や伝達といった手続きが必要で、どうしたって実際の行動が一拍遅れる。一方、1人で全部手配できる高度人工知能には、この種の遅滞が皆無だから、対応速度で人間の組織を遥かに上回る。思い立ったらすぐ行動ってのが、実践できるわけだ)

『地球の国々が、自国の迷宮防衛都市の管理を人工知能達に任せるのも当然の話ですね。おまけに高度人工知能には、高次演算予測機能とやらもあるのでしょう?』

(ああ。これまで収集した情報から、未来予知にも近い精度で先々の事象を演算予測する機能だ。これのおかげで、高度人工知能は先を見通した、最善の判断ができると言われている。実際、緊急時の判断は人間よりも高度人工知能の方が確実に間違いが少ねえ)

『魔法でも未来予知はできますが、演算予測は魔力も精霊も必要とせずに、計算だけでそれと近い予測結果を導き出すと聞きます。機械から見ると、私達魔獣はさぞかし得体の知れぬ者に見えるでしょうが、私達魔獣から見れば、機械達、人工知能達の方がよっぽど得体が知れません。魔法とは違った怖さを感じます。あまり敵にしたくありませんね』

(くくく、確かに。魔獣側から見りゃ、先端科学技術の産物は全部よく分からんモンだろうさ。ただ、魔獣側からどう見えても、俺達人間からしてみると、高度人工知能は頼れる街の管理者様だぞ? ……しかし、人間を簡単に蹴散らせる魔獣が、その人間が作った人工知能達を恐れるってのは、面白い話だ)

 少しの間黙り込み、ミサヤとの思念伝達を行っていた命彦が、楽しそうに笑み浮かべる。

 すると、メイアと会話していたミツバがそれを見て、不思議そうに命彦へ問うた。

「どうされました、命彦さん? 私、何かおかしい部分がありましたか? 身体を新調する時、旧型と同じように動作するよう、全機能を最適化したつもりですが……何か違和感がありました?」

「いいや、別に。ミサヤが、危機管理能力の高いミツバのことを褒めてたから、当然だろうって、同意して笑ってただけだよ」

 命彦の言葉に、肩に乗る子犬姿のミサヤが、話を合わせるようにコクコクと首を振る。

 伝達系の探査魔法は魔力を介して互いに意思疎通を行うため、魔力を持たぬ機械とはさすがに意志の伝達ができず、ミサヤの思念を魔法でミツバに伝えることは不可能だった。

 精霊儀式魔法《人化の儀》を使い、ミサヤが人に化けて普通に会話すれば意思疎通は可能だが、子犬姿の時は意思疎通を魔法に頼るため、ミサヤとミツバが話すためには、命彦がミサヤの言葉、その真意を、ミツバに伝える必要があった。

 命彦の言葉を聞き、ミツバが誇らしそうにミサヤへ頭を下げる。

「ああ、そうでしたか。ありがとうございます、ミサヤさん」

 ミツバと命彦達のやり取りを見守っていたメイアが、話を切り替えるように問うた。

「ところでミツバ、都市の管理はその新型バイオロイドで活動してる時でもできるの? 私の知る限り、今まで使ってた旧型の方って、処理能力不足だから色々と追加で装置やら機能やらを付け足し、都市の管理・制御とバイオロイドの動作を、同時に行ってたと思うんだけど?」

「はい。この新型バイオロイドは、母さんが用意した特注品ですので、これまでここで使用していた旧型バイオロイドより、相当扱いやすいですよ? 都市の管理もここからで十分行えますし、何がしかの問題が生じても、この身体からすぐに電脳管理空間へ戻れますので、私がここで給仕をしていても、今のところ特に問題はありません」

「ほほう。梓さんはいつも通り抜かりねえわけだ、さすがだね。そいで一応聞いとくが、ミツバがここにいるってことは、いつもの理由か?」

「はい。梢姉さんの補佐です」

「私もついさっきミツバから聞いたんだけど、また梓さんが、梢さんの補佐をするようにミツバへ頼んだんですって」

 メイアが苦笑して口を開く。命彦も予想通りの答えにミサヤと顔を見合わせ、苦笑した。

 人工知能としての良識ある人格形成を行うため、また人間という生物を理解するために、神樹重工で誕生したミツバは、すぐに神樹家へ預けられ、育てられた。

 ミツバは、低度人工知能を搭載するバイオロイドの電子頭脳に、できる限り自分という人格情報を転送し、自己の身体としてバイオロイドを操って、一時期まるで人間のように生活し、経験データを蓄積していたのである。

 命彦も幼少期の頃、ミツバに遊んでもらった記憶があり、ミツバが高度人工知能として三葉市の管理と制御を担当した後も、その親交は続いていた。

 当然、神樹家の人々との関係も、ミツバは家族として今も認識しており、家の当主である梓を母と呼び、梓の娘である梢を姉と呼んで、慕っていたのである。

 勿論、ミツバは依頼所へも出入りしており、バイオロイドの身体を使って給仕役や受付嬢として、また、色々と抜けてることが多い梢の補佐役としても、時折働いていた。

 今回は新型バイオロイドの発売があったので、梓がもう1人の娘とも言えるミツバのために、新しい身体を注文し、バイオロイドの身体を取り替えさせていたらしい。

 人間であれば、市長が自分の管轄する都市内の一企業へ公然と助力するのは色々問題があるが、高度人工知能の行動は、迷宮防衛都市全体の利益にすることがまず前提にあるため、仮想人格がどれだけ親しみを持とうと、特定の個人や企業を優遇することは難しい。

 また、人工知能の人格的成長と、人間理解を促進する学習行動の一環と考えれば、国や行政が止めるほどの問題行為にあたるとも言えず、神樹家とミツバとの親交は、法的にもどうにか許される範囲のものであった。

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