3章ー9:【災禍の三女神】と、眷霊種魔獣

 立ち止まって、不安の形相で報道番組を見続ける人々を避けつつ、もう目前に見えている依頼所を目指して歩く命彦達。するとポマコンを握ったまま歩いていたメイアが、立ち止まった。

「あ、着信だわ……梢さんからね」

 ポマコンを操作し、平面映像を投影するメイア。命彦も立ち止まり、歩み寄る。

『メイア、命彦も、今どこにいるの?』

「依頼所のすぐ近くです。あと6mくらいですね?」

『そう。それじゃあ先に談話室に入って待っててくれる? ごめんね、速報見たでしょ? 私は少し母さんと話をするから、依頼の説明が遅れるの。母さんから現時点で教えてもらえるだけの情報を引き出すつもり。勇子達にも連絡済みよ。また後でね?』

 平面映像に映る梢は少し不安そうであった。命彦達と同じことを心配しているのだろう。

 言いたい事だけ伝えて、すぐに映像通信は切れた。

「梢さん、不安そうだったわね?」

「ああ。娘として、依頼所を代わりに預かる所長代理として、思うことがあるんだろ」

 また歩き出す命彦達。すると不意に、メイアが苛立った様子で口を開いた。

「潰しても潰しても、次から次へと【魔晶】は湧いて来る。いつまでこのイタチゴッコが続くのかしらね?」

「そりゃあー……頭のイカレタ異世界の女神達が、地球への進攻を諦めるまでだろ? ただ、エレメンティア側の次元世界にいた神霊種魔獣が、こっち側の次元世界へ逃げ込んだ時点で、亜人達の話に聞く破壊の女神達が、こっちの次元世界への進攻を諦めることはあり得んと思うが」

 不安と怒りを声に宿すメイア。メイアに言葉を返す命彦も、幾らか徒労感を覚えていた。

 迷宮防衛都市で魔獣達を引き付けつつ、迷宮内に進攻部隊を派遣して進撃し、【魔晶】を破壊する作戦のことを、【逢魔が時】終結戦と呼ぶが、今まで【逢魔が時】終結戦は繰り返し行われ、その度に成功しているにも関わらず、次の【逢魔が時】が発生していた。

 そう、【魔晶】は破壊しても破壊しても、次から次へと再出現するのである。

 【魔晶】は一種の魔法具であり、破壊すること自体は可能であるが、破壊しても数日後にまた新しい【魔晶】が迷宮内に出現するため、まさにイタチゴッコであった。

 この【魔晶】を作り、地球にしつこく送り込んでいるのが、異世界エレメンティアに君臨する3柱の神霊種魔獣、【災禍さいかの三女神】である。

 【戦乱の女神:ピグネッタ】、【遊戯の女神:ヴォルピテース】、【混沌の女神:ヨミ】。

 人類に保護された亜人達が最も恐れる魔獣達、忌むべき破壊神たるこれらの神霊種魔獣は、退屈を嫌い、乱世を欲し、そして、次元世界に対する自分達の干渉を制止する、他の神霊種魔獣達と敵対していた。

 神霊種魔獣はそれぞれの次元世界、それぞれの宇宙に数多おり、地球が属する次元世界にも、異世界エレメンティアの属する次元世界にも、八百万やおよろずと言えるほど多くの神々が、多くの神霊種魔獣達がいた。

 但し、人類に保護された亜人達が言うには、エレメンティアの属する次元世界の神々は、そのほとんどが【災禍の三女神】に滅ぼされ、捕食され、その力を奪われてしまったらしい。

 この破壊の女神達によって、エレメンティア側の次元世界にいた神々の多くが死に絶え、僅かに生き残った神々は、次元の近い地球の神々、地球側の次元世界を見守る神霊種魔獣達を頼りに、自分達のいたエレメンティア側の次元世界を逃げ出したのである。

 亜人や異界人といった異世界人達が、異世界エレメンティアで魔獣達を恐れ、僻地に国家を形成してひっそりと生きているのも、異世界人が信奉していた自分達の守護神たる神霊種魔獣を、【災禍の三女神】に滅ぼされてしまい、魔獣への最たる対抗力であった神霊魔法を失ってしまったかららしい。

 地球へ【魔晶】が出現したのも、この破壊の女神達が地球側の次元世界へと逃げ込んだ、エレメンティア側の次元世界の神々、神霊種魔獣達を、追っているためであった。

 要するに、地球人類は異世界の神々の争いに巻き込まれ、酷い目に遭っていたのである。

 地球人類からすると、本当に迷惑極まる話であった。


 依頼所の扉の前で立ち止まり、命彦が口を開いた。

「魔獣に分類されてるとはいえ、仮にも神様相手に、迷惑だから出て行けって言えねえし、そう言ってもし地球で暴れられても困る。かと言って居続けられたら、居続けられたで、イカレタ女神達の干渉はずっと続く。しかも、仮に異世界の神霊種魔獣達が地球側の次元世界から出て行っても、【災禍の三女神】の地球への干渉が止むとは限らん。八方塞がりだ」

『ものの見事に詰んでいますね? どうあっても地球人類は被害を受けるわけですし……。【災禍の三女神】は、命をもてあそぶことを好む真性の禍津神まがつがみ。当初こそ、逃げたエレメンティア側の次元世界に住まう神霊種魔獣達の追撃で、地球に干渉していたでしょうが、最近は明らかに』

「地球人というか、地球の全生物を苦しめることに重点を置いて、干渉しているように見えるわね。地球側の次元世界の神霊種魔獣、というかこっちの世界の神々にも、色々と挑発を繰り返してるらしいし。先月くらいから、海外じゃまた眷霊けんれい種魔獣が、【災禍の三女神】の眷属達が、ちらほらと目撃されてるって話も聞いたわ」

『……今回の日本での【逢魔が時】も、その眷霊種魔獣が絡んでいるのではありませんか? 眷霊種魔獣達は、破壊の女神達に生み出され、その力を使う、人類側で言うところの【神の使徒】。神霊魔法を使って【魔晶】の操作を行い、【逢魔が時】を誘発させることもできると言われていますが?』

 ミサヤの思念に、命彦は一瞬考え込んでから口を開いた。

「そいつはまだ分からん。けど、1週間前に祖父ちゃんや祖母ちゃんが、委員会から依頼を受けたとかで、急に関東迷宮へ行っちまった。ヤツらが裏で糸を引いてると思った国家魔法士委員会が、祖父ちゃん達を始めとした眷霊種魔獣に詳しい魔法士達へ、迷宮を調べるように依頼を出したと考えれば、辻褄は合う。実際、【逢魔が時】も発生したわけだし」

「ふむう、確かにね。刀士さんや結絃さんみたいに超一流の魔法士って、眷霊種魔獣と戦闘した経験を持つ人達が多いから、迷宮内で彼らが暗躍してれば気付く可能性が高いわ。調べる役にはピッタリよ」

「ああ。どの道まだ情報が少ねえし、確たることは国家魔法士委員会も分かってねえだろ。ただ、破壊神の使者とも言うべき眷霊種魔獣達が動いていたとすれば、本格的に危険だぞ? 地球側の次元世界にいる神霊種魔獣達が、もっと俺達人類に力を貸してくれりゃあいいんだが……」

『望み薄でしょうね? 神霊種魔獣は気ままに次元世界を行き来する高次元精神生命体。基本的には利己的で我がまま、気まぐれかつ身勝手ですからね? それ故に、乱世を求める【災禍の三女神】のように、次元世界へ我が物顔の干渉を行う者達もいるわけですし』

「そうは言うが、人類に手を貸す神霊種魔獣もいるわけだろう? 地球やエレメンティアで信仰されてる神様は、それぞれの次元世界で人類側に接触した、神霊種魔獣がもとにされたのも多いと聞くし……人類の信仰心が高まったら、情が湧いて力を貸してくれたりするかもしんねえ。どうよメイア?」

 命彦の言葉に、メイアが言いにくそうに語った。

「信仰心は無関係だと思うわ。自分が気に入ったかどうかで、力を貸すかどうか判断してる気がするし。そもそも基にしたって言ったって、神霊と接触を持った一部の人類が、こうあって欲しいと思って、希望や願望を込めて独自解釈した神々よ? 基の神霊種魔獣の実像とズレてる場合の方が多いわ」

『……メイアが言うと、が違いますね』

 ミサヤの思念に苦笑を返し、メイアが言葉を続ける。

「結局、無条件で私達人類を救済してくれる、都合の良い甘い神様は幻想ってことね。全知全能を地で行く者達が、どうして吹けば飛ぶほどか弱い人類のことを、いちいち気にするのよ? 自分が気に入ってたら、多少は助力してくれるでしょうけど、でも彼らの干渉は個人止まりと思った方がいいわ。種族全体にまで助力してくれる神霊って、ホント希少だから」

『そうですね。しかも今回の場合、人類に力を貸す神霊種魔獣は、自分と同じ神霊種魔獣である【災禍の三女神】を相手にするわけですから、当然自分にも実害が及ぶ可能性がある。実際、エレメンティアを見守っていた、あちらの次元世界の神霊種魔獣達は、彼の破壊の女神達と敵対し、そのほとんどが滅ぼされたわけですし』

「余程自分の力に自信があり、人類に関心がある神霊種魔獣以外は、俺達人類側に手を貸しづらいってわけか。神様も命が惜しいと……まあそりゃそうだ。しっかし、破壊神相手に自力救済が基本ってのは、今の世界の現実から考えると、厳し過ぎて吐きそうだぜ」

『人類側から見るとそうでしょうね? 魔獣の私から見ても、神を自称する魔獣達にはもっとしっかりしてほしいと思いますし。数多いる神霊種魔獣達が雁首がんくびを揃えて、たった3柱の同族に負け、あるいはその同族との戦いを嫌がって、怖気おじけづいているというのは、どうかと思いますから』

 ジイッとメイアを見るミサヤ。ミサヤの視線に耐え兼ねて、メイアが頬を膨らませた。

「か、神様にも得手不得手があるのよ! というか、私に文句を言うのは止めてよね!」

『ですが、メイアであればその神々に、色々とでしょう?』

「むぐっ! ふんっ! バカミサヤ、バカマヒコ、2人とも罰当たり者よ!」

 メイアが言葉に詰まり、むくれた様子で先に依頼所へ入って行った。


 メイアのその姿に苦笑しつつ、命彦はミサヤに語りかける。

「ありゃりゃ……ミサヤが言い過ぎるから俺までとばっちりだ。俺は別に神霊種魔獣へ文句言ってねえのに。機嫌損ねられてバチを当てられても困るし、後で神社に参って手でも合わせとくかね? ……それはそうとミサヤ、関東迷宮へ行ってる祖父ちゃん達はどうだろう? この騒ぎだけど、2人は無事だと思うか?」

『トウジとユイトですか? 無事に決まっています。殺しても死にませんよ、あの2人は。2人をどうこうできる魔獣がいるとすれば、それこそ神霊種魔獣くらいでしょうね。眷霊種魔獣でも、あの2人の命を奪うのは相当難しいでしょう。死ぬと思ったら、あの手この手と、常識外れの逃走手段を使いますからね? 心配するだけ無駄ですよ』

 それでもどこか心配そうに苦笑する命彦の頬に、ミサヤは顔を擦り付けて明るく言った。

『トウジもユイトも、日本で十指に入る実戦派の学科魔法士です。魔獣である私の目から見ても、あの2人が常識外れの、それこそ桁違いの戦闘力を持つ魔法士であることは明らか。しかも、2人共恐ろしく狡賢ずるがしこい……いえ、頭が切れます。心配は無用ですよ? 自分の師匠達の力を、マヒコはもっと信頼してください』

「いや、信頼はしてんだよ? 不肖の弟子である俺から見ても、祖父ちゃんと祖母ちゃんは、化け物じみた魔法士だからさ? けど、万が一ってこともあるだろ? 特にあの2人の場合、魔法や魔法具が絡むと、よく破目を外すし……」

『そ、それは否定できませんね? トウジは根っからの研究者肌ですし、ユイトも似た所がありますから。特に魔法具の開発においては、ユイトもトウジとほぼ同類です』

「その通り。開発した新しい魔法を実戦で試したがる祖父ちゃんと、開発した新しい魔法具を実戦で試したがる祖母ちゃん。祖母ちゃんの方が魔法具制作で色々物入りだからって、財布の管理がしっかりしてるだけで、本質は2人とも似たり寄ったりだもん」

 命彦がため息混じりに言葉を続ける。

「出発する前には、今開発してる新しい魔法や魔法具を試してみたい、とか危ねえことも、2人揃って言ってたんだ。我を忘れて無茶をする可能性も一応あるわけで……」

『確かに心配ですね? 死ぬことは到底あり得ませんが、戦闘し過ぎて怪我をする。あるいは、魔法や魔法具の試用に失敗して怪我をする、くらいはやらかしそうです』

「そうだろう? 怪我して帰って来る可能性は高いと思うんだ。あとで母さんにも連絡して、祖父ちゃん達に注意しといてもらおう」

 命彦はミサヤの言葉に小さく首を振って応じ、メイアに続くように依頼所へ入った。

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