第11話 ルーナ

現状を整理しよう。僕は情報収集の中、休憩がてら木陰で休んでいた。そう、休憩をしていたのだ。


そして今、僕は大地に背をつけ大空を眺めている。何故?誰かにぶつかられて押し倒されたのだ。


そこまではいい、その後だ。なんとぶつかってきた相手は金髪の美少女。小汚いローブを纏い、この暑さの中フードをかぶっている。そして事もあろうにこの美少女が僕に助けを求めてきている。


何故だ?何から助けろと!?


答えはすぐ見つかった。少女の後ろから徐々に近づいて来ている黒服の2人組。この子はきっと彼らから追われているのだろう。


奴らは何だ?地元の警察には見えないし、どちらかといえばボディガードに見える。彼女のボディガードか?だとしたらこの少女はきっと地位のある方なのだろう。


だとしたらこの子は家出をしてきて追われているのではないのか?僕の勝手な推測だが、だとしたら僕が割って入ってややこしくする必要はない。少女のわがままに付き合う必要はないのだ。


よくあるパターンさ!ここで運良く彼女を助けることができ、あとあとあの人達は彼女のボディガードで悪い人達ではないみたいなパターン。そして僕が平謝りすると。


そんなのは、漫画やラノベの中だけにすればいいのだ。現実は人に迷惑をかけないように彼女を彼らに任せることが最善なのだろう。


僕は立ち上がり彼女の手を引っ張って走り出す。


「逃げるぞ!あの黒服達から撒けばいいんだな!」


「は、はい!」


あれ〜?どうして僕は彼女の手を引いて走ってるんだ?さっきあれほど考えたじゃないか!明らかな無駄な行為だそ。


でも、彼女の目を見て・・・助けようって思ってしまったんだ。本当に助けを求めているその目に僕は抵抗する事は出来なかった。


色々言い訳や推測を考えていたが、結局やる事は決まっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


クソ、ロクに体力もないからすぐ息が上がる。


僕にはこの町の地理がない。無造作に、無作為に、右に曲がったり、左に曲がったり、狭い路地を進んだりしていた。


これで奴らを撒けるかはわからないが、がむしゃらに走り回る事しか僕にはできなかった。


彼女も体力や身体能力が高いわけではないみたいだ。走るスピードは僕と同じくらい。息も上がり始めている。


後ろを振り返り黒服達を確認する。


ほとんど距離は変わらない。彼等は体力も地理も圧倒的に僕達より上だった。


「クソッ」


このままじゃラチがあかない。何かいい手はないだろうか。


そうだ!木を隠すなら森の中だ!人混みに紛れて隠れよう!


「大通りに出て人混みに紛れよう。大通りに出るにはどっちに行けばいい?」


「はぁ、はぁ、すみません。はぁ、わからないです。ごめんなさい。」


「はぁ、えっ?君ここ出身の子じゃないの?」


まずったぞ、僕に土地勘はない。仕方がない、適当に進むしかないらしい。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


どうやら僕は運まで悪いらしい。あれから大通りに出ようと走って見たが、目の前にあるのは大きな壁。つまり行き止まりだった。


「クソッタレ!とことん僕はセンスがない。大通りも出られないとは。さらにいえば行き止まりにあたるかね!」


後ろからカツカツと足音が聞こえてくる。奴らだ!


「おうおう、おにぃさん!やってくれたな。散々走り周りやがって!だが、どうやら土地勘はないらしい。よそ者か?なんにしても覚悟は出来てんだろうな!」


モヒカンの大柄の男がそう言うと、もう1人の細身でツリ目のいかにも意地悪そうな男が続いて叫ぶ!


「兄貴!男は嬲り殺しで構いませんよねぇ?ケッケッケ!」


どうする?僕には奴らを倒す力なんてない。でもこの子をほっとくわけにもいかない。何か打開する策はないか?何か・・・


「今から命乞いでもしてみるか?あぁあ!おい!」


モヒカン男が近づいてくる。腕は太く拳もデカイ。


彼女は全身を震わせて怯えていた。僕は彼女の前に出る。その事で恐怖が消えるとは思ってないけれど、でも僕に今できる事はこれくらいしか思いつかなかった。彼女の盾になりこいつ等を彼女から遠ざける。それしかないと思った。


「大丈夫!僕がなんとかしてみせる!大丈夫さ。」


カッコつけて見たものの、体は正直で震えていた。怖い。まともに喧嘩なんてやってきていない僕には殴り方なんてわからない。


「ナイト様気取りか?体が震えてるぞ!王子様よぉ〜!」


「ケッケッケ!ダセェ」


「オラ!!」


モヒカン男の拳が僕の右頬を強く打つ。僕はその衝撃に耐えられず倒れ込む。


いってぇ、目の前がクラクラする。口の中切ったな。血の味がする。


あゝメガネが吹っ飛んだな。割れてないといいけど。結構気に入ってたやつだから。


「さぁ、こっちに来い!手こずらせやがって!」


「やめてください!お願いします。もう戻りたくないんです。」


モヒカン男が彼女の腕を強引に引っ張っている。


僕は落ちていた小石右手に持ち、モヒカン男に向かって行った。右腕を大きく振りかぶって、小石を持ちながらモヒカン男の顔面に打ち付ける!


ガコッっと鈍い音が鳴り響いた。モヒカン男の頭から少し血が流れる。


ああ、初めて人を殴ってしまった。しかも小石を思いっきり顔面に当たってしまった。


なんとも気持ち悪い感触だ。僕にはやっぱり向いてないな。どうにも苦手だよ。でもこれで守りたいものを守れるならやるしかない。


なんとしても彼女を守り切ってみせる。


「テメェ、いい度胸してんな。テメェ見たいのが早死にするんだよ!小動物みたいにビクビク怯えて隠れてりゃいいものの。馬鹿だよテメェわ!」


「窮鼠猫を噛むってな、追い詰められた奴は何するかわからねぇーぜ。ああ、頭まで脳筋なお前さんにはわからないか?学がないとこうも会話が不便になるとは。育ちの悪さが伺えるよ。」


「その育ちの悪い俺らにテメェはボロ雑巾みたいにされんのさ!」


モヒカン男の拳が僕の体を何度も殴打する。痛みが全身に電気のように走っていく。


痛い。苦しい。逃げ出したい。この苦しみから逃れたくてしょうがない。はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく。


僕の気持ちとは裏腹に体は逃げようとせず、モヒカン男に立ち向かっていく。


このまま、ここに倒れて気絶したふりでもしたら楽なのだろうな。いっそ倒れ込んで、後でジャック達に事情を説明して。それでいいじゃないか?もともと任務とは関係ない事なんだし!


でもそうじゃねーだろ!僕はあの頃のように嫌なものから、目を背けて逃げているあの頃のようにしたいわけじゃない。困ってて、助けを求める彼女に答えたいのだ!


それが、僕の本当の気持ちなのだ!全てを守れるヒーローまでとは言わない。目の前に助けを求める手ぐらいは見捨てたくないんだ!

もう見て見ぬ振りはしない。


「ガハッ!はぁ、はぁ、」


「兄貴ィ、もうとどめ刺しちゃいましょうや!」


ツリ目の男がナイフを取り出す。


刺されたらいてぇじゃ済まないよな。当たりどころが悪きゃ死ぬ。


死か・・・あの事件の時以来だな。死を感じたのは。あの時はもっと派手なものが多かったけど、今回はナイフか。そう考えるとどうにかなりそうな気もする。


機関銃や、ヘリの爆発に比べれば名馬と動産子くらい違うさ。


ツリ目男が僕に襲おうと動き出したその時、ツリ目男の後頭部にジュースが入ったカップが思いっきり当たった。


大きな氷が入っていたみたいでツリ目男は痛がっている。


「誰だぁ!舐めた真似してくれるじゃねーかぁ!」


飲み物を投げた人物は、右手にジュースを持っていた。


だいぶ呆れ顔のジャックであった。


「よぉ〜、あんなに疲れたってうるさかった奴がいきなりジョギングかい?流石のわしも、まさかまともにお留守番もできないとは思ってなかったわい。」


「うるせーよ、僕だって一歩も歩けないと思っていたのに走り回れたのには驚きさ。少し体力に自信がついたよ。」


「顔も腫れて、服には血がべっとりじゃな!だいぶ男前になったの!」


ほっとけ、元から男前だっつーの。


「何をごちゃごちゃ言ってやがんだテメェ!」


ツリ目男が息を荒げてジャックに向かっていく。


ジャックはツリ目男のナイフをあしらい、顔面に持っていたジュースを思いっきり叩き込んだ。


「ガフッ!」


その場に倒れ込み動かなくなる。


モヒカン男はジャックに向き直し、腕にメリケンサックをはめ込み構える。


「どうやらテメェは只者じゃないみてぇだな!」


「それほどでもないわい。お前さん達が口ほどにも無いだけじゃろ。」


「ぬかせ!」


モヒカン男の拳を軽く避けているジャック。モヒカン男が額から汗をダラダラ流し息を荒げているのに対し、ジャックは涼しげな顔して避けていく。


「くそッ!くそッ!くそッ!」


ジャックがモヒカン男の足を蹴り、体制を崩れたところに鞘を抜かないまま思いっきり顎を打ち抜いた。


「ガハッ!」


ツリ目と並びモヒカンもそのまま倒れ動かなくなる。


「全く、お主と言う奴はどうしてこうもトラブルを呼び込むかねぇ?」


「好きで読んでいるんじゃ無い!それに僕は今、喉がカラカラだぞ!なんでジュース投げちゃうんだよ。」


「間一髪のところ助けに来てくれた友に対しての第一声が喉が渇いただと!そっから文句が出てくるとは。いやはやお主はハリウッドスター級に図々し奴じゃな。」


「ありがとう!ハリウッドスターに例えられるなんて気分がいいよ。」


そんな僕とジャックのやり取りを少し困った顔で見ていた彼女が口を開いた。


「あ、あの!助けていただきありがとうございました。なんとお礼をすればいいか!本当にありがとうございます。」


体全身が痛いけど、この一言のために頑張ったと言っても過言じゃ無いな!美少女の笑顔も見れたし!


「そんで?こいつらはなんじゃ?この子は一体誰じゃ?何故追われとった?」


「そういえば名前も聞いてなかったね。」


「お主は何も知らずに殴られておったんか、、」


僕も理由も聞かず逃げ回っていたから知らなかったけど・・・


「わ、私の名前はルーナ。私、その、逃げて来たんです。」


どうやらだいぶ訳ありのようだった。随分と深刻そうな顔をしている。


「ふーん、それで、どうするんじゃ?これからまたこいつらみたいなのに追われるかもしれないんじゃろ?」


ルーナは俯き困惑しているようであった。この後のことも考えられないぐらい切羽詰まっている状況だったのだろうか?


「なぁ、ジャック。なんとかルーナを助けてやれないかな?」


「ルーカスよ、ルーナが美少女で可愛いからってカッコつけなさんな。お主、ブッサイクなおっさんだったら助けないじゃろ!」


「失礼な事言うな!ぼ、僕は困っている人は見捨てない主義だ!」


け、決してその、可愛いとか、美少女とかで助けたわけでは無い!断じてた。


強いて言うなら、あの目に、助け望む光を探し求めていた目に惹かれたのかもしれない。


「助けるっつったって、原因もなんで逃げて来たかもわかってないんじゃぞ。それにわしらにはタルボットの任務があるじゃろうが。1つわしらが出来るとしたら地元の警察に、身の安全を確保してもらえるように頼むことぐらいじゃよ。」


そうだよなぁ、そのくらいしか出来ないよなぁ。でもなんだかほっとけなくて。もっと力になりたいと思ってしまう。


「あ、あのタルボットって、あのストーンファクトリー社のタルボットですか?」


ジャックが低いトーンで答える。


「だとしたらなんじゃ。」


「あの、私、そのタルボットから逃げて来ました。」


え?あのタルボットから逃げて来た?


ジャックの表情が変わった。


「その話、ちと詳しく聞こうかの!」


どうやら僕達はまた一歩前進することができたみたいだ。













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