第5話悪意を炙り出す問い

 六月六日、千草全治はある一人の生徒を探していた。そして体育館へと続く渡り廊下の所で、その生徒を見つけた。

「またやってる・・・。」

 全治の視線の先には、髪が乱れ気味の如何にも悪ガキというに相応しい少年が、大人しい生徒をいじめていた。

「おい、いいから体育の準備の時に女子の着替えを覘きに行けよ!!」

「嫌だよ、僕が嫌われてしまう・・。」

「意気地なしが、だったらこれでも・・・。」

 その時全治が、「何をしているの?」と声を掛けた。

「全治君、助けてよ!!」

 いじめられていた生徒が、全治の後ろに隠れた。

「野口君、もういじめは止めた方がいいよって何度も言っているよ。」

「うるさいなあ・・、せっかくいいとこなのに・・。」

「そもそもいじめの何が楽しいの?」

「クラスの神様には分からんだろう・・、思い通りにさせることの楽しさが。」

 この野口勝という生徒、北野より体格は劣るが空手を習っているので腕っぷしは強い。そのため彼は「影のガキ大将」という役を楽しんでいるのだ。

「じゃあ、これからは僕だけをいじめてよ。」

「馬鹿じゃないの、お前?」

「どうして変なの?」

「いじめを求めるやつをいじめても楽しく無いだろ。」

 本音は全治をいじめるとどうなるかわからなくて怖いのである、そう思いながら野口は去って行った。



 さて全治の学校には野口の他に厄介者がもう一人いる、それが音楽の教師・音野咲子である。音野は全治の今の担任の大原とは同期で、しかも唯一無二の親友である。しかし授業意識が高すぎて、生徒にとにかく従う事を強要する。例えば授業五分前に音楽室に入ってきても・・・。

「みんな遅いわよ!!私の授業は、開始十分前に入って来なさい!!」

 というし合唱中も・・・、

「あなた、声が小さいわよ!!もっと大声で歌えないの!!」

 とヒステリックに怒鳴る。しかも怒鳴る場合、必ず大人しい生徒をターゲットにするのだ。更には生徒が一人でも口答えするなら、パワハラは同然行う。

「あーあ、次は音楽か・・。」

「北野君、リコーダー大丈夫?」

「もうだめだ、親も直せないから買い替えだって。弁償してほしいよ・・。」

 実は北野君、以前音楽の授業で音野に口答えをしたせいで、自分のリコーダーを音野が音楽室の教卓にたたきつけたことでヒビが入ってしまい、上手く音が出なくなってしまった。

「じゃあ、僕のを貸すよ。」

「いいのか?ありがとう!」

 そして全治は授業中にリコーダーを北野に貸したのだが、これが音野の目に留まってしまった。

「北野君、そのリコーダーは全治君のでしょ?返しなさい。」

「あっ、僕から貸したので大丈夫です。」

「全治君、勝手な貸し借りはダメです。」

「どうして?北野君のリコーダーは壊れているというのに?」

「リコーダーが壊れた?そんなの扱いが悪いからでしょ。」

 音野がせせら笑うと、北野は怒鳴った。

「何を言っているんだ!あんたがガンガンと叩きつけるからだ!!」

「それは私に文句を言ったからでしょ、あなたがいけないのよ。」

「どうして北野君のせいにするの?理由がどうあれ、北野君のリコーダーを壊したのは先生だよ?」

 この全治の問いに、クラスの不満が炎上して音楽室が異様な騒ぎになった。

「ちょっと静かにしなさい、教師命令よ!!」

「嫌だ、全治と北野に謝れ!!」

「そうだ、そうだ!!」

「だったらもう授業しないわ!!」

「だったら勝手にして、あんたの授業はもう、うんざりだ!!」

 そして音野は荒々しく戸を閉めて、音楽室から出ていった。

「どうする?」

「とりあえず、リコーダーの練習を続けよう。」

 皆は全治の言う通りにした。


 六月十日、全治が散歩道を歩いていると、横断歩道で体を震わせている少年を見つけた。信号は赤で、多くの車が横切っている。

「あの子、信号を待っているのにどうして震えているんだろう?」

 気になった全治は、少年に声を掛けた。

「一体どうしたの?」

 少年は驚いて全治の方を見た。

「な・・何って、今から渡るところだよ・・・。」

「でも信号は赤だよ?渡るなら青になるまで待たないと・・・。」

「でも僕急いでいるんだ、それじゃあ。」

 といって少年が走り去ろうとした時、信号はすでに青になっていた。

「あっ・・・ダメだ・・。」

「何がダメなの?せっかく青になったのに?」

「おい日向!!何故渡らなかった!!」

 すると別の少年が、声を荒げながらやってきた。

「やっ・・・やっぱり、赤信号を渡るのは無理ですよ・・・。」

「何を言ってやがる!!これだからお前は弱いままなんだ!!」

「あの子、虐められているわね・・・。」

 状況を察したアルタイルが言うと、全治は怒鳴っている少年に声を掛けた。

「あ?何だお前?」

「僕は千草全治、ところで聞くけど君が日向君に赤信号を渡れと言ったの?」

「そうじゃねえし、ていうか関係ないから消えろ。」

「ねえ、どっちなの?」

「だから違うって言っているだろ!!」

「じゃあ、誰が日向君に言ったの?」

「あーもう!!うっとうしいんだよ!!」

 少年は怒りに任せて拳を振り上げた、しかし全治はそれを右手で受け止めた。

「何だこいつ・・・!!」

 少年は全治の右手から拳を離した、しかし全治は問い詰めの手を緩めない。

「どうした城之内、何してんだよ!」

「野口さん、こいつをどうにかしてくれ!!」

「あっ、野口君。」

「ぜ・・・全治だと・・!!」

 野口は驚きのあまり、すこしうろたえた。

「知っているんですか?」

「まさかお前と出会うとは・・・、行くぞ城之内!!」

「えっ、でも日向は・・?」

「もういい、こいつには関わるな!!」

 野口は全治を指さして言った、ここで全治が質問する。

「もしかして・・・、日向君に赤信号を渡れと言ったのは君なの?」

「そうだよ、でもお前が来たせいでダメになった・・・。」

「何がダメになったの?」

 とここで全治は、野口の顔をじっと見た。

「日向に、人としての度胸をつけさせるつもりだったんだよ!!」

「人としての度胸って何?」

「それは危険な事に挑む勇気だ!!」

「・・・ねえ、勇気って命より大切なの?」

「なっ・・・何言ってんだこいつ?」

「僕は命があるから勇気があると思う、野口君は違うの?」

 全治の言う事は正しいと思った野口だが、ここで全治に合わせるのは自身のプライドが絶対に許さなかった。

「そうだ!!勇気のない奴は人として駄目だ!!」

「じゃあ君は命がけの事が出来るんだね?」

「そうだ、もしかして見たいのか?」

「僕は見たくないけど。」

「何だと!!俺を舐めているのか!!」

「そういうつもりは無い。」

 野口はふと信号が赤になったのに気が付いた。

「だったら俺の勇気を見せてやるぜ!!」

「野口さん!!」

「危ない!!」

「辞めろ!!」

 全治が飛び出そうとした瞬間、タクシーが野口を跳ね飛ばした。

 


 後日全治は野口が、入院している病室に来た。野口は幸運にも命は助かったが、両足を切断し失ってしまった。

「野口君、助かってよかったね。でも、君の為にも勇気は捨てたほうがいいよ。」

 全治はそう言って、茫然自失な野口を後に去って行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る