第2話陰湿な快楽

 五月十三日、全治は家で宿題していた。

「ふーっ、終わった・・。」

 全治は一息ついて背伸びをした、そして一階に下りてキッチンからお菓子を取ろうとした時だった。

「あーーーっ!!」

 外から祖母の叫びが聞こえた、全治は玄関に出て祖母の所へ向かった。

「婆ちゃん、どうしたの?」

「あそこに、落書きが・・・。」

 祖母が指差す方を見ると、壁に赤いスプレーで×印が書かれていた。

「本当だ・・・。」

「一体誰がこんなことをしたんだろうねえ・・・、最近近所で増えていると聞いてはいたけど、まさか家がやられるなんて・・。」

 祖母は唖然としていた、全治はため息をつきながら考えた。

「どうして壁にこんなことするんだろう・・・、そして誰がこんなことしているのだろう・・。」

 全治はお菓子を食べている時も、テレビを見ている時も考えていた。


 そして一時間後、全治は「戦・技・王」をするために北野家に向かった。そして北野家が目の前に見えた時、不審者を見つけた。

「あの人、動きが少し変だな・・・。」

 黒い帽子に赤いジャージ姿の男が、電柱の陰から北野家の様子を伺っている。

「あの人、怪しいですね・・。」

「もしかして、強盗?」

 眷属のホワイトもルビーも、男の事が気になるようだ。

「じゃあ、話してみるか。」

「えっ、行くんですか全治様!!」

 ホワイトの言葉をよそに、全治は男に話しかけた。

「あの、何しているのですか?」

 男は「うわあっ!」と驚いて、全治の方を向いた。全治が見た顔はしわだらけで、ご年配の人だという事が分かった。

「い・・いきなり話しかけるな!!」

「すいません、あなたは北野さんに何か御用ですか?」

「と・・・特に用事は無いわい・・。」

 すると家の中から北野の母が出てきた、こちらに向かって来ることを察した男は、遅いながらも走り去って行った。

「何だったんだろう・・?」

「あら、全治君じゃないか。」

「あっ、おばさん。」

「そういえば近くに誰かいたような気がしたけど・・・。」

「居ました、すぐに走り去って行きましたよ・・・。」

「それ落書き魔じゃないか?ほら最近多発している落書き事件!!」

「つい先ほど、僕の家もやられましたよ。」

「えっ、本当かい!!」

「家の壁に、赤く×印で書かれました。」

「まあ怖い、もしかしてさっき見た奴が落書きの犯人・・・!!」

 その後全治は北野家に入り、そして北野と「戦・技・王」で遊んだ。そして午後四時三十分、全治は帰宅しようと北野家を出た時、ふと地面にスプレー缶が落ちているのを見つけた。

「何であんなところに・・・?」

 全治はもしかしてと思いつつも、スプレー缶を持ち帰った。


 五月十四日、全治は散歩で町をぶらぶら歩いていた。するとまたあの男を見かけた。男は全治の存在には気づいておらず、すれ違っていった。

「あの人、何だか気になるなあ・・・?」

「全治様、もしかしてあの人が落書き事件の犯人なんじゃない?」

 ルビーが言うと、全治は男を尾行することにした。男は住宅街を当てもなくただ歩いているだけだったが、ある家に着くと電柱の裏に隠れた。

「あっ、隠れた。もしかしてこの後・・・。」

 ホワイトが言いかけたその時、男は電柱の陰から飛び出してポケットからスプレーを出すと、コンクリートの壁に吹きかけた。

「あっ、やっぱりあの人だったんだ。」

 全治が覗いていることも知らずに、男は郵便受けや車にも吹きかけて行く。

「こらあ!!」

 すると家の主人が男に気づいて怒鳴った、男は走りさっていったが全治はそれをすかさず追いかけた。

「ぜぇ、ぜぇ・・ここまでは追いかけてこれまい。」

「おじさん、こんにちわ。」

「うわああ!!・・・って昨日のボウズじゃないか!」

「おじさん、壁とかにスプレーで落書きしてたでしょ。どうしてそんなことするの?」

「あんたには関係ないわ!」

「ねえ、教えてください。」

「やかましい!言う事聞かないと、こうするぞ!!」

 男はポケットからナイフを出して、刃先を全治の胸元に突きつけた。

「全治、逃げろ!」

「この人、おかしいわ。離れましょう!!」

 ホワイトとルビーは、全治に呼びかけた。しかし全治は突拍子も無いことを言った。

「おじさん、昨日スプレー缶落としたよね?」

 すると男は急に動揺した。

「ボウズ、何故知って・・・まさか、拾ったのか!!」

「うん、僕の部屋にあるよ。」

「誰にも見せてないよな?」

「うん、見たのは僕だけだよ。」

「ならボウズ、そのスプレー缶を持ってこい。そしたら、質問に答えてやる。」

「いいよ、後僕は千草全治というんだ。」

 そう言って全治は家に向かって走った、そして自分の部屋の押し入れからスプレー缶を出すと、また走って男の所へ向かった。

「はい、どうぞ。」

「ありがとう。」

 男は全治からスプレー缶を受け取った。

「じゃあ、教えて。」

「うむ、私は若い頃画家を目指していた。友達が結婚して家庭を築いていく中、私は有名になるために頑張ってきた。でも世間は何十年頑張ってきても受け入れてくれなかった・・・、あらゆる幸せも捨てて頑張ってきたのに結局叶わなかった・・・、皆世間がいけないんだ!!」

 男は大声で、恨み言を漏らした。

「はあ、つまり世間が気に入らないからやっているんだね・・。」

「そうだ、だから世間に芸術を見せつけてやるんだ!まあ、芸術かはもう諦めているがな。」

「あれ?それじゃあ、世間を嫌う理由が無いじゃないか?」

「違うんだよ!!虚しい気持ちを紛らわしたいんだよ!!」

 男は全治に向かって怒鳴った。

「でもどうしてスプレーを壁に吹きかけているの?他に方法が思いつかなかったの?」

「質問が多いなあ・・・、音楽を聴いたりデイサービスに行ってみたりもしたけど、気持ちが紛れなかったんだ!!だからこの方法にしたんだよ!!」

「なるほど、教えてくれてありがとう。」

「これから出会っても、絶対に声を掛けるなよ。じゃあな!」

 男はそう言って去って行った、全治は変わっているなあと感じた。



 五月十五日午後六時、全治がテレビを見ているとこんな内容がニュースで報道された。

「本日午後二時三十五分、愛知県名古屋市西区で住宅街の壁や車などにスプレーを吹きかけたとして、六十歳で無職の垣田英が建造物損壊罪で現行犯逮捕されました。通報者の証言によると、買い物からの帰りに赤いジャージを着た犯人が、壁に緑色のスプレーを吹きかけているところを発見、取り押さえて警察に通報したとのことです。さらに通報した男性は昨日自宅の壁・郵便受け・車にもスプレーを吹きかけられたと証言、その時に犯人の顔も見たと言っています。英氏は罪を認めており、「世間に対する虚しさを晴らしたかったのと、自分の芸術を認めなかった世間に復讐するためにやった。」と話しています。」

 全治は報道を聞いてため息が出た。

「芸術を認めてほしいか・・・、それでこんなことになるなら何で芸術を続けたんだろう?どうして諦めても、鬱憤とか逆恨みって心の中に残るんだろう?」

 もしどこかで垣田に会ったら聞いてみたい、全治はそう思った。

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