第3話 ある少年の話

僕は8歳の時に空の上に飛んだんです



金色の翼になって虹の橋を渡って空の上の楽園に行きました



そりゃあ最初は楽しかったし幸せでした



何でも願い叶うし何でも思うようになるし



でもそれだけだったんです



何もやることがなくなり目標も無くなり



お母さんとかお父さんとか友達にも会えない



そんな日々が続くようになりました



そりゃあそうですよね



だってみんなは楽園に来れていない



楽園から出ることができないから、楽園に居ない人とは会えない



そんな簡単なことも当時の僕はわかっていなかったんです



「みんなに会えない」



そう気づいた時



もうそのころには願いとかも無くなっていたんです



しいて言うならみんなに会いたい



それが願いだったのかもしれません



まあ絶対に叶う事のない願いだったんですが



そうして毎日を過ごすたびに



いつしか僕は無気力になって



何もしなくなって



行動することに意味を見いだせなくなりました



だから僕は閉じこもって夢の世界から逃げたんです



何もしなければ寂しさを感じることもない



誰にも会わなければみんなに会いたいと思う事もない



そんな幼稚な考えで僕は部屋の中で閉じこもり続けました



数日、数週間、数か月といつまでも閉じこもり続けました



笑えるでしょう?



それだけの時間閉じこもっていても誰も僕に会いに来る人は居ないんですよ



だって僕が会いたかった人はみんなみんな『楽園』に居ないんですから!



ああ、そうだ、このことは知っていますか?



楽園では自殺できないんです



ああ、この言い方は正しくないのかもしれません



楽園では老衰以外に死ぬ方法が無いんです



例えば餓死しようと何も食べないようにしていても



空腹になると体が勝手に動くんです



食べなければ死ぬということがわかっているから



食べたくないと思っていても体は意思に反して食事を続ける



体に刃物を突き立てようとしても体に触れる直前でぴたりと停止する



飛び降りようとしても途中で足が止まる



どうやってもこの『楽園』からは逃げることができない



まるで人形のようでしたよ



自分の意思で何をすることもできない



操られて生かされている滑稽な人形



もう自分が生きているのか死んでいるのか



そんなことすらわからなくなっていました



そのときにレイさんたちが現れたんです



この世界から飛び降りる



それを目的にしている人たちが集まっていました



今この村にいる人たちの4割くらいがそのメンバーだった人たちです



その人たちも皆何かしらこの夢の世界に馴染めずにここから脱出しようとしていました



どうせやることもなかったし参加してみようかって思って



ここで人形をしているよりも何か自分の意思で行動してみようかって



『楽園』から出ればまたみんなに会えるかもって



今の状況から抜け出せるかもって



そう思ったんです



それで僕たちはあの世界から飛び降りたんです



翼があったから死ぬことは無いだろうと考えてね



そうして皆で飛び降りたんだけど瞳が赤くなってしまって



どこにも行けなくなってそれでここに村を作って住み始めたんです



お父さんやお母さんは帰ってきてたことを喜んでくれて



今はこの村で一緒に暮らしています



本当にあのまま一生暮らしていれば幸せだったんでしょうか



無気力な人形で一生暮らしていればよかったんでしょうか



僕はどうしてもそう思えないんです





僕の話はこれでおしまいですよ



聞いてくれてありがとうございました






少年はそう言って部屋から出て行った



少年の話は私たちには意外なものだった



楽園に居て幸せに感じない人がいるという事がとても衝撃であった



そんな話を聞いたことはない



けれど少年に生えている金色の翼と真紅の瞳が



その話を真実だと告げているかのようで



私たちは今まで信じていた世界が崩れ落ちるようなそんな感覚になっていった



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