第12話【おっぱい】
【おっぱい】……おっぱいとは、主に女性だけが持ち得る身体的特徴である。男性の胸とは異なり、その膨らみは赤子から成人男性までもを無条件に魅了する神秘の――。
「なんだろう、あれは」
桃也がモノローグでウィキペディアよろしくの解説をしていた頃、同じくその双丘に目を奪われていたキッドが訊ねた。
「うーむ……」
桃也は混乱していた。
それがおっぱいだとすると、あまりにもデカすぎたのだ。
「あれは……おっぱいですね」
とはいえ、やはりである。
this is a pen とでも言わんばかりの口調で桃也は言った。
それはおっぱいに違いないのだが、開いた胸元から覗くそれは白く大きなかまくらを思わせる代物であり、桃也の短い人生経験ではまずお目にかかったことのないものであった。そう、マキナの比ではない。
「うん、おっぱいだね」
キッドが鼻血を垂らしながら真顔で答える。クールな表情を繕っても身体は正直である。
しばらくして、ひょこっと顔を出す女の子。しかし、目が合うとすぐさま柱に隠れてしまう。
「しかも、かわいいね」とキッド。
「うん、かわいいね」
桃也はそう答えながらも、くだらないやり取りだなぁと心の中で苦笑する。
ただ、可愛いのはたしかである。愛らしい垂れ目の大きな瞳に、栗色のゆるやかにウェーブがかった髪の毛。そして、童顔に似合わぬ破壊力抜群のおっぱい。背は低く、おそらく14,5歳くらいの少女であるだろうに、実際はもっと幼く見える。
「なにボーッと突っ立ってんのよ、あんたたち」
背中から棘のあるマキナの声。
「はい、これ」
キッドが無理やり手渡されたのは、おそらくこの国の紙幣であろう物。
「えーっと、これは……」
「酒」
「酒?」とキッドは訊き返す。
「まったく、この田舎じゃ電子マネーも使えないのよね」
察して押し黙るキッド。
「たった一杯じゃ、景気づけにもなりゃしないわ」
気づくと柱の陰に少女の姿はない。
「なにやってんの。ほら、早く」
キッドを顎で使うマキナ。
いや、さっきもうすぐディナーだって……と、喉奥から這い上がって来る言葉を飲み込み、キッドはとぼとぼと歩いていく。
「なぁ、仲間をパシリに使うなよ」
見かねて桃也が言う。
「仲間? いつアタシがあんたたちの仲間になったの?」
マキナは腕を組んで言い放つ。
「あんな役に立たない口だけの臆病者なんて、アタシ認めないから」
マキナの表情に、どこか物憂げな印象を受ける桃也。それ以上はなにも言わず、キッドの背中を追う。
∞∞∞
「……今、キミが思っていることを当ててみようか?」
突然、隣を歩くキッドがそう言い、桃也は戸惑った。
キッドの表情はずっと曇ったままだ。
「なんすか、急に」
二人は王都の雑踏を歩いている。日が暮れ始めているせいか、人影もまばらだ。
桃也の抱えた紙袋には酒瓶が三本入っている。無論、全てマキナに献上するものである。
「見掛け倒しの腰抜け、女の子にこき使われる惨めな奴……だろ?」
「別に、そんな――」
キッドに初対面の時の面影はなく、悲しげな表情で項垂れている。
(こりゃ、なに言ってもダメだな……)
桃也がそう思うのも無理はない。目の前に線路があったら、今にも飛び込んでしまいそうだ。
桃也が紙袋を抱えているのも、せめてもの情けであある。
「晩飯、どんなだろうな」
淀んだ空気を払おうと、桃也が話題を変える。
「王族ってんだから、きっと豪勢な――」
「そんなことはないさ……王族と言っても小さな星の長……知れてるよ……」
ずいぶん知ったような口ぶりだな、と桃也は思った。
「勇者様は、やはり良家の出身なんで?」
少しふざけて訊ねてみる。
すると、予想外の返事がかえってきた。
「しがない王族の息子だよ。たしかに家柄は立派かもしれないけれど、ぼくは出来損ないのダメな息子さ……」
てっきり、知ったかぶりをきめているとばかり思っていた。
桃也が訊ねるより先に、キッドは自身の身の上話を語り始めた。
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