第10話【百式のマキナ】
男が首を掴まれ宙に浮いている。
酒場のちょうど真ん中のテーブル席、男の首を掴んでいる少女の周りには、彼女を避けるように疎らな人だかりが。
「だから言わんこっちゃない」
桃也が呟く。
「だからって、あそこまでする必要あるのかな……」
引き気味にキッド。
「女の子はさ、おじさんの下ネタと新作のコスメには敏感なんだよ」
コンはそう言って欠伸をひとつ。
察しの通り、男の首根っこを掴んでいるのはマキナである。
桃也たちが予定より早く王都へ着いた時、一息入れようと立ち寄った酒場で事件が起きた。席を離れて座ったマキナに、酔っ払いのオッサンが絡んだのだ。
それが運の尽き。「俺と一緒に飲むまねぇか?」「いい身体してんなネェちゃん」「どうだ? 俺と今晩――」の三連コンボをお見舞いし尻を触ろうとしたが最後、一瞬でボコボコにされてしまった。
オッサンに同情する気も起きなかったが、今となっては肩入れしてやりたくなる桃也であった。
「他人のふり他人のふり……」
キッドが呪文のように呟いていると、
「あーあ、気分が悪いったらありゃしない。さっさと出るわよアンタたち」
一件落着とばかりに、グラスの酒を飲み干すマキナ。
仕方なくついてゆく桃也たちは、頼んだ飲み物を飲み切ることなく酒場を後にする。
桃也が振り返ると、オッサンは店主に肩を借りて起こされているところだった。彼の腰には、銀色に光る剣が携えてあった。
∞ ∞ ∞
「なぁ、あそこまでする必要あったのか?」
酒場を出て街を歩きながら、桃也はマキナの背中に訊ねた。
「なに言ってんの、まだ足りないくらいよ。むしろあのくらいで済んで感謝して欲しいくらいだわ」
「さいですか……」
「ホント、男なんて大嫌い。下品で下劣で変態でスケベで――出来るなら同じ空気も吸いたくないわね」
彼女は過去になにかあったのだろうか? 意味の重複する罵詈雑言を述べるあたり、その恨みは相当深いものに思える。しかし、桃也はなにも訊かなかった。触らぬ神に祟りなしといったところか。
そしてキッドはというと、マキナの言葉にすっかり怯えてしまったのか、さえない表情で桃也の隣を歩いている。
王都の街並みは中世ヨーロッパそのもので、巨大な映画のセットのように思える。しかし、目に映る建物や人々はしっかりとそこに根付き存在している。改めて現実なのだと気を引き締める桃也。
「ねぇ、君」
桃也が周りの景色に気を取られていると、キッドが耳打ちしてくる。
「彼女の名前、聞き覚えないかい?」
「いや、特に」
(そもそも、住む世界が違うっつの……)
「ぼくはね、思い出したしたんだ。彼女の名前とあの立ち回りを見てピンときたよ」
「はぁ」
「彼女、〝百式のマキナ〟だよ」
「ひゃくしき?」
「まさか知らないのかい?」
(知るわけねーだろうよ……)
「ルーキーの間じゃ有名な救世主だよ。百の流派を使う武術の達人。まさか、彼女がそうだったなんて」
「へぇ。たしかに、喧嘩に関しちゃめちゃくちゃ強そうだけど」
「彼女がパーティにいるならかなり心強いよ。まぁ、ちょっと性格には難ありだけどさ」
「それに関しちゃ間違いないっすね」
二人がそんなやり取りをしていると、桃也の頭の中で電子音が鳴った。
テレパシーだろうか、脳内に電話機が植え付けられているような感覚だ。しかし、どうやって受話器を取ればいいんだ? と桃也は思う。
「簡単だよ。頭の中でテレパシーを受け取るよう念じればいいんだ。もちろん嫌なら拒否」
コンが桃也の心を読み取って言う。
「さっきのソージの場合は、強制的にテレパシーを送れる強力な念が込められてたんだ。強い救世主ほどそういう小技が使えるんだよ。キミのお父さん、けっこう強いんだから。もっと自慢に思ってもいいんだよ」
(誰があんなクソ親父を自慢に思うかよ……)
桃也が心中で悪態をついていると、キッドとマキナが同時にSYMを展開する。
「きっと船頭からの連絡だね。早く出た方がいいんじゃない?」
コンに従い、桃也はテレパシーを受け取るよう意識する。
(そうだ、俺の頭はSYMの役割も果たすんだったな)
やがて、ディバインのしゃがれた声が脳内に流れ込んでくる。
《どうやら、全員王都に到着したようだな。これより先、王の住んでる城へと向かう。各自、準備はいいな?》
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