第9話【その男、変態につき】
桃也がパンツを被った瞬間、キッドと赤毛の少女は露骨に顔を引き攣らせた。無理もない。はたから見ればただの変態だ。
「おらぁ! どんなもんじゃいッ!!」
自暴自棄になったのか桃也が叫ぶ。
が、静寂――。
ミノタウロスまでもが微動だにせずその様子を眺める。
「……あれ? なんか思ってたのと違うんですけど……」
次の瞬間、再び雄叫びを上げるミノタウロス。
「クソッ!! 話が違ぇじゃねぇかよぉッ!!」
駆け出しながら訴えかける桃也。体に力が漲ることもなく、目の前の獣はパンツを被る前と変わらぬ恐怖の対象でしかない。
桃也の背中を追うミノタウロスは、心なしかさっきよりも興奮しているように思える。
「コン! なんとかしろッ!!」
「えー、無理無理。戦闘は苦手だし専門外。ほら、頑張れ男子♪」
運動会のリレーで男子を応援するかのようなノリのコンである。
逃げ回る桃也。その様子を退屈そうに眺める赤毛の少女。草の茂みに潜み、隠れているキッドは助けに入ろうか入るまいか迷っている様子だ。
(クソッ、もう体力がもたねぇッ……!)
足を止め、息を切らしながら膝を付く桃也。
「ひいっ……!」
キッドの短い悲鳴が漏れる。桃也がいるその場所は、キッドが隠れている茂みの目の前だった。
攻撃をかわしながら、よくここまで逃げ切れたと桃也は思う。
(ちくしょう、ここまでか……)
諦めかけたその時、背中から全身を包むなにかを桃也は感じとった。それが、パンツの効果であると確信するのに時間はかからなかった。
身体が滾り、湧いて来る力を五感で享受する。なんという全能感——。
自身の身体から闘気のようなオーラも視認できる。
「これが、パンツの力か……?」
赤毛の少女は眉根を寄せ、コンが満足そうな笑みを浮かべている。眼前のミノタウロスも動揺しているようだ。
「ようやく実感したようだな」
脳に直接語りかけてくるのは宗司だ。
「これでようやくお前も救世主の仲間入りってとこか。まぁ、夏休みの自由研究だと思って精進してくれや。お前が帰ってきてる頃には、弟か妹が出来てるかもな」
「うるせぇよ、クソジジイ」
一方的に脳内の会話を切り上げる宗司に、一人呟く桃也。
直後、桃也の威圧感を掻き消すかのように、今日一の雄叫びを上げ金棒を振りかざし襲ってくるミノタウロス。
「いくぜ、バケモン」
桃也が腕をかざし、力を掌に集中させる。
「ブモオオッ!!」
「いけぇぇぇぇッ!」
桃也の脳内では衝撃波的なものが掌から放たれる……はずだった。
が、実際は何も放たれることはなく——。
「……あれ?」
これまでの高揚が嘘みたいに、桃也は肩の力が抜けるのがわかった。
赤毛の少女もコンも、思わぬ展開に目を丸くする。
「ボ、ボ、ボ……」
しかし、動きを止めたミノタウロス。その様子は変わることなく、怯えているように見える。
「ボモォォォー!!」
そして次の瞬間、一目散に逃げ去っていく。
「……? よ、よくわからんが、これで一件落着……だよな?」
誰に訊くでもなく呟く桃也。
「少なくとも、パンツの力は証明されたんじゃない?」とコン。
桃也が一息つくと、赤毛の少女が木から飛び降りて目の前にやってくる。
「変態のクセに、なかなかやるわね……とでも言うと思った? マナもろくにコントロールできないなんて、あんたほんとに救世主?」
労いの言葉もなしに嫌味をぶつけてくる。が、桃也にはそれが容易に想像できた。
「さぁな。こちとら、何も知らされないままいきなりこんな所に連れてこられてんだ。少しは労ってくれよ」
「フン、まだそんなこと言ってんのね。でもまぁ、名前くらいは教えてあげてもいいわ。アタシはマキナ。くれぐれも足手まといにならないように」
名前を教えてくれたものの、ツンケンした態度は変わらない。
「——で、蒼眼のキッドさんはいつまで隠れてるおつもりかしら?」
桃也の背後の茂みから、キッドが申し訳なさそうに姿を現す。
「……ま、まぁ、ぼくが出るまでもなかったかな。ははは!」
「あんたも、いつまでそんなもん被ってんの?」
キッドを無視してマキナが言う。
桃也は頭に被ったパンツを慌てて脱ぎ捨てた。
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