第八章
142話 秋
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日に日に夜空は美しさを増し、鈴虫がセッ○スのため五月蝿く泣き喚く秋の夜も、太陽が激しい自己主張をする昼間は、メイクが崩れる心配をするぐらいには汗ばむ10月下旬。
蝉が泣き止むのと比例するかように、体育祭の件で武田は静かになり、短パン小僧が減少するのと反比例するかように本調子を取り戻す武田を横目に、私は緩めたネクタイと一緒にワイシャツを引っ張り、
「秋雨うぜぇ……」
「乾燥よりマシだろ」
「保湿のし過ぎも肌に悪いんだよ」
「知っとるわボケ」
一種の縄張りと化した旧校舎の階段に座り込み、一般成人男性が一食に取るべきカロリー以上の、とてもボリューミーな弁当を頬張る。
「………………よく食うな」
「デブっつったか?」
「今に始まった事じゃねぇだろ」
「このぐらい食わなきゃ体型キープできねぇんだよ」
「大変だな」
他人事みたいに………いや他人事だけどさ。
着崩す私とは正反対に、武田は学校指定のネクタイを緩める事なく、購買で買った惣菜パンをハムスターのように小さな口でモコモコ食べ、ブラックコーヒーで流し込むという少食過ぎる昼食を済ませていた。
「よく足りるな」
「ダイエット中だわボケ」
「ふーん」
女子同士なら「そんな事ないよ〜十分痩せてるって〜」とお世辞100%の傷の舐め合いをしながら、ダイエット頑張ってるアピールを内心鼻ほじりながら聞くのだが、こいつ《男》にそんなものは必要ない。
なので私はむしろ傷口に塩を塗る為、
「炭水化物うんまぁ」
見せつけるように白米を口に運ぶ。
「早食いはデブの元だぞ」
「死ね」
よく噛んでるわ。胃に負担かけとらんわ。
「そういえばさ、もう11月になるじゃん?」
本当に満腹かどうか疑いたくなるが、もう済んだとばかりに缶コーヒー片手にスマホをいじる武田は、
「もう文化祭まで1ヶ月切ってるけど、お前半年前の約束覚えてるか?」
黒字だらけのカレンダーアプリに太文字赤線で書かれた『メイド喫茶(文化祭)』と書かれた画面を見せつけて、すっかり忘れていた記憶を私は掘り起こす。
「制作に取り掛かるのか」
「無論、そのつもりだ」
「予算はどうなる」
「おそらく4限のテスト返却後、実行委員決めがある。予算もそこで言われるはずだ」
「なるほどな」
じめっとした旧校舎階段、お互いキリッときた目付きで夢を見つめる男女がいた。
♤
「そんなわけだから、問題解説は以上だ。採点ミスや質問あれば前に来てくれ」
ガヤガヤと騒ぐ教室では無気力な担任の声は響きづらく、夏祭りでの独り言のように飲み込まれかき消されている。それも意に介さず教室を見渡し、席を立った生徒を見ては軽いため息をつき赤ペンを持つ。
よくよく見れば俺のテストも2点ほどサバ読みされているが、内申点などと言うゴマすりには微塵も興味がないので、採点ミスを再採点する行列に並ぶ推しを眺めながら、
「今日も可愛い」
と頭の中で呟く。
「声漏れてんぞ」
「盗み聞きするなカス」
「盗まれたくなきゃセキュリティ固くしろ。ア○ソックしろ」
一番聞かれたくないが一番聞かれても安全な生徒に盗み聞きされ、和らいだ心が尖に尖る。そんな目で彼女を見てはいけない。刺して良いのは前のアマだけだ。
そんなこんなで再採点行列が消化され、教室の騒めきも落ち着き始めた頃、担任はボソッと、
「あー、実行委員決めるか」
元よりそのつもりだっただろう事をボヤき、教室に一瞬の静寂が訪れた。
「今日の5、6限の総合で文化祭の実行委員を決めるつもりだったが、時間余ったし今決めるぞ〜」
文化祭に微塵も興味関心、あるいは思い出すらなさそうな担任の発言に、浮かれていた教室の空気は一気に重くなる。
「やりたいやついるか〜?」
体育祭の時もそうだったが、このクラスはあまりイベントごとに積極的ではない。と言うより、思春期特有の目立ちたくない、面倒事はなるべくスルーしたいという心理からくる、だんまり。
わからなくは無い。むしろよくわかる。俺も同じ年齢であり似たような環境で育っている分、教師からしたら面倒くさい真理ではあるが理解していただきたい。
誰もが嫌う役割を買って出ると「良い人アピール」とか「内申点稼ぎ」とか、少し目立ち内輪から離れただけで「俺らとは違う人」と認識して仲間外れにする。それが自分になるのが嫌なのだ。
だったらくじ引きでもなんでも、他から「頼まれた」という言い訳を貰わないと、やってられない。それだけ群れないと生きていけない弱い生き物なのだ。って言うか、人間は元から弱い生き物だ。
だから先日の体育祭で、担任は理解した上でランダム抽選ソフトなどと言うしょうもなく有難い策で、無理やり決めたのだ。
「………………………………………」
長い沈黙。
数分前の軽いお祭り騒ぎはどこへやら、隣の教室の声すら聞こえてきそうな沈黙。
担任は軽いため息をつき、今回も抽選ソフトに頼る事になるだろうと諦め、パソコンを立ち上げる。
のを遮るように、
「「私(俺)やってもいいですか?」」
2名の声が重なる。
それは水面に垂らした一滴の水のように、僅かながら大きな波紋を作り、クラスメイトの目線が一点に集まる。
無論、俺らの席だ。
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