143話 下書き

 ♡


「「俺(私)やっても良いですか?」」


 綺麗に重なった声は私達の声は沈黙を静寂に変え、真っ暗な部屋に灯したロウソクの火のように、じんわりとした光を放って広がった。


 目線は光に集まる虫のように私達の席に引き寄せられ、疑念と羨望の眼差しを教室の誰もが向けていた。


「お、おう。じゃあ、他にやりたい奴いなければ、2人に決定だが………誰かいるか?」


 担任はイレギュラーの遭遇になんとか対応しているが、未成年のガキどもにはそんなスキルがある筈もなく、状況についていけてない。


「………………………いないみたいだし、実行委員は2人に決定だな。………いや、こんなあっさり決まるとは……。ありがとう2人とも」


「それで先生、私達が実行委員に決まったら5、6限では何するんですか?」


「あぁー、そうだな。………少し早いけど文化祭の出し物決めか、な?」


「了解です」


 潔い返事をすると約2名から視線を感じる。「なんで立候補するんだ」という疑念や「立候補してくれてありがとう」という羨望の眼差しとは違う、いわゆる「嫌な予感が」という視線を………。


 もちろん、私と一番仲がいい龍斗くんからである。





「…………一応聞くけど、なんで立候補したの?」


「ん?なんでって、やりたい出し物があったからだよ?」


「何を企んでるの?」


「それは休み時間が開けたらのお楽しみ」


 私の満遍の笑みに不安を隠せない龍斗くんのすぐ横で、


「………私もお聞きしたいのですが、武田さんはどういったお考えで…?」


「んふふ〜。ないしょ〜」


 キモすぎて真顔になるのをなんとか耐えて、龍斗くんの話に専念する。


「んでも、俺らが企んでるのは時間も人手も必要な出し物だから、2人には、その………」


「いいよ。もとより僕は暇人だし」


「私も構いませんよ。お2人のお力になれるなら何でもします!!」


 武田の耳が一瞬ピクッと動いた。


 おそらく海鷺さんの「何でもする」に反応したのだろう。


「じゃあ、さ………」


 ごくり。と、生唾を飲み込み。


 武田が口を開く。


になって欲しいなって」


「………………桜?」


 ここで下衆なお願いをしなかったのは、彼の成長を感じる。多分、「おねがーい」ポーズとして右頬に添えられた両手には、欲望に耐えるために爪を立ててる親指が隠れているのだろう。





 ♤


「さっきも言ったが、5、6限の総合は文化祭での出し物を決める。みんなは実行委員を引き受けてくれた2人に、しっかり協力するように」


 担任が弛んだ声を張ってクラスメイトに呼びかけると、数名は聞く耳を傾けてくれた。なんせこれから俺たちが教壇に立ち声をかけるから、その物珍しさに注目しているのだろう。


「じゃ、武田、砂流、あとはよろしく。わからないこととか質問は聞いてくれ」


 そう言うと担任は、予備の椅子を窓際まで移動させ、腰を下ろす。足を組み、仕事を放棄するように俺らに視線を送る。


「では、まず最初に俺がやりたい出し物を発表する」


 砂流がバラエティ番組の司会進行をするアナウンサーのような、滑らか兼張りのある声で呼びかけ、黒板にチョークを擦り付ける。


「男子諸君、喜べ。俺が企画してるのは『メイド喫茶』だ」


「………………………………」


 瞬間、教室内が凍りつく。


 男子生徒は急に目の前に出されたご馳走に呆気に取られ、どう対応すればいいかわからず混乱している。


 反面、自分達が無慈悲にもご馳走に決定しそうな女子生徒は、呆れてと怒りと嫌悪感のある眼差しで、砂流を見つめる。


「そして私がやりたい出し物が………」


 畳み掛けるように、大衆の意見が固まる前に俺はチョークを手に取り、


「『執事喫茶』を、予定してます」


 形勢逆転、真反対の出し物を俺はピックアップし、女子生徒の焼石に水を注ぐ。そして男子生徒の火に消化器をかける。


「2人で話し合った結果、『喫茶店』をやることは共通しているし、どちらかを無碍むげにする必要もないため………」


 砂流の声に合わせて、俺たちが書いた「メイド」と「執事」の間に大きく&《アンド》の文字を書き、


「ウチのクラスの出し物は、『メイド&執事喫茶』にしようと思っている。異論あるひといる?」


 宣戦布告をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る