136話 自分の為に

 ♡


 約一ヶ月前に夏コミが終わり、冬コミまでまだまだ時間がある10月で、気が抜ける同人作家は多い。毎回切羽詰まってない人の方が少ないけど。


 例に漏れず、私もこの時期は筆を持つ事は無く、恐らく締め切り2週間前には、またゾンビみたいな顔して書く事になるのだが。


 しかし、私は今机に向かっている。


 勉強ではない。執筆だ。


 嫉妬なのか反抗心か知らないけど、夏コミで買った同人誌を見ていると、何故だか自分も描きたくなって、つい筆を持ってしまうのだ。


 もちろん盗作などしない。私の描きたい話を書くつもりだ。


 やる気をもらったから書いてみる。モチベーション頼りの行動は継続しないが、継続させなくてもいい。今は思いのままペンを走らせる。


「……………………………」


 こういった瞬間が一番楽しい。感情任せの創作は良作を生み出しにくいが、不思議と心は軽くなる。気分良く描ける。


 嫌な事を思い出しても、それすら作品にぶつける。だから今回は落書きに等しい。


「……………………………」


 夜は涼しいどころか肌寒いし、夏ももう終わった筈なのに、一度熱がこもるとなかなか冷めないのはなぜだろう。ど深夜を過ぎて明け方だ。カーテンの間から薄らと朝日が差し込んでる。幸い今日は土曜…いや、日を跨いだから日曜日か。学校に行く用はない。


「ん〜………………はぁ………」


 凝り固まった体を解して、背もたれに寄りかかる。眠気は無い。というか体を動かしたい。


 腐っても元スポーツマン(ウーマン?いや男装してるからマンでいいのか?)の体は、運動不足になると体を動かしたくてウズウズするらしく、無限に湧く体力と衰えを知らない体ではしゃぎ散らかす小学生の様に、私は無意識のうちにランニングシューズを履いていた。


「………………………」


 メイクをしようか迷った。でも辞めた。


 男の私を知ってる人に出くわす確率は低いし、サラシを巻くのも面倒くさいし、帰ったらシャワーを浴びたい。何より帰った時に、男装メイクで家族と出会でくわしたら、血の気が引ける。


 だから顔を洗い、日焼け止めだけ塗って、家を出る。






 空気がうまい。


 やっぱり体力も筋力も落ちてるけど、心地いい風を生み出せるぐらいの速度は出せている。軽いランニングに、速度は求めてないけど。


 走っていると不思議なもので、このまま何処までも行ける錯覚に陥る。


 あぁ、それでもタオルぐらいは持ってきた方がよかったかもな。


 車の少ない車道の脇を、体感時速8キロぐらいで突っ走る。


 行く先は決めていない。いつもそうだ。思いついたら即行動が、私の長所でもあり短所。直すつもりもない。


 最悪スマホを頼りに歩いていけばいい。財布は持ってきてないけど、何か必要になればスマホで支払えばいい。出来ればあの腕時計が欲しいものだが。


 適当に走っていたら、見慣れた道に出た。脳内マップが繋がって、この道は通学路に繋がるのかと、頭の隅にメモをする。


「……せっかくだし、寄り道でもしますか………」


 下校路ではなく登校路を理由も無しに突っ走る。終わってから気が付いた事ではあるが、クラスメイトにあったらどうするつもりだったのだろう。気付かれない気もするが。


 まぁ、会っていないといえば嘘になる。クラスメイトと言えばクラスメイトには会ったのだが。


「……………朝練……にしては早いから、自主練か………」


 学校のグラウンドに一つ、走る影があった。遠くから見ても分かるほど全身藍色のジャージは、不法侵入の不審者では無く、ウチの学校の生徒である事を示している。


 こんな早朝から自主練習とは、サッカー部の根性も捨てたものじゃありませんね。


 サッカー部やバスケ部はチャラチャラしてるイメージが強い。バスケ部に至っては実体験だけど。


 たしかに、野球部やバレー部は真面目かと言われれば違う。ただ監督の怖さがレベチなのだ。


 格好良さというかステータスとして入る部活は、メイク同様クレンジングですぐ落ちる。だから、あーゆー人だけが本物のスポーツマンなんだろうな。


「…………………………………あれ?」


 よく見ると、あれは……。


 違和感を覚えたのは走り方。運動部の運動神経が必ずしも良いとは限らないけど、あまりに走るのが下手だ。


 何より服装だ。サッカー部なら普段、サッカー部で全員共通のジャージを着る筈だろう。彼は学校の体操着のジャージだった。


 極め付けは体格。女の子みたいなに小柄で華奢な体格だった。


「…………………………武田……?」


 何やってんだあいつ……。


 興味本位で近づいてみると、やはり武田だった。


 息を切らし、乱れたフォームで一心不乱に走る武田后谷だった。


「………………………………」


 荒い息遣いすら聞こえるくらいまで近づいたのに、向こうは私に気づかなかった。


 そんなに熱中するぐらい執着ないし、興味も無ければ走るのも好きじゃないだろうに。


 どうしてそんなに頑張れる。


『人数足りないんだから仕方ないじゃん』


 武田はそう言っていた。


 リレーなんて絶対にやらないと思っていたが、参加者に堂々と名前を書いていた。しかも真っ先に。


 その文字の下、彼の想い人の名前が書いてあった。


 正直言って、アイツの恋など微塵も興味ない。


 ただ何となく、つまり突拍子もなく、何の根拠もなく、何故だと思った。


 そこまで頑張れるのは何故だ、と。


 何故そこまで、してくれなかったのか、と。


 何処が違うのだろう、と。


 言うなれば、嫉妬。でも、燃えるような反骨精神も、目の前が見えなくなるほど狂ってはいない。


 水面に雫が落ちて波紋を生むように、ぽたぽたと、静かに、小さな波を作っている。


「…………………………………」


 まだ未練があるのか。その言葉さえも心の扉で塞いで鍵を閉める。


「もっと胸張れ。背筋が曲がってると無駄な体力使うぞ」

「……………え?」

「下見んな。真っ直ぐ前見て走れ」

「………おまっ……何でここに……………」

「いいから」


 気づいたら話しかけていた。


 帰ってもよかった。でも逃げているような気がして辞めた。


 すっぴんで仁王立ちするのはあの頃以来か。互いにすっかり変わってしまったが(変わらなかったら変わらなかったで可笑しいが)、こういう所は変わらない。


 だから返事もきっと変わらない。


「………偉そうに命令すんな………」

「がむしゃらに走っても速くはならんぞ。上手いやつから学ぶか、盗め」

「……………大口叩けるだけ立派な手本見せれるんだろうな」

「私を誰だと思ってる」


 仁王立ちの腕を片方外して、親指を立てて自分に向け、


「幼稚園のパン食い競争で、ゴールのパン全部食って怒られた砂流さんぞ?」

「………知ってるっての」


 その後に「自慢になってねぇぞ」と付け加えるのを、私は知っている。

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