133話 じっこーいーん

 ♡

 今受けている授業は総合。今回の題材は体育祭実行委員会。


「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」


 夏が過ぎたとはいえまだ暑く、残暑と言うのが適切か。まぁ言いたい事は、どの道秋とは言えない事。冬もまだまだ遠い。


 しかし教室内の空気は凍っていた。


「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「……………………立候補者なし、か……」


 担任の愚痴めいた独り言が、静まりかえった教室に漂い薄れる。


 誰も担任と目を合わせないし、いつもなら外で鳴いてる蝉より五月蝿い男子生徒も、今日は静まり返っていた。


「………………めんどくせぇなぁ………」


 「最近の若者は〜」とか言って年齢マウントをとってくるおじさん先生ではない担任は、おそらく最近の若者に分類される担任は、教壇にノートパソコンを置き、徐に構い始めた。


 少しざわめき始めたクラスに、カチカチとマウスの音が響く。


 そして「カッカッカッ」と、黒板に押し付けられたチョークの音も混ざる。


「っつーわけで、この4人が体育祭実行委員だ。文句ならランダム抽選ソフトに言ってくれ」


 ノートパソコンを閉じる音で、流石に落書きの手を止めて妄想をストップし、黒板を見る。


 そこには4名の名前が書かれていた。


「……………………は………?」

「……………………えっ………」

「……………………最悪……」

「……………………嘘……でしょ?」


 三者三様ならぬ四者四様。セリフは違えど、ランダム抽選ソフトの被害者が渋い顔をしている。


 いや、まぁ、1人は私だから、自分が渋い顔をしているかどうか見えないんだけど。


「……………………………………」


 表情作りというか演技というか、表立った感情虚偽表現にはそこそこの自信はあるけど、完全に不意を突かれた。


「実行委員も別にやる気があってやってる訳じゃねぇ。だから、みんなしっかり協力するように。サボったら逆に実行委員にするから、よろしく」


 先生達が物置きにする予備の椅子に座って、文庫本を開く担任。


「以上だ。次の授業で体育祭の細かい内容言うから、それまで隣の授業の邪魔にならん程度に喋ってていいぞー」


 どうやら、今回の授業は終わったらしい。


 みんな息をしてないのではないかと錯覚する程静まり返った教室で、とりあえず、同じように実行委員になった(させられた)被害者を見る。


 否、その背中をつつく。


「……今から抗議するか」

「抗議して変わるか?」

「…………………めっちゃ嫌なんだけど」

「俺………………私もね」


 素で嫌なやつだコレ。


 目の前の武田后谷の名前は、私の名前の下に書かれている。恐らく出席番号順だろうけど、上に立てるのは嬉しいが今では無い。書かれたくなかった。


 しかしながらロマンスの神様もとい抽選ソフトは、男子2人女子2人の、わかってるとしか思えない采配をした。


「……………………………」


 まずは同性(?)の女子枠。


 黒板に書かれた名前を検索してヒットした顔を、それまた検索して教室内を見回す。


 名を、巳扇みおうぎ亜佑実あゆみ。彼女の視力は知らないけど、明らかに別の理由で眉間に皺を寄せている少女。校則違反スレスレの、地毛とは思えない赤みがかった茶色の髪に寝癖を付けながら、黒色カーディガンにピンク色の爪を立てながら、まだ受け入れられない現実を捻じ曲げようと黒板を直視する。


 30秒ほど経ってようやく諦めたのか、深いため息をついて私と同じように教室を見回す。


「………………………………」

「………………………………」

「……………………ダルすぎ……」


 誰だってそう思う。私もそう思う。


「…………よ、よろしく」


 流石にそこそこ席が離れてるし、静まり返った教室で声を出す勇気はないから、口パクでそう言うと、


「………………………………」


 ガン無視。


「………………………………」

「………………………………」


 巳扇さんの冷たい目線すら貰えなかった無視に、何を感じ取ったか武田は、


「…………………ありがとござます……」


 噛み締めるように言った。


「…………………キショ…」

「あ?」

「素出てるよ」

「誰のせいですか?」


 多分彼女のせい。


「不幸中の幸い。怪我の功名」

「よかたね」

「砂流さんも同じでしょ?」

「えへへ」

「キモ」

「あ?」


 らちがあかないので次の方へ。


 選ばれてしまった運のない被害者4人目、もう1人の男子枠は、


「……………………………」

「…………きっしょ」

「あ?」

「素出てる」

「演技じゃゴルァ」


 上がる口角と伸びる鼻の下を指摘されて、ほぼ八つ当たりで睨みつける。


 私の目線の先にいた人物は、武田より女の子のような見た目をしている男子生徒。男のの証拠としてスカートではなくズボンを履いている。


 彼は柳生田やぎゅうだ未来みき。男子の中で1番の小柄な体格と、幼さの残る童顔。サラサラで艶のある髪は丸くカットされ、前髪はおでこがまるまる見えるほどのぱっつん。


 おまけに年がら年中のダボダボセーターを着て、余った袖は萌え袖化、襟元から覗く肩は制服なのにいやらしい物を見ている気になる。


「…………この後反省会な」

「……………………致し方なし………」


 見れば見るほどニヤついて、マジで鼻血出そうになったから、これは確かに反省会確定だ。


 柳生田君も、私たちと同じようにクラス内を見回し、私たちを見つけると、


「フガッ…」


 そんな純粋無垢な笑顔で手を振らないで。私死んじゃう。おい手を振り返すな武田。私が受け取った挨拶ぞ。手で抑えなかったら私の鼻血がお前の髪に付いてたんだぞ。


「長くなりそうだからサイゼな」

「…………………あい………」


 血圧がアホみたいに上がって、私の手の甲に男性のような血管がバキバキに浮かんでる。痩せ型でスポーツやってる人なら女性でもなるだろうけど。


 とりあえず手についた血をティッシュで拭き取り、 メイクが落ちない程度に口元の鼻血を拭く。10分休みの間に鼻血拭いてメイクし直さんと。次の時間顔合わせだろうし。


 血だらけになった落書きノートを閉じて、ペンケースにシャーペンを入れ、机の上を綺麗にする。


 これ以上目視すると出血多量で死ぬし、空き時間をわざわざ武田なんぞと雑談するつもりはないから、席を立ち、龍斗君の元へ…


「災難だったね、実行委員」


 行こうとしたら、すぐ隣まで出迎えて来てくれた。ご足労いただき誠に有難う御座います。


「ほんとね……」

「お二人とも、一緒に頑張りましょう」


 龍斗君と同様、雑談に来てくれた海鷺さんには申し訳ないけど、


「海鷺さんありがとね、一緒に頑張ろう。あと、ちょっと武田借りてくね?ショック過ぎてか具合悪いから彼女」

「私は平気ですよ?むしろ砂流さんの方が顔色悪いのでお送りしましょうか?」

「いや無理しないで、保健室行こっか」

「いやいやそっちこそ。お手洗いでスッキリされてはいかがですか?」

「「…………………………」」


 やっぱりこいつベッドで永遠に寝てもろて。抜けた実行委員一枠は龍斗君にチェンジで。


 その後サイゼで、反省したりしなかったり口喧嘩になったり、とりあえず彼ら彼女らに手は出さない事(手を出せば発狂してバレる為)を誓って解散となった。


 終始、にやけ顔が止まらない武田がとても気持ち悪かった。

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