132話 ランニング
♤
2話ほど前。文化祭で使う予定のメイド服を描いていたけど、目前にあるビッグイベントは文化祭ではなく体育祭だ。
体育祭の起源は、国威や富国強兵、健康増進を主な目的として明治末期から社会的に広く普及したとされていて、今じゃほとんどその役目は果たして無く、強いて言えば「健康増進」かな。
しかし普段使わない筋肉を使うわけでも無く、走ったり、投げたり、綱を引いたりする基礎運動と、揺れるおっぱいや汗で僅かに透ける下着を
つまり近年では、運動神経の良いやつがイキり散らかすお祭りと化しているのだが、
「あなたが思うより健康です!!」
「いやマジでうっせぇわ」
「俺至って健康体なの!無駄に筋肉つけさせないで!」
休み明けの1発目から、体育の授業はクソハードだった。夏休み明けだからハードに感じるのだと思うけど。
散々と光り散らかす太陽と、その光を照り返すグラウンドに挟まれ、紫外線を上からも下からも受けて、吸血鬼なら一瞬で灰になる極悪環境の中、日焼け止めクリームをこれでもかと塗った俺は、僅かに日陰となる木陰で休んでいた。
正確には俺らは、か。
何十秒も経ったのに、一向に落ち着かない心拍数を落ち着かせるために、肩で呼吸をし息を整えるも、全く改善しない。今は女声が出そうに無い。
反面、真横にいる元バスケ部で運動神経抜群の砂流さんは、まだまだ余裕があるのか、肩どころか鼻で呼吸をし、顔色一つ変えず涼しい顔して、走ってる都楽くんを見てニヤついている。
「ほんと体力ねぇよなー、お前」
「体力は並大抵あんだよ!ねぇのは筋肉だ」
「なら筋肉ねぇよなー、お前」
「筋肉なんてそんなに要らん」
我が校のグラウンドはさほど狭くないが、効率厨の体育教師の提案で交代制ランニングをし、今走っている後半グループをボーっと眺めながら、俺は反論する。
「人間は進化の過程で脳を大きくしてきたんだ。その脳を使って、動かないでも獲物を捉える方向に、狩をシフトチェンジした。よって走らなくても生きていける」
「人間の体毛が薄いのは、走っても熱が籠らないようにして、獲物が疲れるまで追い回し、疲れたところを仕留める為に退化したらしいぞ」
「チッ」
「はい論破」
うっぜぇわ。
確かに砂流の説は存在するし有力だ。それに脳が大きくなったのは、別の説が有力だし、動かなくても食料を手にしたのは、狩ではなく農業にシフトチェンジしたからだろう。言い返す言葉がない。
なので話をずらす。
「てか、こっち居ていいのかよ。男子生徒に嫌われるぜ」
熱風が頬を撫でる。
こいつは男子生徒とイチャイチャする為に、主に都楽くんとイチャイチャする為にわざわざ男装しているのに、俺とこんな風に駄弁っていたら「男子生徒にハブられるぞ」と、俺は要らぬ心配をする。
という建前で、本当は自衛なのだが。
何気に女子人気がある砂流(男バージョン)は、クラス内のみならず、学年全体もしくは2、3年の上級生にも、「イケメンな男子高校生」と認識されているらしく、密かな噂が立っている。
夏休み前のとある休み時間、隣のクラスの女子に囲まれて、急なハーレム転生でもしたのかと思ったら、「武田さんって砂流さんと仲良いんでしょ!?どんな女の子がタイプか知ってる!?」と聞かれて、「天然でマイペースな、女の子みたいな男の娘がタイプだよー」と言いかけたのは2度3度の事では無い。
一緒にいると害があるのは、俺も同じだから心配しているんだが。
「んー」
しかし砂流の反応は、俺の期待に沿うものでは無かった。
期待に沿うどころか、気に触ることを言った。
「……………思ったんだけどさ。いっそ『そーゆー事』にしちゃえば?」
「……………………は?」
「いや、だからさ、いっそ『付き合ってる』って噂流して、付き合ってるって事にしちゃえば?それで疑いの目線は無くなるんだから、お互いWin-Win(ウィンウィン)じゃない?」
「……………Win-Winじゃねぇよ」
こいつ頭イカれてる。
男子グループと女子グループには、彼氏彼女の有無で、ハブられる基準は違う。
男子は「いいなー」から「で、チューしたの?S○Xは?」とかになるけど、女子は「おめでとうー」から音信不通に。女子社会は抜け駆けはNG。暗黙のルールなのだ。
広いコミュニティは無いけど、煙たがられるのはごめんだ。
「あのな……、大体そんな噂流したら、目線が増えるだけだろ。ボロも見つけやすくなる。自分の首を絞めてるようなもんだ」
あくまで騒ぎにならない事。それを前提に学校生活を送ってきていたのに、(自分で言うのもアレだが)美女美男子カップル誕生なんて噂流れたら、噂の有効期限である75日では収まる気がしない。
少なくとも体育祭や文化祭は、2人一緒にいなかったら、逆に変な噂が立つ事になるだろう。そんなん死んでもごめんだ。
「それに………」
反対する理由はまだある。いや、こっちの方が重要だ。
クラスメイトや学年全体、もう学校全体といってもいいが、その辺の関係ないモブよりも、もっと大切な人を騙す事になる。
「それに………海鷺さん達には、何て説明すんだよ」
彼女らに、どう言うつもりなのか知らんけど、俺は乗り気じゃない。
入学当初からの付き合いで、学校内のみならずプライベートでも仲良くしていたのに、つい先日の夏休みも一緒に楽しんでいたのに。
騙していたのは最初からだけど、綺麗事を言うつもりはないが、もう嘘はつきたくない。出来れば、本当の俺らを知ってほしいところだけど、今は時期じゃないし、今はその話じゃない。
「とにかく、俺は反対だ。海鷺さんの気持ちを知っておきながら、そんな事できん」
「……………そっか」
呆気に取られる砂流を横目に、俺は目の前を通る
蟻の恋愛は知らんけど、少なくともオスメスを間違える事は無いだろう。どっかの動物は、環境で性別が変わったり、キリンの約9割は雄同士で交尾したりするらしいけど(横の奴が知ったら何呟くか知らんけど)。
自然界では1匹のメスに10匹ほどのオスが群がる、コミケの人気レイヤーに群がるカメラマンと同じ、この世の縮図みたいな光景が繰り広げられたりしているが、人間界の恋愛ではそうはいかない。
ましてや、女になりすましたり、男になりすますなんて、他の生物で聞いたことがない。
本当に面倒臭い人生を送っているなと、我ながらウンザリする。
「夏祭りの夜、お前に言ったはずだ。……………海鷺さんはお前に惚れてる。今そんな噂が、彼女の耳に届いたら、俺は自殺するね」
「おー、それは良かった。思う存分死んでくれ」
「ちゃんとお前に脅迫されたって遺書書いてからな」
小石を一つ持ち上げて、巣穴を塞ぐように置く。蟻たちは小石の周りをぐるぐると周り、彷徨い始めた。
「…………もう裏切りたく無い」
無意識に呟いた独り言は、一足遅い蝉の鳴き声とかで都合よく掻き消されてはくれない。
だが、聞こえなくていい。聞かれないでいい。
「噂を流すにしろ流さないにしろ、彼女の気持ちに応えてからにしてくれ」
「……………………………………………」
重たい小石を持ち上げようとする蟻、新しい出入り口を開けようとする蟻、逸れて彷徨う蟻、何もしない蟻、圧倒的多数は右往左往しているだけの蟻。問題に対する解決策は、一つとは限らない。
「悪ぃ。今の忘れてくれ」
「………………………………おう」
言われなくたって忘れるさ。忘れられない思い出なんて、一つで十分だ。
「じゃあ、男子たちに混じってエロトークしてくるわー」
「興味無いけど、それで注目集めなきゃ何でもいいや」
「やっぱり揺れる乳は最高だよなーって言ってくる」
「思考回路俺かよ」
「特に海鷺さんとか最高。武田は壁」
「おう、事実だけどぶち殺す」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます