131話 滑り込み

 ♤


 長期休暇の後は、土日祝日の比にならない憂鬱で満たされる。


 これは男女問わず、日本のみならず、世界各国の老若男女(老は怪しいけど)が思っていると思う。しかし、極一部を除いて。


 この極一部の人、つまり「学校や職場に行きたい人」というのは、「学校や職場に好きな人がいて、しばらく会ってないから会いたい人」か「仕事が本当に好きで、仕事以外に楽しいと思える物がない変態、もとい、社会の歯車として生まれてきたとしか思えない特殊な人間」のどちらかだと思う。その他の例外は聞いた事ないな。よかったら教えてくれ。


 総理大臣や大統領が投票制という多数決で決まる世界なのだから、長期休暇明けの心情も多数決で決まれば、投票箱の中には「憂鬱」がほとんどの票を占めるだろう。


 でなければ皆口を揃えて、「学校行きたくない」「会社行きたくねー」「校長先生のハゲ率高い」とか言わない。


 なので俺も例に漏れず、その極一部の「学校に好意を持つ相手がいる」に属しながら、それ以上に憂鬱な顔をしてローファーに足を入れているのは、


「何で終わってねぇんだよっ!!」

『仕方ねぇだろ!!帰って寝落ちしたら4時だったんだよ!!』

「じゃぁ寝るんじゃねぇよ!!」

『寝ちまったのは仕方ねぇだろ!!』


 憂鬱すら飲み込む大きな焦燥感に包まれていたから。


 自分の課題と教科書、メイクポーチとスマホに財布。忘れちゃいけない物全部入れて、忘れてもさして問題ない思い付かないものは、家に置いてく。


 夏休み明け、学校再開「始業式」の8月31日。


 その早朝というかほぼ夜中に俺は、道路のど真ん中大声でスマホに向けて怒りをあらわにし、スカートを履きながらノーメイクで、顔を隠すよう軽くキャップを被って全力疾走し、「好意を持つ相手」の真反対に属する「敵意を抱く相手」の自宅へ向かっていた。


 誰も見ていないことを願う。



 ♡


 結論としては間に合いませんでした。あははー。


「アラーム鳴ったぞ………」

「…………………はい………」

「すっぴんのまま学校に行くなら、時間作れるぞ」

「…………………シャワー浴びてないので………」

「…………………本当にさーお前さー……」

「…………………すみません」


 武田の援護も虚しく、溜め込んでいた負の遺産課題は消化不良で、空白を残したままタイムリミットが来た。


「ギリギリまでやるから広げとけ。先に準備!」

「じゃシャワー浴びて来ます。あ、覗いたr」

「あ?」

「何でもありません行ってきます」


 下着とタオルを持って、家族がもう出勤した家を走って洗面所に飛び込む。鍵を閉めてる暇はない。


 私はシャワーを軽く浴び、バスタオル一枚で登校準備に入る。課題は武田が処理してくれているから、リュックに入れるのは、スケッチブックと教科書、筆記用具か。


 髪を乾かし、急いで制服に着替えた。その間武田はメイクをして髪をとかし、空いた時間に解答を見ず、高速で丸付けをし、たまにチェックを入れては解答の文字を赤ペンで書き直していた。あれは常習犯の動き。


 私の湯上がり姿には目もくれず、試合終了のアラームに「終わった……別の意味で……」と言いながら、私のリュックに課題を入れた。


 私の準備が遅かったせいで、徒歩では間に合わない(砂流は走れば間に合うが俺は無理)と判断した武田は、自転車登校を提案。


 選択肢など他に無かったので、自転車に跨り全力で漕いだ。もちろん私がペダルを漕いで武田は後ろ。


「もっと飛ばせ!間に合わねぇぞ!!」

「無茶言うなぁっ!!足千切れる!!」

小野田坂道おのださかみちくん見習え!」

「私が得意なのはバスケじゃゴルァ!!」

「どの道運動だろうが!体力減ってんじゃねぇのか!?」

「スポーツにも種類あんがなっ!!元バスケ部の体力舐めんなぁっ!!」

「あと3分!」

「だから!焦らせんじゃねぇぇぇえ!!」


 いつもは素通りする自転車小屋にチャリを置き、校門で服装髪型チェックをしている先生の「よし」に「おはようございます」と返して横を通り過ぎ(着崩しをしてパイナップルペアーの男子生徒が1人、先生からお叱りを受けていたが)、校内の靴に履き替え、我が所属クラス1年3組に滑り込んだ。


 幸いにもまだ担任が来ておらず、チャイムが鳴っても駄弁っている生徒が多く、数人の真面目な生徒だけが座っていた。後は私同様に課題が終わってなくて、必死にペンを走らせている不真面目な人も座っていた。


「あっ、お二人ともおはようございま……す?」

「はぁ………はぁ…………お、おはよう」

「おっはよー海鷺さん。都楽くんもおはよー」

「おはー」


 息も絶え絶え挨拶をする。やっぱり体力落ちてるわコレ。この程度で息が苦しいなんて……ちょっとやばい。


 息を整え、潰し履きしていた靴をちゃんと履き、半分寝てた龍斗くんを横目に、海鷺さんの顔色を伺う。


 …………………どうやらマジみたいだな。


 まだ本人の口から聞いた訳じゃないけど、十中八九そうなのだろう。言われた時の準備はしておくべきだ。


 駄弁っている連中とは違い、先日の花火大会目で積もる話を切り崩していった私たちは、久しぶりの再開に喜びながらも、大人しく席に着いた。一瞬自分の席がどれか、わからなかったけど。


「お前らー。席につけー」


 チャイムから遅れて2分後、ガラガラっとドアをスライドさせ入ってきたのは担任、星草ほしぐさ先生。相変わらず気怠そうで何よりです。


「あー。とりあえず、久しぶりだなお前ら。全員ちゃんと学校に来られて何よりだ。で、早速なんだがこれから始業式が始まる。その後はお待ちかねの課題回収だ」


 もうあくびを噛み殺しもしない担任の挨拶と業務連絡。


「積もる話もあるだろうけどよ、あと12分後に体育館集合だから、遅れんなよ?以上だ」


「ねっむ……」と呟きながらドアをスライドさせ、教室を出て行く担任。


 それを見送って積もる話をしだすクラスメイト。


 それを見送って積もる課題を再開する私。


 あぁ。惨めだ。


 武田は席を離れ海鷺さんと話し、うたた寝をする龍斗くんのシャッターチャンスを見送って、新学期早々、課題処理の為に腕を動かすこの虚しさ。


 あぁ。惨めだ。

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