第七章
130話 まだ夏は終わらない
♡
「夏祭り編終わったって、中の人Twitterで言ってなかった?何で9月になって無いの?」
「そりゃまだ夏のイベントが残っているからだよ」
「は?」
「正確には夏休みのイベントか」
「…………海は行けてないけどプールに行ったし、…………夏コミも終わったし、………夏祭りも行ったやんけ。あと何が残ってんだ?」
目の前の少女は折った指を伸ばして一つ一つ確認していく。
「現実逃避したって変わんないぞ。それが終わるまで夏休みは終わらん」
「では、夏休みを終わらせないために、私はこれを終わらせない」
「主人公かお前は」
「主人公だ私は」
あらすじでは俺になってるけど……、別にいっか。
「残念だが、時間は刻一刻と過ぎてくぞ。アインシュタインの相対性理論は崩れたとはいえ、時間の流れはほぼ平等なんだから、そうやってる間にも締め切りは近づいてくる」
「締め切りって言葉嫌いなんだから言うな。あとソータイセー何とかって何?」
「相対性理論。光より早く動ける物質は存在しないって、たしか特殊相対性理論の方かな。その理論が論破されたらしいぞ」
「特殊?じゃあ普通もあんの?」
「一般な。一般相対性理論」
「違うの?」
「厳密には違うけど、どっちもぶっ飛び過ぎてわかんねー話だよ」
「ふーん」
そういって少女はノートの端っこに「あっかんべー」をした老人の絵を描いた。落書きにしてはクオリティが高いのと、アインシュタインは別にあっかんべーの人ではない。
「………興味ない分野はほんと出来ないよな、お前」
「だから、お前を雇ってるんだろ!!」
「儲かる話には裏がありますか……」
「さっさとやる」と言って俺は指差して、ペンの先を落書きから解答欄へ移動させる。
本日、8月30日の天候は晴れ。降水確率は10%で、気温は28℃、少し涼しくはなってるけど熱中症には注意と、お天気お姉さんは言っていた。
俺はもっぱらテレビは見ない人間だけど、いつもはスマホの天気アプリで確認しているけど、今日は違かった。
何故なら、今日は両親共に早朝帰宅し、リビングでニュースを見ていたから。今から寝るというのに見る必要あるのかね。
「在宅ワークってこういう事じゃないよな………」
今はもう寝室でぐっすりだと思うけど、いつ起きて、もしくは寝ぼけて降りてくるか分からないリビングでの勉強は、誤解を招き、何言われるかわかったものではないので、自室に来てるわけで。
勉強?そう、勉強だ。でも、俺の勉強ではない。
「家庭教師のバイトって儲かるんかな?」
「知らん。とにかくやれ」
「へーい」
俺の部屋に砂流夜麻が襲来し、夏休み最後のイベントである「課題漬け」をしているわけですけど。
今やっているのは物理の課題。相対性理論は全く関係ない(とも言い切れないかもしれない)、垂直抗力の問題。
「蛇足だな」
「いつものことだろ」
つまり本編にはほとんど関係のないストーリーなので、読み飛ばしてもらって大丈夫です。
絶賛物理の課題処理中の砂流さんは、頭をガシガシとかいて、シャーペンをトントンとノートに叩いては、ゴマの絵を描くルーティンを3分間ほどして、
「理解できん!」
と叫んだ。
「何が?」
「海鷺さんがちゃんと課題を終わらせてるのはわかるけど、龍斗くんがやってるのは理解できん!!解釈違いだ!!」
「問題じゃねぇのかよ」
「問題だよ!大問題だよ!!」
八つ当たりにも程がある。
一週間前に解いた問題を、わからない(まだ解けてない)やつの前でニヤニヤしながら解説するのは、優越感が高まって、まるで麻薬だ。
これを見越して一週間前に課題を終わらせていたからな。一夜漬けのエネルギー源は「来週、砂流が苦しむ姿が見れる」という自分でも性格悪いなと思えるドS的幸福感から来ている。まぁ、それで終わったんだからいいじゃないですか。
「何で龍斗くんは来ないの!?」
「そりゃ終わってるからだろ」
「わかってんだよ!何で終わってるのかが、わからんのだよ!!彼完全に徹夜タイプじゃん!?なら一緒にお勉強の流れじゃん!?」
人を見た目で判断…………って、俺らは言えんのか。
「海鷺さんが手伝ったんだってよ」
「あー。………解釈一致」
「…………何なんだよ」
自分の興味ない分野には注意散漫過ぎるだろ。こっちの気が散る。
勉強してる奴の目の前で、ベットに横たわり、ポテチを食いながら漫画本を読む
代わりにと言っては何だが、俺は次から始まるであろう秋シーズンのイベントに纏わる下準備をしている。
「デザインこんな感じでいいと思う?」
「んー。………少し地味じゃね?」
「コスプレじゃねぇんだから、けしからんのはアウトだろ」
前にも話したが、10月の文化祭はメイド喫茶をやりたい。
既に決まったわけじゃないが、衣装作成のベースになる作成図というか、イメージの絵を描いているのだ。
俺はそこまで絵に自信はないけれど、アニメや漫画の服をコスプレの服に起こす時に描いたり、着たら似合うと思う服を妄想しラフで描き起こしたりするので、まあまあ描ける。
とはいえ、人間含め動物は一切描けないので、漫画のアシスタントなんて全く出来ないのだけど。
「いつもけしからん服作って着てるくせに」
「作ってんのは俺だけど、その服を考案したのは作家やイラストレーターさんだ。文句を言われる筋合いは無い」
いつもは
異世界ファンタジーの貴族剣士みたいな、
「お前は漫画の資料とかで服見なねぇの?」
「見ないね。どうせすぐ脱がすので」
「愚問でしたね」
そうだった。何を今更でした。
「でも男装の参考には見てるよ。ファッション誌のモデルさんがあまりにイケメンだと、頭の中で服脱がすけどね」
「聞いてねぇよ」
てか、手が止まってますよー。
自分で話しかけておいてとは思うが、無駄口叩いてる時間はないんだから、俺は話を切り上げて作業に戻る。砂流も物理の課題を片付けていく。
そうやってしばらくの間、ペンの走る音しかしない沈黙の時間が過ぎていた時。
「あ、そうそう」
砂流はページを
「これお前よな」
スマホを取り出し、とある写真を俺に見せた。
「そうだけど」
「…………………………………………」
「言いたいことはわかるが、それが需要と供給というやつだ」
「……………………なるほど………」
砂流が見せてきたのは、俺のTwitterの写真。
投稿してきた写真の中には、男装女装が入り混じった写真で溢れかえっているが、中には……。
「お前にこんな乳房があったとはな……」
「んなわけねぇだろ。相撲取じゃねぇんだから、男に乳房なんてつかねぇよ。シリコンだ、シリコン」
「………………おっぱいのある、男………っ!?」
「とりあえず勉強に戻れ?」
写真の中には、明らかに「おっぱい」と呼べるだけのタワワな果実がぶら下がってる写真もある。
これにはほんの少しだけのトリックがあって、世の中には「
密着性のあるシリコンの服に、乳房が張り付いている物で、着るだけであたかも自分におっぱいがついているかのようになる物や、ブラジャーのようになっている物。種類は様々だが、「そういうグッズ」は、探してみると結構ある。
俺が持っているのは首から下、アンダーバストの少し下までで、タンクトップのように肩と脇が見える物だ。今売ってるかどうかは知らないけど。
「もう完全に女やん」
「それを混ぜる事によって、性別不明になるんだろうが」
「でっっか!」とか言いながら俺の過去作をスクロールする砂流に、何度も脱線する事を注意しつつ、俺もペンを走らせる。
度々手が止まる砂流に解説をしたり、派手過ぎず地味過ぎず、インパクトがありながら注意されないレベルのメイド服を「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤する時間およそ2時間。
「………そいやお前、『執事服も作る』って言ってたよな?」
「……………………………あー……」
「ぷぷーっ」
言ったな、そんな事。
時計を見る。もう12時を過ぎてお昼時ではあるが、まだまだやることが山積みの我々。
いや俺の方は締め切り無いので良いんですけど、大丈夫ですかね砂流さん?「ぷぷーっ」はこっちの台詞ですからね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます