129話 夏の終わりに
♤
お祭り騒ぎが嘘のように静まり返った祭会場にて。
遠くで後片付けをするスタッフや業者のASMRを聴き、歩きながら俺たちは口裏を合わせ、すっかりいつもと変わらない風景になった道路脇で2人と合流し、警察に突き出した事や大事にはならない事を伝えた。
幻想的な雰囲気や空気は雲散霧消し、残ったのは居心地の悪い沈黙と空になったラムネ瓶。
「じゃあ、今日はお開きにしましょっか?」
空元気というか、捻り出した笑顔を張り付けてそう言うと、
「そうだね。あまりに長居すると補導されるし」
「そう………ですね………」
都楽くんも海鷺さんも同意してくれた。海鷺さんは渋々と言った感じだったが。左手首の腕時計は「良い子は帰る時間」を何時間もオーバーして、短い針があと少しで9に重なりそうだ。補導対象の時間は知らないけど、フラフラしてると注意されかねない。
現地解散ではあるが、俺ら2人は来る時同様、電車に乗って帰ることになる。つまり駅まで、こいつと一緒に、帰る事になる。
歩き疲れて汗もべったべただし、一刻も早く帰って風呂に入りたいのは山々だが、海鷺さんを見送りたい気持ちもある。彼女らは車の筈だ。
終電まではそこそこ時間があるし、来る時のアホみたいに人口密度の高い電車にはなら無いから、まぁ良しとしよう。
折り合いをつけて覚悟を決めていると、
「あ、あのっ!もし、宜しければお送りいたします!!」
「「…………へ?」」
「実はまだお父様に連絡入れてないので、今からなら車種の変更も可能ですし……」
気遣いはありがたいし、来る時と違って浴衣初見じゃないし、互いに監視し合えるから、断る理由は無いのだが………。
「…………車種……?」
気になる所がある。
あと、あれ?俺の記憶が正しければ、来る時はお兄さんに送ってもらうと言ってなかったか?海鷺さん都楽くんどっちのお兄さんか分からないけど、そもそも兄弟がいらっしゃるのは存じ上げてませんけど。
細かいことを気にする男は嫌われるように、いくら推しとて踏み込んではいけない領土があるから、無駄な詮索はここでやめる。
「も、もちろんお二人が宜しければのお話ですが………やっぱり、ご迷惑でしたk」
「「いえ全く全然そのような事はございませんよ?」」
「……………そんな長文ハモる事ある?」
「よかったー…………。ありがとうございます。では、連絡して来ますね♪」
と言って、海鷺さんは少し離れた場所でスマホを開く。長い黒髪を耳にかけてスマホを当て、るんるん気分で話す浴衣姿の美少女に、地球の重力同様に視線が勝手に引っ張られるのを何とか引き剥がして、
「ごめんね。華月のわがままに付き合わせちゃって」
「いいですよ全然。私もなるべく一緒に居たいですし」
「そうだよ龍斗くん。気にする事じゃ無いよ」
「……………うん、ありがと」
海鷺さんに引っ張られる視線を都楽くんの口当たりに固定していたから(特に理由は無いけど)、彼の口角が微妙に上がったのがわかった。
後日談兼、今回のオチ。
花火の感想や屋台飯の感想を駄弁りながら、道路脇で待つこと十数分、俺たちの前に黒塗りのワンボックスカーが一台、静かに止まった。
先程の嫌がらせじゃなくて、調教でもない、拷問も違くて、お仕置き(?)をした柴なんとか先輩が、仲間を連れて逆襲のシャアするのかと思ったら、
「遅くなり申し訳ありません。お迎えに上がりました」
「うん。ご苦労さま」
黒いスーツ姿でサングラスをかけて、黒髪短髪オールバックの男性が1人、運転席から降りて、海鷺さんに頭を下げた。
完全に喧嘩腰になっていた俺と砂流は、予想外すぎる会話に、
「え?」
「は?」
と、目を丸くした。その反応に「さっきの長文はハモるのに、そこはハモんないんだ」と都楽くんは呟いていたけど、そんな事気にしている状況ではない。というか状況がわからない。
「お初にお目にかかります。ご自宅までの送迎を担当させていただきく、『
「あっ、………え?」
「は、はい。…………あー、砂流です」
「あ、私は武田です。よろしくお願いします」
「存じ上げております。いつもお嬢がお世話になっております」
「………………イエ、コチラコソ」
……………今、この人「お嬢」って言ったか!?
「2人ともー。挨拶は後にして、とりあえず車に入ってくれないかなぁ。クーラーの空気が逃げちゃうから」
「「………………………ハイ」」
もう何が何だか、訳がわからなすぎて都楽くんにも敬語になるレベル。
現状の把握は出来てないけど、とりあえず、現状に置いていかれないようもしくは物理的に置いてかれないように、そしてクーラーの空気が逃げないように、ワンボックスカーに入ってスライドドアを閉じた。もちろん自動でした。触っても無いです。
「「……………………わけがわからないよ……」」
綺麗すぎる車内に腰掛け、シートベルトをしながら、某魔法少女アニメの、兎なのか猫なのかわからない自称地球外生命体の名台詞を、脳死した俺たちは呟いた。
今日一日を一言にまとめるには丁度いい言葉なので、もう一度言います。わけがわからないよ。
♧
「私、言ってしまいました」
「………………………………そっか」
彼らを送った後、少し静かになった車内で、そんなことを言われた。武田さんの家がこんな時間だというのに、灯ひとつ付いていない真っ暗なお宅で、少し驚いたが、聞かなくていい事だとと判断して、何も言わなかった。でもこっちは言った方がいいだろう。
あの人達は怖かったけど、どうやら、それだけで震えていた訳じゃなかったようだ。あの時からずっと様子がおかしかった。
なら無理もないか。初めての恋心を、初めて親友と呼べる間柄の人に、初めて打ち明けた直後に、あんなことがあった。なら、今日はもう、ゆっくり休んだほうがいいと思う。
「これから、どうしたらいいのでしょうか………。どんな顔して武田さんに会えばいいのでしょう…………」
「……………………………………………」
つくづく思う。「彼女らは優しすぎる」と。
あの2人がどう言った関係か、僕は知らない。でも同じ学校の出身者ってだけで、あれ程まで仲がいいものだろうか。やはり僕らの知らない何かがあるのかも知れない。いや、あるのだろう。無かったらこんな長続きしない。
人間隠し事の一つや二つあるし、インターネットやSNSの発達したこの時代に、アカウントと呼ばれる自分の分身を持てるのだから、顔隠しの匿名なんてザラだ。サブアカや裏アカを複数持つ人だっている。
別に会ったことも聞いたことも無い赤の他人の、見えない顔が気になるってほど知識欲に従順じゃないけど、それが身近な人なら話は別。恋心を抱く相手なら気にならない方が異常だ。
その見えない顔すら気を遣うなんて、優しすぎて気持ち悪い。
「…………さぁ。……華月は、どうしたいの?」
「………………………………わかりません」
成績No. 1の、天才で秀才は呟く。勉学では絶対に発しない言葉を。
「……………武田さんには、協力して欲しいって、言ったの?」
「……………言ってないです。………ただ……」
「ただ?」
「ただ、武田さんとの隠し事は、無しにしたかったんです。…………自分でもよくわからない気持ちが湧いてきて、すごく胸が苦しくて、吐き出したくて、………彼女ならこの気持ちの正体を知ってるんじゃないかと思って…………、それで…………、いえ………………嘘です。ごめんなさい」
嘘ですなんて、普通は言えないけど。素直な人しか言えない。素直が良いか悪いかは置いといて。
「本当は…………本当は、羨ましくって、言ってしまったのだと思います。…………私では釣り合わない素敵な友人を持ったから、つい『嫉妬』してしまったのだと思います」
「…………………………………………」
「……………………この気持ちは実らなくていい。………むしろ、出来る事なら彼女に実って欲しいと思います。……………その方が、お似合いですし………」
感情に蓋をした笑い方。抜けない癖。
「私、武田さんに言われて思ったんです。『男の子として生まれてくれば………』なんて」
潤んだ瞳を見ながら、やはり思う。
「なんだか、しんみりしちゃいましたね。ごめんなさい。………………こんな流れで行ってしまうと、なんだかついでみたいに聞こえるかもしれませんけど………、いつも私の相談に乗ってくれてありがとうございます。龍斗」
「いいよ。僕に出来る事はそれぐらいだから」
僕は傍観者だ。
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