128話 お前みたいな奴は

 ♡


 だってそう言うしか無いでしょ?じゃないとお前、絶対に傷つくから。


 日頃の特訓のおかげか、瞬時に頬が上がってよかった。食いしばりたくなる唇を引っ張って歯を見せて、全力でおちゃらける。


 そんな顔しないでよ。迷惑だ。


「……………………………俺の後悔返せよ」


 武田はボソッと言う。呆れた顔で。


 そっちの方が、お前にお似合いだ。


「いっやぁ〜。今日は今年で最高の一日かもな〜。資料も集まり、生でアレも見れ、告白までされて。明日は槍でも降るんじゃないかってぐらい運がいい」


 こいつに演技で勝てるわけないけど、それでも私は嘘を吐こう。喜んで馬鹿になろう。こいつの暴言を無理矢理にでも吐かせて、いつもと同じ空気を作って「何事もなかった」と、そうしよう。


「欲を言えば龍斗くんから言われたかったけど、彼氏も彼女も似たようなもんか。誤差の範疇」


「…………………大雑把にも程があるだろ」


「人間そんな変わらんだろうが。ち○こあるかないか、そんだけだろ?」


「お前BL漫画描いてんだよな?」


「漫画に重要なのは魂よ!伝わればいいんだよ伝われば。画力は二の次だぜ旦那」


「何様だよお前」


「作家様」


 笑ってみせる。笑わせてみせる。笑って誤魔化してみせる。


 悲劇のヒロインぶってんじゃねぇよ。そもそも男だろうがお前は。だからそんな、泣きそうな顔しないでよ。


「てかもうそろっと行くぞ。あんまし長いと二人に怪しまれる」


「誰かさんが気絶したせいだけどな」


「………すぅいませんでしたぁ〜」


「以後気をつけるように」


「……………………………………」


 あー。今思わず手が出そうだったけど、何とか我慢できたわー。私ナイスゥ!


 と言っても、殴りたい衝動を抑えられたのは、こいつの目がアホほど虚ろで、絵に描くとしたらハイライトのない闇堕ちした瞳をしていたから。こんな奴殴っても、私が惨めになるだけだ。


 立つ気力すら無いのか単純に歩き疲れたのか、重い腰をあげられず座り込む武田に、私は握り拳ではなく、柔らかい手のひらを差し出す。


 いつかどこかの漫画で見たワンシーンのような。多分その漫画はBL漫画じゃなくて、少女漫画だと思うけど、その漫画の似たようなセリフを吐いてみる。


「御手をどうぞ。


「……………………………」


 一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした武田だが、


「ぷっ………!!!」


 時差式の笑いが爆弾のように破裂し、口の中で抑えきれずに唇の端から空気として抜けて、


「あぁ?今、笑ったろ」


「悪ぃ……『似合わねぇ〜』って思ってよ」


「………………………………」


 やっぱり殺していいんじゃないか?バカ元気やんこいつ。


 差し出した手を握り拳に取り替え、助走をつけて殴ろうと思い、手を引こうとしたその時、


「よっこいせ」


「ちょっ!」


 私の手を少し強引に掴んで引っ張り、武田は立ち上がった。


 突然の不意打ちで、踏ん張りきれなかった私は、バランスを崩してしまい、前傾姿勢で倒れそうになる。


 それを何とか持ち直し、ギリギリ踏ん張れた私。その手には武田のスラっとした綺麗な手が乗っていて、


「ありがとうございます。お優しいんですね、


「…………………………………………」


 立ち上がった時に手首を捻り、手を裏表逆にして、私なんかよりもカッコよく、よりジェントルマンのイメージに合った、落ち着いたの声でそう言った。


 顔も服も髪型も、そして手も。何もかもが女性のそれなのに、声と態度だけで美男子に様変わり。


 一瞬強く波打った脈を悟られないよう、握られた手を振り払い、


「乗り悪いぞカス」


 悪態をついて馬鹿にした。


生憎あいにく、今ブラックジョークは聞きたくないんでね」


 乱れた髪を手櫛で整えて、服についた汚れをパンパン叩いて落とす武田。手鏡を見て軽くチェックを入れて、ポーチに戻す。


「ん〜っ」と背伸びをして、トボトボ歩き始める背中を見て、肩幅がないくせにくびれが引き締まってて、女の子が嫉妬する後ろ姿を見て、


「………………強がってんじゃねぇよ……」


「なんか言ったか?」


「アメリカンジョークなら有りか?って言ったんだよ」


「どういう基準だよ」


 互いに地声で話す。


 意地っ張りで見栄っ張りで、そのくせに負けず嫌いじゃなくて、几帳面なくせに感情に左右され、器用なくせにこういう時だけ不器用で。ほんとに変わらない。


 でも私の前なら、すっぴんでもいいだろ?お前が男なのは知ってるんだから。


「…………やっといつも通りの調子出たな……」


「…………………………ありがと……」


「どういたしまして」


 早足で歩けばすぐ追いつけて、真横を歩きながら、ニヤニヤ笑ってみせる。今にも泣きそうに熟れて、化粧で誤魔化した赤い頬を見ながら。


 彼女への返事は、聞いた時から決まっていた。

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