127話 だから嫌いなんだ

 ♤


「………………おはよう」


「………………夜だボケ」


「今、何時?」


「8時半過ぎ。もう花火終わったぞ」


「マジで!?クソッ………、龍斗様と真夏のランデブーが……」


「他の男と浮気している間に終わったぞ」


「ちくしょう!あいつらには責任を持って、責任をってもらおう!!」


「早く帰らないと都楽くんたち帰っちまうぞ」


「よし帰ろう今すぐ帰ろう」


「………………チョロいな」


 普段からこんな感じだったら扱いやすいのに。


 裏路地に差し込んでいた空の光はとっくに消え、屋台もダメ押しする屋台以外は既に畳んで、街頭しか道を灯す光はない。


 最後まで見ていた客がぞろぞろと帰る中、多少冷静になった砂流と頭痛がしてきた俺は、流れるプールを逆走するはた迷惑なクソガキのように、元いた道路脇目指して歩いていた。


「あいつら大丈夫か?」


「知らん」


「なんて無責任な」


「人生で一度しか会わない人に、責任もクソもねぇよ」


「その考え自体が無責任だぞ」


 どうやら記憶はあったみたいだ。脳神経焼き切れて記憶喪失を期待していた俺としては残念な限りだが、写真やらスケッチやら、物的証拠はごろごろ残ってる。忘れても本能で覚えている気がする。


「てか、あれは流石にやりすぎじゃない?逆上してきたらどうするのさ」


「逆上する反骨精神を持たないくらい、徹底的にやったんじゃん。むしろ、お前の方がやりすぎ都市伝説って感じだっけど?」


「…………………………………………………………………仕方ねぇだろっ!!本能抑えられなかったんだよっ!!」


「本性表したな狼女」


「今日は満月じゃないしって、ちょっと待って。話が脱線してる。私が聞きたかったのはそっちじゃなくて」


「どっち?」


 砂流が急に立ち止まるから、俺はぶつかりそうになるのをギリギリで持ち堪えて、同様に立ち止まる。振り返って神妙な面持ちで、砂流は言う。


「あの人達って……………結局さ…………………、ノーパンで帰ったのかな……………っ!?」


「…………………………………」


「甘いな武田。いつもならその白い目に屈して『すいませんでした』と謝罪するけど、今日の私は違う。どんな言葉をかけられようと、どんな罵倒をされようと、無言の圧力をかけられようと、妄想を膨らませる事をやめないっ!!」


「努力の方向性が斜め上すぎてよじれてる」


 拉致が開かなくなった俺は、砂流の肩を掴み、を回れ右させ背中を押して、無理矢理歩かせる。


「だって!!!考えてみてくれよっ!!口に突っ込んだんだぜっ!?吐き出すまでは想像出来るけど、それを履くと思いますか!?いいや履かない!ノーパンだ!!絶対にっ!!唾液でベッタベタになった自分のパンツを自ら履き直すなんて………なんて………………っ!!」


「なんて?」


「…………………履き直すなんて………………すっ……………ごい興奮しますね……っ!?」


「同意を求めないでください。死んでも共感できません」


 公衆の面前で何を叫んでいるんだ、こいつは。


「じゃあお前人のこと言えんのかよ!!エロカワ系の子がノーパンあるいは自分の唾液入りパンツをポッケに入れて平然な顔して街中を歩く妄想で興奮しねぇのかよっ!!」


「しねぇわけねぇだろうがよっ!!!」


「じゃあなんだよっ!!人の事言えねぇじゃねえかよっ!!」


「ちったぁ周りの目気にしろっつってんだよっ!!!」


「………………………………………はい」


「……………………ったく。どーすんだこの空気」


「最新の空気清浄機ならこの空気も」


「綺麗になるわけないだろ」


 人混みを切り裂いて歩いていた俺たちは、気づけば視線を集めていて、いつの間にか人混みを切り裂く必要はなくなり、モーセが海を真っ二つにした神話のように、人の波が綺麗に別れていた。


 みんな危険人物には近づきたくないらしい。俺もそっち側なんですが。


 魔法だか神の奇蹟だか知らないが、海割り(人混み割り)は思いの外、効果時間を持続し続け、居心地の悪くなった俺たちは脇道に逃げ込んだ。


 そこからしばらく歩き、また大きな道に出た。帰りの駅がある先程の道とは違い、ここは人が少ない。少し遠回りになるが、あの道でモーセするより何倍もマシだ。


「ったく。今日は厄日だぜ」


 ナンパされかけるわ、すれ違い通信するわ、浴衣で血反吐吐くわ、ヤンキーに絡まれるわ、女装バレするわ、変な目で見られるわ。あと………。


 ほんとに散々な日だ。


 心配事は増えるばかりだが、起きてしまったことはどうしようも無い。さっきのモーセ海に知人がいない事を祈るしかない。


 花火によって消されていた星がチラホラと活動再開している空の下、少し頼りない街頭を潜ってしばらく歩いていると、不意に砂流が呟いた。


「なんか隠してることあるでしょ」


「……………………………………は?」


「私に隠していることあるでしょ」


「何を根拠に?」


「んー。女の勘」


「………………便利な言葉だな」


「使ってもいいよ?ギリ許容範囲じゃない?」


「じゃあありがたく使わせていただきますけど……………」


 使い所限られますね。女装してる時で女装バレしていない人にしか使えないじゃん。それに確実に刺すには難しい武器だ。


「トイレ行ってからずーっと変だった。よそよそしいっていうか、不自然なかんじ。行く前と微妙にメイク違うし」


「…………………トイレでお色直しは普通だろ」


「耳真っ赤だったけど?」


「…………………日焼け止め塗ってないからピンポイントで日焼けを」


「いい加減負けを認めろ」


「………………………………………」


 なんだこいつ。さっきまで頭パッパラパーだったくせに………。


 女の勘と同様に、男に有無を言わせずゴリ押せる武器がある。


 それは女の涙。


 でも俺から出そうになったのは男の涙だ。残念ながら涙単体は異性にゴリ押せる武器ではなく、「女の」という前提条件で発動するものだ。


「で?何隠してんの?」


「……………すっとぼけるだけ無駄か?」


「無駄だね。無駄無駄」


「……………………………………はぁ。」


「観念しやがれ」


「………………………………」


 さっきので脳神経焼き切れていればよかったのに。


 目の前に鏡があったら、俺は苦虫を噛み潰したようなひどい顔をしているだろう。遠回りしてよかった。彼女らには見せられない顔だ。


 時に「やらずに後悔するより、やって後悔しろ」と言う言葉があるが、アレは個人的に大嘘だと思っている。


 よく恋愛に使われる言葉ではあるが、言い換えれば「告らずに後悔するより、告って後悔しろ」って事だ。当たって砕けろ的な。


 だがそれはちょっと違うんじゃないか?と、疑問を呈したくなる。


 告らないにしても、告って振られるにしても、告って実るにしても、どの道後悔するなら「浅い後悔」の方がいいに決まってる。


 だってそうでしょ?「あの時告っていたら」と、うだうだ悩んでも、「どうしようもない事」で片付く悩みだ。


 でも告ってた後の後悔は何だろうか。考えて見て欲しい。振られて後悔するのは、一番手っ取り早く、後腐れなく、潔く、片付く。


 実った時の後悔は最悪だ。


 浮気、二股三股、理想とのギャップ、望まぬ妊娠エトセトラ。ぱっと思い付くのはそのぐらいだが、実際はもっとあるだろう。関係をもってしまった後悔なんて。


 でも、この3パターン全てに共通するのは、「誰かが傷つく」事。


「……………………………隠し事はあるさ。人間誰しもがね」


「そーゆー事言ってんじゃねぇよ」


「俺もお前も性別隠してんじゃん」


「観念しろって言ったろ」


「……………………………………」


 どうやら逃す気はないらしい。


「でもよ。言わなくたっていいだろ?隠し事があっても、それを話さなきゃいけない理由も無いだろ?」


「ある!!」


「…………………………は?」


 冗談ばっかの奴が真面目なこと言う時の顔は嫌いだ。例えばこいつみたいな。


「お前は私の相談役で理解者だ。そして、私もお前の相談役で理解者だ。なら、隠し事悩み事を相談される権利がある」


 ………………………………暴論だろ。


「……………相談したく無いから黙っているんですけど?」


「相談されたいから話させようとしているんですけど?」


 会話的に逃げられないなら物理的にと、早足になって逃げるも、体格差ほぼ無い俺らで、運動神経の高い砂流から逃げられるわけもなく。


「どうしてそこまで聞きたがる!」


「一度気になったら眠れなくなる人種なんだよ」


「別に言わなくたっていいだろ!大した話じゃねぇよ!」


「んなわけねぇだろ!その顔と行動が動かぬ証拠だ!」


「どこまで付いてくるつもりだ!」


「お前が話すまで!」


「プライバシーって言葉知らんのか?」


「知ってても知らん!とにかく吐け!!」


 脇道に逸れては脇道に入り、街を当てもなくぐるぐると早歩きしまくる不審者二名。


 残念ながら折れたのは俺の方。単純に体力が無ぇ。クソ。


「はぁ…………はぁ……………わかった。降参だ」


「無駄な時間使わせるな」


 俺は肩で息をしているのに、こいつは呼吸ひとつ乱れていない。鬼狩りにでもなっとけ。


 後に控える大きな後悔を避けられるなら、こんぐらいの小さな後悔は見逃そうとしたんだがな。失敗だ。


「言うよ。言えばいいんだろ、言えば」


 さっきと似たような路地裏に、俺の声が反響する。俺の地声が反響する。


「…………………………………………」


 ヤケになって吐いたセリフを撤回するように、俺の次に言うべきセリフが、腹の底に閉じこもって出てこない。


 グッタリして垂れ下がった頭蓋骨を、喉に空気を送ろうと顔を上げると、そこには。


 怒ってもいないし、微笑んでもいない無表情で、俺の目をジッと見つめる砂流がいた。


 男みたいに堂々と胸張って、仁王立ちする砂流がいた。


 そんな彼女を見て、俺はポロッと呟いた。


「………海鷺さん。……………お前の事好きなんだってよ……………」


 あぁ。


 言っちまった。


 ほらみろ。後悔が、俺の大事に育てた後ろ髪を引くじゃねぇか。


 やっぱりそうだ。前にも同じ経験したくせに、全然教訓になっていない。


 身体中の骨が全部抜かれて、なんなら水になって溶けそうだ。指一本たりとも動かない。でも肺は勝手に動いて、心臓は普段より元気だ。


 言わない方がいいに決まってるのに。言っちまった。


 告白の告白をされた砂流の表情はどっなっているのか。興味本位で、他諸々混ぜた感情を燃料にして、眼球を何とか砂流の方に向ける。


 砂流の顔は。


「やったぁぁぁあ!FOOOO踊りましょう」


 腕をブンブン回して、めちゃくちゃ笑顔で煽り始めた。


「やっぱ私モテるなぁぁあ!女ウケわかってるぅ!フゥッ!」


「……………………………………俺の後悔返せよ」


 あれだけ真剣に考えて隠して誤魔化して、後ろ髪引かれてたのに、髪の毛バッサリ切りやがって。


 腑に落ちない。浮いとる。

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