126話 本当にさぁ

 ♤


 パンツを口の中に入れられる。これは中々の拷問だと自負している。


 世の中には「変態」という人種が存在して、女性の下着を頭にかぶったり、臭いを嗅ぐ変質者もいるわけだが。異性の下着に興味があり、それに対して興奮するのは、本能だけでは動かない知的生命体の人間であれど、進化の過程で身についた新しい本能であるからして、至極当然のメカニズムだと思う。


「はぁ……………はぁ……………」


「……………………………………………」


 そういえば。


 一昔前に流行って、絶滅したのか絶滅危惧種なのか「スカートめくり」と呼ばれる行為が存在する。しかしそれは、異性のパンツ自体に性的好奇心があれど、パンツを口に入れたいとか食べたいとか、性欲と食欲が混ざった欲求ではないはずだ。赤ちゃんはなんでも口に入れるけど、スカートめくりの流行り出す小学生にもなれば、「さすがにそれはない」と社会的か本能的の拒絶が働くはずだ。


 だが、俺が口に入れさせたのは他人の下着ではなく、自分の下着。異性同性の話ではない。


 そして男というのは便所で用を足す際、立って用を足す。いわゆる立ちションだ。


 男ならわかると思うが、男性の小便はトイレットペーパーを使用しない。なぜなら小便の場合には、己の「竿」を上下に振って、遠心力を利用して水分を飛ばすのだ。それでも残ってしまう水分はどこに行くだろうか?あるいは、排出された汗はどこへ?

 つまり、汚物を突っ込んでいるも同じ。


「はぁ………はぁ…………抵抗できない人に……何をするかなんて………一択だろうよ………!」


「……………気絶してる人にするべきなのは救急車を呼ぶ事だけどな」


 気絶している。


 自分のパンツ食わされて、ショックで気絶している。あるいはメンタルブレイクして放心状態に陥っている。


「私には………私には、龍斗様という心に、神に誓った旦那様がいるのに………」


「お前もメンタルぶっ壊れてんなぁ」


「NTR……闇堕ちさせられた気分ですよ……」


「そりゃよかったな」


 この人満遍の笑みですもの。


「でも………でも………っ!!」


 笑いながら涙を流し、ついでにヨダレを垂らしながら、


「すっっっっっごく!!………興奮しましたぁ………っ!!」


 砂流は真の幸福を手に入れた人みたいな顔してる。


「…………いよいよ本格的な治療が必要みたいだ」


 この状態で都楽くんに合わせたらどうなる事か。見てみたい気もするが、素直に手を引こう。R18展開の可能性があるからな。


 死体………というか、マジもんの心ここに在らずみたいな顔で寝転がる男たちは、全員揃って口からパンツが垂れている。


 路地裏に響く悲鳴を上げたリーダー柴なんとかさんを筆頭に、次々パンツを脱がし、口の中に詰め込まれ、生き絶えていく男たち。全員が全力で抵抗するも、柴なんとかさんで吹っ切れた砂流が、狂気じみた笑みで頭を抑え、足で体をホールドして「ほら……早く……っ!焦らしてないで、ちょうだいよ……っ!」と鼻息荒く言うもんだから、「なんだこいつ」と言う男に激しく同意し、むしろ俺の方がなんだか申し訳ない気分になりつつ、スッとパンツを押し込んだ。


 後半からはパンツ脱がしも砂流がやり、壁に追いやられ涙目で命乞いをする男に、問答無用で這い寄ってはパンツを剥ぎ取り、流れるように口の中に突っ込む。その際、必ずそれぞれのパンツの柄や形を確認して、「ピンクのブリーフゥゥゥゥッ!!!」などと奇声をあげて突っ込むものだから、俺より怖いし、俺より楽しんでらっしゃる。


 途中おそらくM体質の男が「新しい扉が……」とか言いながら気絶していたので、ショックで覚えていない事を祈ります。


「…………蛇口捻ったみたいに鼻血出てるぞ」


「…………大丈夫。私はまだやれる」


 一通り体裁もとい、特殊プレイを終えた後も、砂流はスマホを取り出して、背筋をただし、右手をピンとあげて「写真撮影の許可を……」とすっごい笑顔で提案してきた。


 脅しの道具には使える写真だが、男の裸なんて、俺の写真集に保存したくない写真を撮るわけにもいかず、今回は勘弁してやろうと思っていたが、それを有効活用する輩が目の前にいた。


「これは……漫画の資料だから………!身体の……隅々まで………私に……………っ!!」


「………………………………………」


 かける言葉が見つからない。空いた口が塞がらない。


「……………もう好きにしろよ……」


 諦めてそんなこと言ったから、堂々とデッサンし始めたわけだが。


「私、イッちゃうところだった」


「大丈夫。十分イッてるよ。頭がね」


「もう褒め言葉にしか感じない……」


「………本格的に末期だぞこいつ」


 鼻血で画用紙が汚れてもお構いなしに進めて、脳がパンクしたか、脳神経が興奮で焼き切れたか、単純に鼻血の出血多量で貧血になってか、ぶっ倒れて事なきを得た。…………全然事なき得ていない、むしろ手遅れのような気もするが。


 花火大会もいよいよ終盤に差し掛かっているが、花火をちゃんと見たのは二、三発で、まともに楽しめていない花火大会だ。


 ぶっ倒れた砂流を何とか引き摺り出し、別の路地裏で寝かせる。ついでに鼻にティッシュを詰め込んで。


 どっからどう見てもやり過ぎだし、彼らにトラウマを植え付けかねない。あのままコイツを放置してたら、目を覚ました男たちに反撃を喰らうことになるだろう。それこそおしまいだ。


 浮気性ってわけではないが、性癖に突き刺さる男がいたら、コバエがホイホイ並みに引き寄せられる砂流だが(それを浮気性と呼ばずに何と呼ぶんだ?)、ここまで都楽くん一筋で頑張ってきたわけだ。


「……………………………………………」


 そんな彼女を、彼を好きな人がいる。


 海鷺華月。俺の友人であり、密かに恋心を寄せる女の子。


 彼女の願いはもちろん叶えてあげたいし、悲しませることはしたくない。できれば笑顔のままでいて欲しいし、これからもずっと笑い合える関係でありたい。そう心の底から思っている。


 でも、俺たちは彼女に嘘をついているから。騙しているから。


 別に女の子同士の恋を否定する気はさらさら無い。むしろ歓迎する人もいるだろう。俺は違うが。


 でもそうじゃない。彼女が恋をしたのは、男の子の砂流夜麻だから。


 口調を変えて声も変えて、メイクで自分の素の顔を隠して、長かった髪をバッサリ切って、シャンプーまで変えて髪質も変えて。


 いくつもの代償を払って完成した砂流夜麻。捨てた物を数えるのは、捨てた物の重さは、似た事をしている俺なら、指を折り数え、縛りつけた鎖の重さは、よくわかる。


 でも、コイツは正真正銘の、女の子だから。


 どれだけ男装をしても、どれだけ男みたいな顔やしぐさをしていても、BL本を読み自ら描き、男の子に恋をし、男の裸で鼻血を出し、生理でイライラし俺に当たるような、紛れもない女の子だから。


 俺も、どこまでいっても男だから。


「………………………………………」


 長いまつ毛。隠しきれてないじゃんか。


 爪だって綺麗すぎる。肌だって再開した時より段々と白くなっているし、寝てたら自然と内股になっちゃってるし。


 さらしも緩んで、胸元が膨らんでいる。ウエストも細くなってないか?


「……………………………どこまでいっても」


 やはり、嘘をつき続けるのが、いいんだろうか。


 誰も傷付かず、誰も悲しまず、曖昧にして、あやふやにして、やがて溶けて。


 数年前と同じように。

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