106話 おちゃけ
♤
俺たち高校生のほとんどは、酒を飲んだことはない。不良とかヤンキーとか、正月やお盆の雰囲気に流されてとか、国によっては成人年齢が15歳の国もあるから、一概に15、6歳の高校生全員が口にしていないとは言えないけど、少なくとも善良な日本の一般高校生な俺は、一滴たりとも飲んだ事がない。
だから味なんて知らないし、匂いは嗅いだことがあっても、鼻から入った微量のアルコールで酔うほど弱くもないから、当然「酔い」と言うものを知らない。
世間では酒が絡むと良くないことばかり起こるそうだ。酒が入ったせいで事故を起こしたり、ひき逃げをしたり、暴力を振るったり。
「ゔぅ……………」
一つ間違えないでいて欲しいのは、「酒が入ったから暴力的になる人」というのはいないという事だ。
冷静になって考えてみて欲しい。どんな理由があろうとも他人を傷つけようとしない人が、理性が効かなくなっだからといって暴力を振るうだろうか?酒でブレーキが効かなくなったとしても、エンジンがついていないなら発進はしないはずだ。
元々そういう傾向がある人が理性で蓋をし、上っ面の優しさが外れただけ。「普段は優しいの。悪いのは彼じゃなくてお酒なの」と、DVの被害者は口を揃えていうだろう。
そんな人に俺はこう言おう。「酒は人を狂わせるんじゃない。狂った人を炙り出すだけだ」。
「だからさぁ、もうロクな奴なんていないんだよこの世界に!人間は中身だとか言ってるやつばっかり見た目の上っ面しか見てないんだよ。いいこと言ってる風の自分に酔いたいだけのゲテモノばっかり。そのことを本当に心の底から思っていたら、口から出るわけがないんですよ!」
そうして炙り出させた人がまた一人、目の前にいるのですが………。
「最近も私の上司が胸ばっかり見て喋るだよ。隠れてチラ見してるならまだいいよ。良くないけどさ!私の顔より胸見て喋るとか、人と話すときは目を見て話しましょうって習わなかったんか!就活で言われんかったんか!それとも何?私の乳には第三の目がついてるんですか!?」
「まぁ男の人にとっておっぱいは魅力的なもんじゃないの。ねぇ?」
「俺に振るな」
酔った事がなくても、酔った人がどうなるのかは知ってる。暴力的になる人、自虐的になる人、睡眠モードに移行する人。一番最後が無害というか、一番タチがいい。
そして目の前の酔っ払いタイプは絡み酒。
「最近も同じ部署のオバさんがやたら結婚マウント取ってくるしさ。『結婚っていいわよ〜。鳳さん独身だったかしら?彼氏とかいるの?子供産むと人生変わるわよ?』わかっとんじゃコンニャロォォ!!!」
途中から数えるのをやめた何杯目かの芋焼酎を煽り、「うわぁぁぁん」と泣き崩れる。
「だーいぶ出来上がってますね」
「そろそろ水にしといた方がいいんじゃね?」
飲みやすい酒だなとか言ってグビグビ飲みそうだし、すり替えてもバレへんやろ。
「私だって結婚したいんじゃよ!でも難しいんですよ!一人が楽な人間がさ、生涯を共にできる相性の良い人をさ、そんな簡単に見つけられるわけないんじゃよ!わかる!?」
「わかります。酔ってるんですよね」
「合コンなんて私引き立て役だし、マッチングアプリとか変な奴ばっかり集まってくるし、…………私の何が足りないんですか?」
「言われてるぞ男子」
「俺!?」
「男性の意見を聞いた方が、今後の活動に活かしやすいかと」
「……アドバイスしても今の鳳さんじゃ、酔ってて忘れると思うぞ」
「大丈夫!酔ってない」
「…………………………酔っ払いはみんなそう言うようですよ」
明日になったら忘れると思うが。
酔っ払いの戯言に付き合うだけ無駄だと知りながらも、今日は打ち上げなんだから、日頃の溜まりに溜まったストレスを吐き出させるのも、今回の目的ともいえる。
適当な答えを提案するのは、女性の共感心理に反しているが、どうせ忘れるからそれっぽい事を言おう。
「まずそうだなぁ。……………ファッションセンスかな?」
「ゔぐぇぁ………」
「クリティカルヒット。ゲームセット」
終わったがな。
「いやそっちじゃなくて、落ち込まないで鳳さん。悪いって言ってるんじゃなくて、なんかこう、保守的になっちゃってるのが惜しい」
「ほしゅてき?」
呂律が回っとらんよ。完全に酔ってる。
「なんつーか、アンパイな服っていうか………今日のワンピースも悪くはないけど、鳳さんの魅力が活かしきれてないんすよ」
「………………私の魅力って、この乳房のことですか!?」
「大声で言わんといて!他にお客さんおるんやから!」
あっこの席のサラリーマンっぽいおじさんが見てるから。
「スタイルがいいから結構なんでも合うだろうし、…………あ、引っかかりやすい罠だけどさ、ブランドで固めちゃダメだよ」
「なんで!?」
「声抑えて………。えーっとね、ブランド品で全身コーティングすると、なんて言うか、………痛々しい格好になるんです」
「なるほど?」
「あとはその時の相手に合わせるかな?」
「相手に合わせるんですか先生」
俺まで先生になってない。あと口が酒臭いです生徒。
「だって会社に行く時基本スーツでしょ?でも友達と会う時はプライベートなんだから、もっと柔らかい服になる。部屋では当然スーツなんて着ないし、誰かに見られる心配がないから、人によっては何も着ないってこともあるわけだ。ファッションですらないけどね」
「ふむふむ」
「やっぱり流行り廃りがあるから、一概にコレって回答はないけど、まぁファッション誌とかなら及第点以上は取れるんじゃない?」
「わかりました先生!」
でも忘れると思いますよ先生。
「じゃあ二人は服選ぶ時どうしてんの?やっぱり相手に合わせて?」
「まぁ今日は気ぃ張らないで済む面々だから、こんな格好だよ」
「俺もちょっとコンビニレベル」
「へぇー。最近の高校生っておしゃれなんだね」
あれ?この人永遠の17歳とか言って無かったか?
そこからは今日買った本が良かったとか、掘り出し物があったとか、Twitterに俺の写真が載っていたとか、なぜか許可していないのに砂流と鳳さんが映った写真も挙げられていたとか、そんな話をしていた。
鳳さんは終始愚痴と将来の不安を混ぜながらノンアルコールのチューハイを飲んで、それに釣られて俺たちも何杯かお代わりした。
高校生の食事にしては栄養が偏りすぎている気がするが、今日ぐらいは大丈夫だろう。
「すまん。便所行ってくる」
「おトイレねー、いってらっしゃい」
「………御手洗いとか言えよ」
「あっち(女装)の時はそう言ってるよ」
「トイレは用を足すところなのに、なんで『花摘み』って言うんだろうね?」
「たしかに」
「男は言わんやろ」
「じゃあ男は、『息子を……』」
「それ以上の想像増幅を禁ず」
今後トイレ行きにくくなるだろうがよ。
女子の下ネタはエグいって言うけど、この二人の下ネタは腐臭がすごいんだ。トイレ終わってもここに帰ってきたくねー。
とはいえここで飲んだドリンク量を考えると、体から出るのは当たり前。さもなくば膀胱が破裂する。
そそくさと男子トイレに入って無い花を摘み、洗面台で手を洗って、あの手についた水を吹き飛ばす「ゴォォォォ」ってうるさい機械に手を突っ込み、手を乾燥させていると、
「おや、誰かと思ったら武田さんじゃないですか。お久しぶりです。ちゃんと男の子だったんですね」
「え?あ、お久しぶり………ってほどじゃ無いんじゃないですか?」
「そうだね。わりと最近だったね」
男子トイレの扉を開けたのは、俺の知ってる人だった。
でも、以前あった時のスーツ姿ではなく、どっちかというとラフだが、清潔感のある格好だったため、一瞬誰かわからなかった。服装ひとつでこんなにも印象が変わるものなんだと、改めて思い知らされた。
あれだけ偉そうに話していた自分が恥ずかしい。
「じゃあ『ここであったが100日目』かな?」
「一気にスケール落ちましたね。てか100日も経ってないですよ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます