105話 完売乾杯

 ♡


 その不意打ちはせこいだろ。思わずキモって言っちゃったし。


「飲み物何にする?」


「この店で一番度数の高い酒」


「未成年でしょ!?」


「ほんと私が悪かったから、ね?機嫌直してちょんまげ」


「切腹しやがれください」


「ジンジャエールだって」


「………………なんで通じるの?」


 いや適当。でも否定しないからジンジャエールでいいんだろ。もしくは何でもいい。


「私レモンスカッシュ」


「お前レモンスカッシュだったのか。人間じゃなかったんだな。よかった」


「先生トイレ的な?」


「最後の『よかった』を聞き逃さんかったぞ私は。どう言う意味が140文字以内で説明せよ」


 回答によってはマイナスだゴラァ。


 店員さんはちょっと動揺しているけど、アゲハさんは「また始まった」ぐらいにしか思ってないらしく、張り付いた営業スマイルを浮かべている店員さんに、三人それぞれのドリンクを注文している。


 ちなみにアゲハさんが注文したのは生ビール。「生で」って言葉、状況次第ではすっごい卑猥ですよね。


「焼酎じゃないんですか?」


「チッチッチ。最初は生と相場が決まっておるのですよ」


「最初から生なの!?普通ゴm」


「ここ店。それ以上は出禁案件」


「……………すいませんでした」


 急発進して急ブレーキ。


 そしてテキトーに焼き鳥を数種類と、サイドメニューを諸々注文する。無論アイスはデザートなのでまだ頼まない。


「そういえば売り上げってどんぐらいなの?完売って聞いたけど……」


「いつもより多く刷ったのは知ってるけど、何冊刷ったかは私も知らないな」


「ふふふ。今回はですね、思い切って400部刷っちゃったんですよ」


「ってことは、400×800で………32万っ!?」


「まんま貰えるわけじゃないよ。印刷代や運搬代とかを入れたらまあまあ消えちゃうし、正確には見本用とか私のアレ用で、400冊は売ってないんだよ」


「アレ用………?」


 アレ用はアレ用だよ。何言ってんだお前。


「それでも今回はバリバリ黒字だね」


 駄弁っていると店員さんがドリンクを持ってきてくれたので、返事をしてありがたく受け取る。


 ジョッキを握るアゲハさんは、ちょっと新鮮だ。


「それもこれも、后谷くんの………東雲コスプレのおかげかな?」


「いや、俺はそんな大したことしてないっすよ」


「そうでもないよ。売り子はほんと思いつきだし、……………黒字とか言いながら白々しいかもだけど、后谷くんのブランドを利用するつもりは全然なかったの。今更だけど謝らせて。本当にごめんなさい」


 アゲハさんは膝に手を置いて、頭を下げる。


「俺にブランドもプライドもありゃしないんで…………。無いブランドに謝んないでください」


「………………ふふっ。やっぱり、優しいな……」


 隣にいたから聞こえた声。もしかしたら気のせいかもしれないけど、そう聞こえた。


「じゃぁ謝罪じゃなくて感謝を。本当にありがとう!!ではこの辺で先生、サークルリーダーとして乾杯の合図を」


「私!?いつの間にサークルリーダーになったの?」


「今回から」


「てか完売は武田のおかげって言うなら、武田が合図とるべきじゃ無いの?」


「いや俺、漫画書いてないし……売り子やし……」


「………………やっぱりここは最年長に……」


「えー………まぁいいや」


 アゲハさんは「たらい回ししてたらビールの泡がどっか行っちゃいそうだし」と言ってから、


「改めまして!約400部の完売おめでとう!!そして、東雲氏のご協力ありがとう!!あと一日中お疲れ様!!今回のコミケは大成功といっても申し分ない、素晴らしい結果となりました。ここにその栄光を称えます!!」


「………………なんかおかしくね?」


「………………表彰式?」


「と、に、か、く!みんな頑張った!!乾杯!!!」


「………………しまんな」


「まだ始まったばっかりだからな打ち上げ」


 グラスがぶつかって音が響く。


 コミケは終わったが、夜は始まったばかり。メインイベントが終わったとしても、その次にだってメインが来てもいいじゃないか。漫画でもなんでも、面白い方がいいに決まってる。


 打ち上げてしまったら、どこかで放物線の頂点が来てしまい、そこから落ちてきてしまうものだが、私は理系じゃないのでわからない。山あり谷ありのエピソードの方が売れるのは知っているが、もう考えるだけ無駄だ。


 この先どうなるのかなんて知ったこっちゃないし、今はどうだっていい。どうせまた次回もやるんだ。そう思い、私はグラスを傾けた。


「……………これジンジャエールじゃね?」


「あ、こっちレモンだわ」


 あの店員、間違えて渡したな。別にいいけどさ、ジンジャエールでも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る