103話 ノンアルコール

 ♤


 部活動の引退や卒業式、体育祭や文化祭のイベント等で大泣きする人は、教師生徒問わずそのクラスに思い入れが多かった人だ。


 1、2年の間に苦労し努力し、成功しようと失敗しようと、勝っても負けても、そこだけは変わらない終点、わかりきっていたはずの終点で、「まだ、ここにいたい」と現在に縋り付く。それが泣く人だ。


 嬉し泣き悔し泣き。涙にも種類があるけれど、涙を流している時点で何かしら思い入れがあるんだ。


 勘違いしないで欲しい。俺が言いたいのは「そこで泣かない人が薄情な人間だ」ということじゃなくて、「泣くことそれそのものが尊く、素晴らしい」ということ。


 完売した。


 俺は少しの手伝いをした程度で、あの本に思い入れもクソもない。嫌悪感はあれど感情移入なんて、する気にもなれない。


 でも砂流は違う。思い入れがあるはずだ。無いはずがない。


 一生懸命立ち向かったのを知ってる。緊張して手が微かに震えていたのも知ってる。過去に悔しい想いをしたのも知ってる。


「ぅ………………ぅ………………」


 嗚咽を漏らし、子供のように泣きじゃくる砂流と、抱きつきながら左手で頭を、右手で背中をさすって一緒に泣く鳳さん。


 彼女も思い入れがある。俺みたいな雑用じゃなく、誠心誠意、全力で、砂流の横に立って常にサポートしてきたんだ。今回も。今までも。


 努力が報われるとは限らない。しかし報われる者は皆、努力を惜しまなかった者だ。使い古された名言だ。


 俺は努力なんてしなかった。


 思い入れもないし、涙なんか出ない。


 だから共に、彼女らに混ざって報われた事を喜ぶのは、場違いにも程がある。


「…………ちょっとファンサ行ってくる」


 でも。


「…………おめでとさん」


 祝うことは間違っていないはず。


「……………………ありがと……」


 異世界キャラのメイクが剥がれ落ちて、砂流の素の顔が、笑顔が、涙がボロボロ垂れてるけど笑顔が眩しくて、俺は逃げるようにブースを抜けた。


「……………俺のメイクより可愛くなるとか、………ムカつくわぁ……」


 ぐちゃぐちゃの顔に悪態を吐かないと、胸の奥から湧き上がる感情に酔ってしまいそうだから。



 ♡


「いやぁ、楽しかった。なんせ今回は念願のコスプレもできたから、倍楽しかった」


「念願の割には、ゆでダコみたいになってたけどね。アゲハさん」


「そう言ったら先生も大泣きしていたじゃん。まだちょっと目頭赤いし」


「そりゃ完売だもん。嬉しくないわけないじゃん」


 たしかにもう少し人目を気にした方がいいと思うけどさ、感極まっちゃったら仕方ないじゃん。


 コミケ終了時間から少し経った16時過ぎの会場では、片付けを終えてさっさと解散したブースと感傷に浸ってのろのろと片付けるグループにわかれている。我々はどちらかと言えば前者で、小規模で個人じゃないから、サクッと片付いた。感傷には浸っているけど。


「打ち上げはどこがいい?」


「予算によりますね」


「現金だなおまえ」


「……………反強制的に参加させられて現金にならんとでも?」


「ちょっとは前話と今回の前半の感傷に浸りやがれ」


「メタぁ」


 片付けが早く終わっても着替えや化粧直しで時間を食ってしまい、会場を出る時は残ってるグループはほとんどいなかった。帰り道もすっからかんだ。


 武田のキャリーケースがガラガラとうるさい音を立てている。


「………しゃーなし。ここは最年長である私が、高校生諸君に奢ってやろうではないか」


「さすがアゲハさん、ふとっp……………痩せっ腹!!」


「ちなみに鳳さんのウエストは65.9。身長170cmでは平均より下になります」


「やめて!私のメンツが丸潰れどころか凹んでいるよ!!」


 メンツが窪む。


「気にすることないっすよ。むしろ誇っていい。俺が言うんだから間違いない」


「……………たしかに東雲氏のお墨付きは誇れるかもだけど………」


「大丈夫。砂流はそんな身長ないのにウエスト大差ないから」


「てめぇライン超えたな」


 サイズの記憶を消すためには鈍器で殴らなくてはいけない。コンビニにハンマーって売ってるか?


「話進まないからもう多数決で決めるけど、2人とも行きたいとこある?」


「……………それ多数決じゃないだろ……」


「私、居酒屋がいい」


「……………俺ら未成年ですよ」


「ノンアルも豊富なところ知ってる」


「「そういう話じゃない」」


「………………そっちの常識はあるんだね」


 我ながら、我々ながら話が進まねぇ。


「ようはアルコールあればいいんすね?」


「焼酎のうまいところ」


「焼酎の美味しい基準なんて知りませんけど、……………こことかどうですか?」


「…………………いいね」


「どこ?」


「ここ」


 武田は「この荷物を家に置いてきたいから、この場所に再集合でいいか?」と聞きながら、スマホの画面を見せた。


 ロック解除画面には、さっき撮った写真が映ってた気がする。

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