102話 売り子売られ子

 ♡


 アゲハさんとは結構長い付き合いなのに、ケモナーという性癖を持っていた事実を今初めて知った。


 ケモ耳の魅力をヲタク特有の早口で語られて、なんとか理解したものの、このクソ暑い中ベタベタ触られるのはまた別問題なのでは?とも思った。


 たしかに私も犬猫のモッフモフに顔を埋めたいけどさ、腰につけた尻尾に顔を埋めるのはどうかと思うよ。


「すごい行列…………」


「誰かがチクったんだろ、どうせ」


「コスプレの力って凄いのよ!特にケモ耳は!!」


「……………そんなに……?」


 ケモ耳限定っすか?


 午後の後半戦が始まって以降、我がブースには開始一発目と同じぐらいの列ができていた。しかも女のお客さんだけじゃなく男の人もいる。


「まぁ、コスプレ目当てで来る輩は多いだろな。男性陣の9割9分9厘そうだろ」


「「そんなに!?」」


「……………むしろこのお客さん全員BLに理解あったら、コンビニのエロ本コーナーが変わる」


「「……………たしかに……」」


 そいつは最高ではないか?新しい世界の扉を私が開こうではないか。


 だが今するのはニューワールドのゲートオープンではなく、目の前の客捌きだけど。


「一冊ください」


「ありがとうございます。800円になります」


 尻尾をアゲハさんにがっしり掴まれながらも、笑顔で接客。


「あの!俺ファンです握手してもらっていいですか!?」


「ありがとうございます(嘘つけBL本開いたことねえだろコスプレ目当てだろ目がエロに正直なんだよ足ばっか見てんじゃねぇ殺すぞ)、お釣りになります」


 女声で満点スマイル武田。逆に怖い。


「それ○○のコスですよね!?私○○推しなんですよ!写真いいですか?」


「あぁ、その………えっとー」


「あ、すいません写真はNGでお願いします」


 じゃないとまた発火して手が回らないんで。


「東雲氏でござるか?デュ、デュフフ……。お願いなんですが……ば、罵倒してもらっていいですか?」


「金落として消えろブタ」


「ブヒィィィイ!ありがとうございますぅ!!」


「………………サービス精神強くね?」


「顔知られてるんでね」


 今の一瞬だけ尊敬したわ。


「二冊ください。あと、お姉さん握手いいっすか?」


「いいですよ。つかぬことをお聞きしますがお二人はどのようなご関係でしょうか?もしかして付き合って、間違えたつつき合って…」


「先生。お客さんにセクハラやめようかー」


 お兄さんの手をがっしり掴む私の腕を、がっしり掴んで引き剥がそうとする武田。やめろ俺は聞かなくてはいけないんだ。白黒はっきりとしなくちゃ!クソっ!やめろっ!HA☆NA☆SE


「うそ!?東雲さんですよね!?マジじゃんヤバい!!えーっと、ツーショットお願いできますか!?」


「いいですよ。けど今は混んでるんで落ち着いてからでよければ」


「ずっと待ってます!あ、一冊ください」


「どうもです」


 売れる売れる。毎回十数冊残る同人誌が、アゲハさんの提案でいつもより多く刷ったのに、みるみる減っていく。飛ぶように売れるとは正しくこのことだ。


 原因は火を見るより明らかだ。


「……………たけ、東雲さん。次回も売り子として……」


「嫌」


「そこをなんとか!!」


「売り上げによります。衣装代が浮くんで」


「よし採用。次回はもっと刷ろう」


「………………俺今『売り上げによる』って言ったよな………」


 私も新しいペン欲しいねん!あと普通にお小遣い!両方とも得するならええやん!


 しばらく私たちは休む暇なく本を売った。


 出版した人ならわかるが、同人誌のほぼ全部が赤字になる。企業や有名作家でない限り完売は有り得ず、金儲けなんて考えない方がいい。


 労力払って時間削って大赤字になるケースは珍しくないし、黒字の方が稀となれば商売とは言えない。ビジネス人から言わせれば意味不明だろう。


 それでも参加するのは、皆「楽しむために」書いてるからだろう。私もそうだ。


 ただこの想いを、気持ちを誰かと共有したい。知ってもらいたい。繋がりたい。


 そして何より描きたい。


 だが。


「夢みたい……………」


「…………打ち上げするか?」


「…………そうね」


 やはり売れた時の満足感は、群を抜いている。


 私はバックからスケッチブックを取り出し、用意していたものの、今まで一度も破った事のないページを破り、セロハンテープでテーブルの端に貼り付ける。


「すいません。…………完売しました」


「…………先生、せっかく東雲氏に仕上げてもらったメイクがぐちゃぐちゃよ……」


「そういう鳳さんもっすよ。……俺は気にしないですけど」


「……………よがっだ……。よがっだよぉぉ………」


 ウィッグ越しに2人の体温が伝わり、作ってもらった衣装が水浸しになっちゃった。

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