99話 聞いてないんですけど?
♡
めっちゃ美味しい。スパイスが非常に効いてますねぇ。隣で疎まれながら食べるハンバーガーはどんな料理より美味い、最強説。
まだまだ人がいる会場はガヤガヤして、外ではアブラゼミがうるさく鳴いているというのに、我がブースは酷く静かだった。
ただただ咀嚼音がする。さっきアゲハさんから言われた言葉は咀嚼し切れていないが。
彼女はまだ少し引きずってるみたいだし、私も引きずってる。状況は知らないけど何かを感じた武田も黙ってる。正しくは私のベーコンレタスを疎みながら、自分のノーマルハンバーガーを食べている。
これほどまで憂鬱な状態で食べたら普通味がしないものだが、スパイスが効いてるから五味がちゃんと感じられる。
「そーいや、アレどうするんですか?」
ベーコンレタスへの意識を逸らすためか、これじゃあ拉致があかないと思ったのか、口を開いたのは武田だった。
「アレって何?」
「夜麻ちゃんは気にしなくていいやつだよ」
「………………はぁ、………………なるほど。まぁもらった時に、薄々気づいていたけどさ…………」
何だよ何だよ、私も混ぜろよ。三人グループで2人仲良くして1人余っちゃう、実は仲良くない系ぼっちみたいじゃん。
「ふふふ。実はですね、無理言って作ってもらったのですよ。あの東雲様にオーダーメイドなんて、夢のようだよ。他のフォロワーさんに知られたら殺されますけど」
「へー」
興味ないと言えば大嘘になる。まさかアゲハもコスプレするとは。撮り専だと思ったが撮られる方も興味があったのですか。
コスプレしたアゲハさんを想像するだけで私の胸が高鳴る。最近またデカくなったバストが膨張いたす。太ってるわけではないから!マジだから!!
「もうそろっと着替えようかなぁって思ってるんだけど…………」
「あ、なら借りた更衣室使っていいっすよ。まだこの格好しているつもりですし」
「ありがと。じゃあありがたく使わせてもらうね」
「……………………よくよく考えると、異世界ファンタジーの冒険者キャラがハンバーガー食ってるって、結構シュールな絵面だな」
武田のコスプレは最近流行の異世界ファンタジー系漫画のヒロインコスプレ。
胸を強調するキャラではないから、あまり胸元に大胆な露出はないが、背中と足を惜しみなく露出されていて、ボディラインがくっきり見える衣装は、武田の得意分野だろう。
中世ヨーロッパの騎士と旅人を足して2で割ったような服装をしているというのに、手元には大手ハンバーガーチェーン店のファストフード。うーん、非常にミスマッチ。
「でも店で並んでる時にも、コスプレしたまんま食べたり買ってる人居たよー」
「………………………メンタルすげぇ」
「俺にとっちゃこんな本を毎年売ってる方がメンタルぶっ壊れてると思いますけどねぇ」
「それは否定しないが、抽選で出せない年もあるから毎年とは言えないぞ」
「そっすかー」
ハンバーガーの最後の一口を食べて、持ってきた水で口の中を一気に流し込み、「ふぅ」と息を吐く。今のは食べ終わった時の一息じゃなくて、「毎年は原稿を見なくていい」という安堵のため息と捉えたぞ、私は。
「その辺レイヤーはほとんど自己責任だから、まぁ人気レイヤーになれば話は変わるけど、休んでも周りに迷惑はかけないからな」
武田はギュッとペットボトルの蓋を閉める。
「たまーにめっちゃスタイルのいい人いるとコスプレの道に連れ込みたくなるのは否定できない」
「おまわりさーん。こいつです」
「たしかに。明らかに一般参加者でも『すいませんめっちゃ可愛いコスプレですね!一枚いいですか?』て聞きに行くもんね」
「……この人も連れてっちゃってください」
私はアゲハさんを売った。
「あ、着終わったら撮っていいっすかね?」
「もちのろん」
「あざっす。一応ゆとり持って作ったんすけど、ゆるゆるだったりキツかったりしたら治すんで……応急処置のレベルですけど」
「キツいと申告しにくいなー……………」
「しないと公衆の面前でボタンスプラッシュしますよ」
「私はどっちかっていうとされたいからなぁ。飛んできたボタンをおでこに当てて死にたい」
「死因『ボタンスプラッシュ』は残された親族がかわいそう」
鼻血を出しながら幸せそうな顔をして、飛んできたボタンでお亡くなりになったら、お葬式の時に坊さんを始め、集まってくれたいろんな人が鼻で笑うぞ。
「じゃあ……………………、はいこれ」
「…………………………………………ん?」
武田はキャリーケースから、作ってきた衣装を取り出すと、そのうちの一着を私に向けて渡してきた。
「メイクは2人とも問題ないと思うけど、カラコンってしたことある?まぁ無理につける必要はないけど、一応準備したから、興味あったら付けてみて」
「私、視力悪いからカラコンは遠慮するよ。今もコンタクトだし」
「………………………え?ちょっと待って」
「あ、カラコンは新品の取り寄せたから大丈夫だぞ」
「違うそっちじゃない!」
え?待って?ちょ待てよ。待てよ!
「……………………………私もすんの?」
「……………アゲハさんからサイズの違う衣装作成の依頼が2件来たので」
「そうだ。私が犯人だ」
「……………………………………マジで?」
「マジじゃなかったら、どうすんのコレ。間に合うよう作ったのに」
oh really?
アゲハさんはとびきりの笑顔をしながら鼻息荒くして私の肩を掴み、
「では、着替えてきます」
「………………………………………………」
「…………………いってらっしゃい」
最高の理解者で仲間だと思っていたアゲハさんに裏切られ、すべてを悟った私は「心ここにあらず状態」で更衣室へ連行された。
なんて残酷な世界なんだ。
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