98話 腹ごしらえ
♤
「一冊ください」
「あ、東雲さん。いつもありがとうございます」
男性向けの薄い本を男性の俺が買っても問題はない。男性向けでも女性が読んでもおかしい事はない。よって俺が女装コスプレしたまま買っても何もおかしい事はない。以上、証明おわり。
コスプレイヤーが同人誌を読まないと思ったら大間違いだ。日本独自の文化である漫画やアニメ文化を否定する非国民はいるが、俺は声を大にして言う。
好きな物を好きだと言って何が悪い。
そう心の中で大声を発しながら、本名は知らないけど顔馴染みの男性から、本を手渡される。
「今回のコスもめっちゃ可愛いですね。後で一枚いいですか?」
「はい。もちろん」
俺男やけどな。
女性向けのBL本、すなわち男のエッチい体を砂流が描いているように、女の子の露出多い男性向け本を描く人が男性なのは、当然の摂理。
しかし少女マンガを描くおっさん漫画家もいれば、少年ジャ○プでしのぎを削る女性作家もいるから、「だから」とか「ならば」とか、勝手な憶測はしてはいけないが、そう思ってしまうのは仕方ない。
だって男性の心に刺さる女の魅力は、男の方がわかるじゃないですか。俺の手に握られているのがわかりやすい例だ。
「………………………いやぁ、本当にありがとうございます。めちゃくちゃ可愛いです」
「ありがとうございます♪」
ここまで来てなんだが、音程以外にも男声と女声の違いには大きな壁がある。
それは抑揚だ。
俺も意識しないとつい忘れてしまうが、男は声を直線的に発してしまうのに対し、女は語尾や語頭が上がったり下がったりする。発声そのものに強弱があるのだ。女声を出したい人はそこも意識してみると良いぞ。
一枚と言われたはずだが10枚近く撮られて(別にいいんだけど)、やっと気が済んだのかスマホを下ろしてくれた。
「相変わらず完成度高いっすね〜。あ、冬コミも、ぜひよろしくです。俺出版できるかわからんですけど………」
「そればっかりはどうしようもないとこですよね。私は『シューセー液』さんの漫画好きですけど、それとこれは別の話ですし」
「そーなんすよ。あ、でもそーなったら一般参加で来ますよ。東雲さんのコスは生で見たいですし」
「そう言ってくれるとやる気出ますね!」
今更だがこの方は『シューセー液』さん。名前の由来は白くてドロっとした物によっては臭い液体が、めっちゃ卑猥だからだそうで。
そんな卑猥なペンネームさんと数分他愛のない話をした後、まだ回ってないブースを確認する。
俺はあの二人みたいに熱狂的な信者ではなく、気になったものはなんとなくで買って、気に入ったら次回作も期待するぐらいの、ゆるーいスタンスなので、行列に並ぶことは少なく、散歩気分でフラフラするタイプだ。
まぁ、面白そうだったら何でも買っちゃうのは悪い癖だなとも思うが。
「冬コミねぇ………」
夏のコスプレはまだあれだけど冬のコスプレ、特に露出の多い服装は半分拷問だ。調子に乗って肩出しにヘソ出し生足をしてしまい、凍死しそうになって唇が紫っぽくなり、それを隠すため普段は手を出さない濃い目の口紅を使う羽目になったのを覚えている。
少しは体力つけないとなぁ。筋トレはしないけど。
その後は順調に買い進め、紙袋が充実し財布が軽くなり、心は満たされて目標物も確保したので、一旦ブースに戻る事にした。
「…………………なんか空気重いんだけど」
エコーズACT3?
ここを我がブースとは呼びたく無いが、勝手に入れられたサークルには重力が倍になったような、どんよりとした空気が漂っていた。
「…………もう昼だけど、2人とも飯はどうしてんの?」
「食べるよ?じゃないと死ぬ」
「そういう話じゃねぇ」
ボケる余裕はあるんですね砂流さん。俺の良心を返せ。
「いつもは近場で済ませたりコンビニであらかじめ買ったり、バラバラだよ」
「ふーん。似たり寄ったりっすね」
とは言うものの、2人は弁当を広げておらずスマホをいじるばかり。俺も荷物が嵩張るため、飲料と軽食しか持っていない。
つまり全員揃って外で食うつもりらしい。
「何食べる?」
「何でも」
「それ彼女とかに言ったら殺されるやつだぞ」
「私女だしぃ」
「何でもいいなら目の前の本食ってろ。同じ有機物だ」
「いや範囲広っ!!あと何でもいいとは言ってないから!何でもと言ったんだ!」
「細かい女は嫌われるわよ?」
「男もですけどね」
もしかすると空気の重さは気のせいだったのかもしれない。病は気からとも言うし。
「私マックにしようと思うんだけど、どうかな」
「賛成」
「酸性」
理科の授業じゃなくて昼飯の話してるんだけど?
「えーっとじゃあ、いつも同じ……………じゃないな武田おるし。第十八回パシリジャンケン大会を開催します」
「生まれる前からやってる計算になるな」
「バカめ。冬コミもコミだ」
「…………………紛らわしいわ」
コミコミ。
「あ、私買ってくるよ。ついでにお手洗い行ってきたいし」
「いや、そこは平等にジャンケンしましょうよ」
「そうだそうだー。戦闘放棄は認めんぞー!わざと負ければいいでしょうが!」
それは狙って勝つのと同じぐらいすごいぞ。
なんか空元気を感じるな。あるいは強がりか。どっちにせよ触れるべきではないことはわかった。気のせいでもなかったらしい。
砂流のブーイングに「年上のお姉さんに奢られときなさい」と言い、なかば強引に押し切って財布片手に出てってしまった。
「………………………私、何食べるか言ってないんだけど…………」
「………………………そーだよな」
別に好き嫌い無いけど、チキンフィレオは高カロリーの揚げ物にタンパク質と、筋肉つけたく無いし太りたくも無い俺には、あまり適さないメニューなんですが。同等の理由でてりやきチキンも避けたい。
「………………まぁ普通のハンバーガーでいいんだけどな俺は」
「じゃあLINEで送っとくわ」
「………………………」
マジかよ。まぁこれと言って無いんだけどさ、初めからそう言えよ。考える時間よこせ。
「お前は何にすんの?」
「ベーコンレタス」
「…………………………………あーっ、その選択肢があったかー…………」
パティよりベーコンの方が低カロリーか?大差なくてもレタスの有無は大きい。ダメだ、ノーマルハンバーガーが悪く見えてきた。
「譲ってください」
「ふっふーん。嫌」
「国民の権利、選択の自由を召喚します」
「トラップカード発動。おんなじモン食いたくない」
「なら別のにしろよ」
「お前がな」
「譲らん」
「悲報。かなりの行列で遅れるそうです」
「…………………………いやベーコンレタス関係ないだろ」
その待ってる間に変更連絡できるじゃん。
コミケ中は急な尿意を避けるため、カフェインを含むコーヒーは飲まないよう我慢している。
だからこれぐらいのワガママは許されるだろ普通。ベーコンレタスすら許されないなんて、なんて残酷な世界なんだ。
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