77話 水分補給
♡
「水が欲しい」
「ほら、やるよ」
プールの水が来た。
「そのネタ2話前にやった」
「これも広く見れば水素水やぞ」
「あぁ〜!水素の音ォ〜!!」
「ぶっちゃけ水素水飲むより牛乳飲んで体で分解される水素の方が多いんだけどね」
「ショックやわ」
「お前買ってないだろ」
「うん」
「だろうね」
流石に体力の限界が見えて来たので、またしても波紋じゃない方の呼吸をしてラッコ状態に。
「喉乾いたから何か買ってきてー」
「会話の流れからして水素水しか選ばないと思うけど」
「ねぇだろ自販機に」
「ねぇだろうな」
「後で金払うからさー」
水面を叩いて抗議するも武田はなかなか首を縦に振らない。休憩を挟みながら泳いだぶん体力が余っていて、まだ泳ぎたいのかな。
だが喉の渇きは似たり寄ったりだろう。人間生きてる上で水分は必要だ。スポーツをしたならなおさら喉が渇くもの。つまり今の武田とて、喉が渇いていないはずがない。
よって。
「わかった。ジャンケンで決めよう」
「いやお前買ってこいよ。お前しか飲まねぇんだから」
「…………………………」
喉渇けよ。
「…………………………」
「…………………………」
「…………わかった。行けばいいんだろ行けば」
「お前の喉が渇いただけでなぜ拗ねる」
意味わからんと言って武田はクロールを再開する。最初は犬かきのようなクロールだったが、まぁ、うん。ちょっとは様になった、んじゃないかな。
このままだとミイラになると思い、この鉄かアルミかで出来た銀色の手摺りに掴まってプールからあが…………。
「…………………ねぇ、自販機どこ?」
「んー?」
あたりを見渡しても自販機が見つからない。というかアルミ缶を持ってる人すら見つからない。
武田も立ち止まり、耳を傾けて入った水を出すと、そのまま私の声に耳を傾ける。物理的も慣用句的にも。
「誰もペットボトルも缶も持ってないんだけど。いつの間にみんな人間をやめたの?」
「こんな日光ガンガンのところで人間やめてるわけないだろ」
「単刀直入に言います。自販機どこや」
「最初からそう言え」
「そう言った」
お前が聞こえてないだけや。
武田はゴーグルを外して、
「たしか施設の玄関あたりに一つと、休憩スペースに一つあるぞ」
「りょ」
「言っとくけど持ってくんなよ。プールサイドとプール内は飲食禁止だ。飲みもんはそこで飲んでこい」
「………プール内で飲むって無理じゃね?」
「捻くれて捉える奴もいるんだよ」
誰とは言いませんが。
水中でトマトジュース飲んだら、もうそれはテロだよ。その近くで脱力浮遊してたら事件だよ。
「じゃ行ってく……」
「待て、どこへ行く気だ」
「どこって、……更衣室から財布持って来ようと」
「そっちは男子更衣室だ」
武田は呆れたようにため息をついた。
でもアレだよ?ほとんど覚えてないけどさ、私も一度は入ったことあるんよ。男子更衣室。たった数年で入れなくなるなんておかしいよね。
「保護者同伴で異性の更衣室入れるのは、幼児の特権だよな」
「何言ってんだお前」
「ママと一緒に入ってくるショタを、言い換えれば未発達で純粋で汚れを知らないその無垢な生き物を、私は更衣室に軟禁したいと考えてしまうんだよ……………」
「……………やっぱこいつヤバイよ」
「お前だってそうだろが!もし30代前半で黒髪短髪メガネの優男フェイスの男性が幼女連れてきたら、お前だって舐め回すように見るだろうが!」
「パパ役の説明が長くて細かくて幼女の説明が全くないのと、その言い方だと『舐め回すように見る』相手がパパとも捉えられるから、見るとしたら幼女な。決してパパは見ねぇよ。選択型センサー試験なら幼女を選択するってだけで、そんな性癖も趣味も俺にはねぇよ」
「そうだろが!」
「何キレてんだよ」
長文早口やめろ。頭に入ってこねぇんだよ。現代文のテストか。
武田は呆れを通り越した、別の何かを含んだため息を漏らすと、
「保護者同伴が必要な年齢じゃねぇだろ……」
どうやらついてくるらしい。
まぁね。私も万が一、活発ショタと優男パパの親子丼が来たら理性がなくなる自信があるので、保険というかブレーキというか護衛というか、武田をつけておくのは正解だろう。
あぁ、護衛ってのは被害者の護衛だよ。私は攻める側だもん。
「…………………………」
「……………何やってんの?」
「……………筋肉落としすぎて、体が持ち上がらない………」
「…………………………」
プールサイドに上がるため、プールの縁というか枠組みの段差に手を乗せて、腕の力で上半身を持ち上げたはいいものの、下半身は未だにプールの中。
数秒間その姿勢をキープして、何事もなかったかのようにそのまま着水。振り出しに戻った。
本人曰く、足を持ち上げてしまうとバランスを崩してプールに真っ逆さまだから、どのこと。
「………………………」
「……………見てねぇで何とかしろ………」
「…………………いや、滑稽だなぁって」
「ぶち殺すぞ」
二本の腕が悲鳴を上げてプルプルと小刻みに振動する様子は、まるで生まれたての子鹿。写真撮りたい。
自力でプールサイドから上がれないとなると、ほんとに筋肉がないことがわかる。ここまですると逆に不健康なのではと、多少心配するレベル。
仕方ない。私が長年鍛えた演技力で、BL漫画のごとく、迷える子羊を導いてあげようじゃないか。
「………………ん」
「………………ん?」
「『ん?』じゃねぇ!人が親切に手ぇ差し伸べてるんだから、大人しく掴まっとけよ!」
「あぁ、なるほどね。てっきりプールに塩素消毒剤を落とすパートおじさんのモノマネかと思った」
「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権!?」
どういう解釈不一致だよ。どこをどう捻ってこねこねして出来上がったらそうなんの?てかモノマネじゃない上に、パートのおじさんに失礼。
がっしりと武田の手を掴み、難なくプールサイドに引き上げる。てかあの鉄かアルミかの手摺りで上がってくればええやん。
「よっこらせっ………くす」
「……………………突っ込まんぞ俺は」
「肉棒的な意味で?」
「違げぇよ」
「勝った」
過程や方法など、どうでも良いのだ。
水揚げされた武田は髪の毛をまとめて水を絞ろうとして、めんどくさくなって頭を振って遠心力で水を飛ばす。犬か。
にしてもしっとり濡れた髪の毛は何ともいやらしい。言い換えればエロい。これは漫画に落とし込みたいが、濡れた髪の毛って描きにくいんだよなぁ。
「……………んだよ」
「……………いや、武田さん。あの、…………いつまで手握ってんのって思って」
「こんな危険人物を解放しろと?」
「私が危険なんじゃない!ショタパパが私を危険にさせるんだ!ショタパパが悪い!」
「責任転嫁しやがったぞこいつ」
腕の拘束が手錠に変わる前に私は女子更衣室へと逃亡した。ここまできたら奴は変態の汚名を着せられる為、「何かしたら殺す」と曖昧な決め台詞を吐き男子更衣室に入ってった。個人的には私があっちに入りたいのだが。
逃走中にチラッと見えた優男パパ風な30代の男性と、友人と遊んでいた小5ぐらいのショタは、親子でも何でもない赤の他人だろうが、そんな事は私には関係ない。
彼らは大切なモノを盗んで行きました。私の心です。盗んだつもりも無いと思いますが。
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